2017年10月16日

卒業1912・京都船旅812古譜682大原練習302天の下117原子炉(壮強太陽):イカスミ柳

そうきょうの思い出し:日能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:日山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:日スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:日山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:日紙祖川劣る

【曲名】卒業1912京都船旅812古譜682大原練習302天の下117原子炉(壮強太陽):イカスミ柳(鳴恭川世讃歌讃歌)
【創曲】2017/10/16柳晴創曲、熊 釜造 造詞、丹波 花由 監修備州 ソル(秋残り市在)
【拍子】インターネット流通フリーソフト90%
【種類】ジャズ時雨
【演奏】往来歓楽家、火打石愛好会の皆様
    仮名小文字ローマ字混ざりあえ
【場所】4戦回演、秋残り劇場
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)
都会の真中 原子炉立ち並ぶ
小さい原子炉 家で使って
喜びの灯ともる 町に電車走る
原子力機関 浮かぶ潜水艦
科学の粋と輝きの未来
 
 狐の天気予報。〇r2017/10/18
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。 
 桃晴れごぎつね  
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))   
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
柳太陽
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山  
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
 ここ秋残り市紫期区、京都くらいの小さい町である。原子炉は10数万基
ある。秋残り河畔中小さい原子炉が並んでいる字である。
一字一柳の区である。
 『行ってくるヨ。』 
 肩先で火打石を打ち送る細君、塩を振り、
今日一日を良き日とするカモカハーンKamoca-hahn氏である。柳の指輪、
胸には柳のバッジ、心理医学を体する医者である。安全第一、健康第一を
旨とする。かの有名な欧州のノストラダムスの研究家という。
 『ノストラダムスが言う。土葬の墓を掘り返し、屍体を焼け、周辺土を
焼け、ペストはこれでなくなる。この医者へ行けば、音楽が流れて
いるという。』カモカハーン氏の話である。続けて氏は言う、『ノイ
ローゼには柳を桜を、友には狸を狐を、字住まい(あざすまい)』、氏の
ノイローゼに処する言葉である。
 後の世では、京都と呼ばれる、氏の碑である、鴨河畔に立つ原子炉の
ことである。リニアに乗っていった南米である。知恵伊豆、葦之ヶ原、
南米高山麓下原、目にはサングラスという眼鏡に気を遣う革命家である、
ノストラダムスのお化けチェ・ゲバラである。柳の木で眼鏡を作った
人である、これを革命という。逆偏向グラスというサングラスも作った
人である。このサングラスをかけた人を見れば、かけている人の
目がはっきり見える。かけている人は、景色は暗く見える。そういう
サングラスである。下原(げばら)ローゼ、お書き、娘。
ノイゼ山、やな花世、ローゼラン、ろんろくの屋おく、かっつげのふ、
ヘレソテのソテラーゼ、これをノイという。能の一言いである。
ノイが出るという、知恵出ずのことをいう。南米をロイハル、ノイハル
という、この期の世界である。イルマがいる針建屋敷という。
アメリール・ロンテの頃である。フロルーへ行ったイルマである。
 秋残り国一見。

