2019年08月23日

卒業4055Italia Oyoyo・Fartおよよ(壮強太陽):イカスミ柳


馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業4055京都船旅2955
古譜1955大原練習1855天の下2255 Italia Oyoyo・Fartおよよ(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)


【創曲】2019/08/23、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
ゆうみづる およよはな はぬまねね
あれるゆら  おるまれす そちす
菊花ぬ おとずりを そめてる
さよ浜 そゆそゆる ふぬふれず
およふるす はぬれず ほいはる
ふめあゆず およよふ およふす

世々の歌で、オナラの歌とも意。


 狐の天気予報。〇r1960/05/18
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【過去をよくする】
1960/8/23   23日を、外のや、とそ意。柳。
        およふるや。
【駄作曲解説】
 ファ以下の音、オナラがよくでる。周辺脳、大脳外周辺の
働きとそ。
 小崎なよぬの、という。玄得山お書きとそ。オナラの話とそ。
オナラの周りに安全がよる話という。
『ぼんさんが、屁をこいた、匂いだら、臭かった』という、
安全がやってきた話という。      

【進む城】
 『あの城は、城の中に城がある。』
 
 大森で止っていた城が動き出した。浜を出て、家と言うて、
家はそんなに建っていない。少し藁葺きの屋根を見る。そんな
頃の東京という。空にはプテラノドンが飛んでいる。

【赤坂見附】
 赤坂見附という所へ行った城という。当時、この江戸を
東京という。東京から江戸へ行く。ここを、大和千陸という。
後、大和奈良という。

 大和に奈良がある頃の、大和という。ここの、い山という。
い山れいふる、という。後を、赤坂ろこ、という。
ろこのしみすり、という。ろの山のい山のえのは、という。
これを、エノラ・ゲイという。

 後、水が出るひぃの、えのよのげおく、という。ここを、
連別という。れれそのゆえるるのしとけ、という。しとれる
すみれむ、という。

 ロール・オールという、かれどその、みつきれれ、という。
つきつのえのよ、という。かれどのそ、という。みっけ
れってけ、という。この地の山に、れとそ、という、ゆみ様を
いう。

 ゆみれるわと、という。後わ、あかるや(明るや)の、
みょうらむ、という。ここをねてめ、という。てそれるおま
ゆみ、という。おませる、るはま、という。

 いろる山の絵という。赤坂見附の、かれさるよのお書き
という。カレドニアれんろる、という。カレッセ論ともいう。
 
 このカレドニアの享保の江戸の山という、カレドニアの
にかみ、という。カレッセ・ラールクという。城が動いて
いる頃のゆと、という。これの、かれどの赤瑠璃という。
瑠璃を土という。土の赤のかれど、という。

 後の、ラオロスという。ラトのゆ、とそ。まっとれる
山という。

 マントルというカレドニアの古い話という。カレドニア
をいう。カレドという、土の意とそ。カレドロンれる、と
いう。論原の、論まら、という。

【こせるは、こもせも】
 赤坂見附の城のある地という。ここの地をすくう人という。
若い日の、城旅という。城に旅行をするという。城の旅と
いう。城をこせるは、という。こもせも、ともいう。
城の古い言いとそ。後、きら、という、きも、という。
城を、しらきも、という。きらをしら、という。

【夢は枯野を駆け巡る】
 この『しら』の頃の旅という。しら旅の山という、『夢は
かれる』という。のち 、『夢は枯れる、かさむれ』という。
後、『夢の地祖』という、城の立つ地を城地という。
この『城地』の言葉の頃、富士が手を振ったという。
 
 『夢は枯野をかけめぐる』という。夢の旅の置きという、
寝てみる夢の後とそ、目覚めの起きという。
 城寝の、しもせる、という。城に寝る指針のはせむれ、
という。これを、はゆれる、という。葉が揺れる地の
地の歯という。木の葉のこととそ。

【旅に闇】
 地をやまめ、とそ。やまめのおいき、という。
『旅に病み』という、やまめのやみの、やのの野とそ。
矢之原の野という。ここを、闇寝(やみねはら)という。

