2019年06月20日

卒業3821ItaliaTerelo ロキ(壮強太陽)鳴恭川世讃歌):イカスミ柳


馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業3821京都船旅2721
古譜1721大原練習1621天の下2021 ItaliaMontagnaレブランの山(壮強太陽)
鳴恭川世讃歌)

【創曲】2019/06/20、柳晴
     創曲、至宮マサユ・正(やなぎ) 
    造詞、石・正 
    監修、えりまきとかげ・正
    訳、 冴柳一郎・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【ファイル】sm3ファイル
【作成ソフト】
  @Music Score3、シルバースタージャパン社

【歌詞】創郷 
ソミミソファル ちくすいみ ソファれるシシ
ソリルサンふられ すしはま いれはらる
そいするるはり そみれれゆいす ツォンめふ
スウラ スウシ ららうすうられ しおりはざ
そみそらぐあざ


 狐の天気予報。〇r1919/03/15
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【御所】
題名は、イタリアのテレロという道のこと。
『ユオレンテス』という歌の意。レレブズの山々の歌の一とそ。
ルックルックの山という。えるやら、おっすす、とそ。
'おっす'が、推す、押すである。ユッパというメスコスの山の
ゆみふり、という。れれそゆっかむ、くむかむの山という。
ベルらる山という。おいっこすれって、ゆったた、たたはるの
ゆりむま、とそ。レッツのそんぴく、という。ゆたゆた山の
お書きという。

【秋田オットト】
 『秋田おっとと、ゆわっとと』という。ペベセの山という。
ここの、ゆいそめ、という。モンレロという言葉を出す。
ゆんじょれっぱつ、ともいう。

 『むいユッスー、スッススー』という。めんてむの山という。
めんふるそつれつの山という。壬生のおんぺば、という。
これを、コースレーという。ペルゼルヤップという。

 壬生のおんも、という。あんよ、という。壬生を世という。
ここを、コーリルカッフ、という。マレスレーのゆみふり、
という。みとゆたのれれそめ、という。これを、ルンバという。

 ルーメルスースーの山という。
 
 『秋田ゆったこった、れれそめて、そみゆられ・・そそれん
つるろっぐ』とそ。大和朝の壬生縞れる、という。コーサム
ケーケーの、くりすき、という。おば(御場)という、みだい
どころ(御台所)の周りをいう。

 『日出葦という葦がいた』という。葦江という、葦の植わる
江という。水浪(みずなみ)という、ハレスレのこみふり、
という。ここを、みずとみ、という、後とそ、みずと、という。
後、みな、という、後とそ、みなと、という。みなとレーテの
山という。

 瑞浪(ずいろう)という、葦が植わった、水の江の場とそ。
川、池という場の御場という。これを、おんばら、という。
バラという原のことをいう、この原の、ふすまという。原を、
ふむまという。ふむゆき、ともいう。ハーレルレールゥという。
原に、晴れを掛けた言いという。晴れた原という、御場の
みんてく、という。この『みんてく』を、『べま』という。
ベマレルロンズーという。この、ロンハナを、ルミッスという。
これを、ルーラルー、という。ルーレルとも、ルーテルとも。

【秋がずれた】
 秋ずれた花の山という。『秋がずれた』という、秋しの山と
いう。ここを、秋氏という。これを、秋子見、という。秋子の
見のききという。ききという、季節をいう。季節をききという、

みな(水)の言いという。水をキーセルという。水ゆりのお浜と
いう。水の江の浜である。デシットミッツの山という。シット
レッスの言いという。

 ここの秋のことを、秋ふる、という。秋しべ、ともいう。
秋ぞ、という。これの意味の秋である。季節の秋ずれ、という。
メルレルセンズゥという、キーミマのアールサンフーズーと
いう。これを、アルという。アルミナという。あるはるの
みんふり、という。れれてすのゆいそみ、とそ。

