2017年11月12日

卒業1940・京都船旅840古譜710大原練習330天の下145原子炉機(壮強太陽):イカスミ柳

【曲名】をクリックすれば、音楽が聴けます。
そうきょうの思い出し:日能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:日山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:日スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:日山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:日紙祖川劣る

【曲名】卒業1940京都船旅840古譜710大原練習330天の下145原子炉機(壮強太陽)(鳴恭川世讃歌讃歌)
【創曲】2017/11/11柳晴創曲、原子遊道 造詞、原子路 拝有 監修、未来 設計雄(秋残り市在)
【拍子】
【種類】ジャズ時雨
【演奏】往来歓楽家、火打石愛好会の皆様
    仮名小文字ローマ字混ざりあえ
【場所】4戦回演、秋残り劇場
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)
原子炉機が空へ上がる 発電する
ロケット機 ウランを積む姿は雄々
しくも尊くも 崩壊するウラン
わが身変えて人に役立ち 
世に喜ばれる変化や

 狐の天気予報。〇r2017/11/13
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。 
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん  
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))   
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
柳太陽
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山  
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.

 【住吉】 
 『住吉、みみよし、みみすみよし』、とそ。
住吉にうらん鳩という鳩がいるという。
大坂の商売の売るという。うり耳という。
瓜実顔のみみとそ。うりが成る実の顔のことを
みみうりや、という。みみ山のお書きという。
大坂の商法が、すみによるという。
『住吉、よいより』という。『大阪やっちゃ』の
いかけ、とそ。住吉をうという。住吉を得たはな、
という。住吉もっきの山という。神社の山のお書き
という。うらんという。近代のうらんかのうり、とそ。
うらんうってんか、という。うらんをうりという。
うらんの崩壊という。うります話という。
近代うらんである。この話が変わり、変化したという。
ウランになったという。打ち上げられて、うりの空という。
原初のウランという。うりなり構という。平瓜実公という。
元は、うらんであったという。平のうり、という。
これを、薩摩のうり、という。薩摩隼人のうり足という。
浪速(ろうそく)という。なにわよきやみ、という。
 株式のローソク足という。浪の足は、住吉近くという。
これを、ろうそく談じという。大阪南の岸談じという。
おなごハンの談じを井戸山音という。これを、談師という。
談の師匠という。なにわ落語の師匠のよしまめという。
 京の島わらの、しまんという。女の子という。
おかむろや、とそ。これを、だん、という。だんらんの
山という。岸の歌という。これを河岸・歌詞という。
 いかがなりますや、岸花問答という。
岸 進水の舟歌である。蒲鉾の岸という。
これを、ほっこ、という。河岸の岸をほっこという。
だんじて、すすむ船をやよはれ船という。やよ晴れた
空を映す世のうなという。海である。うな岸山のおからめ
という。おゆれおゆる岸 進水という。船の丘という。
住吉のなりという。住吉船を家とそ。岸 進水家である。
 『あ〜、秋残りの話か』という。秋の岸という。
秋の波は、やはり秋波という。シカと読めば、頭が軽い
という。目がよくなるという。秋波の読みという。
打ち上げられたロケットの秋波という。これをウランの崩壊
という。ウランの方角をホウという。うらんホウの欄という。
このらんは、うらん乗りである。うらんを載せたプロックを
欄という。これをランランランという。ブログという。
欄の法界という。法改ともいう。
 『改めて、みしゃれ』という。住吉の言葉という。
なにわ権(なにわごん)という。これを、なにわのおみん、
という。京島原のおかむろである。遊郭という。
原子炉の郭という。かくかくしかじかの、この話である。
この話を積むのは、げんし炉という。原には炉がある。
これを、ガンロムという。大阪南の岸という。
談じの都という。これを談尻という。
この文はこれで終わる。なりなりなり。 

 【楽、説】 楽は岸 進水指揮、説にウラン崩壊律仕様。
3拍子に半分の3拍子を合わせるという9/8拍子。半減期律ともいう。
半分減りという律である。ピアノは、おかむろ着 物子さん。
おどんみょう姿という。おかむろルックである。
近代ピアノには、着物がよく似合う、そういうピアノ子である。
楽頭の火打石音は火打石愛好家の皆様。
その後の記録、原子炉機は、WMA宇宙にあるという。
柳座sotu1940.wma 星雲と呼ばれている。

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館秋期展示
『古譜710大原練習330天の下145原子炉機(壮強太陽)』          
馮飛菊 画書家判 よという字。おから山はらる
蒲鉾開き
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん) 


    著者@350上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine  
-----------------------------------------------------        
 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-67007
     画商『加端』名画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましても、その方とは、まったく
関係はありません。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の
秋残り、本ブログ著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350,682
Notice;writer says;
Names are virtual on this article.
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2017年11月11日

