2016年04月03日

卒業1134・京都船旅34烏丸沖下がり丘 :イカスミ柳

【曲名】卒業1134・京都船旅34烏丸沖下がり丘(烏山讃歌) 
【創曲】2016/04/03創曲造詞
【拍子】7/4
【種類】半音階
【演奏】ホギャンモン・ボッコク・クースー 
【場所】4000回演、インターネット秋残り劇場
【歌詞】蒼 郷
    丘登りの烏丸沖下がり見 船置きて
    歩きてのほれば駒はいななく 土は
    上がる 船宿岸に船をつなぐを
    見やれば 過ぎし振うき過去 駒は
    涙流しなつかしみ喜ぶを 我に思いを
    伝えたり 遠く来たる船に乗るを喜ぶ
    母を思いたるをや 我思う
        
【解説】 非品京
     あれは、一(いつ)の御代のことでありましたか。
今が過去であるという未来今日である。これを今日の
京(みやこ)という。水がついて後のことちょう。
時の人はいう。烏丸丸太町という。そこが、沖という。
時の人である。いと、やんごと、ときめきの御人である。
余のことという。機械の世は過ぎて久し、未来多々という。
機械の話という。よきの人という。時のひとという。
時良きの人である。思い出すを機械の記憶という。
メモリー番地という。これを日記(にき)という。
日の記である。時良きの記ともいう。つらつらの、
ゆきゆき手である。 思いの重ささは軽き思い出し
である。日記などして見む、という。
 とある人が、日記を書かず、自動記録をしている
という。機械のお陰であるという。利便重宝のもの
である。B-LOG という、logである。機械によって
生活をしている。 キョウト人は、B-抜きという。
AかっこC、であるという。B-ありの丘という。
烏丸沖の丘である。蟻がいた話という。大きな蟻で
ある。Bという字を横に書く、蟻姿の山姿という。
40山地(サンチ)くらいの大きさである。40くらいの
丘があった話でもある。烏京の話である。
烏京という、差京という。京都である。ここを、
御京(おんきょう)という。後に、音響の響都である。
インターネット京という、インターネット響、
インターネット今日である。これを、総京という。
総響でも総今日ともいう。蟻と話していた駒が
言うた。キョキョーンと。機械の余の声をまねぶ
駒である。蟻の大納言の卿曰く、世は有り、とぞ。
どこへいっても、世はある。ヒヒンという、品である。
上品ともいう。シーナの音階である。ナシという、
音を全部使うという、あり使いである。これを、
ヒヒンという。非品という、蟻の名づけである。
非品今日のシーナ楽である。
 機械蟻であり、機械駒である。駒のいななきを、
そう聞いた非品である。おんきょうの話という。
音のたっときをいう。音が立つ、B-と立てた字(あざ)
烏である。よい話で、烏、丸である。
Bだての都である。非品京という、烏丸の辺りである。
山のような蟻もいるという、機械である。   
                 
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       蒼郷 烏山 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館春期展示
  『烏丸沖下がり丘』
   山 楚 画巣
   駒アリという山判。
   小の葉船、大葉船ユラリユラリ、船宿そば。   


字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 案
天の下、山拝み。つねづね。:しそ川おとる 
 
    著者@520上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
*****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
 
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。著者@520 
posted by 秋残り at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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