2017年08月02日

卒業1839・京都船旅739古譜609大原練習229天の下43三条大橋(壮強太陽):イカスミ柳

そうきょうの思い出し:日能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:日山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:日スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:日山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:日紙祖川劣る

【曲名】卒業1839京都船旅739古譜609大原練習229天の下43三条大橋(壮強太陽)(鳴恭川世讃歌讃歌)
   midファイル
【創曲】2017/08/02柳晴昔 新人、創曲、今 古貴、九十 孫監修(秋残り市在)
【拍子】自作メロディー・メーカー
【種類】ジャズ時雨
【演奏】往来歓楽家、火打石愛好会の皆様
    仮名小文字ローマ字混ざりあえ
【場所】4戦回演、秋残り劇場
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)
粟田越え 浜に着けば 緑木
鷲飛ぶ 橋の欄干下を行く
鴨の流れ 北の山は 連なりの山
紫水の水明 その様 己が
身を清く 心持ち清く 尊い
世を渡ると 橋は美しき

 狐の天気予報。〇r2017/08/04
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。 
 桃晴れごぎつね  
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))   
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
柳太陽
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山  
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲

【へっついくど】京都で、竃のことをいう。
へっつい、へっついさん、くど、おくどさんのこと。
今では見かけません。竃でご飯を炊く、その竃のことです。
『おくどさんには、おくどさんの神さんがいやはる』という。
いやはる、おられるという京都の言葉です。大阪では、いてはる
といいます。関西地方の言葉です。
 へっついのヘマ、ヘマポコといいます。ヘマが屁の間で、
あいだのつけをする、神ゆかれといいます。これをとく話の
ポコ、ポクといいます。稲荷のパレスレといいます。
いな語の使いのことを、パ、パス、パステといいます。
稲荷の言葉の、出来のいな語です。稲荷語ともいいます。
弥栄語というのもあります。『はにほに』『はにふに』とかです。
『君こい、はにはに』といいます。
 この頃の、へっついのヘマ語といいます。『おりるれ、
はりるら』という。ありさのきみゆき、という。きみはまの
言葉という。稲荷の『ペンバス』とも。
『ゆうゆるゆうる』という、夢花のかりゆり、とも。
『ゆるゆる夢ゆ、夢ゆるゆ』とも。
 夢見のへったくのせるす、とぞ。これを、せつ、とぞ。
『ありるるのおりそ、てゆれる』、『てふてふ』と古語にいう。
こっしょという、えるすのかんす、とも。『ありさんすうふう』
という。夢の蝶のめではら、という。めではらが、
夢の場である。
 ヘマがけを『お屁ひいた』という。おならをしたことである。
話の途中におならをする。
 この意味より、言葉の間に、言葉を入れることを、せはめ、
という。悪利用のいましめという。
人の話をきいて、これを故意に悪く意味を付す。これを
いましめた、へっついくどの神ゆられ、という。髪ともいう。
神と表記して、へっついに神を祭る京都あるいは地方の風習という。
広く意味を広げ、人の噂をしないことをいう。
『かみゆら、かみゆら』とぞ。えんりそま、という。
夢見が悪くなる噂の経過という。これを切り離す、『夢ゆる』の
話で、『夢ゆる』で夢見がよくなるという、『夢ゆるゆ』の言葉
という。これを、べって、という。べっしゅという。べむ、という。
べらるるのおきふり、という。稲穂の山のおきかき、とぞ。
 『あんりるるう』という、稲荷の山とぞ。『あんそ』という、
弥栄のく_という。くと、ともいう。々意味という。
『おいそ』という、『おいせ』という、伊勢の目という、伊勢の
