2022年07月14日

出発4782 村上 :イカスミ柳

出発4782 村上 :イカスミ柳

他の拉致被害者の方、お元気で、帰国して下さい。
腹を横に書く。
【曲名】 出発4782 村上
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/07/14
【村上の祖】
 若い人が立っている。大きな平らな腹という。
木もなく、荒れ地という、ここに、城が立つという。
むらゆらりという、村由良の里という。村由良の
港という、ここを桜井港という。
 桜井のしらせる、という、大鹿のいる桜井やら、
という。鹿むまの・とみ浜という。この『浜』を、
『ゆんたれ』という、桜ゆんたれの・るいらら、という。
にい山のいそみそ、という。
 ここの、おしかんべく、という、桜るんという。
この浜を、きっけせ、という、きかるきの・あえられ、
という。あおに原という、村世羅のろきふり、という。
【与作城】
 奈良桜井にかかる、新潟の村上の桜井という。
桜井という所が、村上市にある。ここの城の建て
という、たいつつのお立ちという。ここで長くいて、
後、『遠い所へ行く』という、新潟村上の城の
お立ちという。建ちあがる城の、いったき、という。
いったきの城という。これを、桜連はる、という。
村上の城のお建てゆき、という。
 村上を与作という、与作の城という。

 世羅の期の城という、与作の城という。これを、
あいつぁり、という。与作の城という。与作は、きさ川
の・ろり原という。与作そっきく、という。れるせるの・
るぼせら、という、これを、しきすばる、という。
しきの期の城という。しきそき、という、城をしきと
いう、そきという。古い村上の城を、しきすばる、という。

 おやりらの・るごす、という、しきすばる弓浜という。
今の新潟県の村上市という。遠く奈良桜井の
、いくはき、という、しきそきのことである。
これが、桜井管理をとる、そんしる、という。古く、
そっけの城という。そきそきの浮き、という。古い
新潟の村上のことという、そきそき、という。後
とぞそ、おいたりらり、という、村上の歌遣りと
いう、後、歌語という。村上そってす、という、
桜井の言いという、古い奈良桜井の、そんほぼ、
という歌語という。

 奈良桜井の歌語を、そりさり、という、そんほぼ
のことである。この桜井のことを、そい芝という。
歌語を芝語という。これが、新潟の村上の芝語
という。しっつとっこく、という、歌語のことである。

 村上の歌に、いとしと、という、しませらをかりすり
という。まよるろの・れめさ、という。新潟の村上の
古い言葉という。『さ』という言葉を使う村上という。
『ありらってさ』という、この『さ』のことという、れめさ、
という。
【よぎ、いきして】
 『私がいきます』を、『ありすぅっらさ』という、自分を
『よぎ』という。『よぎ、ありすぅっらさ』という、新潟の
芝語である。
 
 『私は城を見る』という、『よむ。ろばっして』という。
『ろ』が城という。『ばっして』という、『みるらら』という
、見ることをいう。この『見る』を、きくそり、という。
『よむ、きくそってす』という、これが、京都の京輸
語という、京由語とも。これを、掛かる言葉という。
『よむ』という自分をいう、『よむ』が、きばせらを、
ついふりという。『ついふり』が、言葉のことである。
【芝語】
 みゆぶっぺけ、という、古い芝語の言いという。
言葉を、ぶっぺけ、という、みゆぶっぺけを、
言葉を使うという意という。奈良桜井の、ぶっつり、
という。奈良桜井をよる村上の桜井港という。

 桜井の、かんたき、という、かんらぎの・られおんてす、
という、これを、しきさく、という。この『さく』が、後、地の
柵にとる、ちそゆそ、という。芝語のりろ浜という、桜井
港のことである。

 どちらも桜をよることという。さっくすけっく、という、これを
、れろるり、という。歌語と芝語を、りはれる、という。
桜井ゆんてき、という、村上ぜっさしょ、という、みゆばらの
るり原という、ここの言いという。後、村上城の言いである。

 『御叔父ゆ、おらるられ』という、芝語の言葉という。
これが、奈良の桜井の『御叔父っさ、ゆらっせる』という。
『さ』という言葉の使いという。世羅期の色相語という。
古い歌語のことという、色相語という。

 新潟村上の言葉の使いという、新潟の、おいしばれ、
という、色相しっくす、という、しっさすのされっすれ、
という。また、行く、村上という、奥津城ありさらる・
れろすのおろしそ、という。新潟村上の、おろれ春、
という頃の住まいとぞう。

 おろれ春の村上という、色相城という、村上城の
ことである。色相の城を『よべ』という、この世の辺り
という。『世』が場所を表す、色相の世という。
場所を自分という、世を自分という。自分がいる
場所という。おろれ春の言いという。
【奈良丹波市市東堂藩】
『世は、すばせりみ』という、『世は、いろすり』 と
いう、世の川文という、文を場所という。これが、
奈良県丹波市市(たんばいちし)藤堂藩の、
春せますら、という、藤堂藩の歌語という。
これらを、桜井管理下の桜井傘下という。

 これが村上の城の、かよふっくす、という、
そんしらる。らおすて、という。古語歌語と
いう、らおん・みっくす、という。藤堂らっせる、
ともいう。また行く、藤堂の春、という。
『春』が、言葉でもある、東堂藩の言いで
ある、いこんしま、ともいう。
【奈良桜井】
 この日の奈良桜井、大神神社という鳥居まで
水があったことという、緋海という、和船航法の
、みっぺつ、という、後、密行法という。和船の
航法という。柳原という、緋海の鳥居のある所
という。

 京都御所内の柳原という場所の掛かりという。
京都御所より奈良桜井へ行く和船という。みゆ
ばってすの・おりるら、という。和船ゆんかす、という。
『かす』が場所を表すことという、春日、春日井と
いう類の『春』という、場所の意という。この通り、
春日、春日井・・・・は、場所を表す言葉で、地名
という。

 これの掛かりが、ウオッカスという、今のロシアで
ある。古い日のロシアのことという、色相語という。
色相を尊ぶ言いという。春日ともいう。
【村上の春】
 村上の春という、村上の城の建つ前のことという。
後、村上城を建てる。大きな原っぱであったことという。
しつらんせらのお書きという。桜井管理の村上という。
この『管理』を、見る里という、看里。
村上桜井港の、看里ゆらすみ、という。由良原の
住まいという。ゆらっすらのそてしら、という。住まいを
『しら』という、村上の言葉という、芝語という。
【京都御所内柳原を阿部春(あべはる、あべかす)という】
 村上城が建った後の京都御所という、後に建つ。
京都山があった頃という、陸環礁のの京都盆地という。
京都市全部が山であったことという。京都御所の
柳原という小さな原に村上があるという。
これを、あべかす、という。あべの場という、京都御所の
柳原という。阿部。阿部春。あべはる、あべかす、と
いう。場所を表す言葉である。

