2013年06月30日

雪の子 :イカスミ柳

「未熟花 世
雪の子
(北町(きたちょう)の宮の歌、こにの歌)」
4/4 20130629詞曲
    カリプソ

1.
ざさんら みやみ はなぬやかの
おゆきほふれ ははらすみす
あとら まとら ふふるすやり
うきや はむる すこらゆきぬふ
やよら すぶれ うまらくひぶ
さあまるる うるかゆれく さむる

2.
そとゆきふる ふみぬすわず
かるれかざす ふるやまみず
かれす みたる やらふるべる
うすず らもる ゆきらけゆりふ
やすら すずる ゆきはぶすぶ
すざれるく るくはすぶれ(るくわすぶれ、と読む)
さけら

ほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい日です。
そうきょうのよい自分です。
 

****
 かにかほの さゆるかにかゆ やうるかか
****
20130630
古日本語という、歌語(うたご)ともいう。
歌に使う言葉という。
頃は、新しくに、大和朝という。古くという。
鴨川が流れる頃という。
火吹く「ひぶ」という。今という。
東という。東の尾という。
東山の「尾」の場所という。
火けぶる意という。この火を「ゆき」という。
「ゆきび」という。雪の子という。
ゆきびのことである。
黒い雪という。こくとく(黒徳)という。
ゆきびふるゆ、ゆきびふるゆき、ゆきびふるれる、
という。ゆっかす、という、やおとの山という。
どどむ山をとる、はっくす、はっくる、はっくれる
のか、という。はっくす・すっくぅ、という。
はっせるぶのえっぱ、ともいう。
はるくの語元という。
はっゆっく・くっくくぅ、という。
やうるぅ・かっくくぅ、という。
やっせる・ぱっぴの山という。
やうたる・けっすく、にいう。
という。この書きを「からゆる」という。
「古(こ)」という古い山のお書きという。
古日本(こにほん)という。
古日本語という、この書きである。
古日本語のぶんつゆ(文露)という。
今の文語という、文語の初期である。
古日本の文語のことをいう。
文露で文語の意味である。
ぶんろ、という。
ぶんたみ、ともいう。
ぶんとる山という。
ぶんみすうふくのかわゆれ、という。
ぶっるふーぶー、という。
ぶゆっすくぅ、ともいう。
ぶるっゆ・かうれく、という。
たーゆる・たーとる、という。
たとわるゆき、という。
たわすぅ・えらやのくりゆり、という。
これを「ゆくれく」という。
ゆーゆる・ゆーすく、という。
ゆーたるのえま、という。
やうるぅ・かっすくぅのお書きという。
るるる・つーるる・てーいく・るっくす、という。
今の英語のような言葉という。
これを、「たゆれる」という。
言葉の一種である。
たゆれるという言葉である。
言葉の一名称である。

たーせる・すーゆくのえっぱ、という。
これを、つーるすによる、という。
つーるす語を使うという意という。
つーれる・つーゆくのえーから、という。
かーれる・かーゆーのて、という。
かれっす、というはなわなのお言葉という。
あれるぅ・かゆれぇのえた、という。
これの「えた」という。
やうれるかまやか、という。
うーたるのえか、ともいう。
えった・さっくぅ、という。
わうてる・かゆらゆ、という。
歌を「オル」という。
「オルカ」という、歌のことである。
おるか・とっとく、という。
オルカをとるやお、という。
てんす、という。
てんの山のお書きという。

オルカの坂という。これを「おおれる」という。
歌の譜をいう。歌の歌詞である。
「おおれる」という。
こにの山のお書きという。
「おるか、やる」という、歌のことをする意
という。歌を歌う、歌を作るの意である。

「おおれる・すうゆく」という、歌のおと、という。
おわるはく、という。この「はく」(おわるはく、の、はく)
が、今の歌の拍である。
古くという。流句(るく)の譜である。これを「ふるく」という。
るを振る山のお書きという。