宮の言葉とぞ。住吉のいう、『ありふ』とぞ。八幡の『く』という。
八幡べら、とも。こんぷの山のお下記という。こんぴらろくの
山の絵、とも。吉田のみつ、という。吉田の宮である。天神の
『ポコ』という、ポム、ポマとも。
一般に、えくま、という。えくすらく、という。古語の初期の
言葉である。いな語、また、八幡語とぞ。古語に含める言葉という。
あくまという、えくまのえりらか、という。あくまのことを、
えくまという。
 『お屁ひいた』という、わんぱともいう。古語である。
うぅるという。うるの山のおきゆり、という。これを、きみはま、
という。君浜語という。古語のつきだよ、とも。よしづき語とも
いう。吉田の宮の、鬼の出という。『あくるれて』という。
あくる山のおいふし、という。夜に出るえくまという。
あくまという。これを、言葉にして、『夢やる葉』という。
あくまのことの使いの良という。あくまの良い意味という。
あくまを悪く使う、吉田の節分という。吉田の宮の行事である。
夢悪魔を得るはくれ、という。はくれる、とぞ。
『あすくれる』という、悪魔れば、という。悪魔華、という。
あくまら、ともいう。あくするれす、とぞ。れすをですという。
あくするです、という。『京です』を『京れす』という。
言葉の訛りの稲穂ゆりという。稲荷の『えくら』という、
『えくま』という。吉田のあくまのことをいう。八幡の『ふく』
という。住吉の『おて』とぞ。弥栄の『みま』という。
八坂ともいう。それぞれの場の言葉である。
『八っ坂みまいり、ほにはをろろ』ふ、とも。ろろ花のゆゆかる、
という。ゆかるのごみはる、とぞ。三春駒の飾りの意とも。
『めすべ』という、三春駒である。『さんてや、うにはら、
ろろすよ、ふふれ』とぞ。さんてのみつ浜のおことという。
三春という琴の書きという、本文である。
 琴を夢かやという。枕の琴仕様のこととぞ。琴の形の枕を
使う、頭元の三春駒の置きという。『三春れん』という。
『三春のれっぽむ』という。夢見の良きをいう。夢をぽむ
という。吉田の宮春とも。夢を花よらという。あみす山の
お書きという。れぶんという、れむすよのあせるれ、という。
あみそんすうふう、ともいう。すうふうの八幡という、
八幡の宮の言葉使いである。秋残りの言葉である。
秋残り市で使われている話という。宮よりの秋残り見とぞ。
宮で区分けした言葉である。一区分とぞ。一般に秋残り語と
いう。『ありーらる、ファーファー』という。稲荷語でもある。
『ありーさん、すうふう』という八幡の言葉である。同意義
である。『すうよう』ともいう。『ありーさんすうよう』の
八幡語である。住吉では、『ゆっかれ』『よっかれ』とも。
八坂の『みばふり』という。伊勢の『よっぷ』という。
熱田の『はなくり』という、粟田の『はくくる』という、
熱田粟田の『みっぴらぴっぴ』という。天神では、
『こいはむ』という、浪速天かるとぞ。
『夢かや三春』とも。『夢かや天かる』とぞ。
名古屋熱田の『くいかむ』という、夢を食む意である。
東京のこうすという、京都のこうとという、大阪ろんくれ
という、名古屋ろうもむ、神戸よんすく、横のろっぱという、
横浜である。これを、君浜語という。君を王(きみ)という。
王浜という、これを横の王という。のち、黄(おう)という。
黄という、王の意である。黄浜(きはま)ろんけ、という。
これを、れぶ、れぶれる、とぞ。れめす、とも。
『レーブル・レンテ』という、壬生やらの壬生語という。
みぶる山のお書きという。ミブレル・ルックという。
みぶせんま、ともいう、この『ま』をまという。ことま
という、言葉の古語とぞ。『アーレル・ルーラ』という、
めぶせるのすゆらる、という。すゆの山のお書きとぞ。
すゆすぶあるる、れれふ、そつゆ、せつす、れてほ、
ほほるる、あんりそわ語とぞ。秋山のことほという、
言葉である、言葉の意である。これを秋吉神宮のことほと
いう、言葉をことほという、秋吉である。
るうらるはらという、秋吉のえくまばら、という、夢見の
場をいう。布団のこととぞ。
 『夢良し秋ほし』という。『ほし』は『良し』である。
『よいほし、よいよい』という、祭りの掛け言葉とぞ。
これを『えっさ』という、よいほいの意とぞ。よいよいである。
『よいほし、よいほし』『よいほい、よいほい』という一般の
祭りの言葉とぞ。『ほいきた、かご山』の『えっさかごやか』
という。駕籠かきの山のお書きという。
 『えくらえくま、ややゆゆ』という。やめせのゆるはる、
という。めるるめれぼる、あせるれ、という。あっけらの
