2022年01月25日

出発2000 国会・文だけ :イカスミ柳

抜けています。ファイルが、どこかへ・・・・・。
折角、書いたものが・・・・、あの文は、名文であった・・

腹を横に書く。
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音楽
【曲名】 出発2000 国会


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/25
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/25
    監修、そうきょう連      2022/01/25
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/25
【歌詞解説】
DE1990 続き
【宮津氏】
   宮津の国会いを尊ぶ宮津市宮津ともいう、これ
   を宮津という。宮津氏とも。宮津市宮津の『ツ』
   が、節の意で、曲とも、音楽曲。
   宮津氏を宮津町ふに、という。『ふに』が、国で
   ある意という。宮津市民を宮津氏という。これを、
   メルス、という。メルスロン・ソールの宮津という。
   メルスロンメソールの・かよよんふれ、という。
   これが、氏を市という、宮津町ふま、という。

   パーレンセラーズという。アールヨン・ホアッルラー
   という。め浜の言いという。宮津町を、ふっきき、と
   いう。あおられて・そんすれ、という。この『あお』
   が、あび、という、あっぱすの言いのオルヨンテスと
   いう。これで、宮城(みやぎ)の宮津という。古く、
   宮城町という、この宮城が、白い衣服で白院装という。
   城院の宮城という。これを、両用という、宮城で宮着
   ですという。宮着市民という、宮着の誇りという。
   これが、宮城の誇りである。

    白院装を使う、宮津の農工である。宮津の農工を
   オル・パンハルという、これを、おりょされ、という。
   あっくすすれいの・あっくれす、という。
   これを、ちょうふち、という。町の淵ともいう。
   町淵のロップスという。アルパンス・スーショーレー
   という、これが、宮津の、ポント出しという。
【白院冠語】
    宮津ポンほの・かるけっすう、という。白院レブソン
   という。これだす・おりそり、という。古い堀の町と
   いう。宮津城下の、あるさんすうずう、という。
【宮着織白】
    宮着をたっとぶ、宮着織白(みやぎおりしら)という。
   宮津の織物である。宮津市の山のいやしら、という。
   これを、みのいり、という。『いり』を『はいる』に
   とる宮津ろんふれ、という。これが、白院冠語という、
   この冠語をクジャクの冠にとる、ロルレスという。
   古い先斗町という。ポルレセーラーという、アール
   トッコスのリオックスという。とんとれすの言いと
   いう。京都宮津のあっぱそんくる、という。
    この『くる』が、クルーである、英語の航行であ
   る。宮津船の・あおらっすう、という。小さな船の
   置家(おきや)という。
【宮津遊郭】
    この置屋を舞子の置屋に掛けた宮津遊郭という。
   この『遊』、船を遊船という、これを、宮津ぺっ
   すべ、という。あーるそっすべの・ゆみふみ、と
   いう。これで、船が遊ぶ、遊郭という。宮津の
   言いである。
【舞姫、宮面】
    『船が空へ飛んだ』という言い表しをする、
   宮津ペッパムのよりほんるう、という。この
   『ルー』が上文のルーである。ルルーという。
     このルルーを鶴という、遊鶴船という。
    これを舞鶴という。宮津舞子を舞姫という。
    男を、宮津ら、という。宮面という。キュー
    サン・クールルーという。これを、びめふめ、
    という。宮津町の興りという。興りを『せま』
    という、冠語である。興りせま、ともいう。
    これが、巌国のみやほめ、という。白院を褒
    める、宮津市の町ふられ、という。

     『あの冠、しらさざ』という。しらさ宮ふぎ、
    という。ふぎしくっくる、という。宮着の宮津
    山という。マールレレンテスという。宮着市の
    山ふり、という。ふりらんてすの・おりふっす
    ずう、という。これを、宮着の国得(くにえ)と
    いう。国をたっとぶことという。しらさゆっきし、
    という、宮着のことである。七五三参りに使う
    宮着という。この『しらさ』が白院である。宮着
    冠白(かんはく)の・しっかんはく、という。
    これを執政官という。子供の執政という、子供
    の宮のことである。

