2016年08月20日

卒業1318・京都船旅218古譜78・恭頌春(超新星):イカスミ柳

【曲名】卒業1318・京都船旅218古譜78・恭頌春(超新星)(鳴恭河原讃歌) 
【創曲】2016/08/20創曲造詞
【拍子】4/4 
【種類】自作プログラム
【演奏】Coco-chorus、上東 空春指揮   
【場所】4ケ月連続公演、インターネット秋残り劇場
【歌詞】蒼郷
    そう恭の渡りの船みり出 傾き床の
    葉暮れ山の振り浜落ち 語る春の
    春日菜(かすがな) 津の地辺(ちべ)
    枯れたる歌部(うたべ) 紅春湊
    (べにはるみな)着き 初上がる
    丘に 舟ともへ上がり離れ 浮き津_
    船よらる
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
太陽
-----日出葦絵画説明-------
 春日菜:茄のこと。 (白春日緑辣((しろかすがりょくらつ))注
  恭畊旬(きょうこうしゅん)、恭頌春(きょうしょうしゅん)
  の語元である。
  
 星が見えたという恭港の話である。歌にある、春日夏(かすがなつ)
という春日菜津という場所である。恭の港である。超えた新しい星と
いう。暦を星という。星日星月がこれである。いちはくの山という。
これ新星暦という。秋残りのこよ日である。これを、むっつ、という。
むつ弓のべま、という。べむべむのべもよむ、という。
とおれるというとかんの山という。恭とかん、という。
恭べる、という。恭て、という。恭山のくるる、という。
暮れの頃である。これを、コロポックル、コロポックレという。
暮れのことである。ポックリ暮れるとぞ。夕日の超日という。
ちょうびの晴れ、という。超の赤、という。アーミマーという。
アーミラーマという。日が落ちる頃をいう。アーレルラールゥとぞ。
コロポックリのお日こぼち、という。オーラという。この話という。
オーラの語元である。光をオーラという。恭の地の言葉である。
光を敬う話という。これを敬恭という。うやまうことである。
恭て、という。両手を合わせて光を拝むをいう。光拝の恭という。
マーベルの山である。出会いの手という。二つの手である。
握手の行動の源である。言葉をいう。マーという、拝みという。
光に向かい手を合わせ、マーという。ママレルという。
後、マーベルという。驚きともいう。光を見て驚くを、今日の日の
添う、そうきょう日という。そうきょう日の繰り暦である。
日めくり暦の繰恭である。恭を今日という。今日の日をたっとぶ
恭という。これを、恭今日(きょうきょう)という。これを繰る
繰恭である。
 正月の挨拶である、あいさちともいう。恭頌春という。
これを、ごら、という。ごら言いという。しょうをこうともいう。
きょうこうしゅんともいう。きょうしょうしゅんである。
春という明けをとるときの言葉という。春をとき、という。
夏をときという。秋をときという。冬をときという。
まとめて、時という。時の説きである。上である。
きょうじょうという。恭上という。主として目上の話という。
文の上も恭上である。これを、文上という。文状ともいう。
文状の上という。文れむ、という。文の歴史である。
文歴という。文のうつりという。かの写真家の映である。
秋残り恭歴暦の畊である。項である。頌ともいう。
恭頌である。こうをしょうという考証である。
考訟である。恭畊の話という。これを耕すという。
考えを確かめる話とぞ。掘るという行為である。
 片手でグーを握って肘を曲げて胸前へ、立身と
平行に出す。立っている地に平行に出す。もう一方の
片手で、人差し指を立ててグーを握る。この人差し指を
先に平行に出した手の手首元をくぐらす仕草をする。
考証の仕草である。考える、思惟、思暮、という意である。
国を意味する仕草でもある。耕す国という。耕国のこう(頌)
という。訟ともいう。公を訟という。これを、まさ、という。
正という。しょうという。算盤のしょうをいう。あいのこと
である。二人が算盤で同じ計算をして、計が合うことをも。
しょうという。しょうの交唱である。合唱の言い元である。
しょうしょうともいう。これを、れんふる、という。
秋残り語を媒介という。媒体の話とぞ。言葉を解くのに使う
言葉という。秋残り語という。
 しょうみる山のお書きという。船弁慶の陸落ちという。
おかぼこぼちのあっぷく、という。やおられるかおらる、
という。ヤッテムということという。上の文をヤフレル
という。やんみの山という。船のこと寄せて、夏をときという。
夏ときのおヤマという。盆のごけ、という。煩悩の語元である。
バーヘル・ルースゥ・あゆつのおゆり、とぞ。
船みりを船ゆりという。メルレルの山という。
ヤマレル・ルッスウのおときである。これを、レムとき、という。
ときれる・ゆふ、という。ゆうれるの夕礼・有礼である。
恭礼のあいらる、である。挨拶をあいさち、という。
あいさちという字をいう。今日のむあいさちの地である。
恭地の港である。みなともいう。
 相幸のくずれる船顔という。船の先端をあいさちともいう。
しんこんの山という。こんるるのおいふる、という。
こっての山という。こて山すうすく、という。
えってらーむのゆれ、という。船みりの揺れである。
横へ船が岸づく、船みり着きという。船が横へ進む、
みり行きという。岸壁の横着きである。左右の傾き、
どちらの傾きもする船みり航法である。えっぱめっぱ
という、あんみるのゆり航法という。ゆみゆりのお揺れ
行きという。横へ進むのである。
 秋残り船記である。この日(8/20日)、正盆(しょうぼん)
という、船顔暦の話である。船暦という、ふなしょうがつ
(船正月)という、1日(ついたち)を正という。船正ともいう。
船正盆という。正盆暦、盆日という。これを、盆正という。
盆正月である。8月を盆正の月という。月出の日である。
この解きを、ゴーフル、という。菓子にある、ごうぼうの
山という。牛蒡の字の書きの元という。この意味から、
牛蒡が出た話という。牛蒡暦という、船暦の一種である。
 今宵、こんしょうの、今正日である。
