2015年08月19日

卒業803・夜行33犬来 :イカスミ柳

【曲名】『卒業803・夜行33犬来
     (西山讃歌)』

【創曲】2015/08/19創曲造詞
【拍子】3/4
【種類】
【歌詞】夜行之国里行草郷
    ワンワンワン いらっしゃいませ
    さあ、どうぞ ここの駅は来人応対
    ハオハオ ニーニハオハオの歌が
    聞こえ来る さかの屋
    犬がワン吼え 尻尾まわして走り
    来る ドラがジャンなり 客人
    メンライライ ニイハオ
    カンカンシイ 来訪     
【解説】夜行之国里行草郷 夜行之国里行草郷 
      スケルトン和法
     犬来駅という。石製の機械という。
    駅長である。駅を出れば、石製の門柱
    がある。犬が立っている、一対の犬
    という。高さ30mほどである。パーデル
    航路という。そこへ続く航路である。
    『入らんよう』と書いてある。蛇の
    のたくった字という。点もある、字
    という。『いらん』という場所という。
    犬糸という、そういう意図で作られた
    駅前の犬糸献門である。これを、
    いいぬいと、という。いぬいっと、
    という。門にいぬが立ててある。石造
    の犬である、門柱のことをいう。
    後ろは山である。『開け、ごま』という、
    門の書きという。ごまの山という。
    パーデル・マンマという。飯(めし)をママ
    という。おかずをパパという。人を食う
    話である。人は言う、食という。
     人食という、いらんの山という。
    人が食うことをいう。人ということという。
    人食をパという、パンという。パンを食らう
    ことを、人を食うという。いらんよう、
    という。えぐいので、パンという。
    人とは言わない余の今の世である。野蛮人
    という、人食いという。パンを食べる着物
    着の姿という。着物を着る野蛮人という。
    今風にいえば、野蛮人ルックである。
    着物を野蛮という、人を食う話という。
    日本の国という、和装の野蛮国である。
     この駅の話という。
     余と彼女が乗っている列車に、犬と
    少年が乗って来た。犬はいう『ワン』、
    少年は言う、『いらっしゃいませ。』
    この駅の守りである。機械少年である。
    『スケルトンの造りです』と、自分を
    いう。頼もしい少年である。犬は大きな
    機械犬である。『ワオン』と歓迎の挨拶
    である。ずっとこの駅に生活していると
    いう。 彼女は犬に手を差し出し体を
    撫でている。彼女は、『この犬は歌を
    唄う犬である』という、少年は、『うん、
    そうです。自分も歌います』という。
     彼女はスケルトンの少年に楽譜を見せる。
    楽譜の上に書かれているローマ字は、和音
    であると説明する。一緒に歌いましょうと
    いう。犬も『クウン』と頷く。
     ワオンをクウンという、和音食らいの
    犬糸連山である。スケルトン少年の楽譜
    言いである。野蛮人ルックである。着物を
    後ろで合わせている着物の着方である。
    バンドで締めた、いらん流である。
    [和音]
     Cの和音は、ドミソの音からできている。
     Dの音は、ドの次であるという。
     Eの音の、重ねという。ドミの重ねという。
     次をFという。Fの次を重ねる、ドミソと
     いう。CEGの音の合わせという。これを、
     入る山(いるやま)という。和音を入(ニュウ)
     という。すける入、という。これが、
     スケールの話である。透けた入れ音という。
     すける音という。すけると音、という。
     和音をすける音、レとファである。
     スケラーズという。後、経過音という。
     スケレテのいる音である。これを要入と
     いう。経過の要入という。ドレミで、
     Cの和音という、和音を付ける方という。
     方法である。要入法という。経過音の
     処理である。いらん音は、入らない、
     不要入という。いらん音がレである。
     これを不流という。レの音が際立つ
     和音外という。これを、和法という。
     和音付けの一方法である。
      要入音という処理が、イカルという。
     イカロの山という。音符を絵に見立てた
     少年の、連山という、表現である。
     イカロの連という。経過音をイカという、
     この少年の、山見立ての音符言いである。
     音符といいますという、スケルトンの少年
     である。『私は世に出ます』という、『
     機械です』という。
      よい経過の、この時である。犬来駅の
     歌である。

