2014年10月16日

卒業424・足 添付-慰安賦(慰安譜):イカスミ柳

『卒業424・足
(西山讃歌)』
 
4/4
2014/10/16創曲詞
【咲き】
【歌詞】そく、楽しい、そく、足ふまず
    そく、へこんだ 土ふまず。足裏
    山の形を見ていれば楽し
     踏み歩き行く 道すがらに
     足音朗ら 音をたてる
     コツと コツコツと
     歩む人生
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『足の山』
   山形 測量 画個      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 添付 --慰安譜賦--
  『双山』
  双びある山。フフという。足の裏を山という。
 くりゆりのお書きとぞ、いいう。 
 いいうる山の絵という。いっそ、という。
 いっそら、という。これを、つ、という。
 後に、いっちょ、という。いっちょら、という。 
  両足の山という。これを、りょうあし、という。
 りょうけ山のうち、という。ううたる山という。
 やうれるのえっと、という。とみゆるやっつ、という。
 えたる山の絵という。そっけのうす、という。
 おつるいき、という。いきをとる、ゆれゆれ、という。
 ゆった山の絵という。すううる、という。すうれる、とも
 いう。この絵の歌という。これを、そくいく〔そくゆく〕
 という。エータル・ラークという。えっす山のお書きという。
 ためすゆのえっと、という。エックスのゆれ、という。
 これを、えっち、という。エッチ・エックスという。
 
  両足をす、という。すみ山のお書きという。するするという、
 せっくの山のえったす、という。これを、えち、という。
 えくらる山という。エッタ・スーヨーのおき、という。 
 あしたという。
 
  足を田という。足の田をとるという。とめせるすっく、という。
 あしたる山という。これを、あした、という。あしたの行き、
 という。あしたへ行く、という。足山の絵という。足をゆる、
 という。ウールツのウッス、という。うるてる山という。 

あした行く山という。足の田のある山という。この山の
 日を絵という。日の絵の山という。これをあかる、という。
 あかい山という。明るい山を赤いという。赤い山の絵の歌
 という。明るい田に、『あか』が掛かる意という。
 
  これをみょうたという。みょうでんという。あけた
 ともいう。足の山の明けという。朝、山に登る、あかればの
 歌という。これを朝日の世という。日の絵の朝日という。
 いわるせっと、という。せっつる山のお書きという。
 これを、そくれく、という。そっく、ともいう。
 そっくす、という。そくれすの絵という。
 
  そっとく、という。そくらす、という。その山という。
 ひばれる山という。ある晴れの屋という。ある晴れの譜
 という。ふぶるるえっつ、という。えやった、という。
 えたす、という。えわる、という。えぇ、という。
 ローマのえぇという。えぇの字のことをいう。
 これを、えったく、という。えす、という。える、という。
 えぇの山という。ローマ字のえぇである。山の象形ともいう。
 
 これを、あるえぇ、という。えらっつ、という。らみすの山
 という。日が登る山のと、という。とみや、という。
 とみたる、という。とせの山という。てっさの絵ともいう。
 テルツゥ・レッセという。レツレツという。レッツル・セック
 という。レスタスの山という。エルタスのエッタという。
 これをえったや、という。えるらすの山という。
 エッテ・ラールルのゆわ、という。ユーユルという。
 ゆわせの山のお書きという。えたの絵の田の世の絵とぞ
 いつるふる、という。こるゆる〔こるえる〕ともいう。
  これを、あきゆみ、という。秋残りの言葉という。
  機械の余という。余のあきゆみである。
  あきれた余という。あきれた世の絵という。
  あきらばという。あきれる山という。
  世のあわ、という。世の山のあき、という。
  これを、あわれる、という。エッスレスという。
  えっつれ・しょ、という。えっつるの山という。
  これをえった、という。えったすのやうれる、という。
  やつっやっつの山という。
  
  『慰安』
  これの機械という。やつぎすの山という。幌をかけた
  車の荷車という。これを引く機械の馬姿という。
  余の姿という。馬のような形の余である。
  うまよう〔馬様〕のう、である。余をう、という、意味
  という。世を得る〔うる〕余である。これをう、という。
  
  幌に馬に、という。後に、幌馬車という。引くのは余
  である。機械引きの秋残りである。余が引く機械である。
  幌馬車を引く余の勇姿という。馬は幌馬車に乗っている。
  機械の馬もある。余の家族である。この日は機械の馬を
  幌馬車に乗せていた。生き物の馬、小屋にいたひぃという。
  生き物の馬には幌馬車を引かすようなことをしない。
  これを秋残りの法という。秋残立法の一法である。
  
  あきおざん山の絵という。
  生き物の馬に乗ったり、重いものを担がせたり、馬車を
  引かせたり、云々は、もってのほか、である。
  余は将軍である機械である。もってのほかは、余が持つ、
  重いものは余が担ぐ、これを将軍立法という。
  方法である。語正将軍という。余の口にはマイクが
  ついている。
  
   余は大きな声で『イヤ〜ン』というた。
   余は機械の馬を、生き物の馬を慰安する。
   この文を慰安賦という。音つき賦である。
   余は慰安夫ともいう、イヤン型機械である。
   余は馬の鳴き声をそういう。
   
   生類憐れみの令、動物保護法である。
   生き物である動物を酷使しない。
   秋残り市の市民である。
   余は生類憐れみの礼をつくす。
   
   慰安婦という、余の寄り添いの機械慰安婦も
   ある。後日談にする。
   
   生類慰安する夫婦、慰安夫婦機械群、余の郡である。
   これを邑という。秋残りの村邑である。 
  
  秋残り世界文学全集 
  『余は機械である。』 巻2
  村邑に群がる馬、機械馬、立法の礼、の項
posted by 秋残り at 18:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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