2015年04月13日

卒業650・炭鉱(扶桑の世、東京) :イカスミ柳

【曲名】『卒業650・炭鉱(扶桑の世、東京)        
     (若朋、西山讃歌)』  
【創曲】2015/04/13創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】若朋
【演奏】
【歌詞】斜之国扶草郷
    炭山の夕日時に
    顔を照らす光の里に
    赤い炭作られたる里の
    美しき炭焼き 青馬
    いた里 ともに過ごす
    炭鉱の世の日

【解説】 ガラスの里という、その隣が炭の里である。
    秋残りの頃という。あゆという花の咲く所と
    いう。あゆ花ゆかる そっくて、という。
    辺りの夕日という。夕日が昇るという。
    この言いをする秋残りの炭の里である。
    夜(よ)がくるという。夜の日という。
    炭を焼く火ともいう。炭の山のおそ、
    という。日おその行きという。
    おそ日の話という。日暮れ遅くの炭焼き
    である。ぼっちゃん火入れという。
    火をぼっという。ぼっ入れという。
    ぼつくつの山という。ぼっすくという、
    ぼすと山という。斜めの山という。
    斜めの造りに見える山という。
    山が傾いたという。傾き山のお日おぐれ、
    という。お日をとうとぶ言いという。
    この地方の言いという。いたせら、という
    土のことをいう。いたせらの山という。
    いたゆという、いためという、いたすという。
    いた山のお日よし、という。日よし山という。
    日の山である。ここへ留まるという。
    ぼっちゃん山の留まりという。
    日をぼっちゃんという。秋残りの山である。
    留山(りゅうざん)という。りゅうやまという。
    りゅっくの山の日のあたという。あたりを
    あたという。あた山の日のりゅうぼうという。
    これを留まり方という。りゅうぼうのりゅうほう
    である。留まっている日という。若い日という。
    日の出前の日という。前登日という。前登時の
    ことである。これで登行をいう。留学の字(あざ)と
    いう、小寒村である。小字(こあざ)である。
    ガラスの日の里である。ガラス日里(ガラスびり)
    という。ガラをいう巣という。巣の山という。
    日の入れという。夕日のガラ(柄)という。これを
    ハルという。ガラハルのことをガラスという。
    秋残りの古語である。丹の里のおゆきという。
    この文をいう。文をゆきという言いという。
    いきともいう。これを、ふみゆ、という。
    いとゆの同義のことをいう。ふみゆの言いという。
    ゆくといくである。ふみゆである。ゆきの方を
    古いという。どちらも同じ頃という。
    秋残りの言の葉(ことのは)という。
    言葉である。ゆきひらという、いきひらという。
    平らな所へいく、ゆく、ことを、そういう。
    花山という、えとの山という。えたという。
    えとをえたという。ふみゆである。後、
    ふみいともいう。これを、やまる、という。
    山の見の変わりという。山を見る日という。
    ふみい日という。ふみゆ日という。
    アッサレル・ヤックという。秋残りの新しい
    ことという。古い仲の新しい言葉である。
    ふみゆふみいのおり、という。
    アッテル・スールーという。アッツレルともいう。
    これをあつという。アツレル、という。
    あつ山という。あつ山の玉作りという。
    アッブル・ビークという。あっつる・ふーという。
    ふみゆりの山という。ふふたるすっく、という。
    やうたすのうち、という。うらする・れっく、
    という。ヤーレル・スーユーのあか、という。
    アウレルという。あったの山という。あつ山
    である。
     はなゆりこうる、こりる、うったす、せっつ、
    という。せっせ、ともいう。せっくという。
    セルレスの山という。エーウル・レッカという。
    れったすの山という。アッテル・ラックゥという。
    アテレル・スックという。ガラスのことをいう。
    アテレルというガラスをいう。
     これをヤッカという。ヤクテスという。
    ヤクタスともいう。アテレルのヤクという。
    アック・スーユーという。あっくてのゆいす、
    という。えらるそっく、という。えうれる・らっくの
    やら、という。やらやらえっつのやつ、という。
    これを、ぼっ、という。ぼっくという。ぼっくす
    という。ぼっとく、ともいう。ボルテスの山という。
    斜の山(しゃのやま)という。シャツ・ウという。
    シャッテスという。シャッツのやう、という。
    やうらる山という。後、シャンゼという。
    アルシャンという。山のことをいう。
    あるれという。レックヤックという。
    やくある、という。やく山のあるをいう。
    これを、アル・シャンゼという。後、
    シャンゼリという。シャンデル・ルックゥという。
    せっつるめら、という。せっつれすという。
    せっつれるという。後、せつるめ、という。
    古い山のお書きという。
    秋残り古儀である。
    レルンクレという、この書きの名という。
    文の名前である。題という。
    レルンクレのおる花という。花を言(こと)という。
    後に、花押しという。花押という。花のことをいう。
    言葉の歴史という。秋残りの言葉の変遷である。
     デラクス・ロッテという。これを、しゅつ(出)という。
    しゅつの山という。エッテル・ラックゥの山という。
    後略
     その歌という。ララミドレ、ミレラという。
    付点四分がある。これを、ふみゆ、のことという意という。
    2分音符になる意という。音を切って、ふみゆ、を表す。
    どちらも同じ長さである(休符とも)。
    4分と休符と2分という。音の長さで、ふみゆ、をいう。
    そういう話という。駄作音楽の解説という。
    駄作解説文をふみである。ふみの一部にする話という。
    駄作家のすることである。ロール・レッスという、
    ふみの造りである。 略
         
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       端穂 の項 
       丹波の古い呼びである。秋残り市である
       場所である。ワールドという、悪土の場所
       である。わるつちの場所という。土割りを
       ロックという。ロックス・フークゥという。
       わる、わるどという。わるどのあくどである。
       わるどである話である。わるという、
       わち(和知)の語元である。
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                                 
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@480上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館夏展
   『斜』
    村 斜 画礼
やうと読む   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@480
 
posted by 秋残り at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/119138670

この記事へのトラックバック