2013年08月25日

まねの話:イカスミ柳

「まね」の話

頃が大和時代以前という。
「まね」ということという。
この「まね」が、古語に「まな」という。
「まなぶ」という古語という。これの元と
いう。「まなぶ」の時に、同じ意の「まねぶ」
ということという。これが同時に発生する。
万葉朝という。平安時代という。
この期という。「まねびる」という、同意の
ことという。これが発生した頃という。
「まな」から、「まね」から、も「まねびる」、
「まなびる」が出ている。
この話しという。これを「あまやり」という、
うちの話しという。言葉の話という。
「まね」が、名詞である動詞という。
「まね」で動詞という。動詞のエ段終止である。
 エ段でおわる動詞の終止形である。
動詞と終止という名詞でもある。
「ついゆ」という現代語もそうである。
 同士の終止形で名詞である。


古語以前   古語     古語
まね −− まなぶ
   −− まねぶ −− まねびる
   −−−−−−−−− まねびる

浮かびる」という、この系統である。
 頃が平安朝をこえた奈良という。
 平安朝の奈良朝という。
 平安朝の初めの頃である。
 大和朝で、促音がどんどん使われ、
 これが少し変わり、促音の変わりとなる。
 「まっね」という言葉という。
 「やっま」という、言葉という。
 これが「まね」「やま」というようになったことという。
 「まっねる」という、これを「まねる」という。
  頃となる。平安朝から鎌倉にかけてとなる。
  鎌倉期に、この促音が復活している。
 このごの話という。この頃のことでもある、ことという。
 「まっねる・くぅゆく」「まっねる・くぅゆぅ」という、
 私という。私の脳の言葉という。脳語の話となる。
 脳をたもつ脳の山の絵という。脳を「た」という。
 頃ともいう。鎌倉期であり、この促音の頃という。
 促音の屋という。「促音たつ」という。
 「たつ」にかけた「建屋〔けんおく〕」である。
 後の山のお書きという。

 後略す。

「まあねる・わっぷう」という山の絵という。
「うく」という、後が「ゆっは」となる。
「浮かびる」という、動詞という。
「浮く」状態を「うく」とも「うか」ともいう。
大和時代のこととなる。「うね」ともいう。
「うね」という名がうちの名である。
「うな」の話しという。
明治時代に復活された言葉である。
「ウナ」「ウナ電」である。
電気の話しがかかる話しという。

後略

古語になる前の言葉という。
「かざ」、 「まね」のあったれともなる。
「まねまね学ぶ」という、卒業の歌にある
言葉という、この意味である。学んでいる形容という。
まねまねという、まなの絵という。
まなば絵、ともいう。まなば絵、という。
山の絵のお説き、という。
私の学びである。

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三流歌手が、うとてます。
「有名歌手誰々さんの前座をつとめた。
 なかなか、できないものだ。
 レッスンは、きびしいものだ。
 お前やったら、このCD、1000円にしといたる。」
「何が、前座じゃ!!」
「君ら、素人は、好きなように歌えてよいね。」
「どういう意味じゃ!!」

キザッたらしい男です。聞きたい人は聞いてやってください。
私は聞きましたけど、汗、汗、汗・・・・・・
コンピューターが先生らしいです。
わらわらわら・・・笑っ
音量には十分ご注意の程を!!!


ほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい日です。


 
 
posted by 秋残り at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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