2015年01月22日

卒業548・可塑家 :イカスミ柳

『卒業548・可塑家
(西山讃歌)』  

4/4
2015/01/22創曲造詞
【歌詞】栗植え稲植えて 山の上の
    可塑家 旭が翳るこち 風
    さやかに そよと吹く 桜花
    散る里 流れ 風の川 
    たゆとうと おきはるく
    手良きに(手よいと) 朴葉の
    香りぞ あな かぐわしきや
【解説】なし                      
         
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。 
****
  駄作是也。成りて吹くやら、ふしふくず
  ありるそつつねててよる、うぅたる、
  とみより、ありるろ、るるふるふっつ。
  うりふる、よるみよ、あなゆる、かっつ。
  おうする、すっくつ、えりすゆ、よっは。
  よるよる、えくたる、おっくく、ろろるる。
  おん、ありて、花よる、けってく、
  えるえる、さっつ、にたよの矢、これを
  家という。これが意味である。
  秋残る花山の絵という。秋のこすやら、
  うるするけっつの山、この山の絵という。
  山の家の景である。余がすんでいた家で
  ある。立国をつるという。国をいう余である。
  秋残す頃である。これを、急落という。
  急落刻という。急に来た秋という。
  春秋様々よりよる、とという。都の山の
  お書きという。春に書く文である。
  秋残す春、ときよりのや、はなゆら、てて、
  おりすおっき、とっくれる、れれはる。
  礼春の葉よりて、おそよ、あってやらやら、
  なむゆるけらず、おってとよすゆ。
  余の記である。
   秋残り世界文学全集 巻2
   『余は機械である。』山上の記の項         
  
音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『渡家』
    皮 一也 画吹風 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

---ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
                  著者   
妄想の詩(うた)
このまま駄作家にうもれてしまうか
いや、そうでも・・
世の中は、うしとやさしといわれねど・・
春は来る、祈らずとても春は来る

駄作家として、認めてもらえるか
世の中は、認めてくれる
彼は、駄作家である、三文である
いわずとも、こう認めてくれる

情報発信のご時世
駄作の発信
あの名作家も、若い頃から苦労をして
やっとのことで認められた、
よくある神話である

駄作家には、こんな苦労はない
だから、駄作てある

私の地がそうなのかもしれない
私が地でいっている

駄作を作って、大事にかくしていても仕方ない
それで情報発信をする
駄作をインターネットに見せる

一抹の希望もある
名作といってくれる人が現れるかも・・・
ある日、突如として、一挙にスターダムに・・
秋残りコールがやってくる
そんな夢、実現するかな
もう、すでになっているかも
考えても名作はできぬ頭である
駄作という情報発信

お墓におられる、ご先祖様御方々
秋残りは元気でやってます
どうかお墓にまで届きますよう
よき、よき、



posted by 秋残り at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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