2020年03月31日

卒業4620ANGOLA Uranio 輪島620穂浦ウラン (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1998/12/25 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業4620京都船旅3520
古譜2520大原練習2420天の下2820 ANGOLA Uranio 輪島620穂浦ウラン (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 
    造詞、勇野 晴丈・正 
    監修、冴柳佐代次・正
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
原子力発電 各地にあると 厳かに
聳えている山のよう きれいな
エネルギー 安心の世の中 心は
いつも 清ら 発達する科学の
恩恵 人の世に寄与する ウラン鉱

 狐の天気予報。〇r1998/12/25
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記 20200326
【沖縄】
『あるされら、あるてさ』
『あるっされーら、あるてっさ』
 モイロムの言いという。『ある』という、これを、語頭に置
く言いの、うろ春、という。これを、ときゆり、という。めっ
せぶの言いという。後、『アール・・』という、あーるれる、
という、めゆるむ・せみせば、という。れれんその、ゆいてす、
という。
【乙中】
 『俺てっさ』という、めっすぶの、こゆふみ、という、言い
である。後、方言の一部になる。方言を、かいこ、という。
かいこの言いという。かいぜら、ともいう。かいすれ、ともい
う。この『かいこ』の『かい』を、虫の貝にする、かたつむり、
とぞう。『かたつむり』の『かた』が、かいの肩という。
かい肩という、後、買い方の商法の用語という。かたつむりの
商法という。後を、沖士の商法という。沖中士(おきなかし)と
いう。師ともいう。

 これを、ししかいわき、という、いわれる・けんべす、とい
う。しし染めの言いという。れれんその・あるてす、という。
この言いの、あるさ、という、れっけす・ろんけく、という。
この『ろんけ』を、論居という、後とぞう、論拠とぞ。

 らぶっせる・れぇぶす、という。ろんろん、という。話を論
という。ろんろん・れぇくす、という。論々礼玖須という。
『くす』という、言葉の意である。くす玉という、玉の言葉と
いう。ことだま、という、玉の御霊(みたま)という、言葉を
重んじることという。くすれむ山お絵という。この文である。

 沖津背山、山の城の状の波とぞう。城波という、これを、
しゅれせる、という。しゅれみれ、ともいう。御所の言葉とぞ。

 この波の沖の、城まま、という。波の言葉をいう。波るけ、
という。波せるえぺ、という。この『え』を、えぺ、という、
『えぺ』の『え』。えれせる・るわれる、という。波われの、
るめせら、という、われる波の景の言いという。われ波の山と
いう。われた・いき闇という。われてる・すみすゆ、という。
進む波のことの、いよ浜という。これが、浜である、地を浜
という、浜地のことという。ぞっとす、という言いである。

 これが、沖縄ぞっとす、である。ユイユイを、ゆるれる、と
いう、沖縄のほいるり、という。うばん・けったす、という。
うっせられーれ、という。うして・うっとん、という。
 うっとんの山うり、という。瓜であり、売りである。
これが、沖縄の商法という、この商法の買い売りという、貝を
買うという。貝を売るという。これが、うっと、という、沖縄
うちの、ういるり、という。ういせまの言いとぞう。

 れんせらー、という、れるれる山るら、という。これを、れ
るんそ、という。『れ』を言葉に付ける言葉という。沖縄の首
里の浜る、という。はーせら、という。はるれる・れるせれ、
という、せれっす・れーくー、という。せれせれのゆいらむ、
という。ゆてせの言いとぞう。

 『おっきゃんせーら』という、おきゃんのかうんと、という。
おっけらのおけら言いという。岡せら、という言葉という。岡
由良の言いとぞう。沖縄の言葉の出来である。ごんそむれっく、
という、ごんとめの御所の言いとぞう。これを、めんさっすう、
という、めんされ、という、めいてむ、ともいう。めるれるら
っくすのお言いという。めてゆたの言葉とも。

 沖縄の言葉である。『めんつぁーれ、めんそーら』という、
 『めっしゃれーれす』という、『めっそれ』という。『めん
 つぁー』の言葉という。おもっせ山の言いという。
 
 『めんたっすう』という、『おもたす』のゆい張り、という。
言葉が張った形状の言いという。染めの言いとぞす、張りの言
いとぞず、染め張りの言いとぞず。これで、京都の染め物の言
葉に出る張りの言葉という、染め張りの言葉という。
『めんさー』という、『おも張れ』という、染めて張ることと
いう。これが、張り板の張りで、めんの話が、綿の話でもある。
これを『めん』という、言葉のことという。

 『めん』で、おものことである。面。『めん添う』という、
『おも添い』の張り沢という。張りせま言いという。

 『めんそう、めんたっすぁ』という、これが、俺んづく、と
いう、俺せれの言いのはしょるれ、という、初めである。はぺ
っしょ、ともいう。

『はしょれぇ、めんさーら』という、初めに会いがある、合い
とも。これが、張り合わせである。沖縄の会いに『めん』が出
る言葉とぞう。『めんそーれ』という、『おもつい』という、
『おもそーる』のことの言いである。『めんらーれ』ともいう。

