2018年10月04日

卒業3344京都船旅2244古譜1244大原練習1144天の下1544 IcelandMount 京都山 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌):イカスミ柳

文だけ

そうきょうの思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業3344京都船旅2244
古譜1244大原練習1144天の下1544 IcelandMount 京都山(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)

【創曲】2018/10/04、柳晴
     創曲、Ice Cool
     造詞、Cold Sounders
     監修、Live Long Old
     訳  寒里 凍(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】コロポックル・フークー
【演奏】Iceland O'
【場所】Iceland Irecoosoo

 狐の天気予報。〇r2018/10/06
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town. 

一部重複
【東山麓】
 京都に、まだ、たくさんの藁ぶき屋根があり、田んぼや畑、空き地が
あった頃のこと。
 東山麓(東山西側)、現、五条坂辺り、その西側に小さい山があった。
五条通の南側になる。この小さい山と東山の間、谷である、U字谷である、
この谷に川が流れていた。この川の方まで流れていた、現、伏見の方である。
水がながれていない、水が枯れた頃、辺りはお花畑という、そんな景色である。
水が流れれば、それこそ大きな川で、怒涛のような流れが出る。
この川を切るという、そうして、川を付け替えた時の京都の名とそ。
ももという町の名である。ここを、もも谷といい、もも川という。
どど川ともいう。
 東山を、東へ越えて、(現、山科清水焼団地)辺りに、この、どど
という地名がある。百と書く。それぞれ、西百、東百という。
現、地名に、この東百が残り、どどと言っている。百という地名である。
この頃の京都で、東山に煙があがり、火をふいていた頃である。
西の小さな山、今も少し高くなっている、この辺りから、ずっと一帯
馬が棲み、豚が走り、大きな鳥が空を飛び、といった光景である。
 平地を歩めば、平しょうがあり、地に所々、煙が上がっている。
時には、つむじ風(かまいたち、という)が興り、外にいて、これに
会えば、口の中は、ざらざらして、砂をかむという、自然豊かな頃
である。
【天の川】
 夜には、見上げれば、天の川が、二つ平行して走っている。
二つの天の川の間には、大きな星が見られた。この星をコという。
この星が今も見られる星である。
天の川は、二つあるという、私の天体という、私の見たものという。
 この頃と、あい前後して、藁ぶき屋根があったという。京に竹を
植えるという。京を作るという話である。その頃の京という、筐と書く
表現もするのである。
 『ちあり、みちなむ』という。これが、後、『南無』という表現をし、
『南』が方角に充てられる。この絵の世という。
これが、『近衛』という、後に地名になる。
 星を見るひに、『やめ』という、夜の目という。星を『やめ花』という。
二つの天の川の間にあった星を『大花・おおはな』という、『大花、やめ見』
という。これを『やべらぐ』という。『みつはぬの絵』という。
ミルスー・ランレン・フアークラーという。えてゆての山という。
 後、この星を『いとかわ』といい、『けん』といい、『けんてき』といい
『みて花』という。ミルレル・レンルーという。ミビテの山という。
東山を、『ミービル・ロンテ』という。『みんびつのくうける』とも。
東山が2500の高さである。現、900である。この2500の高さの時の京都をいう。
これより、まだ、大きな山の京都という。現、京都盆地が一つの大きな山で
あったことという。これを、京都山という。富士山のような山である。
この京都山が崩壊をした、それを、ミッタという、ミタという。
ミーレル・ロンルレーという。みびせのおつゆつ、とそ。
これが、地球の相をいう。地球が至る所で、なりを変えていた
ことという。これを、メという。メッリル・ルックスという。
この『ルックス』は、今の英語のルックスである。
 ミバン・ハールクという、めり原のゆん原という。京都山の山の
斜面である。『ミーユーアンホア』ともいう。中乱カックルーの
言葉である。後、中国語になる、ミユ語という、メルレスという。
みびせのゆゆせる、という。
 私の頭脳の出来でもある。
 崩壊という、山が崩れるをいう。爆発無きに崩れる、ホーミル
という。爆発をエという、エムともいう、エレともいう。
この崩壊で京都の山の崩壊をいう。現、京都の盆地を形成する、
最も時の近い崩壊を、ミユレルで、考える。ミユレルで推察をする。
爆発を下に向けた、ほうやま、という。ほうするの崩壊という。
なし崩しという、現の言葉が、これをかすかに意味を残す。
なし崩しの崩壊である。現、京都盆地周辺の山、陸環礁の
一部である。この一部が、2500の高さの東山である。これより、
京都山の高さは、10、000メートル以上になる。

