2020年05月23日

卒業6078 ANGOLA Automatico 俺078 がれき道 (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/02/16 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業6078京都船旅4978
古譜3978大原練習3878天の下4278 ANGOLA Automatico 俺078 がれき道 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
自動道 歩き行く 園花がれきの岩の
建家沿い 東山見分けの 高二三
伊勢背(いせぜ)けぶる闇山 篠皿山を
越えゆけば 話の原の風が吹く
足利の静か静か 鹿矢背

 狐の天気予報。〇r1999/02/16
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説、】
京都府亀岡市
伊勢背:山という意味を、いせぜ、いせぜ子という。山の意
 味の言い。
【国司】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【亀岡1/2】
京都等持院
 京都北区の白梅町西に、等持院というお寺がある。ここに、
足利尊氏のお墓があります。このお墓にまつわる雑話を一話。

 このお墓にいって、『この不忠者めが』といって、鞭で墓
石を叩いたという、そんな人がいたという。
足利尊氏
 尊氏を逆臣という、この話の出という。
 この尊氏は、自分のことを天皇というていた人です。織田
信長もそうであります。これを知っていたかどうか、多分知
っていたことと推測します。自分を天皇と言う、別段、珍し
くもない話です、日本では普通のことであります。
鞭で叩く
 ここで、尊氏の墓を鞭で叩いたという。何の話か、実は、
『墓の字を、書いてあることをしっかり見る』ということ
で、これを、『鞭で叩く』という表現をする、今は、こう
いう表現をしない。このことです。

 拝むことをいう、墓参りのことをいう、『鞭で叩く』と
いう。書いてある字を見る、普通のことであります。
これを、おれまがりの表現という、脳のおれの使う能(あた)と
いう。おれまがりの、ぶっかんという、ぶっそくしらく、と
いう、仏密のやおはる、という。仏典に見る脳の話という。

 『鞭で叩け』という、『墓参りをしなさい』という意味で
あります。これを、逆ふりめ、という。逆言いという。
ぎゃくふりめ、さかいい。これが、堺のかんはく、という。
冠のよんべつ、という。さみ沢の言いという。ベルン・
ハーレクという、べっすま、ともいう。げろらるお言いと
いう。めゆすてのおりかま、という。おりらる・れゆる、
とぞう。せせゆらのせみそよ、という。せみ鳴きのやお浜
という。
逆皇、逆臣
 墓参りの季節を、むちの夏季という、かよすてのべま浜
という、墓所を、浜ゆま、という、浜せら、はゆはむ、
という。これが、尊氏を天皇という人と言う。亀岡の浜せ
まや、という、そこの人のお言いという。これが、高尊の
言いの出という、後、皇孫という。これで、尊氏のことを、
逆皇という。これらの人々を逆臣という。

 『謀反をおこす』という、逆晴れという。これが、逆宮(
さかみや)という、宮様の言いという。この宮を、はむれ、
という、はゆすて、はもせ、はるれる、という。はむれ宮の
言いという。きろうぜる・らんくる、という。ゆわっすて・
ろっしょん、という。てむそめ、という言いとぞず。

 普通の言葉遣いであります。『謀反をおこす』という、
はっかせんばくの、ゆいする、という、せむせよの言いと
いう。れろっそん・らあくる、という。れろの言いという。
めよはる・るれふれ、という。この系の言いの話である。
『鞭で叩いた』ということの意とぞず。
謀反
 さて、この謀反という、この謀反のことを、ぼうびら、
という。べれはる、という、この『はる』を、晴れる晴れ、
はれすれ、はるれる、はる、という。これが、『はる』の
、逆みさ(さかみさ)という。この『みさ』が、拝みの祈り
という。祈りのことを、みさという。

 この『みさ』に、いのらず、という言葉で表す、いのの
言葉という。いのらずという、祈ることをいう。これを、ず
という、古くの言葉の使いという。

 今は、この『ず』を否定の言葉に使う、これが、謀反の
意味という。言葉遣いの謀反という意味という、謀反の言葉
という、『ず』の使いのことをいう。否定という、これを、
かえ浜という。返ることの意という、この『返る』を、変え
る、帰るという。これが、再帰という、言葉の意味の一意味
である。

 『再起しよう』という、謀反の話という、これが、この意
味を、はっきりと規定する、言葉の添えという。

 謀反を、企てにとらえて、再びを期すことを、むしゃほみ、
という。これで、戦国時代の話という。敗れて、また立つと
いう話という。これの言葉遣いという、現代は、これを、は
っきりと区別する、現代の語法という。

 『祈る』と『祈らず』を、同じ意味であるとはいわない、
これが、現代語法であります。これが、再帰の意味のことと
いう。『現代』が、昔にあった話という、この『現代』が、
再び現れた、再帰の今という。この『現代』は昔から、
ずっと続く、時間、時、代という。再帰代という。
思考
 これが、おれまがりの思考の、戻りという。おれまがりで
発生した言葉を、大脳諸部分へ放射し、再び、おれまがりに
返すことという、これを、帰りという。言葉の行き交うこと
の表しである。脳の中で言葉が行きかう、これを思考という。
古く、再帰思考という、今は、単に、思考という。

