2019年08月15日

卒業4033Italia Dialoghi論語(壮強太陽):イカスミ柳

(壮強太陽)鳴恭川世讃歌):イカスミ柳

馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業4033京都船旅2933
古譜1933大原練習1833天の下2233 Italia Dialoghi論語(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)


【創曲】2019/08/15、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
相維辟公
天子穆穆
奚取於三家之堂
禮與其奢也寧儉
喪與其易也寧戚
たすくるはこれへきこう
てんしはぼくぼくたりと
なんぞさんかのどうにとらん
れいはそのおごらんよりはむしろけんせよ
そうはそのおさめんよりはむしろいため

 狐の天気予報。〇r1960/05/10
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【過去をよくする】
1945/8/15 広島らっくん・がっくんの日。
      およよ、やなゆら、らっしょるれっせせ。
      柳。
      日本を広島という日である。
      盆初、れっかんでっかん、そっそそうたるお書き。
      悪行を改める話という。
     
【歌意】
論語 八いつ
 ファーレル・ボンズレーのウイツシブという。れれるそん、
という。みみんおるれとん、とそ。みんせるらっくの山という。
論語の読みという、論語をたっとぶことという。
 てんまらのあかけ、という。れるれる論由良とそ。
あまご(天子)のいと、という。天を尊ぶことという意とそ。
ロボタンのお経という、この歌詞の意である。ロボタン精霊
のお迎え、お送りの歌の意とも。
 子供の好きなロボタンという言葉とそ。ロボットの精霊の
歌という。御所園のお祭りという。その一つの歌である。
しらたき論道を通るロボット行列という、ロボットの
かずふみという、めゆさむあらるはゆれ、とそ。
 はゆれふみ、ともいう。
 『ファーレル・ブーズーラー、ファーレル』という、
論語の機械数の読みという。れるん音という。れれる
様のおよよふる、とそ。

【イタリアの大お爺さん】
 イタリアの大お爺さん おられおられ、あられ
あられ、絵の大お爺さんとそ。みけの絵という。
みけのおじいさんという。

 のっしのっしの大お爺さんとそ。今ゆら、山ら、
そふと、という。そるそるせめて、そそるゆゆす、
れれそ、れとんそ、という。

 大お爺さん、お絵あらせられ、そそゆゆ、そるそと、
れせる、せてれれ、これを、盆たむ、とそ。

【りす盆】
 りす盆という、ここを、ボンタム・ロックという。岩の
ある場という。今の、リスボンである。このリスボンの
町の碑という。ここを、せれる、とそ。せそるく、と
いう。磯の碑という。リスボンの磯の町の碑の世、という。

 このリスボンの端のや、とそ。らるれる・そっく、と
いう。そくらす、という。それすれのゆゆおる、という。
リスボン楼という。この楼のずっと先の端である。

【宇宙の壁】
 地が傾くという。ここが、かれる地という。かれ
るれの地という。後、かれど、という。カレドニアの出
である。リスボンから先という、なかったという、
リスボンが、一番端であるという。これより、先へは
行けない、宇宙の壁があったという。行けないという。

【板状の地球】
 これが、地球の話という。今は、地球は丸いという、
科学はここから始まっている。若い人の話という。
 地球は、板であったという。丸くなる地球以前の
地球とそ。これを、板の地という。この板の地の地状で
ある。この板の地球を、アー、という、後、アースと
いう。アーの大切という。あいのはじるや、とそ。
これを、アーリーや、という。

 リスボン急という、急坂の端という。向うは行けず、
ちがう宇宙である。

【リスボン左端】
 この板の下の方を、り、という。この『り』の『す』
という、りすという、りずともいう、りず地という。
後、難のり、とそ。難りのや、という。

 ここの盆を、りずという、りすという、りず盆と
いう。後、りずの難辺という。後、地球が回転して
地が伸び大きくなり、このりずの難辺が、丸くなった
時の難極である。現、南極という。これを、アンケル
という、あむせ山という、南極のことをいう。
板状の地が、回転して丸くなった時のことという。
地が移動したということという。この地を、アーと
いう、丸くなった当初である。一番左端という、若い
人がいるリスボンである。

 長四方の盆という、この盆の状態である、地の板の
地という。この日の日本という、日は道にあったという。
若い人という、『向こうの方に、日がいる』という。
左端が少し上がっていた地という、長四方の盆の形で
あることとそ。この上がっている手前に日がいるという。
太陽のことである。左端の光る地という。

 この地が跳ねるをいう。日がそこにいる時、跳ねて
いた左端の地という、これが太陽の話である。太陽を
ひけという。ひけの太陽のお跳ねという。これを、
人山という。頭をたいという、人の光る額という。
日額という、後、学ぶひという。学ぶ額という。
これを、学額という。