卒業1938・京都船旅838古譜708大原練習328天の下143原子力機(壮強太陽):イカスミ柳

【曲名】をクリックすれば、音楽が聴けます。
そうきょうの思い出し:日能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:日山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:日スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:日山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:日紙祖川劣る

【曲名】卒業1938京都船旅838古譜708大原練習328天の下143原子力機(壮強太陽)(鳴恭川世讃歌讃歌)
【創曲】2017/11/10柳晴創曲、原子遊道 造詞、原子路 拝有 監修、未来 設計雄(秋残り市在)
【拍子】
【種類】ジャズ時雨
【演奏】往来歓楽家、火打石愛好会の皆様
    仮名小文字ローマ字混ざりあえ
【場所】4戦回演、秋残り劇場
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)
原子力機が飛ぶ 空の高い場
真っすぐ上へ上がる飛行機
雲こえて ぐんぐんと上がる
陽は西に 夕焼けの紅蓮
機は早く つかの間の飛行 
家に着く

 狐の天気予報。〇r2017/11/12
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。 
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん  
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))   
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
柳太陽
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山  
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館秋期展示
『古譜708大原練習328天の下143原子力機(壮強太陽)』          
馮飛菊 画書家判 よという字。おから山はらる
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん)

    著者@350上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine  
-----------------------------------------------------        
 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-66987
     画商『加端』名画専門ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましても、その方とは、まったく
関係はありません。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の
秋残り、本ブログ著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350,680
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
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2017年11月10日

