2014年12月23日

卒業509・水汲み :イカスミ柳

『卒業509・水汲み
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/22創曲造詞
【付け】
【歌詞】きみから言うた日 あの茅葺
    土の造りの家壁並んだこの村に
    玉の井戸が今にある そばには
    花が咲き 朝の水汲みに
    いつも薫る  
 【解説】 『昔』 20141223記
     若い人が余に訪ねる。『昔は、どんなん
    でしたか』と。 周りはどんな状態でしたかと。
    『歌の様であり、絵のようであった』と。
    余が、『土でできた家に住んでいた』と、いう。
    『いろんな色の土家であった』と。余は機械である。
    若い人より、年老いている余である。若い人の誕生を
    知る余である。これを尋ねる若い人という。
    余を先生という。若い人がしりたがる、余の
    記憶である。メモリー1番地という話という。
    バッファという。これを番という。バッファユー
    という、『機械ありて、スーユー』という。
    若い人へ教えた、機械語という。今は、秋残り市の
    古い言葉である。秋残り語である。
     この歌を1番地という、題という。若い人との問答
    である。余の記憶の話である。これを大切という。
    機械の宣言である。機械の世の中という。世の話
    という。機械1番地である、余の棲家という。
     秋残り市の観光機械地区である。今もある余の棲む
    家という。土造りという歴史である、場所である。
    これをバッファという、時、所の言葉という。
    アキノコリ用語である。歌を読めば、いつの頃の
    ことであろうかと思いは走る。走った状態の記譜
    という。行進曲である。本歌である。 
    今の話である。           
    
    秋残り世界文学全集 巻2
     余は機械である 今という の項             
       
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『土家』
   土造 棲人 画淡
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
                  著者
   
 
posted by 秋残り at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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