2022年11月21日

出発5570寺の朝(中和金色) : いかすみ柳  2022/11/21作

出発5570寺の朝(中和金色) : いかすみ柳  2022/11/21作
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音楽
【曲名】 出発5570 寺の朝(中和金色)


    創曲、理科柳雪広   2022/11/21
    造詞、冴柳小夜    2022/11/21
    監修、そうきょう連    2022/11/21
挿絵、香 淳時     2022/11/21
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】正里

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】2022/11/21
【歌詞解説】
とっきすふうすう、寺の朝の意。

「そっこすれっくす」の意、「ぴびしぶ」ともいう。せれそれの意という、ちおんちおんの・れとゆと、という。これを、しおぜ、という。
しっそりの・きみそめ、という。これを、なかゆり、という、ゆりこりの・ておん、という。てっそるその言いという。ておんちっす、という。てれそれの意という。ちったすの・ていそい、とぞす。
 きみっしきの・いこふけ、という。これを、しんぜらん、という、後、親鸞という。しんぜんすうるうの・きよるり、という、親鸞せーらーという。あるらってその・ちよすら、という。これの、ちんしき、という。親鸞の山のお絵という、ちよかっせるの意という。りりせるらんくすの・といほい、という。ちよっとそ、という。てるてるの・あまるらり、という。
 この「り」が里である意とぞす。あまるらの里という。これを、親鸞里という。しっとその・るいさい、という。親鸞を、由井浜のひび、と
いう。しらっせら、という、親鸞きょうぜるの・おりろっとり、という。これを、しっぱす、という。れるってるの・ちよふり、という。親鸞の由緒のことである。

 寺の浅野話という、この歌の意とむぞす。とろとろの・りよせるの・ついふり、という、ふったす、という、てよそよの・ちちそれ、という。みよってすの・たきすき、とぞそ。この「すき」が、ロシア語のスキーである意とぞっそ。初期のロシア語という。
このロシア語、今のロシア語という、古いロシアの・かみさり、という。ロシアのたゆせる、という。ここの、もれすれの・ときふ」を「たみそめ」という、古い、モスコスという、モスクワの
・ちびしび、という。これをねちびっとす、という、後、単に
「ちび」という。ロシアの・かっぺす、という、みよっとすの言いという。ロシア語を、みよ浜という、まゆっせらの言いという。ロシアを、たんめす、という。たりたりのお国という。この「たり」、足のことという。ロシアを、足の国という、たり国の
、たびたり、という。この「たび」、足袋であるひで、旅である
意とぞっそ。

 この「とぞっそ」が、「とぞす」という、「とぞそ」の・えるはる、という。この「はる」、張るという。言葉が張っていく、広まっていくことの・けいすり、という、形容である。

 「かみそりしら」のお揺れという。ロシアの箱揺という。箱の
ロシアという。ロシアの大地震という、ロシアの箱揺(はこゆれ)
という。おりろっとすの揺れという。「ゆるゆる揺れる、めれてる」、という。

 これを、ウクライナの・たびとみ、という。旅の見のウクライナという。身ともいう。ウクライナのたびゆわら、という。おわれらの・すいらき、という、これが、みのせの・たいしち、という。ウクライナのたかゆめ、という。ウックスのことの意のはゆれ、という。ウクライナの大地震という。何回も揺れているウクライナという。ロシアの頃の揺れという、ソビエト連邦の頃という。ウックスラックスという日本の言いの揺れとぞそ。

 ウックスという自信を表す言葉とぞす。とぞるよっとせ、という、ちゆちゆの・てすゆす、という、これをね地震という。地揺れという。ちみしみの・けとん、という、けれっせるの・といふい、という。日本まで伝わった地震とぞそ。