語元である。あっけらかんのかんから、という。めるれる
やゆよのゆゆやや、という。夢見の『夢ゆる』の意という、
金毘羅の言葉とぞ。三春山のきん染めという。るーかるせむす
、という。えっぱらの山という。金毘羅ふねゆり、よいほの
ほかけ、ててそのほるる、えんたるはなれる、という。
金毘羅ふっきく、という。ふるるえるす、という。
えてほてのふゆる、という。これを、とうはな、という。
遠華という、のち、演歌の替わり意味のえんかという。
遠下の花君という。はなおうのゆゆせる、という。
壬生れらのれれそ、という、演歌のことをいう。
れれふるという演歌のことをいう、歌詞とも。
古い言葉の解である。ミブレル・ルックの意味解である。
壬生語の『れれ』である。歌詞である意とぞ。れれそ、
とも。エックス・レーレという、壬生れるのおいふり、
という。外国語のような壬生れるの言葉である。
『アールックレーフ』という、『エーロマ』という。
ロマ語という壬生れるの一種である。ミーブルスーフー
という、スーヨーラールーのぺぺふり、という。
ぺぺという、ロマ語の『お屁』である。屁のことを、
ぺという。ぺぺという。おちゃともいう。めぶの壬生の
おしゆし、という。めめのゆめ、とぞ。『夢にお屁ひく』
三春ゆし_べ、とぞ。音入り匂い入り夢とぞ。これを、
『匂いの夢夜』という。よなはるべ、とも。『べ』は
場である。めべ、とも。ゆめべ、夢辺とぞ。夢見場の
みばゆる、あるするあるれ、という。あたく、とぞ。
あたれるおかや、はなゆ、ゆゆそ、おりする、おりるろ、
おりるれ、おりせ、りりのはる、とぞ。『はる』は
原である。夢原の場、夢見原(ゆめみはる)、夢三春枕駒の
仮寝とぞとも。人生の仮(か)という。仮人(かじん)という。
化人の鬼とかや。夢の中の自分を仮り人、化人という。
鬼ともいう。鬼が出たという、夢の屋の自分のお化けという。
これを、ゆめき、という。本文を掛けた夢の記である。
ゆめおに山のお書きという。ムキムキという、夢の幼児語で
ある。ムキさん、お出でとぞ。夢に祈ることとぞ。
 やった山のおれ、という。お出での意とも。でれれれ、
という、鬼呼びとぞ。れむれる・すすゆ、という。
レム睡とぞ。夢見の睡眠である。
 夢見を悪くする噂を断る、ムキムキ鬼という言葉という。
悪使いをすれば、おこる話という。人をおこらす言葉を
使うを戒める、戒祖という。かいばらのお書きという。
貝原枢要という、数用という。数葉とも。夢葉れるれるの
華という。花とも。かかれるくくゆ(花華れるくくゆ)
という。くすべの語結いれれゆる、とぞ。れれのお書き
という。夢れれのおき、とぞ。おおき花や、あすなるゆゆ、
とも。
 卒業1430大原茂の歌という。
 http://akinokori.sblo.jp/article/177785712.html
 夢大きはなや 駆けゆきに 願い宮 うずゆれ
かけたのは歌人である。駄作ダッシュの花という。
夢の場明日なりとぞ。夢成り恋という。恋時雨ややそよ
という。ややととの壬生れのごらり、という。語元をごらり
という、夢成りごらん、という。愛しき人に会うたという。
そういう意のお歌である。関西弁穏便数用である。
緑夜に夢を見た、鬼嫁のような人という、歌人化人仮人の
カーレルという。カーレルの山という、鬼夢の有りという、
有鬼夢という。帰無という、帰無仮説の統計学の帰という。
有風の山という。ウムウムウムとぞ。
 緑夜の日、はにほにという。八月の穂、帆膨らむ、ふなづめ
という、鬼嫁の頭被りをふにふにという。ほんにふにふに。
あるすの言いとぞ。8月2日をはにほに日という、祇園まっかという。
吉田めーるる、という。住吉ろー(住吉ろーむ)、八幡だいか(大花)
という、華麗な返信の大花の改新という。6月の日のむしご日とぞ。
蒸し米祝う改新日。ほんにはにほに真っ赤な大花は振り向き様の
鬼御寮という。対価の改新がよいという、8月2日に変えて緑夜を
祝う、緑祝残という。カーレルスーブーという、秋残りの
大花の改暦である。大花の黄花という。6月5日が朔日であるという
改新暦の緑改という。日を夜という、夜を夜という。
緑夜の緑日、これを小花日とぞ。4月29日である。
しにくい(429)話で、4月29日の緑の祝いという。緑改祝という、
詩に杭を打つ、しまれとぞ。歌詞の造りという。
駄作すうくわ、くわっききい、とぞ。れむすのお言いとぞ。
くわっきいという、鬼嫁御両とぞ。緑語の幼児の言葉である。
れむったの山、これをねむったの屋という。れむの睡眠という。
くわっきい見の山という。レム睡眠のくわっきい寝という。