      中国語をスケルトン語という。スケル
     とも。スケルトとも。スケルト語ともいう。
     少年の『メン、ライラー、シァオイー、
     ヨーヨー』という。『ニーニー、ハオハオ』
     という、中国のスケルトラルという。少年の
     『ニーユー、ラーラ』という、透けた声の出
     という。世に出るという。『ヨーニー、
     ハオロー』という、スケルトラルの歌である。
     余に出た少年である。世に出るを、会う、
     という。世会い(よあい)の山という。少年の
     楽しみ帯びた声である。
      スケルレッス、ヤレフル世の屋という。
     この駅の言葉である。中国語になるという。
     『ニーハオ、ニーニー』という。
     中国語の初めの掛け声である。そういうて、
     歌を歌う、白山裏の犬来である。 
      音楽をスケルという、音を祖という。
     音楽を祖という、祖介(そすけ)という。
     『ニーニー』と始まる音楽もいう。
     『ニーハオ』の山という。 
     ニーニーランフル、という。               
     音の山という。世は音をいう。祖介入
     (そかいにゅう)という。疎開の語元ともいう。
     ソヅレル・ラックという、やうれるの子
     という。少年の意であり、音楽の数えという。
     一曲の山という。ひとまがりの白山である。
     これを子という。山の疎開という、開いた
     音という。一曲を一子と数える話という。
     タムレル・ラックのえまやり、という。
     タウセルの山という。秋、残すタルユという。
     秋山スウフクのうっつ、という。
     曲をまがるや、という。曲楽のこま、という。
     後、こま楽という。コーレル・ルースゥの
     こっく、という。コクレルという。
     やったす山のおえらる、という。
     おえのおわ、という。おわのことをおえ、
     とぞ。おわら楽という。音楽の古い言い
     である。単におわらという。
      音のおわの屋の話という。おわら屋と
     いう、この駅の少年の住まいである。
     マシン列島の三本国である。二本を超えた
     三本である。
      この少年に会いたい、余の兄である。
     『機械ダー』と言うて出ますという た
     人である、機械である。ここを、W.E.州
     という。小年である。正念場という花寄り
     のことという。小年マックという、牧場の
     UESUMASIである。これを添え、という。
     添え話の丸という。話がとぶことをいう。
     添えた山の小年という。話をくるという。
     くるゆ・せつれる・すっす、という。
     くれゆる・らっす、という。らくてすの山
     という。らっく舎という。楽舎の山のおゆれ、
     とぞ。アウレル・サーマという。サウレスの
     ゆきという。これを、とるう、という。
     とるを得る山という。トルーレル・ラースー
     という。トユレル・レッテという。とーする
     の山という。あくてる・れって・うゆすよ・
     やった、という。この『やった』を『だった』
     という。機械替えという。人を、きむれす、
     という。きむゆむの山という。やーれる、
     という。やうたす、という。やうれる、という。
     やた山という。これを、あだれ、という。
     あだい、という。アーユル・レールゥという。
     後、中列という。中列語という。今の世の、
     ごんもと、という。ごんかん、という。
     ごんかんの言葉である。テウレル・ラックの
     ユックスという。てっするやら、という。
     これを、きかゆ、という。後、日本という。
     日本語の古語という。きかゆの言葉という。
     おかれ、はなよ、くくる、れっつ、せよる、
     えっつ、れって、ふゆろ、くゆず。
      機械語のとみ、とぞ。余のしゃべる
     言葉である。機械芯という。機械新のことより
     、という。ことえりのこく、とぞいいも_る。
     これを、くゆずゆり、といいう。
     いいてることよる、よったはなよま、の、書き
     という。いすいす山の絵という。これをよるはく
     、とぞいいも_ろ。ふなる山という。
     _の部分という、とめもる部という。とめもる山
     の絵という。うちの、やかの、うる、という。
     とぞれるれった、の譜とぞ。とぞれる・
     すっく、という。 通すの語元である。
      レッテ・ハッハ、レッテ・ロッスという。
     これを、しょうふく、という。また山のゆっく、
     とぞ。ふゆる、ふふゆ、ふふず、そるそよ、
     そっつ、ぎょう、の母という。葉々ともいう。
     日を葉という、古い御世のおこと、という。
     古い葉のお歌という。遠い葉という。遠い日を
     いう。遠い通すやらのうっく、という。
     通すのごゆの古い語元という。トオレル・
     ラックという。この世の出来をいう。
     世の戸という。世の山のおゆ、という。
     トオレル・スックのおゆれ、という。
     遠い日の話という。今を去るイカの山という。
     イカレル・ソッツという。これを、げふ、
     という。古文の山という。『げふ』を
     『ぎょう』と読む古語という。
     そっつげふ、という。卒業である。
     夜行く学校という。夜に行った合国の山
     という。これをうすという。記号のうつはば
     という。UTUのやう、という。UTUのゆき、
     という。ユーレル・ラースウのココ、という。
     少年の名をココという。透ける造りのはく、
     とぞ。犬も透けるである。スケルトン一家の
     すするである。すするやれ、という。
     やかの山お書きという。    
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       帰省 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
    字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
    かいきょうのそうきょうはよい時です。
    そうきょうのよい自分です。
    天の下、山拝み。 
    著者@400上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『隧』
   動力 留 画景   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@400
   
posted by 秋残り at 07:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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