2016年08月26日

卒業1324・京都船旅224古譜84魚世節見(うおよふしみ):イカスミ柳

【曲名】卒業1324・京都船旅224古譜84魚世・節見(うおよふしみ)(鳴恭河原讃歌) 
【創曲】2016/08/26創曲造詞
【拍子】4/4 
【種類】自作プログラム
【演奏】レブセル・コール合唱 上梨夏 夢男指揮   
【場所】4戦回演、インターネット秋残り劇場
【歌詞】蒼郷
    船を吊る手 横川の岸そば
    葉咲く ミらら 丘を屋とユ
    よははぬしぬる うさやみ 
    そうるふず れゆふる すべら
    カカゆ 寄る夜々 らおらゆふ
    みみる ゆかふ とめるユ 
    めばぬ けゆふず(けゆふれ)
    
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
太陽

-----日出葦説明------- 
 ミ:家のこと。
 丘:屋のこと。
 ユ:じょうという。(丘を屋とじょう、とぞ)。
   じょうと読む『ユ』の字、少し書きが違う。
   古代仮名という、丘字である。古代語である。
 カカ:雪のこと。
 夜々:yoyaと読む。よよという意とぞ。よよと読む、
    よやという。掛けが出る読みという、よやをいう。
    よやという、よだの意である。夜である話という。
    どちらも小名氏せ意とぞ。普通、よよ、という。
    現代語が古い話という。よやとは、よよの意味では
    使わない話とぞ。よやと使えば、関西弁の『夜だ』
    になる。関東のやになる。関東のよや言いという。
    やよという、かんぱという。寒波の意が出る。
    かんなる山のいふれる、という。ゆうゆうのいういう、
    とぞ。どちらを読んでもよいことである。
 そうる:そうのという意。ソッキョルという意味である。
     歌をソッキヨという、ソッキョルとも。ソウ
     ともいう。現代では、うた、という。
     新しい言葉である。秋残り市という。
     そこの言葉である。夢歌語ともいう。
     単に、歌語という。ラウスル・ケンという。
     秋残りの両県である。良県とも。ラケンの山、
     れんれるのおれるる、おりるる、おりはむ、
     おりざら、とぞ。とも。
 ふず:とよという意。
 れゆ:そという意。
 ふる:かもという意。
 すべら:軒をいう。
 雪降りの夜の見である。
 らおら:くくすの山という。みみくのれれ、という。
     めての歌という。メルレルという、歌とぞ。
     ゆみの家という。自分を『ゆ』という。
     『ゆみ』で、自分のという意。これを『まう』
     という。まうまうという、後、もうまうという、
     まうもうともいう。
     『ゆみく』という、じぶんの話したことという意。
     『ゆみ』と自分をいう。ゆみやま、という。
     自分の話である、ゆみくともいう。
     ゆみみやという、自分の宮という、家を宮という。
     少し新しくなった話である。時代がふったをいう。
     メルレルの意味である。メッセという。ともいう。
     レブレルのゆみふり、という。メンテルともいう。
     メルッツの山という。エンブレルという、
     メッテラールともいう。れゆるれてそおゆゆけるす、
     すってえよえよるるふるるすててそそつるつれんほ
     すれずるつつつつれれふ、これよる。えんるるのお
     ゆえ。これとぞ。エップレルのすすそ、という。
     えんつるの山という。メルテルのくゆじす、という。
     えったをいう。えっつの山のえつてつ、という。
     れんする・ろっく、という。これを、き、とぞ。
     めるゆめるれめめすめめめゆゆゆれれそそゆすせれ
     るそそゆせってろろするろろふ、これなるを。
     ゆみくの話である。その歌とぞ。
      下段のローマ字は、『は』の読みである。(歌譜)
 ユ: じょう、ゆ、どちらを読んでもよい。古代語のゆになる。
    古くの平安朝、以前とも。そのゆの意でもある。その前の
    時代とぞ。その意でもある。じょう、という。すべら言い
    ともいう。『行くじょ』という。『行く』の意味である。
    方言になる言いという。山という、意味という。
    ヤマという、言葉にこの意がある。山麓の寒村、地方
    という。そこの言葉である。ゆうじょうという、言葉の
    使いである。ゆうじょう言いとぞ。
 ぬ: haともいう。これを、ぬぬ言いという。ぬはのやま、
    これをはは山という。ははれるれほ、という。ゆんむの
    れれほ、という。むんるるのれおすとぞ。
    むずれるれれゆててそそつすれれるるるすすろろゆゆほ
    れつるゆゆゆ。れれんそのおっぷ、という。おふれる
    ほゆる、という。ほむふるの山という。これを、れよ、
    という。れむれるれれふ、これよらふくずゆゆゆ。
    ゆゆめる山、これをいう。こみすよのかかゆり、という。
    雪が多く、家が揺れるをいう。かかゆりの雪揺りで
    ある。『ぬ』を『は』と読むこの期の話という。
    古代の山という。山れるべべ、という。家べべの
    ゆっきす、という。ゆれゆる、ゆらゆる、れれる、
    おれんその山という。これを、さんほう、という。
    さっぷくの山という。セルレルという、言葉の使い
    とぞ。
    