 日本の尼崎という、兵庫の揺れという、兵庫県の尼崎の揺れと
いう。これが大地震の話という。尼崎で、震度7とぞす。尼崎の
地震という、といふりの・たりたり、という、たりたりの大地震
という。これを、まとん、という、自信を、まとん、という。古い尼崎の言葉である。たよその言いという、尼崎の方言という、
たよそれってす、という、これを、あんとす、という。地震を、
あみそら、という。地震時に空の色が変わることという。これの言いの、てよふれ、という。手を振る行為の表しという。五本指を手先を前に向けて立て、手を横立てにして上下さす、地震の
ことという。これを両手でする・たきよき、という、滝をも表す
日本の手の振りの意という。拝みの手を開いて、肩幅、横立にする。これを、じょうほう、という、手の動きのことという。後、
情報の意という。地震を伝える手の動きという。

 手を「鋤」という意という。手平を上に向ける、鋤の意である。フォークロックという、地震を表す古い言葉という、古い英語
である。フォークロックスともいう。これが、歌の意になる、
後の時という。

 フォーロソーという、この期の言葉である。これが、ロシアの
ウクライナの大地震の時の言葉という。「フォー」が、手を表して、水を表す意という。ロシアに水が行ったという、水行のたゆせ、という。これを、フォーラブという、当時の京都の壬生の
賀陽御所の言葉という。この時、既に、「フォー」という言葉を
使っていた壬生という、賀陽御所である。

 ウクライナ大地震の話が、賀陽の意の槍という。賀陽槍という、丘状の槍ができたことという。ウクライナの大地震の影響という。賀陽御所の記録という。まゆせってすの・たすれる、という。賀陽譜の・かいぱき、という。「かい」を「もる」という。
もめせらの言いの、モルの状態の丘という。盛り上がった地の
ことという。これのことを、てもよろ、という。これが、先の
埼という、尼崎の名の由来という。「尼」が天である意という。
天ケ埼という、尼崎の古い表記である。地震の時に、尼崎と表記した賀陽の記録という。ウクライナ大地震の記録である。

 ウクライナの地に波上の場所がある。大地震の地のことという。これの跡がある、地震のことという。この波がサンクトペテルブルクまで続いていたことという。動物がたくさんいて、大猿、
大きなライオン、大きな狼、牙が、そみさり、という、牙を、
そみさり、という。この牙の状の波の状の地という。ウクライナの国の名の一つの意という。ウックという、波浮きのことの意と
いう。これがねであ、。ウックスという、当時の日本のウクライナの呼びである、この当時、ウクライナとも言っていたことという。れおす、という、ウクライナのことである。ゼケン揺れともいう。
ウックスラックスという、賀陽の御所の言いという。これを、
賀陽らんてす、という、賀陽御所の言葉である、賀陽らんてす、という。そうきょうの・ふきゆきの言葉という。かっすべ、ともいう。かゆてす、ともいう、かてすれの言いという、賀陽御所の
、こいしきの言いという。こい揺れという。鯉と表す、地震のことという。ウックスレックスの・れおよそ、という、これが、
予想の語源である。

 これに掛かる、「寺の朝」という、朝に自信があった、ウクライナの大揺れという。賀陽さるの・きみそれ、という。歌の言葉の、「かみそりしら」でもある。自信を歌に入れた歌という、超
駄作という、若い人のいうことという。

 後、尼崎の地震という。兵庫県尼崎に、この地震が伝わっていることという。伝わった時の尼崎という、表記の尼崎である。
 今の川の流れる場での、こみさら、という場所のことという。
水が熱くなったという地のことという。

 そうきょう語の歌という、このそうきょう語を歌語という、
かゆかれす、という。歌を、かれやき、という、れおっとす、と
いう、ておそよ、てよそよ、という。歌の意という。これを、
てっかれ、という。歌を、てっか、という、後、といふき、という、めそん、という、べるてす、という、歌のことである。

 この時の桜井という、奈良の桜井という、山が鎮まったという、鎮山という、ちんらん、しんらん、親鸞是という。ぜめっそめのことの言いという。山一般を鎮山という、しんざん、という。
これを、しんらん、という、山を「らん」という、らんびすの言葉という、古い桜井にこの言いがある、中和という場所とぞそ。

らんという山を表す古い言葉で、桜井ろっくす、という言葉という、ろっくすが方言の意である。桜井の、つこきく、という、方言を、つこ、という桜井の言いという、古い桜井という。