     神社を『もめ』という、木綿着を使う宮津の
    七五三という。主として宮津白院へ詣でる
    ことという。これを、執政官庁という、子供
    の宮である。宮津の国会々という。子供の
    国会遊びである。

     『国へ行って申すめ』という、子供の遊び
    である。これを大人がする、宮津ほりるし、と
    いう。『るし』は冠語で、流れという意とぞそ。
    掘りの流れを見て遊ぶ、遊朝面浜という。
【宮津城】
    ひょっとこの面を被って、『これは、いなこと、
    ほにほに、ゆかった』という、子供が喜ぶ山々の
    伊勢という。これを、ちょんぎはっくぅ、という。
    宮着を、ちょんぎ、という、朝鮮語のような、宮
    津の船周りの人の言葉である。これを、ポルト
    ガル語でいう、ルオロッソンルーという、るおす
    り、という。冠語ポルトガル語である。古いリス
    ボンの町の崖の場所という。そこの言葉である。
    これが、宮津の国掛かりである外国という、イ
    ギリスの庭園のクジャクと、リスボンの崖と
    いう。宮津城の造りである。堀を、りす浜、と
    いう、宮津の堀方(ほりべ)という。

    『この俺が宮津氏である』という、堀方の言いで
    ある。この城を、宮津堀という、宮津城の別言いで
    ある。これが、宮津城をめでる言葉である。上文の
    『 』の言葉である。子供を、お城様(しろさま)と
    いう宮津の言葉である、宮着の言葉ともいう。
    子供を天神という、こっちょめの言いという。
    宮津発の天神という、子供を、てんとくしり、と
    いう。 宮ロンセラーという。

    『天神が、きよらっせ』という、子供の歩み寄り
    をいう。これを、子供の提灯もたせ、という。
    子供の提灯もたせ歩きを、りよよみ浜という。
    りよれってす、という。ラールオンサールーと
    いう。この『ルー』が、きじ、である。鳥の堀
    城という。白院城の天神という。宮着姿の提灯
    姿という、主として、子供という。

    この子供の七五さん参りの姿を大人がする、宮着
    の、こくれす、という。京都市七条の西の町という。
    大門町のある辺り一帯という、ここの宮津という、
    同じことをする。大門セラーという。これを、
    セラーズ・ろっ色という。同じ町という。
【北極冠語】
    グップラーという、北極冠語を使う町である。
    ほっきゅく冠語のことをグップラーという。
    これで、北極を入れる宮津の町である。
     北極の地をいう。北極地の民です、という、
    宮津氏の挨拶である。万愚節の挨拶ともいう。
    『北極地ありせれ、らてさ、よってす』という。
    『ここは北極でございます』という、これに、
    『これせ』という仕草をする。これが、親指を
    『ませすら』という、北極の意という。

    手を握って親指を立てる仕草という。挨拶に使う
    宮城の城の風習である。この宮城、宮津城である。
    宮城県の宮城もこれをする。
【白院城】
     子供の官庁の出来という、大人がするという、
    北極冠を被る子供という、白院城のことである、
    宮である。
『難しい文です』と、子供がいう、
    大人の受けは、『簡単れす』という。宮津の『れす』
    という。『です』のことである。子供用語を大人が
    使う、れすてす村調という。これが、村長の『れす』
    である。子供を落とさぬようにという、落ちである。
    これを、子供るり、という。るりせまの言いという。
    子供あやしの言葉である。
【れす】
    『そうれすれす、れれーっ』という、幼児で
    ある話という。それで、田舎では『れす』を
    よく使うのである。尊重あやしの『れす』と
    いう。『そうれす』という方言である。
    これを、宮着得意の人という。宮津人という、
    宮津の陣の人という。