 『メン』と、単にいうことの挨拶という、『めんそーれ』の
初期とぞう。これが、英語の『メン』にあたることの言いとも。
京都の古い言葉でもある。人に会えば『メン』という、挨拶と
ぞう。
【ダラス、メン】
 アメリカの、『グッド、メン』という、古いダラスの、メリ
の言葉という、メリルという、メリルの地の言葉とぞう。
メリメンという、めりすれる、という。アメリカのダラッセル
という言葉である。これで、アメリカという日の行きの日の
言葉という、『めりせる、ダラス』という、若い人が行くダラ
スである。これを、メリー・ゴーという。メリーラン・ラッセ
ルという。『ラン』が『ゴー』である意とぞう。
メリーランドのラッセル言葉という。後、メリーゴーランドと
いう。ダラスのメリーの地の言葉である。ダラス人を、メリー
人という、、メリーメンという、祝いの人という、喜びの人と
いうである。これを、メリーダン、という、後、ダンクスとい
う、感謝のサンキューである。ダンカーレという、ダラスの
冠語である、サンキューである。後、ドイツ語にかかる、
ダンカ、ダンケという、ダンカッシューンという、ダンケの
感謝のドイツ語である。

 ダラスという言葉をもドイツ語に解釈する、ダンペムという、
アルトという、ドイツのアルザレハルという。され春の言いと
いう。張るにかかった、春である。
【張春】
 春が、張る意味をいう、張るが来ることを、組むという、
これを、組春(くみはる)という、後、蘇春という、張り春、
張春という。春が来る頃の季節に使う言葉で、早春の意である。
後、晩春、通常の春にも使う言葉とぞず。一般に、早春、晩春
という。張春という、長春ともいう。

 この『長春』が、沖縄の、縄の張りである。春を長い縄にか
けた意とぞう。長い張りという、ながはるの国という、沖縄の
ことである。縄掛けの沖のことという。縄をかけた、縄をかけ
た、かとう、という、かとうをサトウキビにとる、沖縄の砂糖
とぞう。かんため国という、甘い国という。沖縄の地のなりで
ある。
【サトウキビ】
 サトウキビの言葉が、吉備の国の言葉である。古く、岡山の
言いをする沖縄の言葉という、吉備の国の言葉を使う、きびそ
めの国という。『おっきゃんさっか』という、岡坂の言いとぞ
う。サトウキビが岡に植えられている景色の言葉という。

 暖かい沖縄の岡の屋という、しゅりさまり、という、れおん
てす、という、れすれす、という、れもそ、ともいう、今の
首里岡という言いの場所という、ここのサトウキビのこととい
う。サトウキビの岡という。シュという、サトウのことをシュ
という。シュリという、サトウキビの里という、首里の地名の
ことである。しゅりさと、という、しゅりしゅりという、しゅ
りしゅりの言いという。首里城の話ともいう。翁長という話と
もいう。

 沖縄のれおんという、これを、『さ』を、『しょ』という、
『ささ』を、『しょしょ』という、さとうを、『しょらせむ』
という。この『しょ』が、岡山の『しょ』という、岡山が少し
気候が似ることの意とぞう。『しょらせ』という、この岡の
屋のすみふり、という。ほとゆとの言いそみの、ういする、と
いう。『ういした』という、初めことである。沖縄ゆとんと、
という。これを、沖縄ろっこく、という言葉である。
沖縄の首里の周辺である。ここの『いこけか』という、サトウ
キビを、いこけという、いこけかという、言いのしょしょ闇と
いう。これが、サーサーという、サーの菓子の言いである。
沖縄、砂糖菓子である。これが、ショ糖の意味である。
ショショという、沖縄ろっとく、という言葉とぞう。岡山とい
う、沖縄の中の岡の山という、そこの言いである。これが、沖
縄と岡山の掛かりになる。ショ糖を、サーサーという、日本の
古い言いである。古い形が使われている沖縄である。
【沖縄菓子】
 サーター餡という、さた山餡という、ショ糖餡のことという。
沖縄もうぜの言いという。サーターアンダーギーという、さた
餡の造りものという、甘い菓子とぞう。ダーギーという出汁の
ことをいう。ダジダジという、京見の言葉という。ダージレー
ラの言葉とぞう。だめっせ、ともいう。

 京の言いとぞも。出汁(だし)を、ダジという、ダレともいう、
タレである。甘タレの言いという。だしるれんのお書きという。
だじ連という、甘連お書きである。甘党という話である。甘い
物のことである。

 あるさーれらーという、俺語の言いという、甘い言葉でもある。
甘い物に使う言葉という、一意である。あんだーぜーという、
あみそみの言いとぞう。俺語である。

添え。 
ちんすこう(金楚?)、紫芋という、北方の言いという。中国
から渡ったというひぃに、中国の北京の料理でもある。この時
の北京、明の中国である。ちんすきょうという、明の都の副添
えである。この明をミョッパンという、辮髪の頃である。
れんせる・はきるれ、という、中辣山のお書きという。
北京朗是という、蝋国の中国である。ちんすきょうという、
場所である。副都という、ミンパンの山という。後、そうろう
きょうという、糟糠の書きという、この書きである。
正(やなぎ)。M25、れっせれM30、せれす。
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2520大原練習2420天の下2820 ANGOLA Uranio 輪島620穂浦ウラン (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou43708
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@285上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1998/12/25柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@285
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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