 秋しべのゆまれるはお、という、花、ともいう。花れる、
という、花語の意という。ハーレルルンズーのおいっそす、
という。秋しばのみながわ、という。みなをみずという。
水をみなという。秋しばのみながわ、という。

【れる】
 これを、江の鑓という。鑓れる、という。ヤンビルビーズー
という、秋田の江という。秋田れるの山という。れるを言葉と
いう。べんつつのれむそ、という。京都れるという、着ようと
語という意とそ。

 『レーレルスンファーズ』という、れむそめ、という。
京都れるの言葉という。

 「みぶスンファールラー』という、壬生っ手の、ポイふり、
という。ミーレルレンレーの山という。壬生すきのいや花、
という。ミルセレルやっくす、という。やくしま、ともいう。

 これが、壬生語の言いという'ひ'の山のおるす、という。
'ひ'を時という。後、宮言葉という。『行くひ』という、『行く
時』という意とそ。

 これを、エルスルという言いという、宮言葉のことという。
おば(御場)という地をいう、宮言葉のおばという。地をいう話
という。今は、この意では、使われない言葉という。

 この言いを、中落という、中落言いという。後、京落という。
京落の'落'を、らくという、京都へ行くという意味がある、
これを、といめま、という。付随する別の意味という。言葉の
話である。この'落'が、後、洛と場を表す、京洛という。

 らく、楽---と表す、がく、楽---という。これを、音ゆた、
という、後、音楽という、
 音洛という、音の場という意とそ。今のホールである。この
'ホール'を、ゆまという。ゆまれま、というホールのことであ
る。この'ホール'を、めどべ、という。これを、ベーラマという。
ベラレル・ベンルックという。

 エルサンファッルッルーという、大和則という大和語の促音
という。大和朝の言葉という。促音を多用する大和の頃の言葉
という。

 やっま、という、山のこと。 大和朝
 やあま、という、  "    奈良朝
 
 そっだ、という、そうだのこと、  大和朝
 そおだ、という、そうだのこと   奈良朝
 ・・・・
 ・・・・
 
 声の音からみた一つの解とそ。
 
 エルサンファッルッルー という、促音則という、大和れる、
という。
 エルサンファールーラー という、長音れくという、奈良れく、
という。
 レーブルロワンズーという、レールスーラーという。
 レーセルロンゼーの山という。れるれる語のせおれる、とそ。
 
 花れる、という、花語という、
 英れる、という、英語という、 'ひ'に、ならずという場
 という。これを、ならつみ、という。これを、せうとす、と
 いう。セームルレーレという。れが、鎌倉の言葉である。
 鎌倉期の言葉という。テーテルという、レムセルのユイット
 という。ルリレルルワッソウという。
 
 エムスンレックの山という。イーミルというバゼラムのすよ
 ふる、という。これを中逸という。古いかませという鎌倉の
 ことをいう。現、鎌倉市の言葉のことを中逸語という。
 レファンラという。れっつれる山という。鎌倉のメンブル
 という。カーレルレールゥともいう。

【鎌倉中逸の南無般若】 
これが、『かえ〜る、れ〜れ』という音楽のような歌のような
調子の言葉という、南無般若の鎌倉大浜という、大せるの山と
いう。七里ガ浜の磯づたいという、磯山の歌という。鎌倉の
歌である。

【れる】 

 この'れる'、新語です。
 
 語う-かたう、
語い-かたい、という言葉で、レレレンという、レレ山の言いで、
語うという、これの古い言葉が'語る'になります。

 原、これを、ハルと読み、いう、これも新語です。大和朝の
過ぎた頃の、ルリレラという期の言いになります。
ハラと言うのが、古い言い方になります。大和朝以前から使わ
れている言葉です。


後、録音にします。あの名僧の読経です。声ももっと高く、
もっと低くと、鎌倉中逸の読経です。よんふれという、
きょうぼんの御経(ぎょきょう)という。れれすおんずうという、
おんてら山の山という、音の上げ下げを、やま、という、
その頃の、うたわれ、という、わったむ、ともいう、わるせる、
とも。