【解説】
 大御婆さんおられあられ、まのやの屋、これをいう。ピチャマブという。
ベーレル・ベルンスクという。まの屋の階段という。ここを、まがれという。
まぬからのよっこという。横山のおきゆれという。香蘆峰の雪は白い、という。
香蘆峰の高上げという。これを、やと、とそ。
 香蘆峰の川を湯川という。香蘆峰をくむ山という。大御婆さんあられあられ、
湯浅き山とそ。ここの、湯浅横川という。ここの季のことよの、のっこく、
という。これを、のこく、という。のこくらづ、という。ここに、あさぺら
という、山の煙とそ。山に煙が上がっていた頃という。
 香蘆峰の上がりという。御簾上げて、これを御覧、とそ。香蘆峰のゆき、
という。ふるらるかぜやら、という。香蘆やら、うっくすれれすすすろ
すすゆおみそみれてふそそす、これを、めぶゆら、という。
 めぶという。みの山のふくるす、という。ふっくす、という。
かざれら山ら、おりすそおりるるれれふれれやれんむするす。
するすという。煙の上がりという。真っすぐに高く上がる煙
とそ。この煙のするという。
 きょうとお定めの大御婆さんとそ。きょうらまのよみ、これを、とそ。
きょうを京という。この字をいう。下の小さいという字を書かない、
なべぶたと口の字とそ。これをきょうという。のちに、しょう、という。
この形状のまの屋階段という。そこを、たん、という。後とそ。
階段曲がりの道のま、という。きょうの階段という。階段村の
出来という。マチュという。山という。後、町という。
まちゅ町という。階段らっく、という。ぱばせぶ、という。
ぱってらの山のおやふるる、これを、おやしるろく、という。
親浜のゆゆく、という。れすてすよよこ、という。
 大御婆さんの御教えという。
 湯川さっきるるくるろこす、という。のち、みそめる、という。
ゆゆ山のおきれる、という。たんゆかってら、という。
言葉の家という。ゆあぜられてふくるるれれそれす。これを、
レーレスという。レトレスとも。秋のっこく、という。秋りらの
秋らか、という。秋ら家(あきらや)のこととそ。
 ヤブフルレーテという。やぶすまの、おゆれや、そそゆるれて
ふるるするれるそ、これをこうるという。こうる山のかれられ、
という。香蘆峰をかれらという。かれらみ山という。かれら山
という。みっつの家(や)という。みみせむこころ、とそ。
これを、心の家(いえ、や)という。こころやと、こころいえ、
とそ。心の家、ありそゆ、ありてふ、ありるる、ゆゆす、
おくるる、おくそ、湯川やの山という。湯浅家(ゆあさや)
という。階段の山、これを、みつゆつ、という。
 香蘆という。山ふもとである。
香蘆峰の雪白くありて、夏ゆ尚上がる之き煙という。枕草の屋
ぱらとそ。香蘆川、湯浅く、之き之く白ゆら、やほほけたれ、
くゆすれむす、れむよ。これを、香炉という。
 かおをこうはな、とそ。はなをこう、とそ。こうをめでる言い
とそ。こう鼻の顔という。好顔の山という。紅顔とそ。
紅受けの山という。紅受の絵、ここへ行く航路という。
舟ゆら航路という。御兄ゆせせらすみす、てれすつつる。
湯浅港という。湯川そそぐみなゆらである。
 きょうはな、きょう起し文、これとそ。
 ここを、きょう、という。湯浅き山、おそゆそままれるるす。
御兄ゆらおいらる、おられおれそ、おらるおらるおこ、という。
湯浅行という。これを、之く、という。行くという意である。
 之き之きて、重ね、之き之く、湯浅よりゆられゆられ、
御兄ゆら、御兄ゆ、おられおられ、大御婆さん御子ありす
ありられおらるおりらるおりせおりせるるする御兄ゆら、
御兄けけすら。
 丹波ざさ、湯川ゆ、湯浅っき、船ゆらさきす、ざさほの
御とそ。御兄ゆささするるす。あにたらや、これなるを。
 階段屋敷お書き、これとそ。
 今を後という。後を今という。高炉とそ。香炉経由とそ。
これを香路とそ。丹波、花ゆ、ざさ、かるるけてす。
香炉道を行く船という。船波山、ありてす。
船波山ふら、山もとの道ゆち、やられるやちらつ、という。
今をときゆ、今をときめく高炉という。原子炉である。
山麓川岸湯浅き湯川、両岸高炉立ち並ぶ秋残り屋敷である。
秋残り京の秋残り今日である。原子炉の中に家があり、
住むという若い人という。香蘆峰の山の煙の如く姿である。
原子炉の相という。昔を有す今である。
 大御婆さんゆ、大権現様の御おっしゃり通り。これを、
よし述ぶ、という。湯徳大明神という。天神ゆっか、である。
何事も、皆、得川葦述である。かの有名な大徳川という。
湯川そそぐ場所という。U字谷の初め半ばよりという。
ここへ注いだという。我が徳川葦船行である。
西陣という場所である。湯川夏の陣という。湯浅き、湯あ埼
の井草葦という、そういう場所である。いくさともいう。
 湯川秀吉という、徳川に注いだいくさである。陣の場を
いくさという。『行くさ』という『行くよ』という。
 そういういくである。井区という場所である。階段道の
曲がる角を井区という。
 『野を行く』という。『野へ行く』『野に行く』、これを、
『野を行く』という。この言いの言い元である。
現代語法では間違いになる。『野へ行く』という口起きの
