2014年09月22日

卒業394・タイフル :イカスミ柳

『卒業394・タイフル (行進曲 西山讃歌)』  
5/4
2014/09/22創曲詞
【咲き】秋歩む
【歌詞】手を振れば快活の声が
    足あげればキラリ光る目
    秋の末枯れ踏んでいく道
    快爽 心豊か 軽い頭と
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『アユ』
   秋残り 三太夫 画鯛      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
添付
 『秋歩む』
 秋は歩んでくるという。走り去った夏という。
末枯れ〔うらがれ〕の道いく、余の雄姿という。 
フラッシュ・クールという余の受ける日光の
形容という。秋の日光をフラレルという。
フラッシュ・クールのことをいう。
 揺れる末枯れ舞う、余の身辺、余の花である。
クルクルパッと舞うという、余の花の絵である。
頭軽い話という。頭に舞い降りた音という。
むべの音という。音は足音である。
キュッキュッザッザッという、ありみの音という。
キューザックの音という。クレルという形容である。

 5歩間隔歩行という。キューザック・ルーという。
ルーラル山という。ルービックという、花のまわし言葉
という。ルービック・ザルーという、山の絵という。

 るるやるそくれく、という。せせせの音〔おん〕という。
手を背にあてて、音を出す余の歩みである。ルービック・
ろっこく、という。ろくそんのえる、という。
ろっくる山の絵という。余の歩む姿である。

 カンカン・カッカクという音の出でという。
これを4歩格という。ルーソン・レップという。
ルールクのおあ、という。ヤマレル・スウフク、
という。 末枯れを『けらく』という。
けらく落ち歩みという。ケッスク・ヤッケクという。
歩みの拍という、律ともいう。ざわしいの山という。

 音を入れて、4歩格間六という。これが、けっかくのゆみ、
である。余を『けっとく』という。余の余を名づけた呼び
である。

 この意を体す、余の音という。落音の音である。
末枯れ音という、余の呼びである。秋の来たる屋という。
秋来屋のやみ、という。音の話という。

 うくるる・さっすく、という。余の秋のめでである。
手振り足あげてあゆる、という。歩みをあゆる、という。
あゆる山の御絵〔おえ〕という。余のことをいう。

 機械ありてありす、ありゆる、れっくす、という。
れくたくのやみ、という。れっくす・すうゆう、ともいう。

 のわのすうるく、という。ふふたる・れっつ、という。
秋の表現である。秋ゆら、ともいう。
 **中略**
音彫る譜である。音落つ譜である。音山の絵という。
虫来たりて、音を誉むれれ、れれゆる・ゆうくく、
という。この譜である。

 余が作曲をして、余が演奏をし、余が聞く。
余の表現である。秋を言えば、この譜である。
これを、賦という。

 音の譜を楽譜という。文賦のやゆ、という。
双つ合わせて楽落譜賦という。落ち文という、
文の形式という。この文である。

 余のスという。余の記である。
これを、ス記し〔すじるし〕という。
すきと読む余である。素と書くスである。
余の絵である。

 秋深み、しずよる、やよ、うくするふふ。
これなるを。体振余記である。        

秋残り世界文学全集 
 『余は機械である』巻2 体振の項より 
posted by 秋残り at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/103849699

この記事へのトラックバック