2020年06月02日

卒業6140 ANGOLA Campus 俺090 学園 (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/02/24 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業6140京都船旅5040
古譜4040大原練習3940天の下4340 ANGOLA Campus 俺090 学園 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



伴奏譜 長尾調律

    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
君とともに行けば 学園の前の丘に風吹き
貼るは青竹が気高くも天に映え広がる青空
青春を謳歌 君がいる 私の大切な人生の
若い時があると 君話す
ああ 我らが人生 君ありて我
   鳥は君に歌う学園の花に蝶は舞う
   この世に尊くも生を受けて君に
   出会う 夢 夢成りの丘に 若い
   意気に燃え 燃える時 これから
   分かち合う今の時 君と私がいる
   君話す
   ああ 我らが人生 君私いる

 狐の天気予報。〇r1999/02/24
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
そうきょうは、よい時です。
【歌詞解説】20200601
長尾律
伴奏の長尾律、長尾城の律、風邪の律とも。風がヒュッウと
吹く時の律です。ひゅーぅひゅー。この伸ばし方を音符にし
たもの。長尾城は、よくこの風が吹く。
長岡町友岡
 京都府長岡京市友岡の歌、Zの校章で、銀色で、詰め襟の
ボタンも銀色。乙訓郡という所にある、乙訓高校の歌です。
私の好きな長岡です。昔、藤原京と言うた所で、後、長岡京
と言い、長岡町を経て、現、長岡京市。竹林がたくさんある
所です。 京都から大阪へ行く途中の京都寄りの町です。
 子供の頃に住んでいた所です。京都とは、だいぶ、雰囲気
が違います。この南の方が、淀川の泓の港であった頃、後、
飛行場になります。亀岡連絡の長山浜槍といいます。がにょ
しょを少し使う所です。鼻母音を使う所です。今の乙訓高校
のある所に住んで、他、数か所に住んでいました。
 この学校のある南が、段明けをする場所です。夜が、数回
やってくる所です。蓮の池で、蓮を植えていました。泥水の
出る所です。この南で、泥水警戒をしていました。そんな頃
です。リンリンと鳴く泥水で、ここもそうです。竹林で、泥
をとめる場所です。
 柳谷観音へ行く道があります、その道に西陣という所があ
ります、この西陣がもう少し高く、この山を泥水が越えてきた
所です、今の、長岡天神の近くになります。ここに住んでいる
ときに泥がやってきました。鉄砲水のことです。何の前触れ
もなしに出てきます。
 今の学校のある所、丸い球体の霧が出る所です、私の住む
家へも、よく、出ました。京都では、けせより、といいます。
私の好きな霧です。
 大阪のキンカランという此東(しとう)にある大学で、そこ
の歌でもあります。大坂の、こいよは、と言います、霧のこ
とです。昔の今の学校です。今は、こんな自然現象もなく
なりました。パーレバーという、パルッセのおいよいと
言います。御所の小崎ゆれままという言葉です。御所の頃に、
よく、まませまという、この言葉のことです。紫宸殿の奥の
間のこと言葉です。こくれまの言葉ともいいます。御所の
冠語です、けせより、こいよはのこと。まべた山のお書き、
これなるを。
 コールレ、セーゼー、アックサ、レールと言います。
まるで、英語のような言葉です、亀岡の連絡に用いる、
長岡の内密用語です。ないさむの言葉とも。長岡の湯原
伍です。がにょしょを駆使する言葉です。この辺が丹波
街道の通り道になります。亀岡へ抜けていく道です。
 アップセ、サンラールという、壬生すいっしょむ、
という言葉です。水晶の出る所の言葉でもあります。
アランズーの山のお書き、これとるせる。ペペソの
おやよらっく、とぞいといつれれす。この『とぞいといつ
れれす』が、長岡管制の言葉です。無電を駆使する、れるす
発信です。また山の発信ともいいます。
 のち 、ハワイへ行く、ハワイの『とつとら』という
発信用法になります。『とらとらとら』のハワイ発信と
いう、ジェット機からの発信とぞふ。この『とぞふ』が、
ハワイのワイ山の通信のトツーです、トトツウという、
発信前のテスト無電を打つ時の、発信です。受けた側が、
ツトンという答えを送ります。トトツウツトンという、
主に、長距離の出に用いる、超短波と、超長波の二種を
使う、これを、同時に発信し、時々、無電を打ちながら
航行します。主に、着発安全に使うことです。どんなこと
でも安全を期していく発信のことを、ゴメクレ、と言います。
ゴッセ・パックスと言います、後、パックス・ロマーナと
言います。今のローマ帝国の話であります。長岡と亀岡が
かかるローマ帝国です。その内東であることという、
あこやくのおろー、という、ローマ帝国のことです。
イタリアのローマです。
 トツー発信と言えば、パレス・サイドの発信でありま
す、御所発信のことです。ここの御所のとを、藤つ京と
いう、後、藤原京という、藤原卿とも書く。
藤つ原のお書きという。パレス・サイド、れんて、
まっくす。この『まっくす』が幕である、後、幕府
であります。今の烏丸の御所にも、この藤つ原卿が
ある、場所が東の方になります。
二条の藤つ原といえば、二条城の前であります、城内
では、大政奉還のあった場所の傍です。
 この学校には、よくできる人が多くおられ、私が兄と
呼んだ壬生の同在の人、藤原へ一緒に行き(藤原京)、
また、この学校で一緒になった、そんなことも忘れて
いた、学校へ行っていた頃の私です。壬生新撰郷の人
です。
正(やなぎ)。J01
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【国司】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
そうきょうはよい時です。
20200601
【とらとらとら】
 『とらとらとら』と、『我、突撃せり』と、打電して、
突っ込んでいったのが、俺である。むろん、安全である。