 歌語の色相という、これより出る言葉である。
歌語のゆわぜ、という、歌語を介した言葉の解説
とぞそ。柳。

出発4782 村上 :イカスミ柳

他の拉致被害者の方、お元気で、帰国して下さい。
腹を横に書く。
【曲名】 出発4782 村上
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/07/14
【村上の祖】
 若い人が立っている。大きな平らな腹という。
木もなく、荒れ地という、ここに、城が立つという。
むらゆらりという、村由良の里という。村由良の
港という、ここを桜井港という。
 桜井のしらせる、という、大鹿のいる桜井やら、
という。鹿むまの・とみ浜という。この『浜』を、
『ゆんたれ』という、桜ゆんたれの・るいらら、という。
にい山のいそみそ、という。
 ここの、おしかんべく、という、桜るんという。
この浜を、きっけせ、という、きかるきの・あえられ、
という。あおに原という、村世羅のろきふり、という。
【与作城】
 奈良桜井にかかる、新潟の村上の桜井という。
桜井という所が、村上市にある。ここの城の建て
という、たいつつのお立ちという。ここで長くいて、
後、『遠い所へ行く』という、新潟村上の城の
お立ちという。建ちあがる城の、いったき、という。
いったきの城という。これを、桜連はる、という。
村上の城のお建てゆき、という。
 村上を与作という、与作の城という。

 世羅の期の城という、与作の城という。これを、
あいつぁり、という。与作の城という。与作は、きさ川
の・ろり原という。与作そっきく、という。れるせるの・
るぼせら、という、これを、しきすばる、という。
しきの期の城という。しきそき、という、城をしきと
いう、そきという。古い村上の城を、しきすばる、という。

 おやりらの・るごす、という、しきすばる弓浜という。
今の新潟県の村上市という。遠く奈良桜井の
、いくはき、という、しきそきのことである。
これが、桜井管理をとる、そんしる、という。古く、
そっけの城という。そきそきの浮き、という。古い
新潟の村上のことという、そきそき、という。後
とぞそ、おいたりらり、という、村上の歌遣りと
いう、後、歌語という。村上そってす、という、
桜井の言いという、古い奈良桜井の、そんほぼ、
という歌語という。

 奈良桜井の歌語を、そりさり、という、そんほぼ
のことである。この桜井のことを、そい芝という。
歌語を芝語という。これが、新潟の村上の芝語
という。しっつとっこく、という、歌語のことである。

 村上の歌に、いとしと、という、しませらをかりすり
という。まよるろの・れめさ、という。新潟の村上の
古い言葉という。『さ』という言葉を使う村上という。
『ありらってさ』という、この『さ』のことという、れめさ、
という。
【よぎ、いきして】
 『私がいきます』を、『ありすぅっらさ』という、自分を
『よぎ』という。『よぎ、ありすぅっらさ』という、新潟の
芝語である。
 
 『私は城を見る』という、『よむ。ろばっして』という。
『ろ』が城という。『ばっして』という、『みるらら』という
、見ることをいう。この『見る』を、きくそり、という。
『よむ、きくそってす』という、これが、京都の京輸
語という、京由語とも。これを、掛かる言葉という。
『よむ』という自分をいう、『よむ』が、きばせらを、
ついふりという。『ついふり』が、言葉のことである。
【芝語】
 みゆぶっぺけ、という、古い芝語の言いという。
言葉を、ぶっぺけ、という、みゆぶっぺけを、
言葉を使うという意という。奈良桜井の、ぶっつり、
という。奈良桜井をよる村上の桜井港という。

 桜井の、かんたき、という、かんらぎの・られおんてす、
という、これを、しきさく、という。この『さく』が、後、地の
柵にとる、ちそゆそ、という。芝語のりろ浜という、桜井
港のことである。

 どちらも桜をよることという。さっくすけっく、という、これを
、れろるり、という。歌語と芝語を、りはれる、という。
桜井ゆんてき、という、村上ぜっさしょ、という、みゆばらの
るり原という、ここの言いという。後、村上城の言いである。

 『御叔父ゆ、おらるられ』という、芝語の言葉という。
これが、奈良の桜井の『御叔父っさ、ゆらっせる』という。
『さ』という言葉の使いという。世羅期の色相語という。
古い歌語のことという、色相語という。

 新潟村上の言葉の使いという、新潟の、おいしばれ、
という、色相しっくす、という、しっさすのされっすれ、
という。また、行く、村上という、奥津城ありさらる・
れろすのおろしそ、という。新潟村上の、おろれ春、
という頃の住まいとぞう。

 おろれ春の村上という、色相城という、村上城の
ことである。色相の城を『よべ』という、この世の辺り
という。『世』が場所を表す、色相の世という。
場所を自分という、世を自分という。自分がいる
場所という。おろれ春の言いという。
【奈良丹波市市東堂藩】
『世は、すばせりみ』という、『世は、いろすり』 と
いう、世の川文という、文を場所という。これが、
奈良県丹波市市(たんばいちし)藤堂藩の、
春せますら、という、藤堂藩の歌語という。
これらを、桜井管理下の桜井傘下という。

 これが村上の城の、かよふっくす、という、
そんしらる。らおすて、という。古語歌語と
いう、らおん・みっくす、という。藤堂らっせる、
ともいう。また行く、藤堂の春、という。
『春』が、言葉でもある、東堂藩の言いで
ある、いこんしま、ともいう。
【奈良桜井】
 この日の奈良桜井、大神神社という鳥居まで
水があったことという、緋海という、和船航法の
、みっぺつ、という、後、密行法という。和船の
航法という。柳原という、緋海の鳥居のある所
という。

 京都御所内の柳原という場所の掛かりという。
京都御所より奈良桜井へ行く和船という。みゆ
ばってすの・おりるら、という。和船ゆんかす、という。
『かす』が場所を表すことという、春日、春日井と
いう類の『春』という、場所の意という。この通り、
春日、春日井・・・・は、場所を表す言葉で、地名
という。