 指針の指す赤い土の闇の野原の寝起きという、これを、病み
という。旅に病むという、ここの場所を芭蕉が原という、
芭蕉の世という。旅に病み、夢は枯れるという。
枯れる句の病みという、闇ともいう。

 闇の山の糸の葉の世の音行きという。これわねどった、
という、どった音という。どちるち、という、どてそや、
という、後、どら、とそ、後、ドラムという。

 ドラムスたいみく、という。今のドラムである。
カレドニアの着よう穂の山のお絵という。
享保を出た、しらきもの、赤毬という、赤床の地とそ。
江戸赤坂見附の場のお書きという。江戸山花ともいう。

 この日、享保とそ。享保が、動く地である日とも。
地ごと動いていた時とそ。『あの城は、城の中に城が
ある』という。これの論という。大きな城である。

 旅、旅、旅の日という、旅の山、これを、とゆれむ、
という。昨日、あてやりという、今日、ちみさま、という。
明日を、ゆのやら、という。この言いの時の、二条の外の
城の動きという。

 この外の城が、今の城を含んだ城とそ。若い人が寝ている
紫宸殿という、この城の一部の造りである。これを、
京都よんはな、という。京ららの、よてそえ、という。

【京都城目】
 今の京都の町、全部が城である頃という。これを、京都
城目という。京都の町が堀の町である。あこも堀、ここも堀
これを、堀の流れるとこせる、という。後、堀川に名残を
残す、京都城目の、かんせ山という。M氏の入城という。
 
 これを、名古屋連得という。名古屋の城のみえやむ、
という、の『やみ』が、赤坂見附の、しろみえやみ、と
いう。名古屋のすんつれ、という。すれらるMの山という。

 Mを、山笑みの字という。笑むという、M氏という若い人の
ことである。京都会議という、清原城という、後、駿府城と
いう、城の行き越しこなたの書き、とそ。

 小田野原城という、清保(きよほ、せいほ)の京都の享保の
ことの言いの時の、小田原である。ここを、冠せま(かんせま)
という。後、かんとんはる、という。かんぜらる小田山という。

 歌山の起きという。『旅に闇、ゆの目の借れる、ひむかしぬ』
という。ひむかいぬという、ひむかしの野、のことである。
れを、芭蕉の一茶という。芭蕉が場所である。

【夢芭蕉山 、夢場所山】
 芭蕉の句という、夢場所山という。『夢は枯野を駆け巡る』
城を夢という。

 『露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪花の事は 夢のまた夢』
露は、紫宸のつみふれ、という。この『つみふれ』を、城るけ、
という。浪華の城の、花揺れふら、という。

 大阪浪花の城という、これを秀吉の辞世という、日出葦が
夢を見たことの、城のことをいう。城へ行き寝て起きて、夢の
城という、城のことを夢という、『わが見る夢』という、
『寝起きをする城』という意である。時勢の話という。

【吉良】
 『時世時節は変わろとままよ、吉良の仁吉』という、
この『吉良』が、城の意味である。桓武の秀吉の冠という。
この日、かれどをいう、枯れる土の意である。

 カレトーニア・ラッセン・カーユレという。隣の朝鮮という。
出兵は、城が行くをいう。朝鮮枯れ土という、カレドニア・
ファン・チョン・レーという。五庭湖の京城のことをいう。

【ソウル】
 ここの入り口の、万里の長城の登り口という、湖の城と
いう、泉の吉良という。吉良白(きらしら)の京城という。
これを、ソウル、という。この『ソウル』という。

 ベンチャー・ロックという。朝鮮のソルという、これを
伸ばす言いとそ。奈良朝の言いという。ソッルという、大和
朝の言いという。ソッル・スーレラという、大和朝廷の任那
の日本府という、これを、柳府という。阿倍仲麻呂のソウル
という。その城があることという。京城が城である。

