馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る
【曲名】卒業3408京都船旅2308
古譜1308大原練習1208天の下1608 PortuguesMaeFilho 深山母子(壮強太陽)
鳴恭川世讃歌)
【創曲】2018/12/02、柳晴
創曲、Ue
造詞、Sita
監修、Naka
訳 深草中将百夜(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】コロポックル・フークー
【演奏】Portugal lucky Orchestra
【場所】rock mountain
【ファイル】sm3ファイル
【作成ソフト】
@Music Score3、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷
大原越える夕焼け道に かおれる花
優雅に深山母子 古い私の思い出に
花一匁 今日訪ねた故郷 秋
おわらの日 邑の人の笑みに
会えば かすかな憶え
御母はいませる花背宿に
秋ゆれこなれ秋ゆ 母子草に
微笑み顔の懐かしみ 思うことやら
今日秋枠(秋は来)古い日 こは
はれゆらる はっくの指きたす
るるす くゆふる さんる
狐の天気予報。〇r1918/08/28
狐と。 過去をとく、という。
場所、そ。 狐言:こって。
狐晴れを、柳世葉とぞ。
桃晴れごぎつね、秋晴れごん
((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【深由交、ふかゆこう】 今様(こんさま)よよる。
<<大原>>
京都の北東に、大原越えに差し掛かる所、道二手に分かれる
所を西にとる。そこを大原越え前ゆら、という。西にとって
しばらく行くと、貴船という、紅葉の名所へ着く、その奥、
鞍馬になる。ここを越えて、杉木立の中をしばらく行くと、
花背という所へたどり着く。
<<花所、はなじょ、はなしょ>>
ここを、よみ山ゆらという。昔の言いという。
『秋おわりらる』という、その期の言いとそ。
『京や、浜ゆら、ららはる』とそ。秋の日の
花所(はなじょ、はなしょ)という。後、はなす、という。
花背まらゆら、おいほる、ららふ、とっ、という。
とつれつの山目という。京深々のせゆはるらる、という。
ここを、山都(さんと)という。古い京の言いで、こすゆすれんそ、
という。深くいけば福井へ行く。
『おおゆらくっくく』という。こすゆすれれる、ろるんほ、
という。ここの都を、よりふる山という。わがゆらのおゆれゆ、
という。かるれるせるるゆゆす、ここを、うまるれ、という。
京奥高ゆら、ゆらふらるる、おゆふ、という。
<<大悲、鞍馬天狗>>
鞍馬天狗の生まれた所という。大悲ゆ、という。大悲山の
お山という。
ここゆ、川はらる、くるすややや、とそ。日の光をやという。
山のおこととそ。大悲浦という。川広山々という。川山のおけ、
という。ここけせのおふるらら、という。おふれるとっく、
という。これを大安(だいやす)という。
わがふるるるる、という。古い日の、大野山原(おおぬ
やまはら)の行きである。
ふるふるおれる、という。わが里とそ。山ありてそ。
ふるるひゆぶる、という。壬生ゆら川ゆ、ははら、はられる
すっ、とそ。
ゆみふらゆ、こる、せるる、せるせ、るるほ、すっすす、
という。花所川津という。ここを、鞍ゆり、という。
わがゆの絵、こことそ。大原ごそ、という。
<<京北>>
ごっく、くっくく、という。大原ごっくの山という。
古き大原の、奥ゆれ大原という。この西を京美(けいび、
きょうび)という。この西を、京磨良(けいまら、
きょうまら)という。今の京北という所とそ。
ここの黒幹に、黒ゆ、というかまはむをいう。
鎌黒という。ここを西へとる、京都天若(あまわか)
という、八木北という、八木山の山という。これをいう、
ここを、鶴府という。
ここを、もう少し西へ行く、よもふら、という、少し、
広くなった所とそ。ここの、深山(みやま)世という。
ここの歌という。深山母子の世という、所という。
この西の園生らら(そのう・らら、sonoh-rara)という、
今の園部の町という。
<<鞍目川行き、船航路>>
ここを、鞍目川行きという、船航路である。
京都船歌、りすらくほむ、という。りすぼんくっく、
という。これを、りずめる、という。りっつふっくす、
という。船をりつ、という。ふっくという。
船りくふつ、という。りっつみっつ、ともいう。
京都船航路で、後、福住を経て、日置という、
やか浜という、ここを、笹ゆ、という。古くの
篠山である。
<<北前船>>
これから西へ、三田ゆらを経て、西脇浜という。
今のへその西脇という。ここへ至る航路を、
江戸らる菊、という。菊航路という。
後、北前回帰の北前船という。廻り問屋
(まわりとんや)という。問屋航路という。
<<とめ航路>>
この西脇から北へ行く航路をとめという。
とめ航路という。ここの地の言いを、青ゆ、という。
青垣という場所にでる。大和芝、青ゆ垣ゆ原、とそ。
今の青垣町である。
ここを通り、山東越えて、朝来、養父。ここから、
二手に分かれる。
<<北前航路小閣>>
一つは、豊のく、城のつづ(きのつづ)、