はくゆく・れっつ、という。れつれつのやお、という。
やおのく、という。やおたる・すうゆく、という。
古日本のうた、という。古日本の歌語という。

「かーれる」という、歌語もある。
「かーれるのゆき」という、2番がそうである。
かーれる・かっくぅのお山歌(やまうた)という。

ふるゆき、という。これをそとほるや、という。
そとをこゆ、という。こーたる、ともいう。
こゆれゆ・たっすくという。
こゆれゆ・たっ、という。

たってってぇ、という。たっとる山のやや、という。
ややする・たってくという。
今の小児語である。せったのやおのたた、という。
たた山という。昔という。
昔の話という。さーゆる・ゆいゆい、という。
さっする・さーゆーのえま、という。
ゆいゆいらーのさま、という。
ゆいゆいのさま、をいう。
さま、という。わっする・くーゆるてお、にいう。
ておという。たーゆる・さーゆくという。
たてる山のお書きという。

ふるゆきの夢ともいう。ゆめゆめありる・すゆる、という。
すーゆる・すうくくのお書きという。
すわったせの山という。すわる山という。
座山の話である。
山が座るという。これをたま、という。
玉山のおきよ、という。
おきらの山という。みやみの山という。

ほっぷる・すーゆーのさか、という。これを「ささ」
という。ざの山という。やまざ(山座)という、えこの山という。

東を「ほふる」という。ほふる山のお書きという。
東山のことという。

「はゆたゆ」という。はゆたゆという言葉の一種という。
このことの書きをもいう。
はゆたゆのかーれき、という。
はゆたゆのお書きという。
はゆそば、ともいう。

はゆれゆ・かーふく、はゆれゆ・かーふる、ともいう。
はった山のお書きという。
はゆたゆ語の話である。

頃が今尾という。今尾のやお、という。
いまをやお、という。
八百の話という。やおのはや、という。

八相(はっそう)の歌という。
この歌である。かりのふ、ともいう。
かりふの山という。
かりぷ、ともいう。

かりぷのそ、である。
かりぷそ、という。
たーたーのえた、という。
これをたん、という。
赤子の初めである。

たーたーという。
たんたんという。
たーたーたん、という、リズムという。
赤ちゃんリズムである話という。

カリプソという歌という。
4分音と8分音という、これを
「かり」という。尺八の話でもある。
かりの山のお書きという。

赤ちゃんという、かりの尺である。
赤ちゃん尺のおはこ、という。
尺八の音という。かりね、という。

かりねふく、という。
かりねのお山という。
お爺さんの話という。
尺八の名手であられる。
曲という、尺八で吹く、祝峰という。
祝峰節である。これを「かりねづゆ」という。
梅雨という、季節の一名称である。
6月30日を「かりび」という、明けをとる、
「よよそび」ともいう。明けた日を、火(ひ)という。
ひの山のお書きという。

よよそび、という山の譜という。この歌である。
カリプソは仮の親の祖である。
かしん、ということという。

かやま、という。かーふる、という。
かやまのお書きという。
かふるやた、という。
かーれる・ふーゆく、という。
ふっくるの山という。
かりふ書という。

かりえ・たまよ、の音という。
たーたーの赤ちゃんおと、である。
赤ちゃんのあやし、という。

こういえば、赤ちゃんはおとなぶる、という。
あずなぶるの山という。
あずなーぶる・すうゆく、という。

たーたーのかりふ、である。
たーたー音頭という。
音頭の山のお書きという。
この書きである。

たーたーのかゆれ書きという。
かーゆる・かわれる、という。
かわれる、という。
私という。買われる歌である願いという。

たーゆる・たーふく、の、おはこである。
おはこ山のお書きである。おはみの話である。
これを「みやみ」という。

みやという自分をいう、自分が見ることを「みやみ」
という。 ざさんら・みやみ、という、山を見ることである。
これを、かーゆる、という。山をカーという。
古い英語である、古い日本語である。
カーという意味に山の意味がある。
今の自動車である。カーユーという、古い云いである。
カーのことをカーユーという。
自動車をよく見れば山のようにも見える。カーユー、
赤ちゃんの言葉である。
カーという。よつんばいになった赤ちゃんの姿という。
カーユーである。カー姿という。よつんばいの姿である。