 『オル・ポギョソン』という。赤い土の京城という。
『ポギョ』が城であることという。赤い土の京城という。
はーめられる山という。

 ハーメルンの、ドイッチョン・モーレルという。ハー
メルン・ハットのドイツ民話である。これが、日本の
福井韓国岳である麓の話という。

 『うらは、なぬれる、かのよのはける、すわらそよみら、
 そみそゆり』
  熊本の五木という、五木の子守歌という、福井の、小坂
山るら、尾崎小崎の山という、そこに原子爆弾があるという。

 そこの韓国を、オル・ポギョソンという、日本の韓国岳
麓である。京城はソウルという、この言いの出という。
韓国の五庭湖の言いである。オル・ポギョソンという日本語である。

【カンレッカン】
 ソウルという、日本語である。韓国の京城という。
韓国語でいえば、カンレッカンという、これが、五庭湖
周辺の古い韓国語である。

【韓鉄市】
 ソウルを古く、韓鉄市という。これを、すよむれれその
市という。かんせる言葉という。冠の言葉である。
五庭湖の下に、ペンタ塔がある。この上の五庭湖という。
小崎御所という福井の韓国岳の古い地名という、五庭泉と
いう。

 この『五庭』という。福井ポギョほき、という、ことの
言いの言葉とそ。『ポ』が、五をも意味する。
ひろむなよっぽという。福井の話という。

【こりよ】
 朝鮮を、こりよ、という。これを、日本語という、韓国語である。
こりよは、韓国語である。日本語で、かんこく、からくにという。

 これを、韓国の目という、こりよも日本語である。熊本の
韓国という、ここの言葉の造りという。『オル・ポギヨホン』という
日本の言葉であることの意とそ。

 ポギョホンは、オッパンペエという、オッパンペエの山という。
韓国岳の麓の意とそ。オッパンだいら、という、おはんだいら
という、おは山の平とそ。これを、オル・ポギョホンという。

 オルを赤という意とそ。浦御本、うらおもと、という。
赤浦御本という。ポギョホンという、普通の日本語である。

 オッチョンジという、これも日本語である。乙丁字という、
字(あざ)の場所のこととそ。韓国語のように聞こえる日本語
である。

 五庭湖のペンタ屋という、ここでの言葉という、今の
日本語を喋っていた五庭湖周辺の京城という。ソウルと
いう、ソルという、日本語である。韓国語にした、
小崎御所である。今は韓国語である。

 この韓国語で、原子爆弾を、オッチョン・ソルという。
韓国語の五庭湖に落ちた話という。若い人が落とした
原子爆弾とそ。五庭湖のペンタ屋の上である。人がだれも
いなかった頃である。

 原子爆弾という、人に向かって使わないことという。
小崎御所を、原弾御所という。原玉御所という。
原子爆弾を、ミーハムという、ミッチャムともいう。
これが韓国の話になる。日本の韓国岳である。
火山である話という。ミッチャム・ボンレワという。
ミーハム・ソンユムともいう。

【エノラ・ゲイ】
 若い人の、エノラ・ゲイである。小崎御所の言葉である。
エノール・ホットンという、エノラーレ・せみそゆ、とそ。
これを、原爆という。原の草でうんこした話とそ。
原爆落としという、おむつらる花の話という。大衆芸能と
いう言いをするのである。『鹿島めがけて、雉を打つ』
ともいう、エノラ・ゲイのことである。便所へ行って、
うんこをすることである。野原の便所という、公衆便所の
ことである。エノラ・ゲイという、便所周りの大衆芸能ある。

『水しぶきが、パアッーっと上がったワナア』という、大学
糞便学の教授である。うんこという、言葉のことという。
パァーパァーの話という。この逆向き落下傘水上がりを、
尻拭き双曲線という。その方程式を、小崎きゅう、という。

 うんこきゅう、という答えである。これを、ポチョムキン
という、戦艦ポチョムキンという。小崎急所学という。
『よくめがけて、呼吸する』という話という。『うんこきゅう』
という話である。

【戦艦ポチョムキン】
 戦艦ポチョムキンという、そういう戦艦という。ポチョム
キンという日本語である。

 歩調事琴という、字を書き、この説明が、戦艦ポチョムキンの
戦の話である。そういうように、うんこをしたという話である。
これを、ウナハラ・ゲイという、芸者の話という大衆芸能の
話である。