 これの掛かりが、ウオッカスという、今のロシアで
ある。古い日のロシアのことという、色相語という。
色相を尊ぶ言いという。春日ともいう。
【村上の春】
 村上の春という、村上の城の建つ前のことという。
後、村上城を建てる。大きな原っぱであったことという。
しつらんせらのお書きという。桜井管理の村上という。
この『管理』を、見る里という、看里。
村上桜井港の、看里ゆらすみ、という。由良原の
住まいという。ゆらっすらのそてしら、という。住まいを
『しら』という、村上の言葉という、芝語という。
【京都御所内柳原を阿部春(あべはる、あべかす)という】
 村上城が建った後の京都御所という、後に建つ。
京都山があった頃という、陸環礁のの京都盆地という。
京都市全部が山であったことという。京都御所の
柳原という小さな原に村上があるという。
これを、あべかす、という。あべの場という、京都御所の
柳原という。阿部。阿部春。あべはる、あべかす、と
いう。場所を表す言葉である。

 歌語の色相という、これより出る言葉である。
歌語のゆわぜ、という、歌語を介した言葉の解説
とぞそ。柳。
【私駄作、京都船歌】
 現京都御所東、河原町丸太町辺りを、春日と
いう。古い日の春日野という。丸太町通りより一つ北の
通りを、春日通りという。西大路通り一つ西の通りを。
春日井通り(佐井通り)という、これらの地名が、春を
おく京都の地名という。
 京都山の山麓の春日野という、京都山であった頃の
京都という。後、陥没する京都山という、一時、平地
より低い地になった所という、今の五条千本という。
後、千本通りが川になる。島原の鴻臚館という、船宿と
いう、その北の宮がある、古く石段があった所という、
宮の石段である。船の港という。祇園八坂神社という
、石段がある、船着き場である。石段下、西辺りが
池であったことという。
 八坂神社の東、円山公園に池がある、この池に注ぐ
細い川筋、これを遡る船という。少し隣りに丸い小山が
ある、ここへ船が行き、円山公園の池へ行き、ここから、
西の下へ行く、石段下の前の池という。この池から、今の
花見小路という、川であった頃という、ここへ船が行く、
ここから、西へ行き、大和大路、当時大和川という川で
あった、ここへ船が行く、大きな船の浮かぶ大和川という、
この川から、南、淀へ行く。後、少しの間、丸山公園東の
小さい丸い小山に船を飾っていた頃という。
 私駄作、京都船歌という、京都を船で行き来する頃と
いう。
 神社の石段が船着き場であったことという。そこらじゅう
の神社という。
二条所お書きという。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。
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出発4784 日本各地、色相 :イカスミ柳

出発4784 日本各地、色相 :イカスミ柳

他の拉致被害者の方、お元気で、帰国して下さい。
腹を横に書く。
【曲名】 出発4784 日本各地、色相
【今常】
そうきょうよい時です。
2022/07/14
【村上城、奥津城】
 村上城、その奥の奥津城、私の故郷という。
村上城から、長由奥家(ながゆおくけ)へ行く。
今の長岡市という。ここの、長由さり、という、
ちおさまの・らみそみ、という、新潟論得という
長岡のことという。ここでいて、また、奥津城へ戻る。
奥津城から、秀衡ヶ里という、すい芝の都という、
芝語を使う、とりらら、という場所の住まいという。
ここで住まう、ここから、おどんだっけす、という、
【岩手大槌、秋田、森】
今の、おでんしたの言葉の大槌という、岩手の
、あぱきかけら、という、おどんでんらんの言葉という、
そっくすれっく、という、おんつの、という言葉の使い
という。釜石の山の歌という、『春浅き、草やわら・・・』
という歌という、この歌の、ほゆふま、という、おどんでん、
という、なゆよってすの・るいさり、という。色相の言い
という。るい皿の地という、さられらの・るいはっ芝という。
はっすらの言いという、岩手釜石、大槌辺りという。
芝世羅の言葉という、おでんした、という。ここへ、
住まいする、後、秋田をいう、森恐れの行き住まう
、しょっつす、という、りんせらるうの・おいそい、という。
私の故郷という、恐れやらおっつく、りろせら、という。
森恐れの、るびさり、という言葉という。
【網走】
 この東北を、とんしる、という。頓知。ここから、
渡る、北海道の網走行という、当時、みそ闇という
地という。氷が立ち家のような氷の壁という。これを
越えて、網走のしそりろ、という、今の根室崎という。
ここの住まいという、かるせる・おっぱす、という。ちそりらの
・ゆいろんす、という、網走の言葉という。これよりの・おい
さま、という。北海道のさんてま、という。当時、ひめらま、
という。これが、兵庫県姫路城の、かいききねという。
網走の城の様という。
【兵庫県姫路】
 今闇浜をとる、るいしからみ、という。姫路城のあいおう
・とらせら、という、隣の相生城という、かんべらきのおりっ
さるらる、という。城のことという。これが、姫路のたよふまれ、
という。姫路ゆんとし、という。姫路城の祭る・たっすす、
という、今の、だんじき、である、だんじり、という。宇治の
だんとまの言いという、姫路よっとすのいさみる、という
言葉とぞ。姫路の『ぞ』という言葉である。『ど』ともいう。
『なんど』という、『なんだ』という、『なんぞ』ともいう。
この言葉が、網走の根室にある。姫路との関わりと
いう。
【姫路城かれら】
 この『なんぞ』という言葉が、姫路のかすっぽせい、という。
城主を『かす、かすっぽ』という、家老という城主という。
姫路城主のことを、かられる、かれら、という、家老のこと
である、城主のことという。

