2018年12月03日

卒業3409京都船旅2309古譜1309大原練習1209天の下1609 PortuguesSalgueiroCrianca やなぎっ子>(壮強太陽)鳴恭川世讃歌):イカスミ柳

文だけ

馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業3409京都船旅2309
古譜1309大原練習1209天の下1609 PortuguesSalgueiroCrianca やなぎっ子(壮強太陽)
鳴恭川世讃歌)


 狐の天気予報。〇r1918/08/29
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【やなぎっこ、正子】 今様(こんさま)い。
 正子、やなぎっこという。年を子(こ)という。
こどし_おくられ、という。これを、老いの子という。
おいらるという言葉とそ。
 めっつるれーるの浜という。れるんその、こーふるとそ。
ゆいゆい山、これをろむれるという。むれるるのこゆれ、という。
めっそるるす、こんする・らぶれる、という。これを、
らんはっき、という。めっそす、ともいう。めれるる、
という。めぶす、とそ。ゆゆとすの・おりるる、とそ。

 ゆま浜やら、こゆれゆ、これを、ゆーりる・ろんる、という。
ゆりせ、という。山ゆらのおりする、おりす、おりろ、とそ。

<<けめ子>>
 京浜を出で、坂ゆくけるれる、という。るんびのけめ、とそ。
この『けめ』を、けめ楽という。けめ落ち、という。後、
けめ子の言い、という。けっせる・れーれ、という。
けめすら・けっく、という。

 けめ子が、これを、めるせる、という。めれてす、ともいう。
この『けめ子』を、年く、という。けめの年という。けめすめ山
という。けめすれの_おんたく、という。山々のきるせ、という。
これを、ゆんびる、という。ゆみ浜という。浜山のお言いという。
これやら、くっせる、れれつ、という。山すよの_れおす、と
いう。

 ゆむゆむらっくのお聞きという。これを、口を利くという。
言葉を話すことをいう。『ゆむ』という、これが言葉という。
ゆむという、人が言葉を話すを、ゆむ浜という。ゆむれむ、
という。ゆんせ、とも。ゆんびる・らーく、ともいう。
めみっせ、とも。
 
 <<弥栄語>>
 めすゆす・れっつ、とそ。るるすの_ゆるゆる、という。
これを、弥栄語という。弥栄語のことを、めるふむ、と
いう。めるゆす、とも。これを、ゆんびら・ふーふー、とも
いう。弥栄の国とそ。弥栄の国のおくゆ、という。後、おくつ、
という。

 『お琴三味線、くつわ虫』という、この『くつ』が、上述の
おくつの『くつ』である。おっくる_れーれ、という。
れつれつの_かゆふ、という。はめはめ、という。
これを、弥栄言いという。弥栄語の、使いという。
弥栄が、これを、よしるー、という。よしるの言いという。
弥栄語の造りをいう。この弥栄の書きを、よーれる・すーるー、
という。よわよわ、と。よわよわ語という。はめはめ語とも。
弥栄語をいう。古い京の言いになる。

<<吉田語>>
 くった、という。これを、くぜ、という。くぜやら、という。
くみふり、という。くみらる、ともいう。くみせ、という。
古い弥栄の言いとそ。これを、弥栄語という。これより、
古いという、よしるーという、よしるー語の言いとそ。
後、吉田語という。よしやら・ふっく、という。ふっくれっく
るっく、という。ふくるく、という。吉田語のことをいう。
どちらも、コロポックルの言葉の一種である。コロポックル語
と大きくいう。コロポックル・すうふうという。これを、
すうようかる、という。すうふうの意味である。

<<壬生語>>
 『すうふう』が、吉田語の使いである。
 『すうよう』という、これが弥栄語の使いである。
 『すうようかる』という、これを、壬生ふっく、という。
言葉の使いをいう。みーれる、という。壬生ふっくのことをいう。
これを、壬生山、という。みぶれる、ともいう。みぶやら、
という。壬生っく、ともいう。壬生すん、ともいう。壬生っさむ
ともいう。この言葉の使いを壬生語という。
 京れる・カールーという。かむすゆ、という。かむて、ともいう。
カーレル・ルースーという。かむゆむ、ともいう。カーレル
という。かむゆら・れーほー、という。かむゆら・れーるー
ともとそ。壬生語の使いをいう。
 コロポックル・レースーという、言葉の造りとそ。使いとも。
 
