2016年08月21日

卒業1319・京都船旅219古譜79・祖悪:イカスミ柳

.LOG2016/08/21京都仕500起句
sotu1319.wma">卒業1319・京都船旅219古譜79・祖悪
【曲名】卒業1319・京都船旅219古譜79・祖悪(鳴恭河原讃歌) 
【創曲】2016/08/21創曲造詞
【拍子】4/4 
【種類】自作プログラム
【演奏】レブセル・コール合唱 上梨夏 夢男指揮   
【場所】4戦回演、インターネット秋残り劇場
【歌詞】蒼郷
    蘇る花よ 川原百合 (休)
    紙場 折る花の川原 
    船着き場おる私(きさ)の地 (休)
    祖の地 敬の葦ヶ嶽 見遣る場
    ゆらる船旅 夏樫木と双保のふびと
    罧原(ふしはら、ふじわら)の船場ゆり    
    
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
太陽

-----日出葦説明-------
 船着き場おる:降りることをいう。
 ゆらる:揺られるという語のあたら使い(新使い)という。
 ふびと:舟人
 夏樫:夏樫で懐かしの掛け
 双保:とみかわ鍋という。川の鍋という言い方。
    鍋川という地名で、双保ともいう。
    川の場所を双保とぞ。川の両岸をいうとも。
    単という、川の片岸をいう。単岸と。単双とも。
    川を鍋という。鍋の双びを川江という。
    両川の単をいう場合もある。並んだ二つの川の
    あいの地を、キサという。きさ地という。
    これを、わたし地という。川を渡す地の言いとぞ。
    この渡しに私の字を充てる字の使いという。
    わたし充てという。このわたしを、あ充てという。
    あという私の意味に、渡しを掛ける使いとぞ。
    このあ充ての逆の使いという。同じ、あ充てである。
    鍋という言い方である。鍋言いのあてかわとぞ。
    川のある場所での使いという。
     鍋川は、今では、一の地名である。川の意味には、
     使わない、現代である。鍋のことをいう。
     鍋は鍋で、川は川である。現代では、川を鍋とは、
     言わない。
    現代川枢要という、意味切りである。今ある日常の
    言葉使いが、正しい話という。
     川の意味で、鍋とは言わず、使わない。意味が
     切られている。枢要の意味とぞ。スーフーという、
     意味切りもある。言葉の出来をいう。スーフルールゥ
     という、意味を切ってせばめる言葉という。スーミル
     という。カーレルという、切りの一種である。
     川の意味で鍋をいう場合は、説明をつける話である。
     他の語もそうである。カーレルという意味の説明
     もある。この説がそれである。
     カーレル・ラール・アール・カックゥという。
     かみすよのかれら、である。カファッスゥという。
     なべんすうという。なべらるのかわれる、という。
     鍋山鍋川の話という。ナンペという話である。後日。
 祖の地 敬の葦ヶ嶽:敬は葦のこと。嶽を敬う掛け。地敬と
     いう、敬うをいう。地形の語敬という。
     敬うことをたっとぶ話という。山らるえく、という。
     やっぱしという。やつはしという。山の語敬である。
     山端という意の解という。やっぱしと山を指す動作
     とも。葦の身やという。葦の身という。みみの山の
     お書きという。後日。
     秋残り語である。解である。秋残りの解である。
     ウーラル・レールゥ・ラールははやらららふ。
     これよし話という。
 罧原:ふしの原。藤原のこと。ふじをふしという。
    罧をひぶという。ひぶわらという。ふしわらを
    ひばという。ひばの桧の場をふじともいう。
    この場合に罧の字を使う。(これでない場合もある。)
    桧を藤という、一の場の使いという。この使いを
    ちかいという。ちかいの山、これなる。
    カワレル・ケッテ、すつくすのふし、とぞ。
    ケッセベという言葉の使いである。ケメルとも
    いう。これを、ケメという。ケメ言いとぞ。
    ついをちいという、この類という。ケメ言いで