 また、『とらとらとら』と発信するのである、ハワイ、
マウナ・ケアである。あの険しい崖から、底までの鉄路
建設である。ダイヤラーという、ダイヤモンド・ヘッドという。

 『まあ、行くがよいのう』『いには、まる』という、無電
発信である。無電用語である。『いには、まる』という無電
用語で、スタッド・ピリオドという。〆の用語である。
 突撃 
 これに番号を打っておけば、よい話である。
『行くがよい』という、1941である。園部の完成の話である。
大崖の上での話という、園部の城と言えば、よくわかってよ
い。『とらとらとら』というこの頃の園部、亀岡、城東の通
信用語である。俺の大御叔父であるお方という、『まあ、行
くがよいのう』と言われたのである。『うちの四番』といわ
れるお方であり、言われる俺である。『突撃します』と言う
て城を出た俺である、城からの外出用語である、『突撃する』
という。その大叔父を、『御兄君、御父上』といっていた俺で
ある。園部の城の住まいという。
 突如 
 この『突撃』を、長岡は、『突如 』という、隣は長尾城で
ある。今の向日町である。その長尾城を長丘という、この長丘
では、『突れん』という。この『突れん』を、今で言えば京都
室町の長丘である、室町である。
 突連 
 『突れんいたす』という、新潟の村上(むろかみ)の言いの、
『しつれんいたす』である。この室町の長丘を、よきらむ、
という。よきらむの蛸室(たこむろ)という。船が行きかいし
た室町港である、現、京都市の室町四条辺りである。
室上(むろかみ)の言いである。古い日の新潟の村上城をいう。
『しつれんいたす』という、亀岡の『突撃』である。
無電に『いには、まる』と〆をいう。この標を、まる〆と
いう。今の文章である、『。』をつける〆である。
 これが出た所が長尾城である、文の〆のことをいう。
これを、12月8日という。『ひとふた、まるはち』という呼び
である。12月8日というのが、これの意味である。
 穂浦海軍蔽 
 日の、12月8日を使う、古い穂浦の海軍蔽である、穂浦海
軍という。ここの卒業生である俺である。学級を仁徳級と
いう。仁徳学級の『とっきょす』という、上の文の『突撃』
『突如』『突連』がこれである。
 長尾城 
 そこの神戸という場所である、穂浦の蜷川の大山の港であ
る。ここの出である、『よいよ』のお城である。長尾城
の話という、向日連の山という、俺のことである。周りを、
御父という御母という、蜷川共産のコミュニズムである。
コミュニスムともいう、コミュという城にいた俺である。