    **現代学の範疇外である。
     この記の意とぞ。一連の書きの『山』の意とぞ。
     話の意味では、山とは使わない。話という。
     雪もかかとはいわない。雪という。現代の語で
     ある。『ぬ』も『は』とは読まない今の世である。
     全然の山である。全然山、はなゆる・かか、これを
     かとぞ。山を『か』という。この記の書きとぞ。
     この期の書きという意という。全然の意味の
     移り変わりという。『全然〜ない』という話である。
     『全然〜ある』ともいう。意味が違う話である。
     これを、つみゆみ、という。言葉の綾という。
ず、れ:ずとも、れとも。どちらの歌詞でもよい。     
    かたおの山の歌である。ずと言っても、れと言っても
    よい歌である。この歌の書きという。
    意味は同じであるひぃに、昔の意味である。
    現代で、これを言えば、意味が変わるをいう。
    この歌では同じ意味である。
    古代語の使いの頃である。今は使わない言葉である。
    ふみゆみという。うるせのほはゆ(hohayu)、とぞ。
    めるるれすのゆら、という。言葉の変遷をいう。
    現代語が昔からの言葉である。古い言葉が現代語で
    ある。上の書きは新しい新語である。秋残りの話という。
    以上、日出葦の説である。江戸朝の日出葦である。
    えどよっき、という。ござんのす、という。
    ござんすのよみす、という。おおさくよっつ、という。
    大阪のヨットホイットである。江戸のヨッキという。
    ヨルレルのヨルレツという。ヨットホイットの祭りの
    言葉という。これにある掛け声という。名古屋ホンロー
    という。よこよこたつれつ、めるる。大乙のゆき、という。
    文章の進みをいう。ゆきである。文章をゆきという話
    という。今はふみという。ゆきふみは、ゆきの文である。
    今の言葉が古い言葉とぞ。現代語である。
     言葉花遣るおるれ、という。おるゆのやおら、という。
    ロットのゆゆ、という。ゴーフル・ロッツという。
    ごゆれゆのロッソとぞ。ゴーフルという、言葉の使いで
    ある。ロンフル。とぞ。
    
 文の山という。現代語では、たくさんある文という意である。
 山を直接に文と、言わない意味である。文を山という話
 である。ろっそ。ろっつ。ろっと。ろろふ。ろろす。ろろろ。
 ろろふ_る。ろろ_よ。ろろのおゆれ書きという。
 これも、新しい言葉である。秋残り新語である。
  いざふたよ 書き。
  
よははぬしぬる:夜はうるし塗る闇の訪れの意とぞ。
        うるしを『はぬし』という。『ははし』とも。
        箸には漆が塗ってあることも意という。
        夕ご飯時という。『ゆうごめし』という、
        夕飯のことをいう。ごめしはご飯である。
        食らつ、うれゆるややよ、これをよや、という。
        よよのことでる。
        
 ワツテツの律という。歌という。楽もそうである。
 タ・タンという処がそうである。ワツという、ワツともいう、
 楽の律である。ワツラツという、ソッキョルの言葉という。
 やんばとぞ。あるすゆゆゆ、れれそ、そっくれる、ゆっく、
 せせせ、たたんの山という。タッススという。かんれぎの
 くくせ、とぞ。         
     
       
       秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭河原 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館秋期展示
   (秋残り暦、この日(8月26日)より秋野の季とぞ。
    社入りという季節である。やしろ入りともいう。
    やしろ初日の秋野ゆり、という。季節である。
    ごうふ山のお書きという。菜に一つの葉の料理、
    これを葉入りという。これをする日である。
    葉入り日という。葉という日である。葉日の夜
    かゆれゆ・ぱれす・くくる・るるの葉の日。これを、
    すっくという。後、ズルという。ズル日という。
    葉ズル日、これなる。葉をつ、葉落ちの日とぞ。
    初葉落ちという。書用の話という。葉をゆりという。
    パーレム・ルールゥという。パルセムのよは、とぞ。
    秋残り日という、話とぞ。)
  『古譜84魚世・節見(うおよふしみ)』みすみの世             
   馮道竹冠世 画書家 押逸判
                   

字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

    著者@200上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine
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 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-5845
     画商『保端』 名画専門
     葦野原展示即売会 2000えん(葦竹額付き?)
     創郷のご案内
     東洋都百貨店にて、東洋都身日出葦サイン会、
     多数の来場者が予想されます。
     ****     
     Air-Akinokori、葦之ヶ原飛行場より
     秋残り電鉄、葦之ヶ原駅下車
     秋残り地下空中電鉄、夢舞台駅下車
     乗合自動車も出ています。
     秋残り航船、イワシュビッツ港下船
     ****      
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 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html 
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。著者@200,65
posted by 秋残り at 12:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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