 額を、のうるらか、という。脳の前という、先を
たっとぶ言葉ともいう。たっとぶひせまく、という。
額のことである。

 泥棒というひぃの、泥の状態の棒の形容という、
棒額という、の泥棒額という、額をいう言葉である。
泥棒額という。昔のことである。

 人の目を、もぽという、もみという、もれという、
人の泥みまという。両目を、めれるという。
めれせとそ。山りるの言いという。

 泥棒額の額という、部屋の上に掲げるものである。
これを、学額という、学額の目の尾という。視線上
の額という、祭るひのや、という。目の線を、や、
という。やまのま、ともいう、視線のことをいう。
山尾線という、視線のことである。

 物を見る話という。ものいのや、という。ものを
見ている人の視線という。『ものい』が。ものを射る
という、やがかりのことという。言いのことをいう。

 太陽の光の線を、や、という。やをいる太陽という。
この言いのことのできという。矢を射るという。矢が
あったリスボンの地という。りず原の丘という。

 リスボン急坂の丘の地という。ここの太陽を、まく、
という。『まくがいる』という若い人という、太陽を
見ている人である。

【まくれが】
 これが、まくれが、の地が少し上がっている形容
という。まくれがのがれ、という。崖のことを、がれ
という。がれるる地祖という。このりすの盆という。
後とそ、りすの盆の地という。りす盆地という。

【おはぎろぼ】
 盆の上に乗せたおはぎのことを、ろぼという。
ろぼはぎという。路傍のはぎという。路棒ともいう。
棒状のおはぎという。しらぬりという、しらせおはぎ
という。白米が巻いてある餡の、おはぎけも、という。

 これに、やなはとそ_いう_函巻きという。これを、
かんせ、という、かんらるおまきはぎ、という。
柳の葉を巻く、しらせおはぎという。

 これを盆に乗せる長四方の盆のことを、かんたく
という。盆のやの磯、という。この『や』を矢と
いう、盆やりそ、という、おはぎのことである。

 この盆やりそという、この状態がカレドニアの地
の状態である、板の状態の地のカレドとそ。この盆を
カレ盆という、一名、カレドニアなま盆という。
おはぎの乗った状態である。

【板状のカレドニア】
 そういう地であったカレドニアという、板の地の
時のカレドニアである。これを、めんとき、という。
カレドニア・らっしょ 落書、という。
ラッセルフーという、ラッセルフーズーという、
良せる風図(風頭、とも)と表すこととも。
ラッセル・フーのお書きという。この書きもそうである。
ラッセル風の書きという。『りょうぜられて書く』と
いう、冠語の言いとそ。良書という、『かんぜる書』と
いう。冠の書という、冠白はぎという、白を駒のこと
という、これを、しらぜるという。後、しらせる、という。

 今の『しらせる』という言葉より出でた言葉という。
今の『しらせる』が古い言葉である。冠ということ
ともいう。

 今の言葉が古い言葉である。今、使っている言葉が古い
言葉である。
原、はるという、新しい言い、詠みとそ
御所、ごぜ、ごは、ごく、ごこ、・・・新しい言いととそ。
英語もそうである。
you your you ユー、ユア、ユーという。
古く、
ye your you イー、ユア、ユーという、これが新しいので
ある、もっと古く、you your you ユー、ユア、ユー
という。

原、はらという、これが、はる、より古い言いである。
はるを古い言いという、も一つ古い言いがはらである。

原の話である。くなしりはら、という、国後原、
くなしりはる、という。
『後』、しりが古い読みという、一般の言いである。
古く、しりと読むという、一般の説明である。
 これが、新しいを古くということを、たっとぶことの
言いという。
 もひとつ古く、はらという。『古く、古い』というて、
たっとぶことという。『はる』という言いを出す、御所の
冠語という。御所住まいの若い人の手立てである、手法
である。若い人は、こういう方法をとるのである。

 若い人の方法という、『みせられて書く』という、
若い人の言いである、冠語である。

 恰好よく聞こえる、上品に聞こえる、高貴な人の言葉で
あろうか聞こえ、子供が喜ぶ新語に似た冠語という。

 ファーファーという、手のことである、子供用語という。
ターターという、相手を呼ぶ子供語である、ターちゃんと
いう子供きっての子供語である。ロボタンという言葉と
いう、子供が喜ぶ言いという、ロボタンという冠語の一種
でもある。

【児堂、ロボタン】
 『御所では、そんなこと、言うとんのか』という、これを、
路傍の御所という。かたわらの道という、道祖神の造り、
置きという。路傍のじどう、という。これを、地祖と
いう。児堂という御堂を、ロボタンという。

 小さな児堂という、小さな御堂という。幼児が拝する
堂を、児堂という。これを、ロボタン地蔵という。
今の、御地蔵とそ。児童という言葉の出来という、
じぞのじど、という。じぞじど、という。

 子供という幼児という、じぞをじどという、じぞも
じども同じである。この造りが冠語にある、今の言葉
にもある、方言にもある。

 『ひ』と『し』を、同じくする言いという。
『ひちや』と『しちや』という、八百屋お七という。
七つの子の話という。

 人形浄瑠璃の人形の真似を、大人の芸者がする、
この役者の動きを、かごめ、という。かごの造りの
鳥の巣という。これを、トリスという。トリスの芸と
いう、かごめの芸という。この言いを、泥棒の言い
という。トリス泥棒という。