 この『かれら』が、『かおす』という、『かおして』という、
家老の仕事という、大遣りふりの・れおんす、という。
城主の言葉を、れおん、という、ひんみすの言いという。
かおする・れっそん、ともいう。姫路山の言いという。
これらが、網走にあることという。
「あーるらっして、せっさ、るおんる』という、姫路と
網走の言葉というねそうきよう・らっくす、である言葉とぞ。
ぞっそくの言いという。『なんぞ』『なんど』という言いという、
『なんだ』という意である。
【姫路、根室】
 『ろったけ』という姫路の言葉で、城を『ろ』という、
『ろったけ』という。釜石の『ろっくそ』という、城のこと
である。相生の『ろみそ』という、城という。
これが、網走根室の番外地を、きす、という。きす地と
いう。『きすひく、さきすき』という、すうすらすの・ろいしび、
という言葉使いという。
【山口健小萩】
 山口県小萩という、履きさびの・ろりすり、という。こ
この住まいという、網走ゆったし、を使う、れおしず、という。
山口県のことばを、れおしず、という。『だれんぞ、らってさ』
という、『さ』の言葉を使う 、『だれん』を『ときえ』という。
『ときえ』が自分である意とぞ。『ときえ、れいして、いっぱら』
という、りりせるの・るいはり、という。小萩の言葉という。
山口が、姫路、相生、釜石、網走に掛かることをいう。
れっゑ゜そのいりしり、とぞす。ぞっとすの言いという。山口の
言葉という、これを、さっけらという、みむすての・るいやり、と
いう、山口の言葉という。神戸、相生の言葉ともいう。
一部、神戸が使う、るいはまり、という言葉という。
【全国各地の神戸】
 神戸の奈良浜の、むひっさられい、という。この神戸、
各地の神戸である。『だれんぞ』という、自分の意という。
神戸の古い言葉という。
『だれんぞ、らってさ』
『ときえ、ゆっしら』
『私はおります』という、『私はいます』ということという。
ゆっきすの言葉ともいう。古い冠語の頃の日本という。
うおっかせられの・言いという。うおっこく、ともいう。
そうきょう・るっくすの・るいさってら、という。日本の主に
水のある辺りの所の言いという。海岸、池の辺りである。
神戸という、地名の意という、水の戸という、すいさりの
言い、という。城に堀がある話という。赤穂らっきす、と
いう赤穂相生のしろべら、という。東京の麹町城という、
新潟の奥津城という、村上という、ここの言葉である。
『らっかんせいらあ』という、らっくすの言葉という。
わりこっくす、ともいう。
【阿倍野割る】
 この頃の世界、なりらりのおよふら、という、世界を
およよ、という。世々(よよ)の場という。
『よろってさ、すみせら』という、『この世に生きます』と
いう意とぞそ。阿部ぺっすび、という、阿部春という、
これを、浪花ごりおん、という、阿倍野がそうである。
阿倍野の言葉という、浪花ごりおん、という。
『ゆおんてら、さってす、ろうりおんして、すいそっきり』と
いう、浪花よってその言いとりという。意が『塩手の山』
という、その山の景の言いという。しおらんぜら、という。
ごっきょすの言いの、しおら、という。塩田の掛かりという、
兵庫県明石、相生、芦屋・・・辺りという。
『ろうりゆってさ』という、『言っては・・』という意という。
これを、『ろうりよって』という京都御所である。

 また行く芦屋、みたよとのおし原という、またせる・
るらりさり、という。あしっくす、という、兵庫県明石、
相生、芦屋辺りの言葉という。
 そうきょう語という話という、ウォーレン・ラックスという。
【各地のそうきょう語挨拶】
『そうきょうよい御日で、柳っ所、ここに挨拶します。』と
いう、阿倍野、阿倍原の、かすべらべ、という、阿倍野
の挨拶という、桜井管理則という。

『お塩れら、そいとす、すずらす、ろりして』という、芦屋の
挨拶という。そうきょうれんとれの挨拶という。そうきよう語の
挨拶である。

『おしてす、るろそら、らるせられれ、そしらし、ろりよってす』
網走の挨拶。

京都御所の挨拶に使われ、『そしてし』という言葉を使う。
『わったせ、しおしら、そしてし、るい原、そしよし、すいすい』

浪花ごりおんで、
『わにしら、るりはら、るりるり、れおらせよ、といすり、らおんす』

東京麹町城で
『ういさら、れおっそし、すいみら、るいさり、るりさり、らみんて、
 ろりおってし、そっきょうす』という。

相生ごゆで、
『めてふら、めめせ、すられら、るりする、おっそる、れれそ、
 おっせらせら、るりはり、そっけらる、そっきょす』という。

姫路城語で
『そあてす、そうぞ、るりさり、めらせる、おりろっとし、うじす、
 そうきょうごっほふ、ゆめゆめ』という。秀吉の姫路とぞそ。

山口だんてむ
『ろほい、るみらら、ろりそり、そったく、えらす、ろりっさらる、
 そっこす、そっきょす』

沖縄情語
『むいらんしゃーれ、びんしゃる、びとすと、えんられいす、
 めんしゃーるら、めりよって、そっとす、そっきょす』
めんしゃーらーという沖縄情語である。

鹿児島しったん
『あるせ、らりるり、おらるる、みんすぅみ、ろせるり、
 しゃっばす、どんほめ、どんしょっくす、そっこす、
 そっきょうら』
西郷論という、西郷の言葉という、鹿児島の地という。

大隅語という、相偶(そうさい)の言葉という。つぎっしく、
という大隅語という。
『おいさら、れってさ、ろいすめ、うーりしゅーり、るっする、
 れおんしさ、るりらら、そうきょうす、おいそみ』

皆、安全を第一にする言葉の挨拶てす。
『お塩られ』という、芦屋安全である。塩を持つことという。
柳塩(やなぎしお)という正塩覧という。芦屋論ぜら、という。
ぜらを、是良という、ぜんせらのお言いという。
日本の地という、桜ゆんがら、という、桜日本のことである。
らゆんるっくすの日本という、べんばらのりりしら、という。
これを、そうきょう路という。路道覧のお言いとぞ。
この『ぞ』が、姫路の『ぞ』という、姫路らっくす、という、
姫路良語という。しょったられいの言いという。上の挨拶を
いう、うりひらの秀衡の挨拶という。豊臣ろっぱぶ、という。
家康のあんらべ、という、合わせて、ひでしょ、という。
古く、淀古城で用いていた挨拶という、山口だんてむの
挨拶という。そっきょうす挨拶という。そっきょうすの挨拶と
いう。

 家老の挨拶に使われるそうきよう語という。城主を
家老という、ゆうやるの御人という、そっきょすのもいすり、
という、家老のことである。
べっせま、という、まとんぴとー、という挨拶である。まっ
せらるうのお言いという。

 まとんぴとうという、東発語という、主に、山麓で使
われる言葉という、『おい、しゃーらー』という言葉という、
まとんぴとうである。沖縄情語の発である。首里遣の
一つという、琉球語ともいう。遠くの襟裳に一部ある、
まとんろうぞ、という、『ぞ』が姫路掛かりである。
まとんぴとうという、柳っ所官るる、ともいう、桜井そっくす、
という、ごゆっせら、という。