今の豊岡、城崎とそ。ここの浜へ至る、高ゆま浜という。
今の竹野網という、そこの浜へ出る。そこの浜を出る
北廻りという、大きな航路とそ。これを北廻りかいりき(怪力)、
という。北前船という。北前航路小閣という小閣航路という。
<<氷川(ひょうかわ、ひかわ)航路>>
もう一つを、西にとる、養父から西にとる航路という。
ここを、ようはる、という。今の養父(やぶ、ようぶ)とそ。
この養父の西に美方川という湾がある。陸の湾という。
美方の三方(みかた)という。ここを、三りま、という。
湾をりまという。りくま、という。りーま、という。
ここが、ぺるせるかっと、という。ぺるせっぽ、という。
ぺるりら、ともいう。りいまのぺるり、という場所である。
三方ぱん、という。三方山のお言いという。
この航路を氷川(ひょうかわ)航路という。北前西ゆられ、
という。北山こるく、という。こるーれる・さんる、という。
ぺるりろん樽という。論樽のおこうく(おこーく)、という。航路を
こうく、という。こうくらっく、という。航路行きのことを
いう。らっくせっく、という、航路船をいう。船をせっく、
という、せっとという。せるせるのお言いという。船をせる
という。せーるという。これが、営浜語である。
今の英語という話とそ。
これを、きんぱく山という。後という、おろしよ山とそ。
古い日の英語という、営語とも。
じゅっぺらん、という、ふらん語である。船をふれという。
ふれをせくという。せくふれという。これが、せっぱんるーる
の川という。三方川という。びっとみっつ、という、川の
ことをいう。
このびっとを、ふんだら、という。川をだらという。
めんだる、という。めんそ、という。め、という。川の
ことをいう。この言いを、ゆま言いという。川のゆまい
取り、とそ。
ゆまいを、はゆむむ、という。ゆむはむ、ともいう。
川の流れをいう。
航路を、ゆんばら、という。船の行きゆきつ、という。
この『つ』が、津であり、行ったという意味という。両方の
意味である。昔の『つ』という意味である。
<<怪力船>>
これにて、すう、らるれる文句、花ゆ、書きそ。
この『書き』が、垣の書きでもある。垣そ書き、
これなるを。
ゆんばら、れって、そすゆ、れれす、うっするけるせ、
これを、ゆみゆみ、という。古くの、弥栄語という。
はにはに、ゆむゆむ、という。弥栄語である。古語より
古い話である。コロポックル語の一部である。
コロポックル船ともいう、北前かいりき(怪力)、という。
後、怪力船という。花山世のお書きとそ。これなるを。
そうきょうの良い航路、人生の旅路とそ。
一広ゆ、かられる、くくす。書きゆ。あらゆらふふす。
これよるにら。
Mr. Atom Lucky Ager, "Portugal report" より
2021年 柳子 し ね 正(やなぎ)子
2022年 柳丑 ちゅう うし 正(やなぎ)丑
2023年 柳寅 いん とら 正(やなぎ)寅
2024年 柳卯 ぼう う 正(やなぎ)卯
2025年 柳辰 しん たつ 正(やなぎ)辰
2026年 柳巳 し み 正(やなぎ)巳
2027年 柳午 ご うま 正(やなぎ)午
2028年 柳未 び ひつじ 正(やなぎ)未
2029年 柳申 しん さる 正(やなぎ)申
2030年 柳酉 ゆう とり 正(やなぎ)酉
2019年 柳戌 じゅつ いぬ 正(やなぎ)戌
2020年 柳亥 がい い 正(やなぎ)亥
秋残り世界文学全集 巻2
『余は機械である』
蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
秋残り市史編纂員、余。
秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
秋残り市立美術館冬期展示
『古譜1308大原練習1208天の下1608 PortuguesMaeFilho 深山母子(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
MusicScore3
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仮想店 出品 ID:Kyou4088
画商『曽端』俳画専門
豪華額縁付 2000円ヤナギ
著者@350上巣真芯
UESUMASi W.E.州 Machine
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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1918/08/28柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましたら、同姓同名です。
実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、本ブログ
著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350
Notice:Writer says,
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