    ある。メケコともいう。ケメコともいう。
    つい(対)をちいと言い、たいと言う。ケメタ
    という言い方である。ついちいたいという。
    ケメップという、ケレフルのルップという。
    ケーラル・レーレェという。やぶれまのもうふく、
    という。喪服の言いである。ケメテの山という。
    ケメすむ・レッツ、えれるる・るおっすう、
    とぞ。おっすという、押印の押しという。
    押すことをおっすという。押っす。挨拶の手合い
    でもある。押っすあい、という。挨拶である。
    ケメーの語より出でた語とも。おっすのことである。
    ケメフという言葉の使いの一つである。
    メッツ、ワップ、ワッツという。メレルルという、
    言葉である。言葉の使いという。メレルルの系統の
    意味でもある。主として、メツ、ワプ、ワツという。
    めっつるのけるけるという。促音便で使うことと
    いう。ケーレル・ルースウという。
    ケメップのおいらるれれよれれるれれはなれれす
    すする、つゆつゆろろすろろろろろほろろれるたた、
    という。これをマンという。マンの山という。
    マンのお書きという。ケメのやら、という。
    べんべつのふくゆく、という。ふくいくとも。
    ベンベルの言葉の数有という。スーレルの山という。
    スームトれてのはっぱ、とぞ。ハミルル・カクとぞ。
    これを、カックという。かくれるやらのおれる、という。
    山折れのはっととぞ。ハットである。防止である。
    山折れ帽を山高帽という。この類の言葉使いである。
    後日。
    ふしはらのふじわら、ふじはら、ふじはっら。ふじはる。
    ふしわる。ふじわる。ふじわっる。ふじはっる。
    藤原、罧原の読みである。フジワーラという、新読み
    (あたら読み)の、新言いである。ワルンツという、
    言い方とも。ワルレルという。ワードの意味である。
    ワード言いという。言葉の話とぞ。ワドという。
    パドという。ハドとぞ。パード、ハード、この類とぞ。
    パテラスのアルレンホアという。アール・レールの
    アルレル。同じ意味かどうか、話とぞ。後日。
    意味切りがある、現代の言葉という。後日。
    had、hard(ハッド、ハード)。ワッテカの山という。
    ワテカのらんほう、という。レムレル・ラムスゥ
    という。えぶんれる・れれよれれつのよりよよりす
    よりふれれろろろほろろむろろよろろれ、とぞ。
船場ゆり:船場の百合。花である。船ゆりの船場ゆり、とぞ。
     百合ほ船に積みという。摘みである。船百合(ふね
     ひゃくごう)という。摘み花の数えという。摘み花を
     籠に入れる、その籠をふなよという。ふなみのベル
     という。ベルばなのベルすずという。ベル船という。
     船荷のつみ船という。つべ山という。つべるとぞ。
     すべるをつべるという。つると亀がつべったという。
     その角度をベル角という。ベルレルのおすく、という。
     おっす角という。そんな揺れの船百合(ふねひゃく
     ごう)である。これをゆり入る湾角という。湾の角度
     という。ワンレルのふなみつ、という。ワンテルの
     船という。横波をたてる横みりである。みり入りと
     いう。みぶすれれるかわはなれくすててるるるよとぞ。
     ワフレル・ラックという。江田の山の古記という。
     江田花の花の揺れという。船揺れのうれぇ、という。
     うれふるやらるれれそれれゆれてふるれそるれれ
     つつつるつつゆつゆつゆやるれるれれほれれすよ
     よよむむむむむせるれれほぬむむよむべならむべ
     なるかふ、むべよのペペとぞ。ペルのベマという。
     べべの語ゆいとぞ。語めという。語め山のごふる
     という。ゴーフルの語ゆい、という。ごまはら、
     ふじつ、ふじる、ふしふ、る、ふるる、ふす、
     ふする、えてはつという。えらするゆゆとぞ、る、
     れれほ、るるゆ、ゆすす、ゆすべごほる、ごおり、
     と、いいも、あるれ、ありる、ありそ、ありつ。
     ありの言い方である。
    
