2016年02月26日

若い人 楚の部 :イカスミ柳

若い人 楚の部
「おばあちゃん、お風に連れられてきました。」
と、若い人が言う。
 五条沼池の山を越えて、船が着いたという。
吹きに吹く、後にミー風という。坊の地という。
家が揺られ、今にも倒れそうになった、時、
船に乗る和船に乗った若い人という。
風が息をする。北から吹く風である。この日、
横竜巻である。真夜中という。雨交じり、風の
息音混じり。坊を斜めに倒し、風のなすまま、
船は押し流され、五条の大池という。湖ともいう。
五条大池まで、風息の続く頃という。ここで
いったん止み、今度は反対の南から吹き返しが
やってくる。風の息継ぎとぞ。このあいに、
棒を真っすぐにたてる。吹き返しで、元の
場所まで戻る。息を継ぐあいま。ま、棒を
斜めにする。来たから風が吹く。これを
繰り返し、一夜という。
 この日は、五条沼池の山を船が越した
という。風が運んだ経路をいう。
これを校風という。あぜら船の行きという。
あぜくら船ともいう。この日、洋の日の
おおゆはらばる、という。広い野原の
広域という。船に乗っていた若い人である。
棒を倒すという。棒をしまう、あるいは、
棒を斜めに水平にする、若い人がするという。
そうして船は山まで越えたのである。
若い人は、水にぬれたという。来たままで
かわくという。後に川流れが出た棒倒しの
水地(みなち)という。ここを、棒のたれ、
とぞ。棒状斜めの水やらの賦という。
これをいう。ミーフールーという、
風流な話である。

 秋残り今日都地区という、これを、
京都と表して、区を市にする詩という。
駄作家の空想の京都地誌という、京都
船旅の音に残すという。駄作家の頭と
いう。音を曲仕立てにする、歴史区と
いう。残らずの作という。雑の造りで
若い人の機械遍の続きの作にするという。
駄作脳のばらばら仕立ての続編である。
 京都船旅というものを作り出すという。
駄作家の意気という。手始めに、丸山
空想という。円町ルックという、円町へ
行ったという。京都ぶぶ漬けのお茶漬けで
空想の意気をあげるという。
 通りいっぺんのことでは駄作は読まれ
ないので、音を混ぜてでも訴えるという。
秋残りの教養学にいれてもらおうと、
二本国の口相に申し出るという。
卑しい作家でもある。
 棒を倒して棒状に至るという話である。
棒上地区という、箸を上げ下ろしの話で
ある。箸を棒という、ミーフー語である。
フーフー語という、風の主の言葉という。
風趣書きという。ミーフーリルゥの
おいよわ、とぞ。
19:49 2016/02/26  
  [..}               
      秋残り世界文学全集 巻3
      『余は楚という』 
       広域 の項 京都警報      
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
posted by 秋残り at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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