【ミュー】
 鳥の巣の先の尖った所を、泥棒先という、埼、岬
とも。これを、鳥の尾という、バーという、バーズ、
バーゼルという、ミューラムの言いという。ミューと
いう、鳥を表すことという。鳥をミューという。

 板の地の時の言葉である。ミューという、『ミューが
いる』という、鳥がいることという。これを、ミューと
いう、子供がニューという、子供の言いという。
ミュータントという、ニュータントという、同じ意味で
ある、鳥である。どちらも、地が板であった時の言い
である。ロボタンの古さという。これを、新しいと
いう言いを冠語にした人という、冠語を話す人である、
幼児という、子供という。『ファーファーラール』と
いう言いという、表しである。

 漢字をロボタンともいう、冠語のことである。幼児は
子供は、漢字を冠語という、これをロボタン冠語という。
子供が好く言いという、『フアーファーラール』という
冠語である、冠語の新しい言いという、幼児子供の言い
である。

 『みてせてらら』という冠語の古い言いという、
どちらも子供の言いである。

『あーや、どうしたの?』
『さーや、どうしたの?』という、冠語ではなく、
一般の言いである。相手を『あーや、さーや』と呼ぶ
大人の子供語使いである。

 冠語では、『ルル、ファッソンラール』という。
これが冠語である、『みてせてららふ』という、
ミユッソン・タックスという。これが、御所の古い言い
である。これを、古冠語という。冠れら、ともいう。
みゆららのおいい、という。ミレルゥラックゥという。

 子供が大人の真似をすることという。子供の真似
をする大人という、どちらが古いかとそ。これを、
ミュッタム・らんろく、という。
人形の真似をするという言いという。
子供の言いをするという言いとそ。古いのはどちらか、
不表という。いわずともがな、という。

 脳の働きの、いちず、とそ、一部である。言葉が
脳をいったりきたりして、大脳の働きによって、口に
出ることを、ミューという、冠語のミューの意味である。
御所をミューという言いの、入所という、御所へ行く
ことを、ミューという、ニューともいう。ミューニューの
言いという。

【りす盆】
 これを、ボンタン・ラールゴーという。ぼうれる数風
ともいう。これが、りす盆の意である、リスボンの意とも。

 今日(8月15日)を、リーズラーという、りす日という、
本盆音という、音盆の日という。本盆ともいう、この日
周辺を、本盆、盆ともいう。これを、リスボンという、
リスボン・さつらむ、という。らむれる・るう数という。

【ラム】
一と五を、ラムという、ラム数という、数字である。
十五を、ボンラム、という、古いリスボンの言いという、
ポルト語という、これをポルトガルという、ポルトス
ともいう。今のポルトガルの古い数数えに、ボンラム
という数えがある。
1 ハッツ
2 トー
3 スック
4 ソー
5 ルー
6 ルルー
7 ミラ
8 ハチ、ハツ  戻って、はちいつ、論語のはちいつである。
9を ハッツレクという
10を  ミヨトス
 ホルトガルの古い数である。ダックス英語という。
 
 八進法に使う言葉という、1024、2048ビットのプログラム
用語が、これでできている、プログラムの一つである。
ハットン・レールクという、プリッセルの言葉という。
ぷりらるろん、とそ。

 プログラムの言葉である。機械数という、冠語の機械語を
いう、ロボタンという。スタットン・ろっくく、ともいう。
スタット・ロットン、とそとも。

【みいつ】
 『余は身一つ(ミイツ)機械』という、みいつ機械という、
4031という、ソツレル・ロックという。
sotu4031 ロボタンの歌という。世は、機械である話という。
身一つ、ミイツ、身五つとも、五体一体。

 絵を描かれる大お爺さん、ありてありらる、おありお
あり、うれしきにやありるる、とわの世渡りせらる、
おほ大お爺さん、おられおられ、うれしきうれしき。

 駄作家が、若い人を書き立てる、子供幼児も書き立てる。
ようしゃする人である、若い人である。

 絵を描く人という、機械によるという、夥しい駄作家の
絵である。メカニカル・ハンドという絵の描き方である。
コンピューターの音楽ソフトについている、添えによる
描きである。

 秋残り市、常設展示である。機械による展示という。
世はロボタンの世である。

 そうきょうのよいロボタンという、盆の発祥とそ。
盆の発祥を、ロボタンという。ロボ丹、ロボ端とそ。
八端八録これなるを。

//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno

*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□
■■■■//■■■■//■■■■//■■■■//■■■■/■■■■//
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "Italian report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜1933大原練習1833天の下2233 Italia Dialoghi論語(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou37838
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@210上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1960/05/10柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@210
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/186426410

この記事へのトラックバック