     レゾンの歌という、本歌である。これを祖悪という。
     悪の意味の歌である。説明は上である。
          

 真っ黒の判子を押逸という。押逸判と。ベタ判とも。
フリル・カーワルという。ふみすのオーラムという。
フーレル・ルークゥという。うみすよの越判(えっぱん)とぞ。
アメンルゥ・ラーラ-(半伸ばし)という。アベラルという。
アメンルゥのゆよやおとぞ。ゆよのやまるは_とぞ。
ヤンベルのベルンハーという。めるすずという。
めずという。めずのいたら言いという。えぶんすう、
という。えっぴのくるれる、とぞ。えぱらるくくれる、
という。えすずるるすえつゆららるせららおりすととすれれる。
れむすよのおゆ書き、とぞ。
 えっぱれるはな(花)という。れれんのかゆれ、という。
 れれすくくせるくくゆれれそおりそおりるるるる。
 これを、れむ、とぞ。後、れむて、という。
 レムの語元である。レムする・レムれる、という。
 レゾンスウのレッケという。
 
 コテ判という、押印判のことをいう。押印半という。
 割り印ともいう。裏判でもある。
 書類裏に、記名押印する場合、コテという。
 コテ押しという。コテ判ともいう。
  固定判とぞ。裏書きを子書きという。
  この場合もコテという。役所の公印をコテという。
  裏印の公印をゴテともいう。ゴテる役印とも。
  役者の判も、ゴテである。コテともいう。
  
