2020年11月23日

卒業8154 俺154 原子爆弾投下 1/3 (壮強太陽) (壮強太陽):イカスミ柳

 ゆらという、うらのことである。宮城(みやぎ)やっきょ
く、宮城やっきくという。宮城やっきくのむお浜という、
おや浜という、宮城県の浜野ことという、そこへ行く山の
夜という、イージスという船の行きである。陸路へ行く
イージスである。これを、え、という。宮城県の興しと
いう、イージスで興す県とぞす。いいたり山という、
宮城のことである。古い日の国興しである。

 斉明天皇の話である。人工の天気という、原子の使い
という、雲が出ることという。木実の為という、若い人
の言いである。中性子を伴う原水素という、原水爆の
ことである。古い御代のことである。これを、斉明期の
たたかいという、我が闘争という。

 今にまた行く、埼玉の大叔父御上という、宮城の大
山の水素爆弾という、落とした人である。弁当箱二つ
程である。海の波が高上がった話である。原水爆の好
きな人である。原水爆を風呂敷に包み肩からたすきに
掛けて歩く人である、腰に巻く人でもある。喜びの人
である。槍型水素爆弾を持って通うた東大である。
鉄騎馬という、高らか足音の東大という。富士津原見
山という、水素爆弾片手の雄姿ゃである。

 この東大、江戸の頃という、この江戸、京を、こうり
ということの言いとぞう。氷が張る京都の言いという。
京大の、あずまひろ、という、奈良の四条縄手城である。
〆縄城という、今の三輪の奈良である、後、うるり、と
いう、そこの城である。東おり語という言葉を使う城で
ある。城を、ろく、という。ろくむき、という、おりご
る言いの、しろつ、という。三輪を、しろれる、という。
三輪のやの言いである。あしかがり山の麓である。あし
かす山のお絵という。

 〆縄のかかる城とぞう。四城らら、という。そこの住
まいとぞう。今の天理という、そこの城である。名を、
しっぽ、という、おしっぽは、という。はい、という
返事という。しっぽの言いという。山と答える、城で
ある、城の言葉という。忠臣蔵のことという。
一緒に城にいた吉良上野の御方という、栃山沢という、
栃木の近くとぞう。『との、殿中でござる』は、電柱の
ことである。忠臣蔵の人という、浅野内匠頭のごいそ、
である。一緒に住んでいた忠臣蔵である。忠臣蔵の
仇打ちとは、原水爆落とすことである。糸山の岡の
糸という、細い形の水爆である。

 水爆落として、何かよいという、木水の為という。
穂浦断頭という、水死祖と中性子と原子の合わせと
いう、図を吸い上げる爆弾である。そして京都は水が
なくなったという。キーラフーミーという、吉良山の
吉良家の家という、斉明という、吉良の家である。
穂浦連騰という日の落としとぞう。毎日落としていた
爆弾である。よっかす、という。水をなくす一手段と
いう。大きな雲が出た話という。のち、水のまま
上がった水もある、水がやってきたという、空から
来る水とぞず。

 とかちという、戸津川の家という、そこの水という、
空にある水である。岡山にもある。ほか、東府という。
東大の浦の川である。ちかそよのお水という。大きな川が
流れていた東大である。槍を落とすという、東大の上で
落とした人である。国作りである。国作の爆弾落としで
ある。村上城の周り、数十の原子爆弾である。城目安に
周りに落とした話という。村上城の話である。あいっ
とむのおばく、という。ゆいゆるおんせる、ともいう。
水素爆弾である。和国という国である。大阪曽根崎上
という、ピカランというピカドンである。イオントーブ
の言葉である。ピカリドンという、私の好きな水爆で
ある。茨木の海がなくなった話という。雲花崎という、
投下の場所という。今の曽根崎である。

 また落とす話という。人心が乱れたら落とすという。
やなぎという、原子のことでもある。ドン花咲かせる
ことである。太平洋お書きという。落柿舎のことである。
原子爆弾製造所である。ばしょうの話という。去来の
ばくおく、という。吊るし柿の落ちである。縄糸の
吊るしという、これがある、アーホの町である、アメ
リカという、ダラスも、の、うちい、という。井戸と
いう井戸山の落としとぞう。後、ダラスが出る、こっ
こくという、コクソクの国という、ダラッセル山の
おちいく、という。ダラスすめ、という。ダラス
天皇である。アーホの麓という、アーホ山の麓である、
ダラス山という、古い言いである。

 我が懐かしの故郷、樫の木がある町とぞう。ある
阿呆の文という、関西便の阿呆とぞう。アーホ山を
観た人である。アメリカ・アラモ、だせすき、という、
すきやの今という、今のことである。原子爆弾を落と
すことを戦争という。戦争中の話である。

 弁当箱の水素爆弾、懐かしいことである。和国の
お書きである。

ぐだぐたいう世の中という、もうやった話である、
とうの昔である。ぐだぐだいうという、鮎島の言い
である、鮎鳥島ともいう。穂浦の東の方である。
ぐだという場所である。ぐだ島という。穂浦灘の
沖である。そこで落としたリットル・ボーイである。
原爆弾リットル・ボーイ型である。棒脳の話という。
原子を見る脳である。おれまがりの隣てある。

 やなぎよば、という脳である。柳野言葉を大切に
する人である。どんどん使えば健康になるという、
やなぎのことという。健康の脳という。アーホの
邑の教えという。アーホの邑の古老という。
アーホ山の麓である。ルシュという、蘇州のこと
という。アメリカのアーホの中国名である。
ゲリオンという中国語のことである、古い武漢の
言葉の音韻とぞ。イオン密国の言葉という。
イオン世の言葉である。密国がダラスを意味する、
ダラス天皇の言葉である。

 ワシントン・モーニカという、ホシントン・オ
ハラの話という。

そうきょうよい時です。島津よいときという、
 そうきょうの島津である。上田成明の世、これなり。
  世の矢のお書きという。
posted by 秋残り at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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