卒業1937・天の下142孔子の春(壮強太陽):イカスミ柳

文だけ
【孔子の春】
【語順】
 子供の言葉遊びにある。言葉を終わりから喋る。例えば、
『あし』を、『し・あ』という。『あたま』を、『ま・た・あ』
という。これを、英語でする、録音のレコードという。
 鹿が鳴く小倉山のレコードをいう。
 文字で書かれた英語をひっくり返す。
英語でひっくり返しをする場合に、音節で区切って、それを、
ひっくり返す。recordは、cord・reとなる。これを、こみ振り
という。英語のひっくり返し方である。また、一つが、
drocerとなる。文字をそのまま、後ろから読む。
ドゥローサーの、キャンサーという。キャンサーが鹿の意味である。
ディア・キャンという。ディア・キャンサーという。鹿のことをいう。
 さて、これを、日本語でする。『しか』を『か・し』という。
菓子饅頭という。
 ローマ字でする。ヘボン式ローマ字という。Shika、ひっくり返しが
ka・shiとなる。Shi・ka、このローマ字を後ろから読む。
akihsとなる。読みに、アキ、アキフ、アキス、若しくは、hsを
発音しない、アキとなる。これをシュという読みにする。
改めて英語式にshと書く。akish、アキッシュとなる。
 これをこのまま、日本語にする、秋っ種・鹿という。
秋鹿のこととそ。秋波を送るという、秋の意味がこれである。
秋鹿の鳴きという。これを、世添い鳴きという。
世、添いという、自分が添う秋波という送りである。
夜添いともいう。これを、Yo soyという、スペイン語という。
よそいローメという。朗目語(ろうもく)という。イタリア語を入れた
スペインという。『オー・ローメオ・ローメオ』という、
秋波を送るローという声とそ。これを『ディア・ディア』
という。鹿というdeerのdearとそ。親愛の山という。
鹿をあいみという、この期の言葉である。相見る親愛という。
これを、マック・アイミという。I love youの、
アイミー・マックという。アイレラという言葉使いである。
I love youを、アイミーという、秋波語のめっくりという。
めくすむという。めんてすともいう。メラーフラーという。
めりるるという。るるると、秋波を送ることとそ。
 ロメ雄饅を持っていく秋波饅の人という。これを、はんれぐ
という。アメラムという。あっぱの山という。蕎麦饅頭の
ロメ雄蕎麦という。『ロメ雄が、そばにいます』という。
ロメ雄饅頭の話という。イタリアのスペインの料理である。
これを、キッチュという。キッチュ料理という。アキセテ
という。、アキストゼネコの料理という。きす山のお書き
という。
 コーヒーを、ご飯にかける。少々、多量。コーヒー漬けの
ライス・バーグという。来獏料という。くるばくという、
夢食らいの両方という。コーヒーに塩を入れる来夢来都
ライムライトという。ロメ雄料理のコーヒー使いという。
『オー・ローメオ・ローメオ、シャルロン』という。
論壇の来く、という。ライクという。来をくと読む話とそ。
 来く、という。読みは、くく、くりく、くるく・らいく・・
という。くくりな音という。音楽の繰りという。これを、
くり、という。あやつるくり、とそ。音を操る操手という。
古くの指揮の手とそ。楽人の弾きでもある。
ロメ雄料理、ロメ雄饅頭、蕎麦の料理でもある。
 上の文を秋書き文とそ。
 秋鹿の漉きという。秋鹿漉きの紙という。壬生漉きの紙
である。アキッシュ数風という、壬生の紙漉きである。
すきという、ロメオずきという。ロメオの蕎麦という。
マック・ローメという。昔は、マカロニと言うていた話
である。
 これが、マックはん、である。髪をはんという。
マクはんという、頭髪ルックである。髪を梳くという。
桃なりの髪型とそ。まくはん髪のおき、という。
沖縄の話である。蒲鉾の頭という。蒲鉾庭の前庭という。
頭の中をいう。
 頭の中にある、風が通るを、声が通る前庭器官という。
三半規管という。みみ三半という。耳の話とそ。
三半規管の、エリュービテ、エリュービツェという。
ひっくり返して、vestibuleと書く、elubitsev。
エリュービツェーブの山という。
 蒲鉾形三半という。前庭の話という。
ロメオ脳の料理を司る、司半論という。
蒲鉾道式脳医学である。蕎麦の造りはかみすきという。
髪梳き、紙漉きの合成という。三半規管という、
三つ成りの光る器官である。風が通るを、声が通るという、
さんせいという。古く三省器という。三半規管の
前庭器官という。前庭器官に合わせ含めていた三省器で
ある。
 『吾、日に三省す』という孔子の格子という。光受ける
格子である。原子核講師という秋残りの孔子である。
孔子が講師である、三世紀の頃という。後世紀の三世紀
である。頃である。5〜3世紀である。三省期という。
孔子の籤改めである。孔子を『くじ』という、一種の
読みである。
 三半規管をいう。三半規管をくじ器官という。
籤の道という。耳穴のことをいう。蒲鉾器官の丘道で
ある。これを庭という。前庭器官という。
蒲鉾の話である。
 蒲鉾を浮かすお汁粉、前庭料理という。マック・
ロメオの真っ黒という。マクロの山という。若い人の髪型
という。金髪が黒染めをした話という。ブラック・ブロンド
