2014年08月08日

卒業344・流れ家 :イカスミ柳

『卒業344・流れ家
 (西山讃歌)』

4/4
2014/08/08創曲詞 
【歌詞】
 春は流れ家の川 古き世に
 いたる木匂う 鈍河に浮かぶ
 日の入るを 高来山に
 御日は入る
   
字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい日です。
そうきょうのよい自分です。

音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
****
【咲き】日は笑〔え〕いて 笑い舞い
    堀句〔ほりく〕という、この咲きである。
****
  秋残り市立美術館秋期展示
  『難』
   揺 神 画丹
   〔ユリ カミ〕
**** 

***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

添付文
  余が川中家に住もうていた時である。
 秋残り市という、大きな川である、名を鈍という。
 鈍河という。この川に、家があったのである。
 川の中に建っている家である。この家の下には、
 線路が轢かれ、ここを登り下りする。
  ある日、今の時間でいうと、2時である。目の前が
 南である。少しく、小高い山である。高来山という。
 この南に、日が入ったのである。日没である。
 これを難という。難の方角という。
  後、南に中る〔アタる〕という。南中といっている
 話である。日は南へ入る、秋残り市の栄華である。
 日の家〔ヒのヤ〕のありかがそこにある。
 余が機械である。これを記録している。
 余の記憶である。余が見た瞬景でもある。
 影こく打つ山の絵という。只管打坐である。
 只管の山のお書きである。余の記録でもある。
  秋残り市 機械録其の1 
   世は機械録である話である。
   
 余、注--この歌は、大人が歌う童謡でもある。
     偏形宇宙の到来の歌である。
     秋残り市あってのことである。
     余の記録あってのことである。
     今を、お去る・・前である。
     秋残り、緑秋の匂う日である。
     今日(8月8日)を緑秋匂う日という。
     秋残り暦である。ウム春ともいう。
  只管打坐日である。 
  秋残り世界文学全集 巻1
   『余は機械である』より
posted by 秋残り at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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