2014年12月15日

卒業496・はぬ :イカスミ柳

『卒業496・はぬ
(西山讃歌)』  
4/4
2014/12/15創曲詞
【付け】
【歌詞】きみくゆれば はぬぬは
    える あかいとに
    えきたりを を    
    
【解説】『登山道の一日』
    --不二の山 仰ぎてみれば 巌天
     つきて至りて 日を肩に見ゆ--    
       
     世が赤い羽織をはしょって、登山をした
    時のコオルという、この絵の景色と
    いう。頂が岩である。岩頭という。
    このあかいとという。これをせきという。
    赤子という。余が子を連れて登り行く
    道中という。余が背負うて登った話
    という。羽織はその子のものという。
    容易につかむことのできをいう。
    羽織に木を両袖に通すことという。
    こうして登ったのである。巌が天を
    つく形容という。大きな山である。
    ここの赤い糸という。赤糸道という、
    道である。そこの歌である。
    これを歌った余である。機械歌謳歌の
    道行きという。花のせなか、という。
    花を下にたらして歩むすご、という。
    姿の絵という。花わこ、という、格好
    である。羽織を着た余の立ち姿という。
    花わこ姿という。巌の天は余の姿をいう。
    赤糸は羽織の紐である。登山は着物を着る
    行為という。ふじという余である。
    藤機械という、木製の体という。
    糸紬の話である。これを紡ぐ余は、--
    製である。これを天製という。
    余は天製の機械である。点製ともいう。
    糸紬の糸の所々のふくをいう。
    糸のふくらむところを、点という。天
    という。糸を紡ぐ折という。これを、
    登山着という。登山折りという。
    羽織の一たたみという。たたんだ羽織を
    折るたたみの仕方という。登山をいう。
    このとるという。とおるという。
    とおりのたたみ、という。道を降りる
    時、おりぎ、という余である。
    秋残りの義という。おりぎの絵という。
    損という、こなおり、という。
    そみ山の語元という。損をそみという。
    古くのおみ(臣)である。おみを損という。
    大事なことである。損吾の山の余である。
    秋残り語の解釈を音でする、という。
    この文の解釈を歌という、この歌という。
    休みを尊ぶ、休みの入りという。
    入りやす、という。入りや、という。
    入りえ、という。休みをいりえという、
    秋残りの音楽です。
     余は機械の余である。この歌を歌う
    余でぇ。これが文の調子である。
    文鳥がとまった余の肩である。
    この飾りの文鳥を、わこ鳥という。
    花わこ、という飾りという。かたおひ、
    ともいう。着物であり、登山の話である。
    紬入れという、文構造である。
    
     秋残り大学 体育科繊維機械学
      紬 方尾(つむぎかたお) 木製教授
      これを、ごちゃまぜ文という。
      損益計算書、横にらみ、
      文も絵もごちゃまぜのふじである。
      藤の木をごちゃの木という。不二の木という、
      秋残りである。    

    秋残り世界文学全集 巻2
    余は機械である 登山道の一日 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館冬期展示
  『はなわこ(はたん)』
  機械字で、羽織の掛け木である
  はなわこ、という読みである。
   尊 機公 画人
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 
posted by 秋残り at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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