    宮津家老の、あやし落としという。宮津氏の
    出の人である。『れす』を『れれれす』という
    口回しで落とす人である。
【歌う国会】
    『歌う国会れれれす』という、国会をとる人
   である。落ちまくれの・落としまくす、という、
   弁舌さわやかな人である。
    『それっ、国会の中の、あの広場、落とし上が
   って候』という。難文調べの・れれれす、という、
   大人駒鳥がうたっていると言う宮津家老は、
   家康がまねをする、家康の口という。
 【宮津落とし】   
    これを、宮津落としという。国会をねらう人
   である。『それっ、歌文など』と、檄をとばす
   人である。
    『宮津、華やか、おりられっせとれ、すめら
   そんしょくの〜、げむかんられさ〜、るれせれ
   ・・・』という、歌語の歌を歌う人である。


【宮津家老】 
   宮津家老という、国会いの世界をもって、国
   会へ行く人である。七五三宮着に、城の小さ
   い模型を背中に下げて、便所風の落語建ての
   風呂へ入る人である。この風呂、遊船の風呂
   である。
【国会万愚節】
    国会の便所という、『城をもってきました』と
   いう便所失礼の言いという。背中ぶら下げの城を
   議長の前へ持っていく、国会万愚節の歌始めで
   ある。代々宮津氏の国会での行いである。万愚
   節という日の宮津国会という。『ソング・ロット・
   ショッテ』となる。万愚節尊具である。

    『家康公の口より、宮津がろかしょ』という、
   言いで、レレレテスという、言いをする。
   これで、宮津の国会の関わりである。白院着の
   ほおかむり、である。城を渡された者は『省知
   れす』という。『れを多く』と、宮津家老。
   指揮棒を指揮者に渡すのである。指揮棒を
   渡された者は『省知れれす』という。もう一人に
   指揮棒を渡す、『省知れれれすか』という。
   
   『はっ、スカっと歌います』という。
   これが国会駒鳥スカット・スタットという。
   スキャット論という、国会尊重の『れれれ』
   という。これが、国会尊重の万愚節次第である。
   『歌う国会』という、二人の指揮者という、
   指揮の呼吸という大切なものである。

   宮津氏出の若い人である。宮津家老の大お爺
   さんという.宮津市での白院の檄という。
   遠い所から歌の檄を飛ばす人である。
【宮津と国会】
    宮津の劇と国会の劇が同時である。ビール
   時間のもたせ巾の時間である。同時でなくとも
   同時である。これを、異同時という。宮路の国
   会という。
【三宮と国会】
    この日に三宮の合わせという、檄受けという。
   三宮の提灯並びがこれである。国会と同時に並ぶ。
   三宮の国会時という。この時に拍子木を打つ、
   国会の歌始めである。暴力団がこれをする。
   この日の暴力団、『うえにゃ〜』という受けの
   声を出す。これで猫の頭に、小さい城の飾りを
   つける。この猫を『じょう』という。これを
   国会じょうすか、という。

    にゃあという、化け国という。暴力団を化国と
   という。ここに、かすれれれ、という、花化けの
   にゃおん、という。犬に小さな布を頭に巻く、
   犬よめし、犬ぬより、という。
【国会の花化国】
    狐に灯という、頭に小さい灯りを表す、花のような
   ものをつける赤色という。国会の花化国という。
   花化団ともいう。国会を見る暴力団である。宮津家
   老が赴かれる三宮という。京都七条大門の宮津とも。
   同じ行事をする話という。この話が七条大門の国会化
   という。国会の万愚節のたっとびという。
    
    これが、万愚節の花化けという、花化(かか)という。
   宮津万愚節が、花化万愚という、城を花化城という。
   宮津の城の別名である。全国の宮津、三宮、これに
   ならう。『春由』の歌を堀に向かって歌うこととも。
   歌川堀宮津市である。この日の、宮津市、宮津詩
   いう。宮津氏の話という。宮津家老尊という村で
   ある、市であってもそういう。詩尊大切という、
   化け言葉を使う。
【祖先をたっとぶ、しそみきという。】
   挨拶に、『しそれら』という。始祖の宮という、
   白院のことである。この日、詩を読み上げる、
   檄のことである。これで、檄を飛ばすという
   意である。白院檄文という。『しそれら』の
   挨拶という。『しそれら、みっとしょ』という。
   祖先をたっとぶ文である、檄文という。