歌という。本歌である。
 大坂夏の陣は、丹波冬越えである。冬越えて夏に行く、
ざさの屋、ここを川ゆ川れら、という。
 丹波山お書き、これなるを。
 丹波花が見たという、丹波花由監修である。
 丹波花、行かん衆とそ。丹波鼻ともいう。
 ゆあさっき、頃とそ。春浅きの頃である。
 船に乗って行くという。四条川南の船出である。
 い草ゆら、という。後の人はいう、四条山という。
 西陣東という、原子炉立ち並んでいた頃とそ。
 南米の地絵下原である。これをチェ・ゲバラという後の人は
 いう。葦のい草船という。原子炉の立ち並びを見た人である。
 香炉峰も並んでいた、い草炊きの煙も上がっていたコロである。
 これを、コロホ真話という。後、コロホが来たという。これを、
 コロポックルという。葦船の帆である。
  子供の話を神話という。子供を神という。子供をコロポックル
 という。秋残り民俗学という。
  天神をいう。大人を子という。子曰くは、大人が言うたという。
 秋残り解釈である。天神と子供をいう。子供を大切にする言葉である。
 戦という、井草もある、戦草という。
  い草歩きの頃ほぐろ、ころやらろろほるるろろろれるそむす、
 知恵下原である。下原知恵雄文。徳川葦ほめてぞ、ほ。知恵伊豆という。
 大御婆さんという。出 知恵世という。知恵を出す話である。
 駄作家の千絵という、夥しい絵の数々、御覧遊べ。
 コロポックルという原始時代の香炉、航路これこれなるなる。
 之き之きの文という。南には田があった南米屋敷という。
 そこの階段物語である。あやしの文。これを怪談文とそ。
 香蘆峰の雪白きは、ご飯のごちそう様である。
 香蘆峰食らいというコロポックル神話である。幻城を見ては
 煙が上がっているという。城は幻であった。雲の城へ届く
 香蘆峰の煙、湯上がる茶碗とそ。壬生の話は階段である。
 これを、身の部とそ。
  大御場を階段小口という。その家の造りの話である。
 階段話という。この造りの道という。階段横町、階段町、
 道に迷うを、お化けが出たという。そういう所である。
 大御婆さんをお化けという。コロポックルの言葉である。
 この言葉を言穂(ことほ)とそ。ロールル・コロッスとそ。
 ろっく・せってそ・せっせ語とそ。せっせっせっという。
 コロポックルの頃である。頃穂黒という話とそ。
  黒い頬かむりという。黒襷、黒手ぬぐい、黒被りの
 黒一面を黒造りという。黒穂家という。ほや山のお書き
 という。コロポックルのお化けという。黒い葦という。
 くろぞの山という。
  花園の黒橋という。そこの景という。京都川旅地図、
 その一端であるこの文である。黒馬のうんこは黄やった
 という。それをやな糞とそ。やなぎ糞とも。
 略。
 『おタラさんお申す』文。
 『頃は元禄花見黒』、ミクロの言、コロポックル原という。
 原子炉の立ち並ぶ原っぱとそ。コロポックル・ユーロという。
 遊炉の原子炉である。原子炉の中の家の園、原子炉閣という。
 原子炉内閣である。外も原子炉外閣である。原子炉の外壁、
 大切なものである。水に浮く原子炉というそんな船である。
 外観は葦造りである。戦艦大和は原子力船という。
 葦船の航路という。船航路絵、京船山のお書きとそ。
 略。
ソウキョウ 1817/07/11つつづゆるゆ(ほそす、とも) 
900三条川原,100四条の森,1400静小島,1800五条川家
京都府凶都上空くくく

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館秋期展示
『古譜682大原練習302天の下117原子炉(壮強太陽):イカスミ柳』          
馮飛菊 画書家判 毛という字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん) 


    著者@350上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine  
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 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-66727
     画商『加端』名画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましても、その方とは、まったく
関係はありません。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の
秋残り、本ブログ著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350,654
Notice;writer says;
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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