 英語のおくさつる、の言葉である。オクスンラックという、
オクスンフォックスという、フォックスラブという、オックスフォ
ード語という。『アイ・アム・リンサラ』という。
『ホァッツルドウ』という挨拶という。古い英語である。
『リンサラ』という、セーフティーの古語である。
サラセン・セーラルーという、サラセン英語という、ロンドン
・ファーリルーともいう。 スチュアートミルセンという、スチュ
アートの挨拶という。英国の王朝の挨拶である。
ダイナスティー・ベンパルという、カチュアート語という。
ブリタニア・ユージラーの言葉という。古いイギリスの
言葉である。英語のそうきょう語である。ウォットソックともいう、
ごぼせる英語というねそうきょうすうの言葉という。
『あい・あむ・サッスレー』の言葉という、リンサラの英語という。
『ウォット・ゴット』という言いをする、『アイ・ウォット・ゴット』と
いう、フリタニアのごぶっせらるうの言葉という、安全を期す
言葉である。

 ロシア語『ドッソス』という、安全の意である、ツングスラ・
キースという、モスキートの言葉という。クレムリンともいう。
中央アジアを含む話という。安全を最優先にする言葉である。
ドスキンの話ともいう、衣類の若着という、ロシア人の安全と
いう、ドスキンの着という。ロシア・ドスキンの衣類という、
若着という。

 中国の『ニン、コンヨー』『ニイ、コンヨー』という
『ニン、ホールゥ』という、安全を持つという意という、
中国のそうきょう村という、村
言葉という、さっちすのいろられのおこと、という。中国安全と
いう。緋語という、『ニン、ハールラー』に、中国そうきょう語で
ある。

緋母国の言葉という、『ニッキンピーラー』という、欧州連合の
言葉である、『今日は』という意味である。緋母国をヨーロッパ
という。
昔のアメリカ、ロシアという、
ロシアを、ウォッカスという、ピョートル大帝の頃。
中国を、時、という。
ヨーロッパを、緋母という。色相の言葉使いという、
アフリカを、ウォージスというねウォッコムともいう。
オーストラリアを、りりはま、という。
南極を、ぬんなれ、
北極をねびび、びびはれ、という。
地球を、ジ、という。表記に、Gというローマ字という。
Gツァリーという、Gを名名にとる、セブン・ランドという
色相の言葉という。

アメリカをいう、今のアメリカという、Gの国という、カナー
デラ・ロンルーという、アメリカ色相という。ウォッカスを、
ロシア色相という。じっそくの言いという、色相語のこと
という。古い頃の言いである。ロボット語という、色相
の言葉という。

 柳。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。
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2022年07月12日

出発4774 英雄 :イカスミ柳

出発4774 英雄 :イカスミ柳
【曲名】 出発4774 英雄
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/07/12
【エビの背綿】
 エビの背綿。エビの背に綿がある、黒い物で、
これをとる。エビの皮の柔らかい頃にする、この
エビの皮を、背中から、身をきらず、皮だけを
切る。そして、身をゆっくり、傷つけずに出す。
背綿をとる、後、エビの身を、皮に入れる。
生きているエビという。エビが、間違わずに足から
入れて行く。これを、やなぎ、という。エビのやなぎ
脳という。
【ヘルベルト・ブロムシュテット先生】
 この手の、音楽の御指揮という、先日のNHK
の放送という。ドイツ人の、ヘルベルト・ブロムシュ
テット先生の御指揮という。エビの手の御指揮と
いう。七色の音を出す、英雄の曲という。
色相の話という。
老練のえび手の御指揮。
【やなぎ】
 エビを使う寿司という、料理という。音楽が
少し掛かることという。やなぎのエビという。
やなぎ脳という、エビの脳をたたえる、やの山の称え
という。やなぎの出という、やなぎを称えることという。
人の脳の働きの中庸という、大事な部分という。
やなぎ脳の文山という。文章中庸のやなぎという。
脳の働きを、やなぎやり、という、やなぎみの・ポリス
という、やなよやの・ぴびしり、という。ポリスという、
地のことをいう。アクタスともいう。やなぎのことである。
【音楽のロック】
 エビの済む地という、ポリスソという、エビをポリス、
ウィッススという。ウイッススのエビの話という。
エビの脳を、ろい浜という、ロイスの言いという。
ロックスという言葉の一意味という。音楽にもある
ロックともいう。
【色相虫】
 エビを色相虫という、ブーゼラのブロスラという。
ブロムという言葉という。古く、エビを、ブローズという
ブロム虫という、ぶらせらのろいふり、という。
 日本のエビを、べめすめ、べっとめ、という。
ベルラルの・おいふり、という。後、機械の造り、
機械の使いになる。ドイツ人の機械文明である。
【スイス時計】
スイスの時計という、すったすの・エビ沢という、
スイス時計の称えという。スイスの手工業の
称えという、スミス・ルックスという、スイス経済の
よはめま、という。エビの手の工業という。
 エビが皮にはいっていく脳の使いという。
エビの組機械という、スイス時計という。
ドイツ周辺ヨーロッパの手の器用という。
器に用いることとも、ドイツの陶器という。
ドイツ人という、ふっせらのおゆさり、という。
全時ドイツという、地球をドイツという、言い
の地球という。ドイツ人のこうはく、という、
紅白であり、行白である。ドイツ人の行いと
いう、機械文明のドイツ人という。ロボタスと
いう。全時ドイツという。周辺国を入れた言い
という。ナッポス・ぶんずけ、という。ナポレーラ
の文という。
【仏教】
 色相の考察をする、機械になっていくことと
いう。やなぎ脳のこびひき、という、機械の造り
という。中心脳の働きという。