    これで国会を、歌劇所という、宮津言いである。
   万愚節の言いとも。日本全国の言いである。
   『歌う国会』という話である。

    若い人がした国会という、国会での万愚節と
   いう。六百の席のあった頃とぞ。囚人服を着て
   前に出る。『そこの天皇、前へ出ろ』、宮津家
   老の言いである。これを、りはばん、という。

    『島流し』という、囚人服のことである。
    国会を、孝明庭という頃の万愚節である。
【省朝】
   この劇もたくさんある、各地でする、万愚
   節の一行事である。この国会、天皇を省朝と
   いう化け言葉を使う 。省朝れんせらあの天
   皇という。『古い凸』という言葉で、これを
   表す。『いいのしの、いいのしら』という受
   けの言葉という、『古い凸』の言葉である。
【オーストラリア】
    オーストリア特区から帰った日の国会での
   ことという。オーストラリアの古い言いで、
   キャンベラ特区のことである、オーストリア
   特区という、オーストリアの踏襲を置く、
   オーストラリア・キャンベラである。

    オーストラリアのシドニーにおかれている
   アールロックスという、コンドルの省朝という。
    これを、体する、島流しの風という、囚人
   服を身に着ける省朝という。囚人をたっとぶ
   意でもある。驚くことでもない話である。

    喜んで着ていた私という、囚人服の
   ことである。京都御所の長屋の頃である。
   祐の井のある所である。この長屋を、甲
   という、甲部屋という、甲室という。
   甲室ルックという囚人服のことである。
【船員服】
    後、船の甲板のことという、甲大(こ
   うたい)という、船員ルックともいう、
   作業に適した服装である。宮津城の家老の
   お教えという。私を囚人という宮津城で
   ある。城内で使う言葉である。

    『囚人は使いまして、おりおります』という、
   『私は、出航します』という意味である。
   私の好きな言いである。

    オーストリア・キャンベラのシドニーの
   言いという。『ばって、すめす』という
   英語で『I would look, sir.』という。
   意味が、 I see at sea. という意で、
   甲板に立ちます、という意である。

    私のシドニー海軍の頃である。
   日本の古い、陸軍兵省の頃の言葉である。
   囚人という言葉である、『囚人は、お行き
  ます』という、日常の言葉である。長屋の
   言葉で、兵省の言葉である。天皇甲べめ、
   という言葉使いである。天照世(あまてら
   すよ)の言葉ともいう。 
   
    『うちの天皇は・・』という、子供を天皇と
   いう頃の言葉という、これを冷静という。一般
   家庭の天皇という言葉である。りはばんの言い
   という。太宰論ともいう。

    京大の中の家に住んでいたころの言いでもある。
   天皇頭(てんのうず)という、医学部の言葉である。
   東大とも。青山から通った東大である。東大の中の
   家という、この家を、青山いや、『いや』は家の
   ことである。いやます東大という、古語の言いで、
   れっつるつ、という。れんてす、という。まもの
   言葉使いという。
【裁判所】
    後、裁判所に住んでいたうちである。自分をうち
   という、裁判所の言葉使いである。

    今の国会、上の万愚節をすれば、今よりもよい
   国会になる。天皇制の弊害をいう日に、古き良き
   を見直すこととも。朱里城の琉球の頃の、メン
   シャーラーという挨拶の意でもある。メンスレー
   の言いの琉球冠語という、メンシャーラーがそう
   である。今様、メンソーレーである。

    古い日の琉球でよく言っていた、マンフェー
   ラーという。まんての言葉という。ひめゆりの
   塔を、まんすみ、という琉球冠語である、通常語で、
   えいたん、という。鋭端。

   今よりも、よい国会になる、今もよい国会です。
そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
posted by 秋残り at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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