『わく、いっく、やっやっやぁ』という。私が行くという意
とそ。『おぎ、いっそ』という、うたわれの言葉とそ。
『おんみ、はんまぁ』という、れれそ語のことという。
れれんてるの山という。この'山’の言いが、寺を山という、
神道の御神体の山をいう、どちらも山という、今のことです。
山拝みとまとめて言う若い人という。自然崇拝という、宗教に
入った自然崇拝の一部という。『私が行く』という意味である。

『わりゃ、かむく』という、アイゲナという、アイカムの
おえいよ語という。かかせるろっく、という。恐竜所の立て札
という、これを、つとめつ、という、立て札をつめという、
恐れる立ち、という。恐竜注意の場所という。
『おきょうさんが、出てきます』という度胸のある人である。
読経という人である。
 どきょうもっそく、れんれつ、この文です。
 『私が行く』という意味である。
 

ここを、あきぞく、という、秋田みっとみ、という。みみせの
ゆゆす、という。秋田のおきよう御所という。恐山数用の話
という。『わぎ』という御場である。私のことをわぎという。
『わぎ、れん』という『私が行きます』という。
『わぎ、しっぱ』という、『わぎも』という、わぎるきのお行き
という。『私が行きます』という意味である。

【秋田おっとと】
 読経はじめを『しんみ』という。しんみというて、読経する。
『秋田おっとと』という、『り〜アル、サンファン・・』という、
秋の人という、読みが新録読みとそ。『南無、はんづき』の経
という。ドレミのお経ともいう。ドレミの音階に合わせて読経
する、これを、しょうりり、という。秋田もっさくという、秋田
おっとと、ともいう。しょうれん、はんらぁ、という、めゆ、
という。これを、きょうめ、という、経目という。レーフル
レンレーのお経である。
 『ミーユル、サンルー』という、樺江戸(かまえと)経という。
仏典の、『南無般若』である、かまえとと読む、川山行の歌とも
いう。ミッファラールゥの山という。オッソルレーレという。
れれ花経ともいう。秋田のごぜくき、ともいう。くきゆみのおけい
らく、という。おきこくのうむすむ、とそ。うむれれ山のお書き
という。樺江山の歌という。お経である。

 この御所を、津軽ごいかく、という。ごめそめ、という、
ごぶれれどん、という。秋田のどんの言いとそ。『〜さん』
という意とそ。『ゆっすゆっす』という、どすこいの
秋田恋さん、という。秋田へ行けば恐れる人である、という。
恐れる山という、秋田恐山の歌という。

 歌はじめに『ゆっす』と声をかける、これを恐山という。

 読経はじめに、『きょう〜』と声を出す、ゆっしば山という。
ゆしふしの出発という、これを、モツムルという。モノ浜とも
いう。これを、すっ飛ぶ、という、すっ飛びの語源である。
秋田さんの話という、秋田山である。秋田どんという、山を
どんという、わかりに、秋田やまどん、秋田さんどん、という。
これを、どん発という。

 大砲を撃つことを、どんぶ、という。秋田ほう落という、
がい山やっきという。都の西北という、秋田のお米のどん食い
という、とっせという食べである。秋田のっぺら山という、
秋田空食(くうしき、くうしょく)という、空食の山という。
給食の語源である。若い人が教鞭をとる料理砲を、秋田めん
こく、という。御学問所の語学教室である。これを、先生と
いう、秋田どんべっくの話とそ。

『秋、田どん』という切りがある。これを恐れ切りという。
『なにしたどん』という秋田竜という、タドンという恐竜と
いう、恐山のお歩きという、そういう竜という。

 麓には赤いうんこ、という。匂うの里という、どんばら
の山という。うんこを、たどんという、そういう恐い所で
ある。そそぎ歩きの注意報という、これを砲という書き方
をする、恐山の山という。うんこを砲という、砲門所という
、この御所を、きょうまという、きょうま御所という。
せっちんゆきがくれ、というどん受けの山という。

