2014年05月27日

卒業157・紫一色:イカスミ柳

『卒業157・紫一色
  (紫式部)』
  4/4
 2014/05/27創曲詞 
 いずれの時かは 余知る
 紫の夜の月の光 蛍は
 飛びかいている 
 花露草 とまりいるを見たる
  鹿来る 夜々の風添い
  あわれ 露の夜
  筒の家の夜ありて
  わたる日の余の世
 
   
字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい日です。
そうきょうのよい自分です。
****
【咲き】
 紫の 夜の月は 笑みてぞ照る
 蛍、光を 放ち 露光り
****
  秋残り市立美術館春期展示
  『紫月夜』
   紫 源代 画然
  【解説】 紫頭巾のお出で立ち
     我が楽曲の紫式部である。  
***サメ  サメ サメ  サメ サメ  サメ サメ  サメ***




『卒業218・花
 (西山讃歌・咲き歌)』
 1/32    速さ、可変
 2014/05/27創曲詞
 
   秋残り市消極区区民 
   小林 劣(オトル)作る
   
 【歌詞】 花咲きつ
 【咲き】 花、色、とりどり 

字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい日です。
そうきょうのよい自分です。
【解説】 『機械の為の歌』
     人が歌う機械のための歌
     挿絵は、機械花の絵で、
     機械でない、機械花という花
     の絵でもある。
     機械肉筆である。先日、機械花の
     咲く丘で見たものである。
     『青によし 機械花 笑ひたり』
     文に入れる祖である。(『』内の短句)
     余が為の、絵を讃める句である。
     讃句、thank、という。機械語である。
     これを、『讃句言う』という。
     早くいう、音楽は遅くしている。
     機械編である。この解説も、余の解説である。
     
     『人は余につれ、歌につれ。』
     歌手は余である。絵も余が描いたものである。
     歌詞も曲も余である。余の芸である。
     余々々の編である。機械礼賛と人はいう。

      機械が歌う時が来ると、いづれの御時にか、
     いつであったか、余が言うたのである。
     『紫草を余に』くれたのである。機械虫で
     ある。大きな飛び跳ねる、鉄で作られた
     機械虫である。この機械虫の、『如御、好意』

     である。源氏蛍の紫色の露草である。
     源氏蛍物語ともいう。この紫式解釈である。
     単衣の解釈ではなく、12色の中の一式解釈
     である。紫 一色という、見識ある解説である。
     あまたさぶらう中に、いとやむごとなき御方
     である、源氏蛍の紫色の機械である。

     この機会に解説をする解説文である。
     源氏つゆ〔源氏露〕という、機械の話である。
     寝ながら読むという、『さんく』という、
     本の支えの装置である。『つゆつゆ、ありたもる
     。』 余は寝〔ね〕の時という。
     よわねの話である。弱音である。音楽を弱くかけて
     寝ることである。この曲である。就寝のときに聞く
 
      曲という。この曲を聴いて寝れば、どうなるか
     わからない話である。頭癖がよくなるかもしれない
     曲でもある。機械が聞く曲である。余の『あまた
     さぶらいたまう』夜の中である。

      『就寝夜曲』という副題である。虫も寝る頃である。
     「虫寝の子守唄」という花のお宿である。
     
     『秋残り世界文学全集 巻1
                    余は機械である 
      機械音楽解説項』より


   sotu218(40s.mp3     1分間 四分音符40 で演奏
posted by 秋残り at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/98117793

この記事へのトラックバック