 『ウーナ・ワーラ・ゲイ・ランラァ』という、潜水艦の
対空放射という、潜水艦積みの大陸間弾道弾でもある。
音少し聞こえた、隣の便所の人という。小崎御所の
草摘む話である。(原女物語、草摘む花の項)

 北海道方面軍司令という、ポチョムキンの話という。
大陸間弾道弾ある話という。人に向けて発射しないのが、
常識という。

オナラ・ポチョムキンをしましょうという、放屁の美徳
という。ポチョムキン美人という、皆の前でやっておけば、
安全健康に繋がる話という。

 ポチョムキンが、およ山という意である。こよりは、という。
ゆうみづる、ゆみづる、つるゆみ、という言葉の一義である。
ゆみづる、ゆうみづるという、オナラのことである、およ山
ともいう。およよ、というオナラの意味もある。およよづる。
便のことでもある。
 明治時代の官女の言葉とも。女官ハールクという。いたちの
才という、才院御所という。地名の西院がこれを内包する。
オナラ場という。ナラ場ともいう。
 『ならば、行きましょう』という、時代劇の常用語句で
ある。時代劇に見るオナラである。

【テロ撃退のオナラ】
 勇気ある人はやりましょう、テロ退治はオナラから、
という、オリンピックに向けて、ドンドンしましょう。
『やったわネ』『…・・・・・』
『あら、私もよ』
 ヘロモキの闘いという。よみ山という、王山のことという。
オナラのお尻を、ふたつろ、という。ふたつのオナラという。
危ない時には、オナラをこくことという。通常時なら、
安全が増えることとそ。

 ヘロメロという、ヘロヘロという、秀吉のヘロヘロ玉と
いう言葉の意味という。桓武の冠を戴く秀吉という。
三角形のような帽子のことをいう。いたちという、
だてかんぺ、という。みんなの安全をいう、悪をとうざける
ものであることとそ。
『屁をするな』『失礼にあたる』と言う、これに乗じて出る
悪がある。また、悪が直接言うて、出る。これを、戒める話
とそ。オナラで、悪はでられなくなる、悪が近づけないこと
という。屁こきの名人がいれば、近づけばよいことという。

業績悪化の会社、オナラをすればよいこととそ。柳を
植えることである。悪が近づけば業績は悪化する。
公共団体もそうである。

 経済に、健康を安全を入れる話という。どんどん柳を
植えればよいのである。小崎柳発という。御所柳発である。

【自衛のオナラ】
そういうならばという、この『なら』がオナラのナラである。
ナラ剣という自衛の剣という、造りに広幅の大きな剣とそ。
この剣を飾る、三角の効とそ。剣先が三角で、広幅である。
ナラっ屁の田舎山のおこき、という、小崎ゆうれむ、という。
女官の屁という、明治のいきうり、という、柳原という、
原のペンルベという、小崎御所の剣ともいう。
この話が、太宰治のメロスの話である。メロッ屁の意とそ。
太宰れるこんる、という。
 秋田ピッパンともいう、青森セーレル、岩手ロックル
奥羽ごんずらという。屁臭い場所という、地方が安全を
とる、手にする言葉である。
 医者のオナラもある話という。ユッパン・セーレルという、
ごんせくそる・れとそ、という。
 看護婦のオナラを、ユーミン・パスという。

 放屁を描く小節家という、富嶽百景太宰治、作家とそ。
城の中の一発という、震えたのはだれか、どこか。
なぜ、健康安全に繋がるか。

『よ〜し、迎撃砲じゃ』、バーンと一発かましたという、
また、プーッとやったという。
イタチのさいごっ屁という、やなぎ尊宅という。オナラの
ことを、ソンという。音楽のソンでもある。オナラの出る指揮
という、指揮者のオナラという。イタチの知恵という。