 無量所の便の統計という、東経御所の山という、秋田報
落という、ドンドンパンパンである。これが、糞尿の語源でも
ある。

 『言葉をうつ』という。憂鬱の語源である。憂という自分を
表す言葉である。ここを、憂宮という、夕闇という、ゆうろく
山のごま、という。ごまの言いゆま元という。ごま御所という。
ロッキンパールレーという。パールレーのごまという。
蘊蓄の言いである。秋田をトーレという。トーレごっこみ、
という、『私が行く』ということを、『うつ、ゆっつ』という。
秋田ゆんれく、という言葉である。私を'うつ'という。
私のことを、うつ、という。これを、しっぱ、という。
しっぱれの山という。

 『うつは、みらはる』という、私は行きます、という意とそ。
 『うつ、みばれら』という、『私は、くむきす』という、
 ドンパの山という、おっそるれくのいこくき、という。
 東京らんめの、、秋田ベークレという、この'クレ'をいう。
 たどん取りという。『〜するべぇ』という秋田の方言という。
 これを、『〜するっくれ』という、『行くっくれ』という、
 恐山の言いである。
 
 これが、くれるけ、というばみの言いという。バーレルスンハー
という。ちゅうれる、という。ちゅうはな、という。
 
 『どんばらえ』という大砲を撃つ時の言葉である。
 『とんぱらって、みらっしょ』という薩摩弁の山という。
 大砲の言いである。薩摩ゆうく、という。薩摩のごわどん
 という。ごわれずらず読みという。維摩という、『南無
 はんにゃら』という、お経を、ごるれ、という。ごるれ読み
 という。大砲の言いである。お経をごっぱんという。
 ごうはら、ともいう。
  『どん』と言うてお経を読む『南無はんにゃら、
  そうろうふ・・・』という読みという、『ぜえぜえ
  はぁりゃあ、はぁらぁぜえぜえ』という読みという、
  ぜぜはなの経という。
   仏教の針打ちの針治療の読みである。どちらも針治療の
   言葉である。
  『なむはんじゃく』という漢音読みの流れという、呉音
  流れという、呉音の読みでもある。
  
  周れるの言葉である。周音の使いの言葉という。これが、
  『扇子・せんす』という読みという。呉音でもある。
  仏法山のお絵という。これを、ぷんぱ、という。
  プンレマルースゥの山という。オウデルラックのいと、
  という。病直治しの意図という。仏教の長生きの場の解
  という。これを革図という、お絵革めという。健康の話
  である。弥勒菩薩のこととそ。
  
 いきそという御所のことをいう。いきそめとねともいう。
 そうきょうすうるうの山という。そうきょう御所のお書き
 という。


 これを、総教という、自分を拝む人である若い人である。
自分を祭っているという人である。自分と書いた紙を立てて
いる人である。社の中という、ヤットコセェのお者という、
いやとこしえに、とそ。健康という話とそ。若い人である。


な〜む、ぜ〜じゃぁ・・という秋田ごんるれのお経もあります。
読みが、新れ、といいます。新れのみっそんの読みという、
メレセンルーという読みとも。

 るるれらのみっそくれく、というよみるるれれそのゆい、とそ。
 
 かまんくそ、という、カマバックレールゥの山という。この
'カムバック'という、くむみく、という、オーレルサンスーと
いう。メユッテソンの場という、ベレレルロムレとそ。ロン
ベルということの山という。これを、ロムロキという、メレ
レルの山という。れれるそんてのおゆっと、という。
レスの山のお書きという。



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Mr. Atom Lucky Ager, "Italian report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜1721大原練習1621天の下2021 ItaliaMontagnaレブランの山(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou8218
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者@350上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1919/03/15柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましたら、同姓同名です。
実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、本ブログ
著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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