 これが、元へ帰れという、よみそみのおいそとぞず。いそ
ゆそのあいさみ、という。すやおすてのよい浜という。これの
言葉の意味が足利尊氏の話という。謀反とはいわず、きまめ、
という。きま浜の言いとぞず。『立つ』という意味である。

 足利尊氏を尊ぶ人のことという、『鞭で叩く』という、
墓参りの話である。墓へ参って拝み、みさをするという。
みさゆさのおいしみ、という。謀反のみるやり、という。
これが、槍を寺に置く一意味である。僧兵という、つわ(兵
)の出とぞず。僧兵という刀を持つ僧侶のことという。

 刀が、おれまがりを表す、槍を、言葉遣りという、言葉の
行き交いの話であある、思考のことを表すことという。脳の
話であることという。

 今は、『謀反をおこしてはいけません』という、現代の
語法である。これが、言葉遣りの、遣り行きという、思考の
結果のことという。謀反という話である。
坂を逆という
 逆臣、謀反、皆、亀岡天皇のことという。京都の西の亀岡の
地という。この地が、坂を『逆』と表す頃の言葉という。

 さかおみ、という、坂を見、坂お見、という。臣という、
物を見ることを、おみという。仏心よいかま、という。
『みなさい』という『おみ』という、軽い丁寧な言いの言葉と
いう。これを、ものごころ、という、物心のぶったる、という。
この『ぶったる』が、叩くになる。『ぶったる』の『たる』が
言葉である意という。ぶつの心という。これを、仏心という。

 むかし、物心と書いた日ぃという。仏心という。ものごころ
という、これが、みさお、という、みさのおこと、という。
みさおし、という。みさおを、たませる、という。後、給う、
賜う、たまうという。たもうのみさゆみ、という、たもうは
、たまうの音便である、たもう山るり、という。
『るりおして、たまうせらるれ』という、これが、古い、
もすべす、という、もれとの言いという。
『君、見給う』という、『みたまえ』という、丁寧な言いに
なる。

 謀反を、反(たん、はん)に謀るという。坂のことという。
反に謀ることを、逆と書く表現の出とぞず。『いかず』とい
う、『行く』という意味という。これが、津の言葉である。
水の添う 津である所の、『行く』を『いか』に掛けた言い
である。いか津という、いかづという言葉になる。

 これを、大井の言いという。大きい井戸を掘る、いか堀り、
とぞず。この『とぞず』の『ず』がそうである、『です』の
意である。現代は、この『いかず』を使わないこととぞず。
これが『とぞず』の意の書きである、ともに、『ず』の意で
ある。井戸人夫の使う『とぞず』である。井戸を掘る人である、
井戸掘人夫という。

 坂の上の『い』という、意であり、井であることという。
みよはっすら、という言葉遣いである。古く、足利のことの
言いという。坂の言いという、総称である。後、明智のこと
とも。明智も逆臣である。
亀山藩
 皆、坂の町の人である。亀岡の坂という。亀山天皇の出所
である。後、亀山藩という、後短く、亀岡藩という。この亀
岡藩の時が、謀反である時という。坂のことを『反(はん、
たん)』という、坂に関すること、坂に関する所、これの関連
のことをすることを、謀反、という。亀岡藩の言いである。
皆、坂に関する言葉である。

 これで、再帰の亀山という、これを、亀山ごわゆき、とい
う。亀山の強行という、おしていく、これを、るりおす、と
いう、今の、つよ行き、である。こよれるいまそみ、という。
きり、りあ
 亀山へ行くという、これを足利行という。亀岡の坂に行く
という、大きな凄い坂である。切り立った高い山のほぼ九十
度の崖という。この亀岡藩の頃の崖を、キリ、という、崖き
り、という。ここへ行くことを謀反という、謀反を起こすと
いう、崖へ行くことである。この謀反を、りあ浜という、
浜用語の、行くことを、りあ、という、亀岡藩の言いである。
後、意味の言葉を添えて、りあ行く、りあ行き、という、
行く意味である。

 この『りあ』の行きの、むっぱん、という、むれる藩と
いう、藩のことを、むっ藩という、藩の出の亀岡藩である。
亀岡藩発の言葉が、藩という言葉である。のち 、亀山状川
という、後、大井川という、後、保津川という、津がかり、
川がかり、崖がかり、という。亀岡藩の頃の崖の言いという。
これを、ガレ、という、亀岡藩の言いである、崖の意という。

 『鞭で叩く』も、『謀反』も、今では、意味が違っている
場合もあります。『墓参り』を、『鞭叩き』とは、いいません。
尊氏さんのお墓、頭がよくなるという。勉学研究の意のお墓、
お参りしたいものです。
正(やなぎ)。M21
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@448
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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