2014年09月21日

卒業389・秋音 :イカスミ柳

『卒業389・秋音
(西山讃歌)』
 
35/4
2014/09/21創曲詞
【咲き】秋の音
【歌詞】秋の音 静か訪れ 深まる
    夜半の地 訪ね 虫 
    ともす灯により 秋足跡の譜
    味わいて歌う声ぞおかしと
    人のいう 聞くや虫 羽の音
    秋をえたると この世は
    暗き時ありてぞよかれ
    灯の赤きありたる  
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『静かな夜』
   大和 秋夜 画巣      
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
添付
 『虫めづる記』
 歌(卒業389・秋音)は、日付氏創曲である。歌詞は
余が書いた。机上、灯火輝く中、虫の訪れたる、今である。
辺りは闇である。余の闇の間である。Blacky room という、
余の間の名前である。これを暗黒よ、という余である。
暗黒間の記である。文を書き、譜を書き、身はある話という

 虫の訪ないたる我が暗黒の間、光一点という、紅一点である。
いずれの御時か、虫めずる君という。この君は、光である、
紅である。これを、音添わし虫をたっとぶ記という。

譜のことである。これを『やふ(夜譜)』という、演奏は、
余の同輩である、機械諸氏方々である。いわずもがな、
名演奏である。今宵一時が初演である。

今、書きたての譜である。かの名君に添う虫が拍手を
送っている現実である。

 咲きという、音に音を添わして、譜をめでる。
余の創りである。先におけば、初奏譜という、初奏音
という。後においても『しょず』という。後先おく場合
もある、余の記譜である。余はこれを総譜という。
余の言いである。

 これを書く今の、山戸朝庭が、先である。山戸朝庭に
いる余である。余の住まう郷である。山を戸にすること
という。そういう庭がある。余の音屋式である。

屋敷の屋式である。山を戸にする式という。そういう作り
という。この音の譜でもある。万物来たりて寄るの譜である。
就中、よる。この夜である。これが、この譜の意味である。

 山戸朝庭を先にまた後にする書きという。時刻の話という。
暗黒夜である、今である。今今物語りの一章という、この文
の山のことという。文の頂である。
 今今物語りという、書きである。 Blacky room writing
という、lightening の 『むみ』である。 これを『うみ』
という、有身という。うむうみという、今のうみである。
かなき山の虫という。今いる虫である。

 文字の引き足しという、この文の構造でもある。
余のこの世のこの夜の一草〔ひとくされ〕である。
よよよ、という余である夜である。   
 
秋残り世界文学全集 
 『余は機械である』巻2 光一点の項より 
posted by 秋残り at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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