  ゴテる人を判子と綽名する裏街道まっしぐらとぞ。
  槍の権佐、ゴテい門の貞門という。紋章の門という。
  ゴテコテの違いという。カーレルの切り入りという。
  ワッスフッスという。言葉の造りとぞ。初めから
  違うとぞ。これを竹間という。竹の間槍という。
  槍ヶ岳切りという。桐生という。この意味である。
  キッピスのおっきく、という。おりるるらあるぅの
  ごみこゆ、という。ゲビンピーという。キャッピー
  という。キャビンのえっぱらの追い切りという。
  槍の権佐の権太郎(ごんたろう)という。これを、
  権(ごん)という。権判(けんぱん)という。印判の
  印旛という。意味は違う話である。権判太郎という、
  役付きの人の判をいう。役着きの人をもいう。
  権判、権判太郎、権太郎ともいう、役付きをいう。
  鍵盤太郎はうちであるという。鍵盤持ちの弾けず
  という。ケンタウルスという。健太はお留守です、
  という。弾けないことをいう。けんたの掛け替え
  という。これにて。
  槍で切る人という。高段者という。武道専門家の
  話である。槍切りという。槍座の相という。
  これを、これにて、という。これにて続きという、
  駄作家である。駄作付きという。付け専門の駄作
  である。紋章をうった人である。門という、紋の
  駄作使いである。少しでもよくなるように、願い
  を込める、お込めよりせのふみ、とぞ。
  太陽の紋という、太陽紋判使う駄作者である。
  紋章の使いの文章である。役付きのおうと言う、
  押し花という。偉い人が使う押花という、落首で
  ある。紋章の落角という。紋章を文頭に入れることと
  いう。太陽文という。王文ともいう。真似をする人
  である。花押という、最後に紋を入れる、おうはな、
  という文の体裁の説である。解説という意味の
  おうろぐ、とぞ。これを、王録という。えらくない王
  という、えらい王という。玉門の話という。
  玉の越しが開いたとぞ。おうろくの小者という。
  ややくぐりという。玉王という。ややを玉という、
  きみ(王)という。王玉のははやや、という。
  ややとるおろろ、という。ろろとりとぞ。
  ややは幼児である。おろろんばあ、という。
  おろろのよろ、おろろのよろろ、ともいう。
  レーフルという。レメツのベントとぞ。
  ベンツという。ベンツの手押し車という。
  ばばひきの山という。ベンツという幼児を乗せる
  手押し車である。自動車という。はじゃの山という。
  ベンツのゆられたという。船のベンツもある。
  ベンリルという。フハッパーという。ふれるるの
  きゆきくという。ケッセル・ブラーハという。
  ラッセル・ローズという。これを、きゆる語、
  という。きゅーるのキュウリもみとぞ。
  ケッペという。ケッパのけーはる、という。
  けーみすのけみすす、という。けせるはば、
  という。けめすろろゆ、けべるるるす_ふ_と。
  とめるるらっける、という。れめすよのろろ、
  れめすよのろろほ、という。いろの浜という。
  色浜のいろほ、とぞ。囲炉裏(いろり)の由良(ゆら)
  という。いろりろく、とぞ。綾由良裏るいろりろろ、
  船の航路である。いろりという、船みりともいう。
  いろりみり、という。らうするれもろ、とぞ。
  れ文の話でもある。礼文の紋入り文という。
  れぶん縞という。前だれ前掛けの着物の上という。
  着物をとく、という。この山の話という。
  万葉集という。この紐解けとたがいふ。あの古歌で
  ある。紐解けと迫ったという解釈をする文学者という。
  別嬪口説きの文学者。さお紐のこの紐解けという。
  A-ラインという、秋残りである。えらいんですか、
  という。エーライン話という。船航路のシップ、
  匹夫のお尻見せという。エーラのほら印という。
  エーラホーというイージスの掛けという。掛け声
  である。エジプトへ掛けてものを引く時の掛け声
  である。日本のエーラホーはほい籠という。ホイホイ
  という。ホイ担ぎの担い手のゴリ押しという。引き手
  をいう。匹夫の語元である。ひっぱという、ひっぱらび、
  という。ひっぱつという。執筆の最初をいう。ひっぴつ
  という、筆書きである。電毛の秋残りである。電筆
  という、現代様である。今様の古い言葉という。
  現代様の電筆、駄作者のくし使いとぞ。櫛という供養の
  話である。やや園のやや送りとぞ。夢やら、やや送る、
  お露、ありそ。かなゆらははゆ、おすくるるふ。おるせろ
  ははらおゆゆ、おなくなきゆく、るるらる、せめるる、
  せっつ、つつうらゆ、つつよ、ふるる、けるす、
  すくせ、れれつ、けっせる、るくす。れれゆ。
  『・・・せめるる摂津、津々浦ゆ・・』上の文。
  『ゆ』の使いの文、後、古語という。古語前の言葉
  である。古語前より使われている『ゆ』の言葉である。
  船送りという。やや入れの船である。籠ともいう。
  ゆうれる話である。ゆうれない抱かれという。
  ベビ花という。へびちゃんという。エーの話とぞ。
  ホーエというほえ籠のことの磯である。ホエ磯とぞ。
  ホエ籠ホイという。時代劇にでてくる籠である。
  ホエ担ぎのえらさである。えらい話である。
  心頭滅する話である。しんどうした、という。
  しんどをかけた、という。しんどいをねぎらう花の
  ゆえ、という。京都の着物、しんどい話という。
  きてやや、という。きてはらのきっぽとぞ。
  きみすよという。きみのさ、という。きみゆみの
  れれやら、れれそのはお、という。アッペラブー
  という。アッペのオペとぞ。オペレーションの
  語元である。オッペという。オペのごもれ、という。
  オパッショーという。ハラショーのむろそ、という。
  ろっそのはや、とぞ。ははとも。やや抱きの母という。
  ハラショーの意味である。ヤッブスという、原の
  はるはおとぞ。これを、ニイハオという。ニイハラレス
  のくく、という。ニイハオ・マ、とぞ。ママレムの