 大きく、全部を壬生語という。弥栄語、吉田語、壬生るく語
を含む、壬生語という。これが、簡単という。簡単語という。
簡単れっく、という。簡単ミーラ、という。かみすゆ、ともいう。
これを、神代語(かみよご)という。神代のじん、という。
神代人と、神代語を使う人をいう。言葉で人を表す一方法とそ。
英語を使う人を、英人という。この類である。
神代語という話という。

はめはめという弥栄語のすうろうを、いなれという。
これを、いなれ・ふっくる、という。ふっくろー、とも。
この意味が、船を、ふっくという。ふくすむ山という。
船のことをいう。これを、船が山に登るという。山登語
という。山登りの言葉という、船の言葉という、同じ言葉が
出る。言葉の使いという。浜山という、言いが出る。これを、
言葉の造りという。

<<数用>>
 山の言葉を船に使う、船の言葉を山に使う、これを、数用
という。山・数用といえば、山にまた山登りに山一般に、船の
言葉を使う。そういう意味である。山らる、という。山みな、
という。すうようの話という。すうらまの山という。

 話を山という、山という言葉の使いである。山・数用の
使いという。言葉を解いていく使いとそ。とき山すっく、
という話である。

<<そみふり、そがっく>>
弥栄語、吉田語、壬生語という、古語より少し古い言葉という。
『今様、いなれ』という、これを、今に使う、使用をそみふり、
という。蘇我の意味がこれである。曽我ともいう、同じ意味で
ある。曽我くゆ、という、曽我れる、(そがくゆ、そがれる)と
いう。曽我っくの山という。

 この『曽我っく』という使いが、大和朝の言葉の調子である。
『曽我く』という、奈良朝の言葉の調子とそ。
『曽我〜く』という言葉の調子とも。

 『いいやーみ、やって』とそ。
 『いいいや〜み』という。
 『いいっやみ』という。それぞれの調子である。
 鎌倉朝に至れば、『いいやっみ』という、鎌倉武士の
 言葉使いという。
 『やっみ、くっくくう』という、平安から鎌倉に渡る
 言いになる。それぞれ、闇をめでた言葉である。
 『おばんたん』という、挨拶の言葉がこれをいう。
 夕方の挨拶という。簡単語の使いである。
 
 <<おばんたん>>
 この『おばんたん』という挨拶をする所という、花所の
花背という、ここを、はなす、という場所とそ。
 関東の花田の言葉でもある。艦船楽という、船よりみた
言葉の解とそ。
 この『船』を、食媒という。言葉を解釈する時の媒介語
である。化学の触媒のような働き、使いとそ。

 『艦船すーら、くらっせる、れーれ、ようむも』とそ。
上述を、述べた言葉である。逆に、この言葉を解説すれば、
上述になる。

 『すーら、すーら、れーくる』話という。
上述の、吉田みっこんの言い、である。
 『すーら、ふーる、らーら』
上述の、弥栄れーらの言いである。
 『すーみ、ふーる、れす』
上述べの、壬生っくの言いである。

<<花田語>>
 『ぶくそむれっつ、これゆら、はるる、れるんす、
すっすすー』、これを、花田語という。関東のコロロ
語とそ。コロポックルの一語である、一種とそ。
今の関東の江戸ゆま、という、丸の内辺りである。
東京丸の内である。コロロ圏という、コロロ剣という。
コロらる・けっけけー、という。コロポックルをケレンという。
ケレン語という。『そうだよ』という、言葉がケレン語である。
『そだよ〜ん』という調子の、池らまむゆっきく、という。
この『きく』が、菊である。菊航路の菊ともいう。
京都船歌の関東航路でもある。

<<関東航路>>

 後、北上する船長が秋残りである。
秋残り艦船言語師範、なんばよっきく(難波世っ菊)、講義である。
伏見の連隊帖という、駄作者の書きである。なにわぜ(浪波世)、
花ゆな、きっききー、とそ。菊れるらっく、という。らくせくの
おひふら、という。ひふらのゆまれ、という。ゆみゆみという
弥栄語の使いという。花おゆべ、今の東京の尾久という所の
おことである。言葉という。

<<さんだら、ゆうり>>
『さんだら、ゆうり』という、コロポックルの頃のケラレケレン
という期の頃の言葉という。ケレンらっくの話という。
これを、ケレン山という、ケラレとも。ケラレレーレとも。
ケラレ山のお書き、これとろ、ふるれる、るっそそ、うちす、
うっくす、れーれる、すっすす、とそ。前文の話である。
これを、全文という。前文の全文である。
 コロポックル語を解せば、そのようになる。この文である。
 
