2016年03月24日

卒業1503・京都地誌3みゆの毎(うみ)長野行(中古讃歌) :イカスミ柳

【曲名】卒業1503・京都地誌3みゆの毎うみ長野行 (中古讃歌)
【創曲】2016/03/24創曲造詞
【拍子】4/4 
【種類】20%市販ソフト、20%フリ-ソフト
【演奏】 
【場所】
【歌詞】創 京
朝十時に このよ港出で
    みやはぬのくぬ乗りてぞ
    かざいなる見ゆ花の舞いからの
    空からの うそら浜にの
    たち いずのふとらゆみと
     浪華花 御覧諏訪の長野空原
     太刀抜きてぞ拝す 地映り落ちて
     氷立ち 湖の龍興り 十の字曲げ
     長野の諏訪の湖 
 
【解説】みゆの毎(うみ)に向かい、船は出る。
かざいなりを拝み拝す。太刀を手に拝む。
祈りの道具である。しばらくして、かざいなり
が、水平になっていったという、ここ諏訪の毎
である。みゆの毎のイストである。雲の海の状態
という、かざいなりの風である。
下は水図の上という。水上の船という。この船で
ある。地を持つ船という。下は地になっていた話
である。見上げる上はかざいなりの風である。
毎に地が映った話ともいう。
 かざいなりを見れば水平に十字が描かれている。
毎の波打ちにも見えたかざいなりという、天界
である。これを、かざのいな、という。かざの
いなる山とぞ。後、地になり、稲に風がそよぐ。
この風を、かざいな、という。稲が祭られる話
という。稲を古く『い』という。いいとぞ。
 この稲に、名がある。いなという。稲の名を
いなという。秋残りのいなである稲である。
今日日(きょうび)、これを秋残り種という。
古く秋稲という。あきいなとぞ。今様を呈する
駄風である。かざいなりを駄作という。駄作風
とも。
 かざいなりに波が映っていた波の花を波華という。
なみはなという。なみわともいう。これを、古く
という。振う世の書きとぞ。古く浪花という。
浪華とも。なにわをなみわという。大坂訛りという。
なにわへ行けばなみわという。ここを諏訪という。
すおうともいう。すわをすおうという、なにわ返し
という。すわんという、長野返しという。長野という、
諏訪という。なにわという、なみわである。  
だから、すおう、という。田のことを駄という。
長野諏訪という。なには返すという。これを、
意味という。長野諏訪の海である。十字に天が
落ちたという、かざいなりが落ってきて固まった
のである。今も十字の氷の柱である。これを、みろ、
という。長野諏訪である。
 氷になったのは、みろ毎、という。みゆをみろ
という。かざいなりである。ちかざいな、という。
諏訪の絵の穂という。帆ともいう。船に、俵を
乗せた絵を、『ちっ』という。地でもある。
 長崎がこれを見たとも。名が先である。
埼ともいう。崎とも。『ずんだれ』という。
かざいなりのことである。かざひ、という。
かざれ、という。かざりという。今日に及ぶ
未来今である。
 かざいなりを、時の日、とぞ。暦にある話という。
これを、時の表しという。時の現れとぞ。あわれ、
という、いわれである。かざいなりを、あわれという
長崎の、ずんで、という。ずんぶのずんずんという。
すわんという長崎のすおうである。諏訪とぞ。
 京都浪華のずんだれ諏訪(すおう)という。
 (大坂諏訪、おおざかずおう、おおさかずわん)
 (長野ずみく、長野すわん、なぎのもろ、という)
 (長崎ずん、という。長崎ずんだのすわんずん、とぞ。)
 (名古屋のずみこすである、名が古いをなごという。)
 (横町ずん、よこちょずんのなごかである。なごらむ、
  とぞ。なごらんとも、名古屋の子供言いである。
  なごらんやって、という、壬生のごもれぶ、である。
  子供の言葉である。ずみくろ、ずみぐ、ずみっく、
  ずみくろん、とも。ずんずんほっけのほっきょ、とぞ)
  すみいあっぷの山という。
  
  駄作家の語解釈という。秋残りは、じゃがたら芋である。
  ジャガイモのこととも。秋残り種という稲は芋である。
  芋を主食とする意とぞ。秋残りという言葉は、現在には、
  無い言葉である。空きが残っています、という、天の
  言葉である。空きという空である。これを、うぬぼ、
  という。うぬぼれ、という。空を愛でる言葉である。
  今は、使わない。うぬぼれは、自尊という、現在である。
   余、注。
   『うぬぼれの月、うぬぼの月』という、近〃過去に
  書いた駄作家の歌の注でもある。インターネットに流れて
  近久しい(ちかひさしい)ことという。かげた(陰た)姿の
  ミロー人である。た抜き文ともいう。高下駄姿の分である。
  若い人の分けである。206高地分けという、頭の髪の灯篭
  である。灯篭を二重という。二重灯篭で、高さを206
  という。灯篭の長さである。灯篭の長さの単位を高地
  という、話。髪型でもある。灯篭髷という。灯篭まゆと
  いう眉型もある。
   灯篭屋へ行って、『203高地をくれ、206でもよい』と
  いう。散髪屋へ行って、『203にまげてくりょ』という。
  目をむかれる話である。御老体しつ鞭撻の店なら、通じる
  かも、御便通である。上の話をいなせな便所の話という、
  便所造りは別項で、べっこうの話である。亀の井造りという、
  便所がある。亀甲の便所型円盤もある。空返しの注。
  ウーンと唸れば、フラーッと落ちた・・・・。
  雲見流円盤落としという。便所詣でという。
  うんこの置物、その形の円盤もある。やってくるか、
  落ちたら大変、落として気持よいのは、ふきのとう。
  ・・・後略。    
   秋残り風俗誌、地誌御覧。みゆの毎、ミローにかけて。
   
   諏訪:すわ、すわん、すお、すおう、ず、ずり、ずみ、
      す、すす、す、すり、すら、すく、すゆ、すゆふ
      すず、ずす、すべ、する、すめ、すぶ、すう、すあ、
      すい、すろ、みふ、みぶ、みら、みる、みろ・・
      色んな読み方がある。秋残り国語辞典より。   

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       創郷 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館春期展示
  『みゆの毎うみ長野行』  
   歓心 太郎 画良   

字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 案
天の下、山拝み。つねづね。:しそ川おとる 
 
    著者@140上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
*****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
 
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。著者@140
posted by 秋残り at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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