鬼喜びのくわっきという、住吉しまれま、という。末吉の住吉
という。ちちほのお書きという。
 緑夜の歌お聞きごらんろれ、ふりはるろまん_スール、
http://akinokori.sblo.jp/article/42657657.html
スールスーシー、シーホーローヨ。シーホーは孔子のことをいう。
子曰のシーホーという読み方である。ジットともいう、
壬生ローレルの読みである。壬生八坂の元祇園という、宮とやら。
その周辺の言葉とぞ。壬生語である。緑児の祝いという、小花とぞ。
鬼みっき、くわっき、ロースーとぞ。子曰くである。これを、
こいわくという、緑日の祝いの読みとぞ。ろれ山のお書き、これ
スールー語という。アフリーラのりりるる、という。
アフリカーンスのけけ、とぞ。ふりふるのロマンという、
アフリカン・ロマンのくわ、こわごわくわばらくわばら。
アフリカのライオンが出てきた夢一夜、上海の京劇の大きな仮面、
これを、獅子舞う、楼国という。伊勢のロマンという。
八坂モーという。住吉レッという。レントメの浪速舞という。
レントオール・レンテという。レンズル・ラッツという。
ハンガリアの舞踊の足を、レで上げてとぞ。ぱんぺの音とぞ。
半音のことをいう。レントールという半音である。
卒業596連灯 http://akinokori.sblo.jp/archives/20150307-1.html
夢見のよくなる連音という、連灯音である。
『らふせず、すみすず』これをラッツ音という。レムセル・アルレル
という。アフリカのらん、という。らんれる、るぶん、とぞ。
ルーレル・ラールのくゆれる、という。れむすてのあむれる、という。
アフリカのことをアムレ、という。変わってアメリラとぞ。あめり風は
『あめらるかべら』という。あめり風ゆゆてのあっぱら、という。
壬生原の鬼という。安達ケ原の景色という。鬼が島あゆふ、れめす、
くっすく、という。安達ケ原の舞である。アメリラ・ユッキスの
けっぺ、とぞ。血の辺りという。血池という、これを、けけという。
血池の泥の状の池とぞ。湿地帯であった頃の壬生とぞ。葦が生えた
状という。鬼の見かけである。鬼のような場という。夢に出てくる
化人とぞ。アッパスーシーという。中国風の言葉とぞ。
言葉のお化け、幼児語の花語である。全文、夢見良きをいう。
 ごらんろれという、壬生用の身の舞の言葉とぞ。舞いの
言葉である。こっぺという言葉で、こっぺ蟹のカチカチ鳴らす音の
聞きをいう。これを、転用した、お聞きごらんろれという、ふりはの
手の振り様を表したロマンである。ローマルラという、ロー丸を書いた
手の動作とぞ。両手を頭の上で丸を表す、幼児のよろこぶ、
ローマンするである。ローマン語という壬生牢である。牢屋のおきざら
という。丸い話のわっから、という。わっかを描く手の動作の
意図という。ワールレ・レールという、れれの壬生牢獄語とも。
 悪い噂をすれば、壬生牢獄をごまかしてという、新選組の改心という。
怖い新選組という、子供が喜ぶ近藤勇という。新鮮の解とぞ。
新選組の舞い舞台の頭の日を表すローマルという、手の振りという。
祇園舞子の恥ずかし手という。葉を透かすとぞ。ローマル、これを
ウエンという。ウエン手のウエン、ウインのウインディという、
緑児のウインディ・ローマンという、グリンのやっつ、やっぱとぞ。
グリンも幼児語の英語である。緑児という、嬰児という。
嬰の半音、緑葉のさげらかという。木桜、黄桜妙音の嬰上げという。
ハンガリアン・マイナーで出る音とぞ。ムキムキ上げともいう。
鬼音妙音という。鬼は外の夢の内、夢内鬼外のがいもうという。
夢の鬼、吉田の宮原(みやはる)、この原(はる)の読みを夢うち読み
という。壬生はんな、という。これを、壬生背、壬生瀬、壬生勢と
いう。壬生勢の新鮮さとぞ。新選組を壬生勢(みぶぜ)という。
これを正(しょう)という。壬生庄のウエンバッハという。
ウエンと泣く正児かな、正児という、篠に杭とぞ。
正児杭の竹のような木とぞ。これをウエン木という。
ウエンぼくの日杭楼という、そこの舞いである。4歳児の手振り竹
持ち手の舞踊の手という。笹持って踊る舞子のことを、正児杭という。
日本舞踊の駄作者解説である。あら恥ずかしの日の丸手とぞ。
ローレル・ローマン・ラッケという。壬生語である。
 稲荷の笹を、巫女の持つラレとぞ。吉田のボッピという。
住吉レーという。住浜の山、ここをだいひょうという。
八幡ヒョウという。祇園レズという。東京のベラズという。
のち、ベランという。ベランもくの世という。この『世』を