 添え、尾久周辺を、はるらら、という。なんべん山のお書き
とそ。『そだよ〜ん』ぺっ、という。そだよん語の山という。
尾久から山の手周辺である。東京の地である。
 
 <<トンキン、ホア>>
 ここを、トンキン・ホアという。さっぴら・べーぜーの菊言い
という、ちゅうらる(中らる)、ともいう。ベーゼーランともいう。
ナンキンローという、ナンキンロートとも。なんはるの山之辺
という。おうすてのすすゆす、という。これを、東京連欄という、
東京連絡という。れんらんす、という言葉である
トンキン・ホア、レンラン、という。上述短文のことをいう。
<<冷泉語>>
トンキン・ホア、ラン、あるランファー、という。ミーブル・
レーテのおゆっ菊という。ゆっきしという。きしはるのおこと、
という。ロンホル・レーテという、れいぜい語という。後、
れいぜんという、後、冷泉と書く。れいぜん語ともいう。
れいぜい語、冷泉語である。トンキン・アールレーという、
かんてばの言葉という。メミッソという。メミルレーとそ。
めみるる山のお書きという。

『チーラン・ハーラ』という、れてゆすの、はみくゆ、という。
れぶんれる話という。れぶん語という。礼文という。今の礼文の
こととそ。礼文島に花がある、という。

 礼文の花、菊という。花を菊という、礼文語という。方言
になる、という。この『になる』という使いが、『である』の方言
である。『秋残りになる』は、『秋残りである』という意味とそ。
他に、『秋残りに出る』ともいう。『秋残りである』という意味
である。レーフル・レーレーという言葉の使いという。
冷泉語から派生した使いである。方言れっくという話という。

 『北上して会いましょう』、もう北上しました。礼文は、
北海道の礼文です。礼文島とも。

<<礼文航路>>
 礼文航路という、東京丸の内から、尾久ケレを経て、トーフル
へ行く、乃の場の浜をゆとそ、その場を経て、クンビムとそ。
経て、岩宿、いわやど、岩むす、はなゆな幸(こう)、という場を
ゆめという、その場をゆるうという。経ることをゆるうという。
そこを出て、いみらくという、わたゆたという、そこを、
まみむという、そこをでもうとして(出たという表現である)、
ゆんはっぷ、くりしゃら、めめゆ、るろほ、むるれる、めっせ、

めっせ菊、ここをするはるして、めゆれむへ至る、この航路で
とそ。これが、礼文航路である。北前木津ゆかり、という航路
を、幸路と表す所とそ。これが、船航路のさいさき廻りという。
幸先という表のいきゆき、という。さいさき船という、北前
船の話という。礼文行きの船の呼びを、こうらか、という。
こうみら、ともいう。めるてす、という。めるれ、とも。
めるという、喜びの幸という。めるめれの話幸(はなしこう)
という。

<<める>>
めるぼという、後のだいなま語という。だいはら、
だいなも、だいす、だいみょう語という。めんてるという
喜びのことをいう、幸のことをいう。
 
 今の、メールの意味でもある。メルボという、喜び
という。手紙がきてうれしいという意味という。
メールを書くなという泥棒という、メールを書くという、
泥棒の山という。
 『書く』『書くな』が大名語である。古く、大をどめという。
これを、泥という。泥棒という。どみふりという。
泥棒は、物を盗っていく者という、今のことという。

 冷泉の泥という。泉にある泥をいう。この泥をべりという。
べはむともいう。べーらるともとそ。びきゆきのはみなな、
という。はるれるせむす、という。冷泉泥幸路(れいぜいどろ
こうろ)という。礼文を泥島という。

 礼文の泥をみはまという。みはまこうゆり、という。
この『ゆり』は、どんなゆりか?、という。
みはま港百合ですか?、とそ。
 きすか出しという。きすれす、という。きすか島という、
泥島礼文の古名という。みはまは、どこか?という。
れーべという、かみふるのこふ、という。れもんそという。
かみ山の山という。人のはゆむるる、とそ。

 吉田語は、『えせゆせ』をいう。みんばらのゆめ、という。
上述のゆめが、これである。ゆめゆつ、ろうろる、せせやら、
ふふるせるす、とそ。航路山のお書きという。

 幸路は、当て字という、航路が正しく古い字である。
ゆき道のゆきである。雪という。これを、きーらぶというる
礼文の方言の出来という。

 礼文島のみはるごま、という。みはまゆらる、という。
この『こま』の意とそ。船に駒がついていたという。この駒の
意とそ。神功駒ですか?という。

 おさち駒という。これを、雄幸駒と書く。神宮雄幸という
はたの山という。これを神功という。神宮功(いさお)という、
吉田語を使う人を、そういう。神宮功の言葉である。