 この頃のカメラという、デジタルである、ハワイ鉄路建設
もデジタル・フィルムという、写真もある、今のいう動画で
ある。動画という、古い言葉である。京都に水がたくさんあ
った頃の言葉である。この水がひいた時のガレもある頃と
いう。これを、長岡らんまく、という。長岡覧の幕という、
後、幕下という、後とぞう、幕府の造りとぞう。高山城で幕
府を興す話という、ささ寝をしていた俺である。これを、城
の打ち死に、という。死にかえる寝という、まくすきの言葉
遣いという。のち 、仙台青葉城にこれが出る言葉という、
だてのうそ寝という、だてざんまら、という。仙台のだての
話である。いたちという、いたち寝という、仙台のいたり山
という、いたせらのだっつ、という、ダットン・セールレー
という。この日の、いたちやまれのお行きという、ハワイへ
行く俺のことという。『まあ、行くがよかろう』という話で
ある。

 行く前にしっかりと原子爆弾を落とした俺である。デッスー
という、この時の言葉である。後、デシという、へりでしの
お行きという。仙台城の話である。

 ハワイ航路という、仙台、大槌、亀の航路という、後、北
槍を入れる、今のほう山という、れんての槌針(ついはり)と
いう、富士空輸の空路という。この日の仙台、がたけら、と
いう。崖をガタという亀岡のガレである。

 これで、崖の整理をする話である。
ガレ    亀岡
ガラ    長岡京、向日町、向日町西のすめくり、この
      『すめくり』、今の千代である。
ガタ    新潟のむろれる言い、村上城の言い、村上の
      わじつめ、今の輪島、軍艦島、金沢一部 、能登
      半島ほぼ全部、ガリャともいう、この地域である。
      ガタガリャという。能登のアンナルレーという、
      後、北道の アンナプリという、アンナプルナの
      場所という、崖をアノンという、後とぞう、後の
      アンナプルナである。アノンという、これがフ
      ランス語に掛かる言葉である。
      『アッノン、レールレー』という、アンナプル
      ナの言葉の出来である。アンネラーともいう、
      アンナプルナの傍の人の言いである、アイヌと
      もいう。アイヌ語の出来である。このアイヌ、
      自分を『朕』という、『陳(ちん)』ともいう。
      
      『陳(ちん)、たまよら』という文の出をいう、
      文頭の言葉である、出が、小崎御所である、他
      の御所の使いもある、主として 、御所の発信
      に使う、『われ、いったんせ』という、いったん
      のまがり戻りのお飛びという、ジェット機が、
      いったん、まがりの場所を経由する飛びという、
      後、目的地である。この時の打電の『トツー』の
      『と』の意である。小崎御所のジェット機という。
      ミグレラという、後、ミグという、スホイ気に
      使う打電の言葉とも。
      
      後、北道管制に使う、『陳、てっさら』という、
      『私は行く』である意とぞそ。
      
      この『さら』が、長岡の『さら』である、棚と
      いう大陸棚という棚である。水になる場所の更地
      というね水がひけば崖が出る場である。急な崖
      を更(さら)という、長岡から千代までの大更(お
      おさら)である、今の地学のU字地という、U字
      溝である。千代を千代原という、大きな地の造
      りという、麓という、西山の麓という。西山が
      もっとかった日で、その造りがそのままであ
      るととぞそ。
       麓をそのままに山が沈下した話である。2300
      位あった日の長丘である、千代長岡山という、
      西山連峰である。よいよはらみる、お書きとい
      う。『よいよ』の言いの長尾城の言いである。
      向日山という言いである。後、ながの付く所の
      言いになる。
      
