2013年10月15日

未熟の花131浴衣:イカスミ柳


「未熟の花131浴衣」
4/4 20131015詞曲
そうきょうの日よい
あがりた日を
沈みてあがれる
よいよのあの日を
拝むことをたまう教え
山彦聞こえる 
山のお日と

**人の世の歌、花の歌である。
人の世という名の花という。
教えの木ともいう。
日の回りゆく絵の山、
ありありこゆれ、すする山という。

ほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい日です。
そうきょうのよい自分です。

****
  日はあがり 沈みて時を 刻み行く
 日の世の中と 人は愛でいう
****

フォッサ・マグナという、それを切ったときの歌である。
時がとしをいう。その日という。日本をとる歌という。
人の手できったものである。フォッサで刃の意味をいう。
マグナが世の山という花山のお書きという。
10月15日である。円筒をとる山々という。
これで切ったのである。
フォッサ・スーフクという。
フォッサの山の絵である。地下数十をいう。十がマグである。
フォーテル・カールルゥという。フォッサ・スーフクの歌という。
フォッサ・マグナの出来をいう。フォータルという山のすそという。
ここに、あられるという音の山の絵がある。
これをフォーククという。フォータルのうつるつ、という。
津の歌という。津山じいおりぃ、という。
ジオという言葉のことをいう。自分をジオという、うちの歌という。
ジオたる山のう、という。これを教えという。
おしやるたま、ともいう。おってよ、という。
これを書くたた、という。自分をたという。花おきの歌ともいう。
フォッテク・スックという、おうたる山の絵という。
これをとめる山という。とむ山という。
とーするという。とーわるの山という。
お書きという。この日、日は沈むのうく、という。
浮いて沈んだ日の山という。青い日になったという。
青日の歌ともいう。誠実の山のお書きという。
せった(雪駄)をとる、はれるるという。
はっすれともいう。はつるぅゆみという。
はたるせたという。これがフォッサのおき、である。
フォッサを愛でるあてともいう。
あらするすーたる、という。切りを入れた山のひである。
この日という。10をとる日の歌ともいう。
日々の山という。フォッサの世という。
フォーククのせたという。せーらるともいう。
この日の陽、沈まなかった日である。
ひまわりをフォーという。フォー花という。
フォーの山という。フォータル・エースクという。
すきをとる絵という。ひまわりのまわりとなる。
フォッサスーツツという。人の世の身という。
花の山の絵という。フォッサのうちという。
フォッサ・ヤールという名前の歌ともいう。
うちの名である話とぞいう。泥棒をおかない歌である。
フォッサ・マグナは溝である、話しである
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 秋残り市立美術館所蔵名品
「歩行」

よいよ すうふく 画家

posted by 秋残り at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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