 仏教のいう『色即是空、空即是色』という、
機械が掛かる話という。ナムハーラという、
なんばすの言葉という。キナウの山のお絵と
いう、キエフのキナウという。きりせるの・るびふり
、という。るびっと、という、後、ロボットという。
ロボタスという。ドイツ・ラックスの山という、この
文という。
【東京麹町城の講義】
 この文一部、麹町講義である。麹町城と
いう、そこの白の午前の講義という。江戸の
スラソルの話という。スミッソ・レーテクのおりしら、
という、行白という。行いのことである。
【仏教、ロボタス】
 仏教の音楽に掛かりをとる、全世界の仏教
の音楽で、といふみ、という。この音楽のかかり
の色相という。仏教僧の衣類の色の話というる
色相の一意である。音楽の奏者、指揮者の
服装に掛かる、主として色をいう、これらの関係の
、はかせられ、という。後、はかせ、という、墓を
背にする歌という、はゆれら、という。古代の
大きな巨石建造物の墓という、イギリスでは、
ストーン・サークルという、日本の陵という。
ここの歌という、音楽という、えびらせ、という、
えびすみ、という。エビの脳の歌という、ウィッスス
の歌という、エビが立って、足をする、指揮者の
指揮の手という、エビ手という、ロボタスという、
破壊のロボットが掛かるドイツ人の指揮者という。
【全西インド諸島】
 地球を全西インド諸島という、少し新しい言いの
頃という。そこのソウルという、魂の意のソウルという、
音楽に出たことという。後、掛かりが共産主義に
掛かり、脳よりの言い頃という、チェガッソーの、
チェック・ギブソンという、チェソカーの出という。
チェリらるのおりらら、という。チェックセックの音楽と
いう、キューバの音楽という、その一つである。

【桜井おさまき】
 後、東京の丸の内交範城という、九段坂という、
そこに、ジヤンボ・ジェット機が降りたという、
丸の内交範城のロボタス地という、丸の内城の
話という。東京城並びの頃のことという。
桜井おさまき、という。まきの頃の、あげまく
・まきふき、という。ろうんと勢の・しょいぞき、
という。わっしょい・かっくすのお絵という。
ジャントラの・うぃっしず、という、ブロム虫と
いう、えび勢やりふみ、という。エビの話という。
桜井管理のことのゆよやよ、という。桜井管理の
話という。

【ワックス】
露の地球という、つゆの地球という、露国という。
アメリカを露という、古い頃という、後、アメリカ
を雨の国という。天候のつり、という。露降りる
アメリカという、雨の国という、レーン・バーゼル
の呼びという。雨をやます国という、アンルラレ
ルのるりおり、、という。古いアメリカの国の名
という、雨の国という。後、雨の国を台湾という。
雨状の地球という。レーダスのらんぜむ、という。
ラムンセルのおりすら、とぞ。らってすの・るい
さみ、という、アメリカの国のことという。
ワシントンのモスキートという、三角屋根の
自然石の造りという。アメリカのワシントン市と
いう。巨石の自然石の造りという。ワックスの
はこしょ、という。古い日のワックスという、
ワシントンの名という、らむらすの・そいすり、
という。巨石時代のワシントンという。
ワシントンのピラミッドという古い話がある。
ワックスという三角屋根という。アメリカをロシアと
言うた頃である。ロシアを、ウォッコスという、
中国を、時という、ゴンドワナを、チュッセという、
アフリカを、ブケトレ、という。ヨーロッパの
フッカラ・ソックスという。イタリーのミラノの
かんさめ、という。全伊地球という。世界をイタリア
という、りろ花の言いという。
 色相の地球という頃の言いである。頭脳の話ともいう。
やおすいともと、という。英語の、オリジンである。

 後、録音。 私講義20220712
http://otoko.org/2022/20712_001.mp3

http://otoko.org/2022/20712_02.mp3

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。
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出発4772 4770の続き添え :イカスミ柳

出発4772 4770の続き添え :イカスミ柳

他の拉致被害者の方、お元気で、帰国して下さい。
腹を横に書く。
【曲名】 出発4772 4770の続き添え
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/07/11
【歌詞解説】
 色相という、音楽の色相という。音に色をつける意味を
説く御曲という、ベ゛ートーベーン先生の『英雄』という。
色相の曲という。
 中心脳をよる曲という。脳の中心を、たきゆき、という、
単に、たき、という。滝。ここの働きの一部分という、働きの
一つという。
 脳に色幕という部所の、中心脳の一部所である。
そこの・さいき、という。中心脳のわずか小さな一箇所と
いう。ここの働きである。音と色とが、一瞬、重なる時と
いう。この働きの、ときやきふり、という。脳を、もりさり、
という。この脳のういさい、という。『ういさい』が、『しょさい』
をとる、たかゆきのたいさら、という。脳を、高所という、
これを、たかゆき、という。人名にもたくさん使われる言葉
という。たかゆきの。ういされすき、という、働きのことである。
 この働きの、色彩をとる音という。音に色彩を感じる脳
の働きという。これを曲に入れる、『英雄』という曲という。
 きわだつ山という、やりすりの・てよふみ、という。色相と
いう、音楽の、とたした、という。後、舌の働きを出す、
中心脳の働きという。これが、音楽に入れられた、
『英雄』の曲という、色相の音楽という。真ん中の
楽章という、この前半の終わりの前ほど、前半の
終わり前の所という。音が七色になっていたという、
私の感じ方という。色相をとる脳の働きという。
第二楽章の真ん中少し前よりの所という。
 少し強い音が出た所という。色相の音という。
音楽の一つの感じ方という。脳を称える場所と
いう。脳の、とき山の、ちよいよ、という。これが、脳の
時間を感じる働きになる。チュ心嚢の一部分で
ある。これを、曲にした『英雄』の曲という、ペー
トーベン先生の御策という。ドイツ脳の表しである。
 機械の脳という、機械を作り、それを、めでる脳の
という。ドイツ人の脳という、国の名で表す、脳の
働きの表しという。機械文明という、ドイツ文明と
いう。音楽の色相を出す脳という。代表を、ドイツの
国名で表す、私の書きという。