という、黒い金髪という。
 黒い金の黒い夏という。国家枢要である。シルボー・
ランディーという。しれんすの山という。まんまんさんの
御蔭という。山拝みの話である。
 三半規管論、これなるを。
 『これなら、やっますっくく、ありそるつぇ、るるする
 うるれ、るるをるるする』、この秋残り語の解釈である。
 上の文である。一文という。浜山のお書き、これぞ。
 ロメオの脳を、秋波を送る、心能とそ。心の働きを司る
 脳を、朗脳という。これを、心能という。
神社へ行って籤をひく。孔子びき、という。格子びきである。
京の犬追い格子という。神社の周りの壁につける、三半犬追い
という。これが、秋残り神宮のぐうじである、籤ひきの話
という。格子籤の山という。孔子の籤とも。論語が書いてある
籤を孔子籤という。宮司が籤をひく日は、心能籤という。
しんぼう籤ともいう。秋残り神宮という、大きな神社である。
大口食らいの神社料理のお汁粉を、連談汁という。
 連談書きである。ルーメル論とも。レメセともいう。
後の世では、レジュメという。レンツェラーの山という。
今は、論という。レジュメの話である。
ロメオの目をレジュという。レジュで連れる相籤を相引く
という。逢引の話のお白子に映った目を、連目という。
これを、れじゅと読む。孔子をくじと読む類である。
湯知れ山のお汁粉浮かし、湯を小さな声でいう。
レジュと大きな声で言う神宮の宮司の袴という。
れじゅ履き、という。長さが足を隠す履きである。
それで、下駄を履く、下駄だけを見せる足を、目足という。
目足履きの話である。両眼ルックという。レジュメである。
レメ山のお書きとそ。
 ロメオの逢引、籤を二人で引くニ引きという。これをレジュメ
という。じゅりめという。じゅりえの目とも。じゅり歩きの
宮司とそ。ジュリエットという。神社の宮司をじゅという。
ヒンタスの言葉という。ジュリエッタのロメリという。
心の中の宮という。心中宮の山という。
 神社の宮司をじゅっかかという。じゅみす、ともいう。
められるめられん、ともとそ。目は二つの心の窓、
めめの言いの宮言葉とそ。秋残り神宮の至る至りの場という。
至り場の『いた』は蒲鉾山の台である。台立て板宮という。
蒲鉾の板を立てる蒲鉾屋敷である。蒲鉾犬追いの壁という。
遥か彼方のエトロフ朝という。エカテリーナの山という。
ゴンザブロフのゴメスという。ジュリエッタ芯という。
蒲鉾の芯のはやる浜という。蒲鉾の芯、いずくにか。
かにかくにという所にある。蒲鉾芯町の話とそ。
 じゅり音ラック、これをじゅらしく、という。
樹らしくえたをいう。枝をえたという。樹々山お書き。
柿から作る蒲鉾をじゅっ蒲という。蒲鉾志麻の柿という。
秋残り神社に沢山成っている。参詣人、山という。
たくさんの詣でる人のなりという。ジュラシック詣での
着物という。オッパという。オーパという。オッパシック
という。オーパの山という。神社の山という。
 神社の英語、ジングルという。じんそみの山という。
れれふる山のおそめ、とそ。
 秋残り庭国の蒲鉾道である。農道思索という。のうの道へ
行く秋鹿の鳴き、ワオンワオンの犬真似鳴き、鹿の芸という。
えのら芸の鹿真似という。招く人という、ジュリエランと
いう。神社に鹿がいる話とそ。鹿に餌やる宮司、樹里の屋
という。受理の宮、合格請け負います。試験に受かります
ようにと、願掛け、籤を引けば受理やった。これを乙号とそ。
乙号の山という。菅原引きの籤である。天神宮のことを
いう。バイオリニータが出てくる神社の巫女姿のバイオリン
皿持つ、宮司横という。バイオリンの受け皿、巫女食らいの
ジュリエッタ箸という。じゅすれて、という。
じゅじゅ尽くしの山、柿見ては、鹿の木を、十手食いとそ。
鹿の食いをいう。これが、じゅしゅのとんて、という。
鹿が跳ぶ所を十手所という。樹里という。鹿跳ねの里、
神社を鹿(ろく)という。鹿宮ともいう。鹿社ともいう。
鹿島神宮の武道、十手掛けである。この文である。
十手でかけた武道、カックという、掛け声とそ。
十手持ちの術である。カック・ソッパの武術という。
 ジュリエッタのバイオリンという。バイオリンの
造りを十手造りという。じみ山もうの話という。
 秋残り庭国蒲鉾道巡回のジュンサーという。
十手を持ったお廻りさんという。巡査の話という。
キャンサーの巡を、ジュンとそ。ジュン・キャンの山
という。ジュックスという、柿の熟しにかけたじゅん宮の
宮、19をキャンという。19歳をキャンとそ。20歳になれる、
キャン前という。キャン・フロンという。キャッピスとも
いう。18をメメという、メメキという。17をレルフという。
16をトケママという。15をミルハラという。14以下をミベ
という。ミッペランの山、人をロクという。ロクでなし
という言葉の出という。上の数えをロク数えという。
これを、ゆっぱという。湯葉の出来のはるゆら、という。
一年を上の数えで分ける、はる山しき、という。
指揮棒の振りをいう。十手しき、という。
犯罪者の数えという。未成年犯罪者の年数えを、キャッピス
という。年齢をごまかす話という。としま山、これをねん、
という。キャッパの山、オーパの歌という。とおりゃんせの