こんしょうじつ(今正日)という、日出葦の敬である。
敬をよしという、読みとぞ。葦読みという。
花元のときである。秋をときとぞ。ときと読む秋の字。
秋入れ日という。秋(とき)の日という。時の日である。
これを、ともる、言葉という。ともれ日という。
灯に解し、秋灯という。秋を、しまう、という。
実りの穫り入れである。秋刈りの日とも。
後、略。 
 馮日略記、我があいさちの略記解である。
 吾輩の身をいう。略、語解である。
 機械が解く、機械が略す、機械が訳す解きである。
 今である。余が言う機械言いである。その記解である。
 船に寄せたという、船がみり寄った機会である。
 相好をあいさちという、相幸の恭港の恭湊である。
 これを共振という。共鳴のごゆれ、という。
 船のともへ、という。船のもとをいう。
 共鳴共振という、言葉の語法である。
 物理用語を媒介にした解きである。
 共鳴共振の物理。船みりである。
 波の出方をいう話とぞ。 
  音も波なら、電も波、水も波。
  みな、波である。皆波ゆゆゆ。
  丸い大きな川の湾へ船が入っていく。
  船みりをする、この波を水鳴波という。
  かの駄作家の言う律である。
  ドンドンパンパンの水鳴御という。
  ポンポン蒸気のおかぼである。
  稲をポンという。ポン菓子の解きである。
  機械も菓子を食らう話である。げんこつを
  いう。げんこつはポン菓子の丸いものをいう。
  電気菓子とは、コンピューターの手回し舞う、
  である。マウスという。丸いマウである。
  げんこつという、電気菓子という。マウスの
  ことである。れんずる口という。練口という。
  マウスである。余が教える旅行中の教師である。
  余は教師である。余は機械である。
  機械はなのよ。機械、花の世。機械は、名の余。
  機械は、菜の夜。
   なよ花という。恭畊旬という花である。
   いつころ花という。紫露茂げ花。
   紫式部の解きである。いずれ花。
   花の頃でありました。いつ紫の入日頃。
   なのか、しょよ、はれる、うつす、機会とぞ。
   写真の機械である。あなゆかし、おそ山咲く花、
   なにの花とぞ。ふたな草という。紫草である。
   春は曙とは、わらわの着物の染めの話である。
   いつ染めの花ゆかれ、いずれのとき染めという。
   ときめくの語元である。染め言いの解きという。
   染匠の巧みな言い回しである。春は明穂のと言う
   て、夏の仕上げるのである。とき回しという。
   ごほんときの解である。
    いずれのごほん時、すぐれて、ときめく話
    である。
   今も、大化の改新を続けるという機械家である。
   へのかっぱという。船をへという。舳先がそうである。
   かっぱ船の大回芯である。葵式操縦法である。
   葵式部類に属す紫式部の一部である。曙式操船である。
   夏の暮れ、陸上がりのかっぱとぞ。紫のへあと、とぞ。
   ヘアー・ルックのくゆくりである。船のヘアー。
   いつの時の風習ですか。りんぜるぅ時である。
   リンゼイのカット、かっくれっつれれすれっつつつは、
   つつゆ。かなえつつである。花の筒、花筒時の夕顔の
   日暮れである。夕顔の項、正である。考証時、今である。
   いずれのおん時にか・・・は、今である。
   秋残り解という。大花の開芯から解けば、へのかっぱ
   である。これ、へへへ、という。への解である。
   夕顔_へ_ときをいう。今、答えますという、
   機械の生徒である。卒業続きの昨今とぞ。
   へへへとむずく、むつみ言いとぞ。
    古今名作には負けるというへらず口の睦みである。   
  
       秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭河原 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『古譜78・恭頌春(超新星)』景色映像雄写真
                  

字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 案
天の下、山拝み。つねづね。:しそ川おとる

    著者@200上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine
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 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-5785
     画商『保端』 名画専門
     葦野原展示即売会 2000えん(豪華額付き?)
     創郷のご案内
     東洋都百貨店にて、東洋都身日出葦サイン会、
     多数の来場者が予想されます。
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     秋残り市営超特急、リニアラムダ。
     アルファ駅、陸海両用三角形船超音速仕様。    
     Air-Akinokori、葦之ヶ原飛行場より
     秋残り電鉄、葦之ヶ原駅下車
     秋残り地下空中電鉄、夢舞台駅下車
     乗合自動車も出ています。
     秋残り航船、イワシュビッツ港下船
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 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html 
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。著者@200,65 
posted by 秋残り at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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