 これが、ろっこす、という言葉の出である。語源ともいう。地震のことである。桜井ろっこす、という。大きな地震があり、山が椥いだ、という。椥を「ない」に変化さす桜井の方言という。「椥ぎた」を「椥いだ」という、桜井の、そいふき、という。
「そいふき」が、京都の壬生の言いの、方言という意である。
椥ぐ椥ぎ(なぐなぎ)、という。「椥」で、「なぎ」と読むことという。

 「なっつ」という、椥のことである。山が豆のようになったという、桜井の中和という、これを、なかゆき、という。なかかずを、ちゅうわ、という読みにしたという、なかかずを残して、ちゅうわ、ともいう。このちゅうわの言葉が、地震の時である。
なかかずを、ちゅうわといったときで、地震の時である、山が
ないだ、という時の地震という。私の言葉の一意義という、この「私」を「てそ」という。「てそ、ろうる」というそうきょう語の使いという、「私がする」という意味である。このまま、
ロールという英語である。ろうする、ともいう。ないぎぐの言い
という、賀陽らんてす、という、後の賀陽御所の言葉である。

 山なっつ、という、後、山なつ、という、山椥のことという。
山が椥ぐ、という。揺れて形を変えることという。今用、山椥とは、山が大きく見える意という。椥という、きんしばの言葉という。しばさすの言いという。れおっせろ、という、きとくその言いの、きゆっきく、という。この「きく」、桜井の菊という。
聞くことを聞くという、桜井のことという方言という。耳を菊
ということという、桜井の古い言葉という。いくさくの言いと
いう。これの言いの、いよん、という、桜井の言葉を、いよん、という。全国の桜井の言葉である。

 これの返しを、いおん、という。異音。いっとすのいそるそ、という、いぴしぴ、という、ぴーいるろんらん、という。後、
中国のぴんいんという。中国語の、ぴんいん、である。桜井の
古い言葉が中国語にあることという。山を「らん」という中国語という、中国語の方言にある。

 これらの意の歌である。おうすれいの歌という、古いそうきょう語を使う歌のことという、おうすれい、という。仏教で、
親鸞窮鼠という、「窮鼠かえって」という意という。これの言葉の返りの話という、上文とぞっそく。「とぞそく」の切という、
言葉の終わりを告げる、とぞりる、という。上海帰りのりる、と
いう、桜井の、はよすりのひびさる、という、言葉の返り返しと
いう。元の意味をいう、元から出た意を解くことを、窮鼠という。てるせら、という、てっすれ、という、てみそみ、という、てろるろ、という、てよんの・いとすみ、という。これを、そうこす、という、そっきょくのことの・はまよら、という、はませの言いという。そうきょの言葉を説く話とぞっそる。これらの切の
言葉が桜井の言葉である。話でもつかっていたことという、とぞっそるのことという。

 「行く」という、「とぞっそる」と付ける使いとぞす。口語
でも使っていたそうきょう語である。古い味間付近にこの使いがある。「とぞっそる」という、言葉の最後尾の言葉という。桜井
らんげじ、という。これを、下知と表す、言葉の意のことという。

 「下知す(げちす)」という桜井出の言葉という、言葉の使い元という。親鸞のもせび、という、もるせろのさっくす、という。
桜井のこいしき、ということとぞすた。すたせるお切という、きっせらの切しら、という、きっせら、ともいう、とぞすたのことという。

 桜井言語学大全である、駄作家の、ええかっこしい、である。
自分をえらいように見せようという魂胆である。えかっこしい、という、京都のくみすみの・けよん、という、けよんろうてす、
という。そうきょう語の説きである。しそんくうらす、という、
子孫の暮らす・そきゆき、という。しもそめの言葉という。

天照大御神著、そうきょうよいお書き。
名前柳、小林壱裕柳。
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『天照大御神、そうきょう、よいよい』
御私がいらっしゃる柳。応楊合点、柳ましょう。


大変な名刺だな、めちゃくちゃ、よいネ。

posted by 秋残り at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