りゃんが、それである。とおりん、という。通樹の山という。
細道をいう、細い道を芯という。蒲鉾のすじという。
条坊制のキャッピ論である。条房ともいう。きゃっされの
くれるる、という。犯罪の話とも。犯罪者の言いをいう。
双樹山のお書きという。沙羅双樹の山という。
 桃山とそ。桃を皿実という。さら山の実という。
沙羅双樹という言い方である。キャッピンという。
キヨッピンという。ピン足した山という。ビッツマーの山
ふる、という。きゃっそんれいの山という。じゅんぼうという、
巡査のことをいう。犯罪はしかと見る、しかと言う、しっかり
捜査をいう。鹿を犯という。判官(はんがん)という。
ほうがんという。犯罪者の話である。略。
 電子バイオリンという、モンペ姿のおばん弾きという。
柿のそばでバイオリンを弾く、合法山という弾きという。
弾き方である。弓術のひき、とそ。コッポという、バイ
オリンの柿林、こうむむのこりから、という。これをりり
という。りりくといえば、歌詞である。りりたる音という、
バイオリンの音という。バイオリンを弓器という。これを、
宮音とそ。みやびの山という。休暇の弓持つバイオリン
とそ。宮音のバイという。バイオリンの大きいキューロン
・バイという。九龍(きゅうろん)語である。龍をロンと
いう、孔子籤のく、とそ。籤をバイという。
九つの山という。ト音の九つ目という。ドから9、レという
音の言いという。レ音山、バイオレットという。
紫のバイオという。バイオレッタという。紫の音という。
ラから初めて9、シの音である。これを九紫という。
籤という、九龍(きゅうろん)の言葉という。
香港をキールンという。くっせの言いとそ。こぜの山、
ここを、キールクという。くせともいう。
 きっぱ山のお書きという。柿を切る浜山の沖という。
柿切り泳法という。その泳ぎで柿をとる、猿犬の泳ぎ
という。立ち泳ぎの切り泳ぎという。柿泳法という。
法は仕方のことをいう。法律をたてという。
犯罪者の泳ぎという。泳がすという言葉の使いである。
 悪用できる話である。この文とそ。悪用厳禁である。
言葉の悪用をいう、厳禁である。
 天神という言葉で犯罪者を減らしていくキレテル人
という。どんどん使えばよい、天神という言葉である。
子供が喜ぶこととそ。
 頭がよい人をテックス天という。テクレムという。
テムひと、という。テムジンという。十手を持つ人を
テムという。テムジンという。十手は時代劇に出てくる
十手である。
 武道を尊ぶ人を、クーという。クーリーという。
クーシーともいう。くじ、とも。神社に武術があるという、
十手が尊ばれる神社の宮司という。ここの柿食らう鹿の
料法とそ。ロン料理という。鹿肉の食らいという。
牛料理を、牛肉という。牛肉をモレという。モツともいう。
モラという。もれ花の鹿和えという。鹿和えのやきふら
という。神社のごという。牛をごという。ごず山のお書き
という。牛という鹿という。しみせまの料麩という。
麩の浮かしという。麩入り肉の歌という。
ふの入った肉、めぎるハツという。ハツの屋とそ。
ウイという。ウイ肉という。ハツレル屋の肉という。
肉屋のことをマンセという。これを、万清と書く
万清屋という。肉饅頭の山という。安上こけた、という、
こけた切りの肉切りという。めぎり論とそ。
 肉料理のこととそ。ネギ入れの山という。神社の禰宜
という。宮山のお書きという。しか、ねぎ、やま、という。
神宮の言いとそ。神社の白装束のハクとそ。神社をハクラ
という。はっせむのく、とそ。はるせら山という。白丁の
神社着である。白丁という。神社の装束である、人をもいう。
神社にいる人をいう。
 黒丁といえば、黒装束である。紫丁、青丁、赤丁、紅丁、
・・・。丁という、条坊の話という。一丁目という。
色の使いのあくぞめという。あくじ山お書きという。
色町を色街とそ。これを色外という。色盲のことという。
色盲の言葉の出という。語源とも。鹿肉をモウという。
鹿を牛という言い方である。かぎゅうという、かたつむりの
肉のことをメシという。モウのメシという。
かたつむりとご飯を和える炊きものという。モウメシという。
牛肉とご飯を和える炊きものを、マム、マメという。
神社の造りの言葉である。
 塩入りコーヒーという、目である。めまにが、という。
にが豆の紫という。紫丁という、コーヒーをいう。
紫丁屋という、コーヒー喫茶である。
 饅頭のロメオ饅と、添う塩入りコーヒーである。
辛いコーヒーという。しっぱん物とそ。ジュリエットの口
という。イタリアなめの山という。
 にが豆ご飯のたいけという。たいらむとも。たいせるとも。
鯛ご飯の、しも味という。この料理を、しんぱるという。
神社のにが豆という。これを忍者という。古くの人社とそ。
たいせまのお書きとそ。神社の人社、庭国では、忍びの物と
いう、そういう人物である。神社の祭り物を、コーヒーと
いう言い方という。白の下に非を書く、印とそ。
これを、紅帝という、コーヒーのことである。
光帝という、ご飯のことをいう、白帝とも。
白飯の世という。紅飯をよという。よはんの山という。
よはんの出という。ご飯出のよはん、夜食中はなやら
うぶれぶよっそ、よっつ、とそ。ご飯やら山、紅飯ロットという。
印刷の話とそ。略。