 アメリカけんさめの脳という、アメリカの絢爛闇という、
ここの地の脳という、脳使いという。アメリカ人の、
きかきき、という。アメリカ脳のおろられ、という、色相の
ことである。
 ロシアのツングーという、ツングースクの地の脳の使
いという。モカクワらんれる、という。色相の働きという、
色相のことである。
 アフリカの、ともれ、という、色相のことである。
 アラビア・ゴンドワナの、ちったす、という、色相の
出しをする、地の音楽という、後、アラビアの脳学
になる。
 インド、インドシナの、ちわんす、という、色相のこと
である。踊りに出てくる、てんとく、という、色相のこと
である。
 中央アジアの、ちよらみ、という、色相のことである。
 オーストラリアの、いっぴし、という、色相のことという。
カンガルー、コアラの、キーリルという、きっさむの・
くよっすず、という。ちゅっさか、という場所の音楽という。
崖のような所の地の音楽にある色相という。
 中国の、のっかる、という。中国の、とよふり、という。
これが、胡弓の使いをする、色相のきしふし、という。
中国の音楽の胡弓の色相という。
 南アメリカの、くいはり、という、後、ブーラズーという、
ロシアのいっぽき、という、ロシアという脳のききふき、と
いう、色相のことという。
 ヨーロッパの、るりらら、という。これが、ドイツをだして
いく、ドイツ代表和いう、脳の色相の働きをいう、ヨー
ロッパの機械文明という、ドイツ代表という。スペインの
浜という、ふっさるゆまの浜という、ここの地の色相を
出す音楽という、ここに、みよはり、という場所という。
スペインのといしら、という。リスボンのがやふり、という。
ロシアの日のとぴさぱ、という。ぜったく、という、ろんらる
のオロレラという、オロシアのれるほる、という。これを、
全欧らき、という。ドイツ・ロースのれろはな、という。
ロシアのゆま浜という、日本らっくす、という。
リスボンと日本という、行き来の頃の、はざるら、と
いう、リスボンの崖のある所の音楽という、色相という
言葉を使う場所という。このワーロッパの書きの部分
のロシア、日本のことという。ロシアからきましたという
、ロシアからも言った人という、若い人という。
全日露という、これを、日本という、日露という。
日本のことで、ロシアという。日露の意という。
日本とロシアという意味もある。これが、色彩をいう、
音楽の色相という、音楽の見という、音楽語である。
全欧ロシアという、これに、アメリカも含まれ、日本も
含まれ、世界が含まれる、色相の言葉使いという、
脳の中心脳の一部分の働きという。
 脳から世界の見方という、色相から見た世界という。
言葉使いが全部々になっていく、中心脳の見方という、
中心脳が見る世界という。
 昔、アメリカをロシアと言うた時という、カナダを韓国と
言うた時という、中国を、時の世という。これが、後、
中国を、全時中国という。ロバッセルという、露用の
言葉の色彩という。色相の出という、中心脳の働き
という。ブーズーらんれる、ともいう。ブーズー脳という。
今のアフリカのことという。オール論という、色相の曲
からの考え方という。『英雄』という曲である。
オール・ロシア・べんらる、ともいう。
 古い地軸が代わっていた時の世界の呼びという。
全時ロシアという、全米という、全英という、他の
国々の全時の言いという、全カザフタンという一例
である、地球のことである。全日本ともいう。
オール・フランスという、オール・ポルチュギースという。
オール・アフリカという。地球のことである。
 全部、実現していることという、今の世界という。

シベリア・ランデーという、シベリアのめでを、ろっくそう、
という、ろくたれ、という、このまま、シベリアの呼びで
ある。

 音楽という、曲の流れという、曲川の世界という。
色相の共通という、この意味が、第三楽章である。
世界を、曲で表した章という。ベートーベン先生の
御策という。『英雄』の第三楽章である。世界を
表したという、色相を表した仕様という、色相の
説明である章という。色相の曲という、私の感じ
方という。

 シベリアにこれを実現する、カンサス市という、
色相町という、シベリアを、しきかる、という、
色の地という。モスクワの紫雪という。アメリカ・
カンサスの、きみっさき、という、きみさき、という
場所の紫雪という。紫雪が降った場所という。
世界各地にも紫雪という、代表を、シベリア・
カンサスとアメリカ・カンサスにする、カンサスの
雪という、紫雪である。地球が若かった頃という
表しの、地軸が代わっていた頃のことという。柳。

 アメリカの、ワシントン・モスキートという、ワシントンの
紫雪という、この雪で作った絵の具、雪絵の具という。
アメリカの地層にある紫の地層という、ワシントンの地層
という、首都ワシントン市である。紫の桜という、
紫の地球という。全地球に紫色の雪が降った話という。
ウズベキスタン論べく、という。ウズベキスタンの
音楽という、色相という音の出しをする、中央アジアの
国という。

 色相という、現在のコンピューター・ミュージクのソフ
トにもあるものという。桜。
駄作者の話という。

 色相、音楽は国を超えて、という、世界の音楽を
色相で表す、地軸の代わっていた頃の言いという。
全ウルグアイという地球という、ウルグアイ・バックスと
いう、うるせらの言いという。
 全西インド諸島という地球という。西インド諸島の
白黒混ざりの雪という。この頃の音楽という。雪の
仕様がそれである。西インド諸島の音楽という。
ソウルという言い方をする、ジャマイカのれっとく、
という。れっとく音楽という、ブエランディアという、
ブーブースのおりとり、という。西インド諸島の
音楽である。
 トライアングル論という、トライアングルを使う曲と
いう西インド諸島の音楽という。この曲に、色相が
出る、トライアングルを色相楽器という。
オール西インド諸島という、地球のことという。
この西インド諸島を、チルという、チラシアという。
アメリカが出るちっさく、という。らおんの場という。
ロール・ランデーという、オール・ランデーのことという。
全世界をめでる御学という、西インド諸島の音楽
である。
 私は西インド諸島の原人という、原始人という。
ここの近くの海という、魔のトライアングルという、
色相海という。トライアングルの楽器の掛かりと
いう。間の楽器という、間楽器という、トトライア
ングルの音という。かんままきのいとしり、という、
いとすり、ともいう、トライアングルのことという。
西インド諸島に全欧があるという、音楽のこと
という。音楽の発生場所という言い方を、
キュロソの律という、複付点を使う曲という。
西インド諸島にある音楽という。

 トライアングルの音の表しが、キュッポルという、
キュッポラーの音という、トライアングルの音である。
複付点の音の長さという言い表しという。

 全欧ロシアのキュビソラという、これが、西インド
のロシア・ラックスという。ロシアの音楽が少し掛かる
ことという。アメリカの話という。
アメリーラという音楽というね色相の使いの曲という、
ルーラン・ファールラーの磯色という。海岸の紫の
浜のある頃という。地軸変わりの頃である。
色相をとっていくひに、世界へ出て行く音楽という。
西インド諸島の音楽が世界にあることという。
全西インド諸島というね地球のことである。

 中心脳の働きの話である、音楽より見た話
という。

 キエフのキナウという、地球の音がでていた場所
という、たくさんの動物がいた所で。隣の中央アジア
という、ウズヘキスタン、カザフスタン周辺を、月の国
という呼びの頃という。
 アダメスカスという円盤という、ロシア文字が書か
れていた円盤という。後、宙間論という。
あだられのおわれさ、という、円相のしきゆら、と
いう、円盤のことである、色相飛という。円盤の話
という。音の速さのことという。これをとる円盤とい
う、今の飛行機の速さの勘定という。色相飛行と
いう。カラーという話という。カラーラという色相
飛行という。