 10、000メートル以上、エベレストというひに、ペン原という。
コークルーという、ペミスヨという。これが現にある。
ペミスヨのいっぱ、という。ペーラルという、ペーセムともいう。
エベレストと、ヨーロッパのK2という、マッキンゼーラという。
後、モントルという。ここの『K』に、こっぱというこのクリルル
という、けってのるる浜という。けるすの夢、という。
エベレストの山のk2という。ヨハンの弓、という。
10,000以上あった山々である。
 あと、ムーのラムロア、ムルロアという。太平洋上の
ムーの山である。環礁になる話という。
 日本の富士の山をいう。不二という。日本全体の
山の弓はむという。大きな山の一山という。
40,000メートル程の話になる。
 これか、崩壊をした現況という。このひの山の地図の
造りという。山地図世界図があるという。中国の中華峰
という。エベレスト山麓に登頂口があるという、中華峰
の山という。アーレル・ルールという、ベモの山のお書き
という。エデッイトラーククという。
【西山麓】
 京都の西に、西山連山がある。この西山が火をふき
煙を上げていた頃という。西山の麓を『べ、ベモ、
ベボ』という。『千代(ちよ)』という場所とそ。
現、千代原という場所である。この千代原をU字という。
これが、『嵐』という所から長尾という、後、藤つよ
という、現、長岡のタクという場所を経て、ふけのよ、
という場所のミタという場所のケという。これが、
大徳川の流れである。U字谷のU字原という。川幅は
現、桂川にまで達する大川である。
 これに、星が映るという。星映りのかっつ、という。
この『かっつ』が、桂になる。かっつ川という、かつ川
という。この頃の西を、ミッハブという、方角である。
『ミ』と西をいう、ケロレグという紅毛の言いという。
赤い髪の生えていたひである。『赤毛のアン』という、
書き物のあるをいう。

 みたせらという西の野原に、いきざくという動物が
いたとそ。鳥が『タ』という、ケロレグ語である。
鳥を『タ』という。メルセルの言いという。
アレン・フアールレ・ルールの山という。

 この大徳川をいう。船が浮かぶ川という。イージス艦
が浮かぶ話である。イージスという、これを、『むめ』
という。むめ艦のゆりふり、という。

 我が家にいた竜巻、『イーラグ』という。40Cm程の
竜巻である。イージスに乗るという竜巻である。
ターレラーという、ミトのうんふるという。
これを、りゅうという。りゅうじらの山という。

 東山けぶる頃という、けぶれるよ、とそ。
 
 煙を上げていた東山、小さな竜巻が私の身の周りに
あった頃である。30、40Cmほどの竜巻である。多い時に
10、15とあったひである。私の体を取り巻いていた時も
ある。西山、沈爆のひである。なし崩しの山という。
現、天王山という、そこにも、煙が上がっていた頃である。

 京都山ありてそ、ゆゆせ、あるをいう。みってのやや、とそ。
【泓】
 現、淀川、その支流、水柱が立つところである。
山崎より上流、泓という場所である。多い時には、
10くらい、川に連なって立つ時がある。

 原潜ありてそ、ありてゆ、ゆゆせれれふ。これをとそ。
京都船旅、徳川ゆ、原潜乗りての旅である。
徳川はいたる所にある川である。我が蒲鉾道にも
沿って流れている。
 
Mr. Atom Lucky Ager, "Iceland report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou3448
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者@350上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1918/06/29雨、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましたら、同姓同名です。
実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、本ブログ
著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/184590589

この記事へのトラックバック