2016年07月16日

卒業1283・京都船旅183古譜30・冴え杜:イカスミ柳

【曲名】卒業1283・京都船旅183古譜30・冴え杜(京盆讃歌)
【創曲】2016/07/14創曲造詞
【拍子】4/4 
【種類】自作プログラムによる、
    秋残り降下高行機械芸術卒業中
【演奏】コーラスX、豪華管弦楽団   
【場所】4戦回演、あはぎ原野外劇場
【歌詞】蒼郷
    葦之ケ原、そうきょう冴え杜、よい
    あはぎ原 笛吹き 木にいる 蝙蝠
    憩う そがお楽しむ 我が家へ来て
    葦笛に合わせ羽広げ 木に下がる
    姿はうるわしき 夜の訪問
    白い蝙蝠は鳴きて音に歌い合わす
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
 太陽
 -----日出葦言行録-----
 曲は葦が吹かれているのである。蝙蝠が訪ねきて、我が陣を
訪れた時の、葦笛の曲とぞ。我が陣には、葦楽葦笛の名手という。
本曲のバックである、ピアノの音に合わせ歌う曲という。
歌もピアノも葦笛を愛でるものという。あれは葦笛の音である。
横葦笛という。葦造りの横笛である。聞けば分かる名手という。
あはぎ原の引き川である。葦が植わっている由である。由由由
であるよしよしよしという。蝙蝠が喜ぶ話という。ドラキュル
という、ドラキュラ白尺である。白尺のかわりという。
白檀にとまるドラキュラである。白夏つつゆゆ。ありるる、
ありせば、くくゆ。うるする、うるれる、よっくく、とぞ。
トオレルくすゆ、という。これを、しろドラ、という。
ドラフル・ラックの楽葦とぞ。後、笙という。ウフル・
レルレル。おったす、おっと、はなやあうれる、そっく、
とぞ。はなやらゆゆす。葦書きである。
 竹まじり、葦まじり、山之上のくらら、尋常の山という。
陣は山麓、これを山上訓という。きりための葦、きりす、
という。きりぎりすの山、丘のやや、という。岩の家々とぞ。 
 ジンジンジン、ふふれるすゆ。これを、はく、という。
 靴音逞しき、劣村の行きである。優字、あざあざ。
 そう聞こえる、葦林の風音である。葦の詩。これなる。
思いは色々。灰色の世界、紫の朝、紫朝よろしく、
音はかくなり。音紫の、葦の緑指とぞ。
((視聴した駄作者という。蝙蝠のキキキ、音を探す作今で
ある。紺色駄作、色は匂えど、音に聞こえた大駄作曲で
ある。紺色夜色という。白い蝙蝠には、夜がよく似合う。
アルキュール・ドラ公、これを筆す。))
QQQ、スリーQ、蝙蝠の鳴き声である。))
 ----
 葦の記憶にある。巌窟王という、遠くから聞こえたことである。
訪ねた時である。後世の歴史に曰く、この葦が中国へいき、かの
手無人になって活躍をしたという。本当であるか否かは、この
葦の汁ことである。フランク王国という所でもそうである。
太陽負うという所である。この葦のことである。ナポレというた
話である。ナポレ音という、この葦が、葦笛に親しんだ頃である。
ナポレーという葦汁の話である。茶漬けを食べたことという。
 ナホ・ナッパンという、葦飯にお茶を入れる。これを、ナポレ
という。ナポレ音は、この葦のお茶漬けをつくる音である。
ナッパン飯ともいう。後には、菜っ葉の飯になる日もあるやら。
時、所至りて、至り野へ行く頃とぞ。アレハエサという。
あれは餌という。こ茶エー、こ茶エーという。葦茶のこい茶
である。こお茶という、濃い茶である。
 さて、この茶の色は、とぞ。とぞ色という。吐蘇色とぞ。
葦野茶の浮かし花という。これを、おかご、という。かごの色で
ある。葦籠背負子である。その色を吐蘇という。後、とそ、
という。とその色、花色である。花屠蘇という。
 こぞれ花いき、これを、とき、という。ナポレメという。
ナーフル・レッツという。ナーユル、ナユカンのフラン
窟である。あ、ふがんのふかんという。ふがんは、くりゆき、
という。フーツーとぞ。不岩のやらである。やらみすの
フランクという。アフリカのナポレーである。アフカの
ケナフの葦という。ケナーという。これを、あふかん、
という。符管という。あふがんは、吹く、という意とぞ。
ふがん吹きのふがに、という。アールレーという。
アモッサン・ルールゥという。あれるる音の吹き流れ川、
風落つ、ヒュー・ストンという。この吹き方をはも口と
いう。ハーモニカの風は息である。風の息は、ヒューッと
とまる。これがハーモニカの一吹き方である。葦笛ハーモも、
これである。笙もそうである。へらんのへらい、こーく、
という。ヘックスという。ヘラという。ヘッテという。
ヘスという。ヘゾという。ヘマという。ヘモという。
ヘルレルという。ヘッセという。ヘルレルゆれという。
言葉の活用である。曖昧見のことをいう。この味を、
まい見、という。まいむ、という。まいつ、という。
まいは、という。まいれ、という。まいら、という。
まいすむ、という。まい、という。
語幹がまい、である。語尾が活用を表す。畑見という、
葦畑の見でもある。これが、葦の見地である。
 葦畑の葉という、とぞの葉という。これを、ふっ菊
 という。ふっくのふるう、という。これが、さよるる
 という。さよ葉という。サバレル・ルックという。
 るるるる、という。るるる、話という。歌のるる、
 二歌という。 二荷の背負いという。しんと、という。
 しむれる、という。これを、シブという。しくやく、
 という。しぶすにおう、という。荷を負う話である。
 役ともいう。せやき、というのがこれである。
 ワンクスのいろ、という。ワッテ、という。
 ワツテツという。ワルス、とぞ。トーフル・レッツ
 という。トメタスのアメダワ、よみよるえそ、という。
 びびるるわっくのしょ、という。これが、言行録で
 ある。
 わめいて行った、という。花よりのくれ、である。
 アファッショという。アルレル・レックスという。
 これを、ふらく、という。フランクの語元である。
 秋残り新語をいう。アキサン・ルーという。
 アッキルレーツゥという。あうれる・すつと、いう。
 あすれると、いう。あむと、いう。あむれると、いう。
 えますよのいば、やむれるよよ、とぞ。

       秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 京盆 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『古譜30・冴え杜』
   馮道 書画印
                   

字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 案
天の下、山拝み。つねづね。:しそ川おとる

    著者@130上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine
        
 仮想店 出品 ID:yosiyosiyosi-716
       画商『羅不』 名画専門
       葦野原展示即売会 2000えん(額付き?)       
*****
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html 
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
プログラム仕様
 最新ウィンドウズ、旧型でも可。
 コボレル言語使用 くわしくは、
 HTTP://SLASH-SLASH/COLON-COLON/Co.LTD まで
 概略:
 伊符 君行 ナラバ 我随行
 善  歌  郷通  拍手喝采
 音  繰り返し
 遠藤
 作者:伊埠頭 富士謹作     
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。著者@130,36
posted by 秋残り at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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