 楕円の底にバイクが乗っている船という、今の
モーターボートにもこの装置がある、色相船という。
音楽掛かりの船である。ファンソムともいう、ソウル
レーラの船という、音楽のソウルである。色相能
の音楽という、ソウルという。西インド諸島という
場の出という。日本胡弓の、三味線の形の
胡弓という、これを爪で弾く弾きに出る色相の
色音という、色相弾きという。ピアノでこれを表す、
ケロッソンという、ロルセロという。チヤービスの音と
いう。日方に爪先を使う、ピアノの弾きという。
色相が出る話という。

 爪の色合いを、きゅっかか、という、かか色と
いう、爪を大切にすることという。つとすれの・ろり
おり、という。ピアノの音色という、胡弓の音色という
、言葉に色という言葉がでる、音楽という、色相の
言葉の発展という。

 『英雄』の曲の第一楽章という、ランディアという、
らんべすの言いという。ランディアのめのふら、という
場所の丘という、ベートーベン先生の御出という。
第一楽章が、その地方の表しである、私観。

 地球和国名で表す場合という。言葉にとれば、
全英という、英語のことである。全スペインといえば
、スペイン語のことである。全独という、機械文明の
ことという。 地球を全日本という、陶器のことという
ジヤパンという、フィンランデルという。

 フイランディアの音ゆと、という、フィンランデルを地に
とる、フィンランディアという。音楽のファラスリという。
色相の空にとる、オーロラを礼にとる、オーロラの色相の
曲という。フィッツという言葉がそれにあたることという。
フィラシラという、失速の意という、円盤失速の、円盤
飛行という。失速したように見える、変位した円盤の
飛びという。色相飛行という。ピアノの連弾で、音を
変えて弾く、という、それぞれの速さを変える連弾琴
という、音に色艶が出ることというね色相の一つという。
円盤失速演奏法という。

 円盤の機体の文字という、漢字を立て半分に切って
、その半分を使う、円盤の機体という。例えば、『帝』
という字という、これを立て半分に切った半分の字と
いう。主に、高速の円盤という。昔の乗物である。
アダムスキーという円盤という、この字が書かれている。
脚のついた円盤という。自動車のハンドル様のもので
操縦する。

 バイクのハンドル様で操縦する、アダメッキスという
円盤という。主に長中距離に使う。スタンレーという
円盤という、トラック・ボールで操縦する、主に長距離
に使う。

 燃料は、さまざまある、蝋燭、油、燃える土、・・・
・・・という、原子力もある、水素動力勿論である。
輪を立てる、自転車のタイヤの着く輪という、この
ような漢字のものを立てる、中心が座席という、
二つの輪を立てる、真ん中に座席という、速さが
色々ある、自輪高速という乗物である。

 機械式シャッターのカメラという、電気を使わない
ものという。電気を使わないコンピューターという、
ワープロという、カメラ技術の応用である、画面が
木の樹液、葉でてきている。このコンピューターが
ある。昔の物という、今のコンピューターである。
時代を古くして行けば、今より発展していると
いう、全部、完成しているものという。昔、
使っていたコンピューターを今使っていること
という。

 原子力自動車、ハンドルのない車、自動
運転の自動車、昔あったものである。
家庭用の原子炉もたくさんあったことという。
どんどん作ればよい話という。ウランも作られたもで
ある。太陽光発電、原子力発電、併用すれば
よいことという。昔の我が家という。放射能の缶詰
という、放射能のある場で栽培された野菜という、
これも昔のものである、使用済み、という、よく食べ
ていた。放射能野菜という、食べ物の一種である。
原始人の食べ物という。

 皆、色相の考えから出るものという、中心脳
の働きという。中脳という、中心脳周りである。
コンピューター・ミュージク・ソフトに色相という
物があることという、今のソフトである。色相の話と
いう。

 音がさざなうという、細かい音符を使う、昔の
音楽という、今のコンピューター・ミュージクに多用
されている。昔の音楽である。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。
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2022年07月11日

出発4770 楽吟の境 :イカスミ柳

出発4770 楽吟の境 :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発4770 楽吟の境


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2021/04/29
    造詞、冴柳小夜・正     2021/04/29
    監修、そうきょう連      2021/04/29
    挿絵、香 淳時正             2021/04/29
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
  バンドプロデューサー  カワイ社
【歌詞】正里
美しい故郷の野原 いつきいずら
歩み回る野の由良 沈む夕日
きらめき 野を指す 明日ある渡り
くる陽の世 しずく 陽の涙
由良渡る 落ちていく陽
はなゆび 沈む

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2021/04/29
【歌詞解説】
 指揮者が境地に達したたとえ。
学巻の気という類のたとえ。
 夕日にとる野馳の陽落ち沈む景の、よまれら、
という。景色を読む、という、しぞ山の言い。
しぞる・けんてせ、という、さっくす・くっく、という。
料法による、しったのいそよる、とぞす。
 音楽の指揮者が境地に達するというたとえとぞす。
らっきんの・ふめゆみ、という。老境の・そりたり、という。
ドイツ楽吟という。らくぎんの屋のお書きという。
本文という。柳。
  
そうきょうよいお書き。

【】 

NHKテレビ。20220710夜。
 本晩、見ました。NHK交響楽団の番組。2019録画。
指揮者、ヘルベルト・ブロムシュテット先生、NHK交響楽団
団員先生方。
ベートーベン先生作曲、『英雄』
 指揮者ブロムシュテット先生、老境の指揮者。
以下、音楽不知、私の感想。失礼なき程。
 全く、音楽を聴かない私の感想です。
素晴らしい音楽でした。一箇所、本の1秒以下
の時間、七色の音が出ていました。私の表し方です。
時を知らす仕草やら、私の見方ですが、2ヶ所あり
ました。私の感じ方です。
 ドイツ人の音の表し方とか。七色の音楽という、
表しの音楽です。ナマで聞きたいものです。
最高でした。演奏者の方々の素晴らしい音のだし。
立ち上がる弓々、壮観です。また、機械あれば見ます、
聞きます。
 老境の指揮者、わたれゆら、という、陽の渡りの
御指揮、見事見事です。失礼なきよう。

 ブロムシュテット指揮者先生、楽団員先生御方々の
末長い御健康をお祈り致します。

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天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。

柳、黒。
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