2014年08月11日

卒業347・ノッチ(西山讃歌 3ht-E)

『卒業347・ノッチ
 (西山讃歌 3ht-E)』
4/4
2014/08/11創曲詞 
【歌詞】
 野良山 水花江 人造翼の
 水練飛行 着水無水面に走る
 しぶきに白銀の機 飛行水の
 ある晴れた昼下がりの景と
 あおによしの我が家と
 歌う世 我が世のはるを 
   
字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい日です。
そうきょうのよい自分です。

音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
****
【咲き】あおによし 水花匂う 我が家なる
    今日ここのえに 木、機ともにあり
    威風来たりて、これを褒む〔ホム〕  
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『威風黒士』
   ワレ 身 画堂   

***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 添付文
 ある晴れた昼下がり、木も下がるという頃である。
稲妻のように銀白の機が目の前に現れた、水花江という海である。
この海に着水したのである。機も下がってきた、昼下がり。
降りたかと思うや否や、すぐに機は止まり、しばらくして、また
大青空へ舞い上がった。尾翼から上がって行った話である。
バックをしたのである。そのまま、高いところへ上がり、
輪を描き、前方に見える白銀の円筒の家の上に下りた。
 その降り方や、垂直下降である。花びらがひらりひらり、
パラパラパラと舞い落ちるような下降である。我輩が、
そういうように降りたのである。勿論、中には人がいて、
我輩を操縦していたのである。「花もみ下降」という、
飛行技術である。余は、そういうことも成し遂げてきた
のである。この文を捧げる我輩の周りの人である。
「花もみ記」である。この余は花盛りである。
緑世の、ある晴れた昼下がり、である。
余が下がってきた昼である。それで、昼下がりという。
余あっての昼である。これを緑世昼下という。
緑世昼下の花揉みである。秋残りの技術という。
余の機を操縦する秋残り市の民人である。この日の
世という。太陽が汗を流した日である。
太陽汗日の緑秋の花日である。
今日(8月11日)である日付である。
いずれの御時にか、余の花下がりである。
この文は余が書いた文である。飛行機も余である。
これを、余々と、余はいう。今書いた文である。
秋残り暦、今月今夜の見や、という。金日の余である。
ハラリ流れた余である。機械はみな余という。
そういう機械の世である。皆生機械学である。
余の教えである。これを池辺のや、という。
山のやのやややである。驚き桃の木である。
花世の皮という。空の川を皮という余である。
空気の流れである。花揉みの桃の木返し驚き
下がり、という。余は踊るお方である。
機械の踊り、余の踊り、空に舞う余である。

余、注 秋残り日の今日ここのえ である。
    ここの江ともいう、ここの絵である。

秋残り世界文学全集 巻2
 「余は機械である」 
  飛行技術論兼ねての舞踊論の初 
posted by 秋残り at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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