メッテ   長丘、北道(京の北道)、北道(北海道、五稜郭の
      周り)、秋田恐れ山、岩手大槌、釜石、仙台ガレ
      (仙台の古い、崖の時の言い、亀岡のガレをいう
      仙台で、明智の謀反をいう、この時の言いであ
      る。俺を明け民(あけたみ)という、明智こみけ、
      という、仙台の古い言いである。)、九州長崎、
      鼻をいう、長崎鼻である、この言いが、レーラで
      ある、ロレルともいう、崖のことである。ドイス
      とも。
      後、メロセでいいがでる、めろすれのメッテと
      いう。大住という、京都府南の方で、宇治の近く
      である、メッテという言いに、メロセという言い
      がある、崖である。
      京都の崖で整理をした地である。京都を平地にす
      ることという、小崎御所である。大住も崖のあっ
      た所である。平地の工事という、小崎御所のこと
      である。あの間無里は俺である、冠に変えた日で
      ある。この時の言葉が、こんしょ(今所)である、
      今所と言うて、冠にしたのである。あの間無里は
      工事用語である。敢航法という、工事法である、
      都市を作ることである。今でいう兵器を駆使する
      工事である。山の名をいう、山の墓を拵えてする
      工事である、山を尊ぶ話という、自然の尊びであ
      る。これを、世盛る、という、後、四方拝(よも
      はい)という、そうきょうの拝みの一つである。
      会教弓山ともいう。これが、小崎御所の拝みで
      ある。後、皇室の拝みという、俺の皇室という、
      そうきようを口にする俺の口である。明治時代の
      拝みという。『そうきょう、よき日とみ山』とい
      う拝みの口上である。
       この日が、明治神宮の日である。神宮へいって
      そういうのである。明治神宮拝である。これを
      するユ(じょう、古代のしだき文字)という、後、
      皇嗣という。皇嗣ユ(こうしゆ)という古い皇室の
      言葉である。これをする皇室を、薨居という、後、
      戻して、薨去という、後、一般に薨去という、崩
      御を薨去という、古い京都の習慣である。一般人
      の葬式用語になる。山更地(やまさらち)の用法で
      ある。
       山が倒れ崩れることをいう、この山の弔いであ
      る。これが、古代の『トッ』という、後、突撃、
      突如、突連である。『山がいかはった』という、
      潰れたことで、京都の古い言いである。崩御とい
      う山崩れである。これを、人に充てた使いという。
       皇大神宮という、京都の五条大神宮の前身であ
      る。五条大神宮があった頃の、五条飛行場ともい
      る。コンコルドが止まる飛行場である。ジャンボ
      が止まる飛行場でもある。今の五条通りである。
      穂浦なきゆりという、おっせのこうゆり、という。
      穂浦管制の飛行場である。ジェット機がある日と
      いう、俺が乗っていたジェット機である。黒白縞
      模様、黄白縞模様、マークに鳥の頭という、その
      機、俺が乗っていた機である。自衛隊へ乗ってい
      った機である。仙台雫石という、穂浦管制の機で
      ある。つゆ山のお絵という、片翼半円形の機も
      ある。
       園部管制からの機でもある。大御婆さんお乗り
      機ともいう。操縦も大御婆さんである。ジェット
      機を駆使する国という、和国である、ウラン機と
      いう、ラドン機という。五条ヶ浦の作所である、
      造りである。そこの造りである、ウラン、ラドン
      を作っていた五条工作所である、ジェット機も
      作っていたのである。コンコルドも作った話とい
      う。零戦という機とも。伊号潜水艦という、潜
      水艇も拵えたことという。五条工作所という、
      俺がいる話という。石碑があることという。五
      条工作所の石碑がある。石碑も拵えた話である。
       俺様(おれよう)お書き、これが俺の書き方で
      ある。たぶという。今のタブである。
    
 五条大神宮という、大きな鳥居である。それを越えてジェ
ット機が飛び立っていく、その名かわ屯゛で行く小型ジェット
機という。頃を五条管制という。この頃の格納庫という、コン
コルド格納という、ラドンのコンコルドもある話という。
大中小という、コンコルド菅北という、コンコルドの繰りで
ある。後、京大講義で使う、伍用ジェット機である。この頃の
京大、その中に家があり住んでいたという俺である。京大時計
台の東である。近く眞室川が流れていたことという、後、疎水
の一部になる、ここから、同志社へ通た俺である。
正(やなぎ)。J01
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@546
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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