ベラズの『余』という。ベランペの言葉とぞ。ベランメエが
そうである。あと、ベランポークという、祇園のポントである。
ポント出したの宮津財布、ベーランパーフという。ベラの言葉の
掛かりという。ベラの魚、出世魚という。ペラッポ出という、出
漁のことを、いんが、とぞ、いんそとも、いんそびという。
いさる火の、漁火、いさらゆよび、いさらびのかん、とぞ。
自然の火をいう。パーともいう。パーび、とぞ。圧腹のひゆれか、
という。ひみつという、いさりびのこととも。みっついくという。
いさりびのことである。(卒596連灯)
 ベランパーの東京の宮、東京をミッカラという。これを、仙台牢
という。ミッキーカラッキのばらふりとも。仙台の絵という。
北徳のくりから、という。クーリー(苦力)という、山車引きの
担い手をいう、山車の引き棒をでくの棒という。これを、
ミッスミという。クーリー・ミッスミのチャリッポという。
祇園チャリの祇園茶という。茶房のすみれ、という。
すみれの出し汁、せっぱ山のウーリーとぞ。雨里という。
祇園祭の雨、ウーリーシャンシャンという。荒神さんの雨を、
ウッパという。ウッパシャーのギーはん、という。祇園半という。
はっぺらのはんぺえという。月形半兵衛の傘また、という。
『月様、雨が〜あ』『よいほに、はっせてぶられ』と受け答え、
ブラード・ラッセルの米かやという。こぬか雨そぼ降る御堂の
ふっき、これを、ユーラレ・タメラという。タマラの名のごめす
という。タマラという、玉良のぎょくりょうという。伴侶の語元
である。『祇園はん、はにめて、よいよし、ききられ』とぞ。
ウーリーシャンのうり山歩きという。あまざとのうごう(雨郷)
という。これを、メンタムという。祇園ソーメンという。
お染久松という、げらめの山という。エノル・ゲラという。
えい浜という、キョッパという、これをキヨッピという。
清い日のことをいう。キヨッピンリーという。キョンシーの
幽霊という。ゆう浜の山という。キョッキョンの義母という。
幽霊親子の清い義のよしの母という。キョッセンともいう。
キョキョンヒのキョンホとぞ。京論の話という。以上の
こととぞ。
 計画を山による、さんかくの三角とぞ。山を見て、日をよれ、
花をかがに、かるすを台という。山行の計という。三角測量の
話とぞ。電波の使いをキーはん、という。キー務のキー所、
これを木電(もくでん)という。電波発受器のぺとぞ。
ベーラン・パールレのめめす、めめそとぞ。計画をめめ
という。めめそ行きという。山には行かず、地図だけで推す
こととぞ。地図をたという。これを、たたそ、たたるという。
たたの山、夢の見の山という。夢見の山、一富士二とお(遠)
三う(雨)、しぞ、ごで、むむ、むむま、むむそ、むゆ、れば、
れれる、ればそ、とぞ。とぞを含める言いとぞ。十三峠のとぞ
越えという。十三でワンセットである。とぞの終わりという。
これを、とわるおわれ、という。とみはんのギー音派という。
りみっつの語ゆいとぞ。りみてすともいう。太宰天という、
たな(店)の山のお書きという。とぞを一にする数えをオーハ
という。とぞ富士二とお・・という数えという。オクともいう。
一オクという十二進数である。半音コミ入れのオクターブ
である。一奥音という。おうおんとも。音楽の半音である。
レントールをみっぱ音という。ミーレルラールの音玉とも。
楽譜に書かれた音符とも。路面のはゆす音とも。瓦の
飾りに雨が打つ音という。雨打音の一雨という。一雨しぐれ
という、狐の嫁入りとぞ。夢のライオンという。夢来音は、
琴古間音の金婚冠、ライライホーという、獅子句の上げ浜
という。ありすの山、これを、ユーラル・オークという。
オークシャという。蛮社の山という。台湾オークの蛮社と
いう。メーテルリーラのは、という。この『は』を、閥と
いう。集まりの派出という。閥出の矢、という。矢は屋、家、
の意とぞ。これを、むゆはる、とぞ。めそ、とも。メソッポ・
ラール語という。めそれむの山をくめとぞ。くっすくれるの
おゆそる、とぞ。そるは音である。ソーレル・スースーという。
八幡をやわという、この言いの時のスーである。スーヨーを
スースーという。あさべらのはゆれむという。
 後略。
 粟田の宮によせ、はなゆれれふ、そっつれれゆ、そてそ、
あゆるはなる、あきめらるふる、せせゆ、せせそ、れれのほ、
ほほゆ、むすす、れもほ、れものほのお書き、これにゅ。
あんにゃのか、あんにゅよ、よよす、れれ。
うつくしきひび、あんの山とぞ。
半音を下げる、半音を得たという意味である。