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----
ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましても、その方とは、まったく
関係はありません。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の
秋残り、本ブログ著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350,679
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卒業1936・天の下141孔子の春(壮強太陽):イカスミ柳

そうきょうの思い出し:日能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:日山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:日スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:日山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:日紙祖川劣る

文だけ
【孔子の春】
Your baggage, boots on.
 I give you this article. Happy number, this is,
number of eighty-eight. Down do the right.
『ユア、バッゲージ、ブーツ、オン。
 アイ、ガイブ、ユー、ディス、アーティクル。
 ハッピー、ヌンベー、ディス、イズ。
 ヌンベロー、アイティーアイト。ダン、ドゥ、ザ、ライト。』
 コクニーという、コックスをとり入れたイギリスの英語という。
 少し、ゲルマンがかった英語である。
 I give youを、アイ、ガイブ、ユーという。
 エイティーエイトをアイティー、アイトという。古代低地ドイツが
 少しかかる英語である。
  Auld Lang Syneの歌という、そういうて、渡された饅頭である。
出、オールド、ラング、サインという、オスト・アンデールの独逸語
である。『Yo soy、 余、添い』という、エスパ・ネルタンの歌である。
 イスパンラックという、蛍が飛んできて、サインをした。ス・ソン・
デスポワールと、『夢があった』という、フランコ・ムーチャスである。
ウィ・デ・シャンソン、初、出、者っ孫。
いずれにせよ、出がつく話という。出る出ると出たお化けで、デルとか、
デンとか、ダスとか、口から出る言葉の話という。
 アイ・外部・言う、・・物、音。荷物はトランクに載せてと。
ラジアル履かせる足という、自動車の英語である。
 これが、オスト・アンデールのゲル饅頭である。荷物も車内からだされ、
トランクへ、餡も出され、おすという。オッスという、大和朝の挨拶である。
『オッス、そめたれ。いやや、ほうめら』とそ。秋残り、大和庭国の朝
である。沖樽乱土という。オスト・アンデールの最中の子、寝足山という。
ねあし最中の案は、夢最中という。案を食べていたという、夢食いの獏の
むなしや、これを、ほうめらという。夢をホウという。
 これが、子曰をシーホーと言う、シーホー乱土の四歩の足という。
右左右左と足を出す、四歩のダブレル・モンベとそ。
これが、アイティー・アイトという、ゲルマニカ(ゲルマチカ)という。
ゲルマニの山という。ゲル饅頭の食という。触媒の食である、媒介の食
という。化学反応を早める触媒である。言葉を解釈する、触媒のオスト・
アンデールという。万野獣の話で、出たのは案である。
 これを、夢案という、ゲル饅頭を夢案という。夢餡とも。
ブーツ・オンという、靴をブーツという、荷物がトランクである。
トランクを、載せる足という。荷物を載せるトランクである。
自動車を足という、言い方である。交通手段のことをいう。
 右へ回って、88をつけろ。88番について行く、という。
これを、ナイティーという。ナブレルの数有という。ベンヅルの
モメサンという。壬生語である。モナハンきれ、という。
右モメという。右へ行くこととそ。メナヨンという、左という。
ハンドル操作である。メテモンの山という。
 モナ山のお書きという。これが、二つ合わせて、ナイティ・ノン
という。ナイティン・オンという。無錫音という。むすずおん、
という。フランス語のリエゾンである。、イル・ソン・ブゼメという。
見たやら、ソンタレコールのたれたれ、という。あるれらの壬生せん、
という。メッセのお口とそ。めろれれ、という。めぶすのゆゆす、
という。えてゆて、あるれる、ゆゆす、ゆゆす、とそ。
 この文が出の文である。
オスト・アンデール。ナイティ・ノン、えるれるゆゆれ、とそ。
最中を押したら餡が出る。最中をオスト・アンデールという。
何語であるか。日本の幼児語である。
モナカという。モナの中の餡の出を、オスマン・トルコという。
押饅(オーマン)という。Oの字の出来という。丸い話という。
オーマンという。お万という。饅頭を、お饅頭とそ。
オーマンかいの山という。
 満開の桜、桜餡のゆゆれ、という。桜饅頭を、押饅という。
押万とも。押印の山のお書きという。
 『子曰く、最中』という。シーホーランという。シーホーの
饅頭である。これを、フーツーという。中国福建のこととそ。
シーホーという、中国福建である。シーハウともいう。
シモともいう。シハ山のお書きという。
『しはく、さいる』とそ。サイチェンという。再会の山という。
ツァイランという。ててそそのおかや、という。壬生岡屋語である。
ツァイチェンの山とそ。壬生リラという。壬生津の山の世とそ。
山世屋、そそゆ、ててそ、るるす、るるるれ、えええる、ええそ、
すすゆ、れれそる、ててやお、よよよ、の、お書きとそ。
 もめらる山のお書きという。みみそのゆゆす、という。
ドイッチェン・ラルゴという。ペッキン・ソーワンという。
ぺきれむの山という。これを、枕という。夢のかかりとそ。
枕椀語という。ちんたむやるれる(ちんたむやるれ、とも)、
という。めっきの山のお書きという。ないすろく、という。
めめすめのゆゆす、れれよ、る、ははれ、という。
めて山のおきそく、とそ。みみすよ、という。めるるのゆゆす、
とそ。
 ゲルニカ饅頭のゲル饅(ゲル万)という。ゲルマニウムの山
という。ゲルニカという、健康の山のお裏山とそ。おんせの
やや、とそ。ゲルマニウムが健康とそ。ゲルマンとく、という。
ゲル万徳のやお、という。ゲルマニウムの下賜という。
 ゲルマニウムの金科玉条である。ゲルマニウムをモツという。
モツレラの地出ず、という。モツレラ・チーズのオスト・マン
である。チーズをマンという。万という。饅という。
 万饅の山という。これを、マンマンサンとそ。
マンマン山のお書きという。拝む手をオフムルという。
 おうくる手そ、とそ。てみ山のお書きという。
おきくくのきられる・きすく、という。けらせのまんすも、とそ。
マンモスの小さい時をマンスモという。時をモという。
マンモの山という。マンモスをマンモという。マンサムともいう。
マックという。まくれる、という。マンモスである。
マックバックという。自動車をマクという。マクレムの
おきき、という。ブレハンのフレーキという。
『フレとれ』という、ブレーキを踏むことをいう。ブレメ
ともいう。これを、マックれんする、という。マックランの
山という。夢走り山のおゆる、とそ。枕夢のちんつ、とそ。
ちんむのてゆそ、という。
 饅頭を食べた夢を、ゲル・ハンブレ、という。ケッソメ
ともいう。ゲルニカという。饅頭食らいの夢である。
げるれるろろすゆた、とそ。げめってのゆき、という。
げるけけ、という。ゲルニの音の、夢の音という。
音入り夢という。これを、おん・てっく、という。
おんするやる、とそ。ゲルワラという。わられらのゆゆす、
という。やもんそのけれす、とそ。けてすす、という。
 夢の進みをけてす、という。山々のお書きゆきよ、とそ。
略。