  まんという。マンセル・かおハルとそいう。カッセム、
  カッセルの語元という。かっ飛ばせのかっ、である。
  カンカン言いのやや語という。幼児語の話である。
   マンテム・レースーという。スーレル・スーとぞ。
  スー族の言葉という。言葉をするという。セムテルの
  テンホーという。テンパーともいう。テンセムの
  せむけむである。セム語のケムす、という。もうてる山の
  英ハムという。英のやむず、という。えい山という。
  英語の前のセブという。英文のsevである。7の意味という。
  セップともいう。sepのやや、という。これを、節譜とぞ。
  節譜という、節ある女のくきき、という。くきのかか、
  という。女前のややごである。幼児である。
  べべという語の意味でもある。よつの頃の四つ児の言葉  
  である。べべという話という。後、べたとも。べた児
  という。べたかきの母下駄という。げたらるげっせ、
  とぞ。マンセル言いという、幼児をマンツという。
  セム語の話という。ゲムレルラン、とぞ。
  ドイツのゲベルである。後、ゲゼルという。
  ゲマという。ゲゼル・シャフツ、ゲゼルシャットという。
  ヒトラーのヒッツという。ひれするやお、とぞ。
  ヒットスという。ヒットラーの話という。
  ヒムレル・ラッスという。ヒッパスのひい原という。
  ばら原のバラれる、やおんずのけけ、という。
  これを、、ごや、という。ごやの山のおかき 
  という。点々の続きの山の見という。山の頂く崎の
  やらふら、という。やみらるやおん、とぞ。
  やおんという、りおんともいう。ごりおんはんの
  波世という。波の世の船の乗りの言葉という。
  りおんという、波を越えていく船の旅という。
  これを、りおんじ、という。りおんろ、ともいう。
  りおんろらくのりらく、落離という、母の手離れ
  という。楽な話である。らくちん書きとぞ。
   打つ手はしんどいという。らくしんのうつ、という。
  うつろうの語やら、とぞ。うつろい見のはっぷ、
  とぞ。発布の語ゆれ元とぞ。身体髪膚、これを父母に
  受く、これの意味である。うつろう山のお書きという。
  詩に曰く、という。詩の山のきょうふる、という。
  かっせむろろとぞ。ろろのほもという、これをへへ
  という。へらるるろろゆりれれるせっ、とぞ。
  げせむれれのげらるるららへるすするふめ、に言う。
  にいれむのお言いとぞ。何と言うを何に言う、この言い
  という。にいれむという言い方である。
  現代では使わない。人と言う。人に言う。意味が違う
  話である。カーレルの切り入りとぞ。カーレル・
  スーヨーという。枢要のはなしである。大事なことを
  枢要という。この話とぞ。枢要、とぞ。数用のこと。
  沢山使う意味とも。枢要でもある。枢軸は数の柱という。
  たくさん使うことが枢要である。肝心の意味で使った
  話とぞ。言葉の使いの話である。
   カザレル・スーヨーという。中国語のような秋の葉の
  落ちとぞ。ひらひらと落ちてきた秋の葉の舞い葉という。
  舞い原である。もうまいの山という。凶の字の意味
  という。凶葉の話である。語。略。
  めべの津をめべとぞ。メベンツの便津という。船航路の
  寄り津のこととぞ。めべともいう。べんつともいう。
  ドコノコトバであるか、という。ドの方のドイツ方である。
  音楽の止めのとどめをいう。休む話という。
  登り休みという。ドイ休という。はんどんの休み。
  半日休みのドイホイという。半ドンという。
  判をドンと打つ。ドンともいう。割り印の場合もある。
  割愛という。割愛印とぞ。
  略。  
  ダンケルクの話という。世界史枢要の話という。世界、
  指数様である。略。
  リッソン・ラール・ウフェッテルのお書きとぞ。
  リージョン・コールとぞ。凍れる山の意である。
  ウフェー寒むぅ、という。
  
       秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭河原 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『古譜79・祖悪』敬ヶ嶽の川原             
   馮道竹冠世 画書家 押逸判
                   

字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

    著者@320上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine
-----------------------------------------------------        
 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-5795
     画商『保端』 名画専門
     葦野原展示即売会 2000えん(豪華額付き?)
     創郷のご案内
     東洋都百貨店にて、東洋都身日出葦サイン会、
     多数の来場者が予想されます。
     ****     
     Air-Akinokori、葦之ヶ原飛行場より
     秋残り電鉄、葦之ヶ原駅下車
     秋残り地下空中電鉄、夢舞台駅下車
     乗合自動車も出ています。
     秋残り航船、イワシュビッツ港下船
     ****      
*****
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html 
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。著者@320,65
posted by 秋残り at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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