オナラが出る所という安全があるという。
田舎っ屁。やなぎっ屁。
田舎っぺという、屁のことである。
放屁を喜ぶ話という。

 ピアニストのオナラという、音に取り入れる名人という。
小崎御所の紅蓮音という。

オリンピックに向けて出るという、若い人という。
今からオリンピックに出るともいう。
オナラのことをもいう一文である。
 
【名曲解説】 
ベンチャーズ    
【マンハッタン】
 革命をという、この日にベンという。コノベンの山という。
ベンチャーの六本という。これに、六本の木が出る。ろくゆり、
という。ロックスという。ベントムの山という。これを、
めゆりという。めめせの、ゆみふり、という。

 これに、転倒をいう。てんせのゆいほり、という。
これを、リーゼラという。

 このリーゼラのおりをえるゆり、という。めすてのおとゆて
という。これを、5番楽という。これで、五をとめたという。
留めたをいう、自分に得るをいう。リーゼラ・ロンルという。

 マンハッタンという、マンレムのくれるる、という。
マンハッタン里の山という。私の故郷とそ。ニューヨーク
マンハッタンである。叔母をいう、この叔母の丘のおりという。
おんまらの山 という。ニューヨークがよいという。

 ニューヨーク・レンズルという。これを、かんせる、という。
冠の字をとるニューヨークの山という。マンハッタン・
レーブーの得るという。

 カレドニアの東端をいう。ここの音の出しるき、とそ。
これが、ベンをいうベンチャーズという。この人の音を
夢という。夢の山のおいてという。夢山のありすみ、とそ。

 ドラムが、この音を出す、波山の音の出とそ。波が来る
日の東端という。地球がもてをいう。地球のそりあがる日の
波の到来とそ。板が、両端が上がった状の時の音という。
この音の出しのやのうる、という。ドラムがこれをいう。

 カレドニアのやの歌という。ベンチャーズ・ハットンに
れとるやのうゆれく、という。

 ベンチャーズの音が、行軍をいう、行進をいう。歩む日の
音という、カレドニアのちゃまのやすれ、という。この日の
うりという。だての、うりうりうり、という。

 ベンチャーをいう歌の山という。歩むに足をよる、
足さばきの音が出る人という。この日のベンとそ。
うんこの山という。足を裁く日のよいてる、とそ。

 マンハッタン・リーゼルという。マンツーの絵の山という。
ごろやらの音という。ゆるてすのゆき山という。このことを
ゆきらく、という。

 足によい音という。カレードンのらすてす、という。
カレドニアの東端の音である。ベンチャーズの山のお絵
という。叔母山の歌という。

 かどれる川由良という。ベンチャーズがよい音という。
足によい影響がある音とそ。ドラムの山という。波の来る
音の出しに、行軍という行進の歩みという。

 これが、音を出す日のやののふりゆり、という。
よき山の絵という。ベンチャーズをとる話という。
マンハッタンの五番街の歌という。マンハッタンラック
という。まるれる、マルトルの山の音のよ、という。

 ベンチャーズの人と言う。ベンチャーラックの山という。
ベンチャーズの音がよい話という。

 頭で、角頭をいう、ペンタの恰好のものを、建物の
屋根につける。五角柱に、錐を上につけるペンタレーと
いう。軍がかかる建物の屋根になる。

 この建物の出来の山の絵の音という。この音の意図と
いう、軍隊の行進の足の波の音と言う。足並みという、
この音の出しのこととそ。そういうようにかんじた 
話という。私の聞きという。

【脳中葉野】
 頭の中心の周りという、ここのよのはののゆれ、という。
はのという、葉野の脳の中という。脳の葉野の部分である。
ドラムが周りをいう、めろれる山という。めろの山のおよ、
という。マンハッタン東端のことをいう。

 このマンハッタン、ワシントンを含むマンハッタン
である。アメリカの東側である。足によい影響がある
音楽である。ベンチャーズの音がよい話という。

 マントルという、カレドニアの古い頃である。


  
//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno

*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□
■■■■//■■■■//■■■■//■■■■//■■■■/■■■■//
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "Italian report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜1955大原練習1855天の下2255 Italia Oyoyo・Fartおよよ(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou38058
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@226上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1960/05/18柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@226
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/186462478

この記事へのトラックバック