 半取という自動車で、半分のハンドルという。モーツトールの
ハンドルである。先の世の言いである。昔は、モーターボートと
言うていた話とそ。先の世の記録である。
未来のことをいう。
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物        
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましても、その方とは、まったく
関係はありません。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の
秋残り、本ブログ著者小林壱裕です。
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2017年11月09日

卒業1935・天の下140孔子の春(壮強太陽):イカスミ柳

文だけ【解説】
 火打石の火をささめという、後光ともいう。
これを大光という。太閤殿下のの光背という。
秀吉の兜の意という。
 火打ちのささめ出という。出の屋の矢という。
葦浜の出とぞ。ややめのふめ、とそ。
 よしの火打ちという。吉の字のさざう浜という。
よんれのお書きという。ままのや、とそ。
めらめらの弓という。めすやすのきるる、という。
これを、ひよら、という。ひが寄るをいう。
めむれるという。めせゆせのやよ、という。
めららの山のお書きという。
 字山々ありる、けれすれ、とそ。
火打ちの意味である。大光山のお書きという。
日の出の勢う絵という。山々のお書きのくれるゆゆ、とそ。
【孔子の春】
子曰く浜という。せっぴの切り火という。これを、せった、
という。せったの履きの意という。雪駄とも。せったの山のおよ、
という。せきれるすすゆす、という。切り火をゆんめるという。
ゆんすともいう。ゆんの切りという。ゆめすよの花ゆとそ。
これを、こうゆう、という。後、交友という。よき山のお書き
という。交友の夢という。これを、孔という。孔を、構による、
孔録という。これの意の交意という。こう山のお書きという。
 