たーたーかーという、たーたーのお歩きである。これを
宮歩きという。赤ちゃんのよつんばいである。

宮詣でという、赤ちゃんのみまいりである。
みまの山のお書きという。
赤ちゃんのたーである。
たーまーという。たま山のたま宮である。
赤ちゃんのことを玉という。玉の輿は、赤ちゃんの
よつんばいである。かーよりという。かよりごし、という。
これを、かゆれという。赤ちゃんの体の話である。

かーゆれはなしょのはな山という。こしおしという話という。
あらっ、という、はま山という。東をかという。
これを、かゆれにとる、という。
かゆれの山という。かゆれ・すーふく、という。
かったれの山という。カーゆく、カーゆき、という。

山行きという。カーゆきの山という。
山をカーという、行きをユーという。
カーユーのお書きという。

カーユー・れっせの冬という。
れっせ・せっせーのお行きという。
れっせっせという、たーたー、れっせっせ、
である。
たーたーたー、れっせっせ、という。
この律という。韻という。
れっせ・すーすー、という。
くゆずる、という。でんでん虫のお歩みという。

たーたー・れっせっせ、という、ほぼ5分の律である。
4分半という、今という。
4拍子という、これを半という。
半を休みという。4歩歩み、半休む。赤ちゃんの律という。
これを発句という、拍である。
8分の9という、律となる。今の音楽という。
四分という、四拍子の律である。
たーたーたー・れっせっせ、である。

カーユーターターの山である。

かゆたれの書という。
かゆたれの言葉である。
頃が今を去る2千年という。
2壱千年前である。

2000年前のこの地の言葉という。
場所を「干す」という。これを、
「ちよ」という。自分のいる場所をいう。
2000年前の「かゆたれ」という。
かゆたれの「ちよ」という。
自分のいる場所をかゆたれ語で「ちよ」という。
かゆたれともいう、自分の場所である。
これを、ところの場、という。
かば、という、ばーたるのえ、という。
わった山のお書きという。

スースル・ヤールゥという。
ごゆさず・たまゆら、という。
たまゆら書である。

またのき、という。後日書く。
いちゆかきす、すゆすゆらるる、
ろつろてろろろ、ややや、すっするすぅゆぅ書
である。赤ちゃんのときの書である。

今をお去る、無双の頃である。
60年前の話である。

2000年前の60才である。
60の鴇の山の絵を描かれたお爺さんの
お話という。山々すうふく、である。
東山数(ひがしやますう)である。
絵の山のお書きという。
東山の音の書きを絵に描く描きの絵という。
柿の絵である。お爺さん柿のおややまのはこ、という、
話という。

またの機会という。文露の梅雨の日、
ふみつつつ、ふみみ、ふゆゆ、ふみゆ、ふみすゆ書という。
この書である。
後日書きをいう。後日という、50歳というの絵という。
次が無双である。
5,60歳の話を後日無双という。私の話という。
さよう山のお書きという。

ふみつるゆ、ふるす、やうるせよせよか、かきゆ、
はふる、ろろはる、つゆづつ、するゆ、やおとする
花緒山という。東山のことである。

「はな」は、かゆれくである。
かゆれく語である。今の世の花と同義語である。

以上を70という。70歳の山である。
東山の音を才(さい)という。才山(さいやま)という。
音取り山のおとね、という。
おとねよのお書きという。
音山すうふくのすすづる、という。
すうゆく山々のおあと、という。
70歳の御老(ごろう)という。
御老山の絵という。この文のお書きという。

さっくるのえた、という。
えたすよのやっぱ、という。
はっぱすうよう、ともいう。
はっぱふみつゆ、という。
行きと文をとる、かゆ、という。
花遊びという、ぶんである。
文行の絵という。このかきゆき、という。
かれっせ・すうゆる、という。
かれっせ・すうゆり、ともいう。
かれたる山という。
おじの山のお書きという。
おじやらすっすく、するするすうらゆ書なる。
この書たり。たりたりたり、すって、たるらす、
しょしょあるあり、ありるすゆりさゆさゆ、
ささやじんつく、という。

またのきによす。後略す。


今の世の言葉を「やむぜま」という。
かゆたれ語である。やむぜまのことをいう。

 
posted by 秋残り at 10:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/70229434

この記事へのトラックバック