<<操狂弾き>>
 これをやなぎっこという。やなぎばれ、ともいう。吉田語の
ことである。琴でもある。この琴を神功駒という。琴柱をいう。
大和琴の一種とそ。冷泉弾きを、操狂弾きという。操狂れんらん、
という。操狂弾きの話である。これを、幸(こと、と読む)という。
さいはまという、みはるこまゆらという、操狂浜という。礼文の
話である。

<<れむ睡眠>>
 柳浜である。あやの浜という。これを礼浜とそ。礼(あや)に
柳がつくこととそ。みはる浜柳という。柳腰という。
柳越しをする、船ゆり、という。これを、ふねい、という。
港へ入る船のゆりという動きである。港へ入ることを、柳入
という。柳寝という。、居眠りの、船を漕ぐ話という。
柳寝入りという。これを、柳ばれ寝という。
れむ睡眠という。れも、ともいう。礼文の顔という。

みはまの寝という。三歳児の寝入りばな、ともいう。
ゆりねのゆりおこし、という。柳みっつ、という。
柳寝という。ゆり寝という。そういう話である。

綾の宮の神宮はな、という。これを、ホーとそ。
花を、ホウセンカとそ。ホウセンカを神宮花という。
神宮の花という。これが、冷泉の仁という。
花ことである。
 花人お書き、スーヨーラールおこと書きとそ。
冷泉くっくの山という。霊前でもある。神社に墓が
ある人とそ。神社の墓を御(ぎょ)という。璽という。
御名御璽は、墓を尊ぶ言葉という。璽を墓字という。
墓の古い様式である。『何々家御名御璽』という話である。
墓に使う話とそ。寺の墓もそうである。

 墓を皇宮という話という。死者をすめという。すめざという。
吉田語という。主に神社に残る言葉とそ。現在の言葉に
残っている話という。船よりみたコロポックルという、
コロポックル数用である。

 御名御璽、皇宮、一般の人の墓の言葉である。
御名御璽、古い墓へいけば、たくさん使われている。
皇宮へ行くといえば、墓参りである意という。
皇道は墓道である。
今は、あまりこの使い方はしないが、少し前の使いである。
変遷山お書きこれにるなる。

 やなぎっこという、年取る話という。置いた人を柳という、
流れて、龍という。これを、老き(示す篇に己)、という。
眠れる獅子という。き龍という。老きという。
年いった人を、き龍、老き、(き--示すに己と書く)という。
その住まいをはく(白)という。城ともいう。奥津城という。
古く、奥津白という。鬼白という。鬼ヶ島という。

 奥津城の島、礼文島とそ。一般名詞である。
墓を礼文島という替え言いもある。今は、この使い方はあまり
しない。『このしろ、かえせ』という奥津島の歌という。
『くつわ虫』の一意とそ。

 老人の歌をくつわ虫という、芸能の話という。
はなやぐ山のお書きという。
 花背山をくつら山という。花背という、一般の言葉である
場合という。弓山数副という、言葉使いとそ。

『朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト・・』と教育勅語を
墓前で読み上げる、墓参りの一形式という。昨今は、
はやらないことである。
 寺の坊さんの読経という、これをする現今である。
奥津城も使わず、何々家の墓と簡単にする今様という。
柳の墓の文。
Mr. Atom Lucky Ager, "Portugal report" より

正(やなぎ)子 2021年 柳子 し ね
正(やなぎ)丑 2022年 柳丑 ちゅう うし
正(やなぎ)寅 2023年 柳寅 いん とら
正(やなぎ)卯 2024年 柳卯 ぼう う
正(やなぎ)辰 2025年 柳辰 しん たつ
正(やなぎ)巳 2026年 柳巳 し み
正(やなぎ)午 2027年 柳午 ご うま
正(やなぎ)未 2028年 柳未 び ひつじ
正(やなぎ)申 2029年 柳申 しん さる
正(やなぎ)酉 2030年 柳酉 ゆう とり
正(やなぎ)戌 2019年 柳戌 じゅつ いぬ
正(やなぎ)亥 2020年 柳亥 がい い

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1918/08/29柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましたら、同姓同名です。
実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、本ブログ
著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 15:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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