 子曰。學而時習之。不亦説乎。有朋自遠方來。不亦樂乎。
    人不知而不慍。不亦君子乎。
 これが、歌の文句である。
  『子曰く、学びて時に之を習う、また喜ばしからず、
   朋あり遠方より来たる、また、楽しからず、孔子の春。』
   という、歌の一種。   ・・・・・続く。
 続いて、 Ce sont d'espoir, ils sont aime,・・・・
  仏語のような。 続いて、
 Yo soy mucho、・・・・  スペイン語のような。 ・・・・・
 『いずれの、おほん時にか、すぐれて、ときめきたまうあり、
  女御、更衣、さぶろう中、いとやむごとなき御方あり・・・』
  源氏物語のような。
 『春は曙。ようよう白くなりゆく山際は、紫だちたる・・・』
  枕草子のような。
 『つれづれ、日暮し、硯向かい・・・・』
  徒然草のような。
 『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・
  平家物語のような。
  ・・・・・・
  戯歌のような、
 『子曰く、最中に餡がある、押すとアンデール、
  黒い闇・・・』
  饅頭の歌という。 
  延々と続いて100ヶ国語で歌われているという、
  孔子の春の歌という。皆、同じ節で歌われる
  歌という。
  …延々と続く歌である。
  孔子の交友という。良友に交わる話とそ。
 枕草子はガール・フレンドで、真紫色の夢という。
 このガル、コールゴールの考えという。枕草子の
 本の意という。これを説いたのが、連れ連れという、
 良友であるという。それを解く交のお書きという。
 良交の山という。香蘆峰の山という。隣を祖峰という。
 これを良山という。良山泊という。交の交わりという。
 ス・ソン・デスポワールという。余、添いという。
 100ヶ国に交わったという、孔子の光子の山のおよ、という。
 これを、光孔子という。後、孝行の子とそ。この文を
 良光の山という。旅行する孔子という。光子とそ。
  これを、原子世とそ。原子をめでる光子という。
 原子分子の分けという。原子の語元が交の光である。
 原子の元という。原始の山のお書きという。
 原始原子の山という。原子を大切にする話である。
  光原子という。これを光源氏という。
 ときめき給う御方である。源氏蛍の光という。
 光の宮のお歌である。
 Should auld acquaintance be forgot,・・・
 シュッド・オールド・アクエインタンス・・・
 Auld Lang Syne オールド・ラング・サイン
  そう言う、こう言う、孔子である。
  光の友という、蛍がやってきて、光のサインを
  したという。いゃ、そうではない、紫式部という
  サインであったと、本の裏には書いてある。
  裏から読めば英語であるという。裏山の話とそ。
  これで、
  Should auld my sign tance be far・・
  という、源氏は遠い昔の話である。
   サインタンツの山という。つれづれのよみ、
  という。祇園精舎の平家山、とそ。
  昔々、浦島は、未来の話である。浦島原始という。
  原始物語の山という。源氏物語の、原子世という。
  原子物語である。浦島に落ちた原始という。
  光ったのは虫の尻である。虫の本という。
   虫干しの本のはや落ちという。虫干し野、家前
  の蒲鉾庭家とそ。由緒ある蒲鉾道である。
  100ヶ国語はそういう道である。世界がしるという。
  泥の頃の鎌鉾の道とも。おのころ島の古い話という。
  泥汁の話である。世界はしるであった話とそ。
   蒲鉾のお汁粉とそ。光が飛んで入った話である。
  こっちの水は甘いという。
   原子の交わりであるという。交われば分子になった
  という。分けの話とそ。源氏解、つれづれなるまま、
  いつものご飯はうまかったとそ。
   これを、信州信濃の雪は白かったという。文人の
  御馳走様である。雪は米である話という。
  秋残り庭国では、『ごちそう様』といい、また、『信州
  信濃の雪は見事でした』という、食後の挨拶である。
  孔子曰く、信の山という。信州という蒲鉾山である。
  お汁粉をかき混ぜて飲むをいう。蒲鉾浮かしのお汁粉
  である。御膳挨拶を、『祖峰』といい、また、『黒海遥か
  ようよう白き島を見たり』と、食前に言う、ぼっこの
  挨という。お汁粉の山の話である。『いただきます』の意。
   これを、しゅつろう札という。ダンレクの山という。
  ダン・ボックという。だんのやのややや、とそ。
  壇ノ浦の話という。
   源氏の白という、平家の黒という。後、黒を赤という。
  黒白のめでたきをいう。これを玄白という。玄の黒の意味
  である。今は、めでたいことは、赤白であらわす。
  これを、紅白という。古き時の交白である。黒にも
  赤にも交わる白という。サインという。左のハンコという。
  ハンコを二つに押す半分のことという。割り印という。
  二つの文書にわたって押す印とそ。左印という。
  右印という。これを、出、オールド・ウインという。
  Should auld win sign my dear vous・・
   シュッド・オールド・ウィン・サイン、マイ・
   ディア・ブー・・・という。ブーがユー youである。
   古代セルティスという。その頃の英語である。
   フランス語のユーという。同じである。ケルト・セルト
   という。セルティック・フランスという。これを、
   ブーズルーという。ブーのことである。
  蛍の君のいずれのおほん時という。女御好意という。
  若い人の話である。髪を分けた若い人という。
  文人の挨拶をする食前食後の交意話である。
   食による話という。
  そんな秋残り庭国の挨拶である。文を食らう話という。
  『文を食べますか』という。そういう文人食である。
  文・人食で、これをパンという。パンの古い意味である。
  食べ物のパンである。食人という。パンを食べることをいう。
  今は、この意味はない。
   ひと食らい(一食)の文という。一宿一飯という。
  人食い宿という。お化けの出てくる話である。
  略。一食一人の山、これなる。夏丘佑太の文という。
  夏を通うた人とそ。かゆればな、という。
  蚊が揺れた話である。孔子の古い日には、かの国が
  あったという。夏のか、蚊のか、これを、かのか(夏の蚊、
  蚊の夏)という。孔子以前の古い中国である。かのかという。
  かのかの文人という。秋残の周という。周の国があり、
  かの国があったという。夏の国の前には蚊の国があった
  という。秋残り説である。その前は、荊のかである。
  荊のかの国かあった話である。かかか大笑の日出葦で
  ある。秋残り庭国、残の話より。
   秋残り庭国笑角、蒲鉾道の小角、美残地有無の頃である。
  視座ありて星光りおよよ話である。今に名を残すクレオ
  パトラという。呉夫という把虎という、そんな虎が歩いていた
  美残地である。アフリカへいけばいる、あのトラは俳優である。
  ライオンに化けた寅とそ。獅子変化の玄白という。原爆の山
  という。これを源という。水源地の水たまりの雨降らしである。
  水へ行く虎という。マンモス虫という。アメフラシの虫である。
  『雨々降れ降れ、夏山河、・・・』蒲鉾道の歌である。
  泥運がやってきた話である。しゅるい泥。蚊トンボ機である。
  今は昔か、今は今か、ドローンと出てきた蚊のお化けである。
  略。孔子の論語の裏を読めば、そう書いてある。
   行間を読むなどと、裏を読む、達人という。裏立山お書き。
  香蘆峰の裏は雨降り山であったとそ。ドローンがたくさん
  いた頃である。ドローン機に乗っていた未来人である。
  後の世では円盤といっていたという。過ぎ去りし未来はある。
   時の流れは名を残すという。尚残山お書き。
   いずれの御時にか、子曰く女御更衣、という。裏交わりの
  古典という。駄作脳の解とそ。  
読み人、注:これを参考にすれば、試験やいかに、裏口、君を待つ。
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
 ----
ブログでの団体名、個人名、他名称などは、全て、仮想です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方は、同性同名で、実際の作詞作曲者は、
私、駄作者の秋残り、本ブログ著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350,677
Notice;writer says;
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