これについて思うところを記しなさい。
 尚、解答について、文献書籍、スマホ等持ち込み可。
 参考文献、『社会心理学』『犯罪の心理』『パブロフ心理学』他、
       インターネット諸サイト 
 出題:秋残り社会人学校世渡り雑術科教師 穂乃帆 人部(ほのほ ひとぶ)  
 
【一答案】解答者:秋残り社会人学校世渡り雑術科
     インターネットコース 世間 広渡 
 
 
【評】 80/100
 
 
 採点者:秋残り社会人学校世渡り雑術科助手 脇道楽しむ
 
ソウキョウ 1817/04/27つつづゆるゆ(ほそす、とも) 
900三条川原,100四条の森,1400静小島,1800五条川家
京都府凶都上空くくく

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館秋期展示
『古譜609大原練習229天の下43三条大橋(壮強太陽)』          
馮飛菊 画書家判 きという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん)
 
『古布に描かれたもの 江戸暦牛年麹。日月梅日』
槙之木梅之進撮影 そうきょうの葡萄道堂裳楼の屋にて
陽が清きという所
『Old piese in old book, July 4, dragon'6』
camera shoot″。日Umenoshin Makinoki


    著者@350上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine  
-----------------------------------------------------        
 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-65997
     画商『加端』名画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----
ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましても、その方とは、まったく
関係はありません。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の
秋残り、本ブログ著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350,581
Notice;writer says;
Names are virtual on this article.
Matters are not real. 
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