2022年06月07日

出発4550 光仁機 :イカスミ柳


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音楽
【曲名】 出発4550 光仁機


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/06/06
    造詞、冴柳小夜・正     2022/06/06
    監修、そうきょう連      2022/06/06
    挿絵、香 淳時正             2022/06/06
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
  バンドプロデューサー  カワイ社
【歌詞】正里
雲ケ畑の一粒屋に住まいし きよきよ
朝起きては見晴らし そうきょうは神峯山寺へ
ともに行く機 推喬機と光仁機と 隣に見てる
光仁機は旭受けて 輝く見え 先へ行くと
合図し 後 推喬

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/06/06
【旅】
 京都市雲ヶ畑から、空路、大阪府高槻市神
峯山寺へ行く。推喬機と光仁機。光仁機という、
三角の翼のジェット機で、途中、先に行くジェット
機という。推喬のこうとれ、という。天皇の機という、
私の機である。後につく、推喬さんの機という。柳。
【大阪高槻神峯山】
 すぐに着く大阪高槻の神峯山という、今も山の
中という。三角の羽の喜びという、ジェットキの羽
という。これが今もいわれる、大阪のみよやり、と
いう。大阪山踏(やまふめ)の言葉とぞ。
【滋賀堅田浮御堂】
 山踏という場所のことの縁起という。推喬さんが
やってきたという、高槻のいいりり、という。いいりり
という、わよ、という。これが、『そうだわよ』という、
堅田(かただ)みんぼす、という言葉という。
『そうやわよ』ともいう。これが高槻の堅田の言い
である。推喬さんの言いという。これを、滋賀の
堅田がいう、滋賀の浮御堂という。浮御堂辺り
の言葉でもある。滋賀のうきふみまる、という。
浮御堂の船の行き繰りという。れるよんとそ、
という。

 これが船をよる、これすり、という。船山のれろ、
という。この『れろ』が、高槻の宮の言いである。
高槻宮から行く神峯山という。ここへ船で行く。
ふなやまれの・きよきよ、という。川路の言いの、
清川弁という。御叔父御上の御言葉の『れろ』
という、この『れろ』の意という、高槻宮の御叔父
御上という。推喬さんという、雲ケ畑の神社の
住まう推浜(ついはま)という。山の中の浜という。
この浜から飛行機で行く、高槻神峯山という。

 光仁天皇勅願所という、神峯山のことという。
神を『か』という、大阪高槻の言葉とぞそ。この
高槻のいつみつ、という、りよよんの・みのんふ、
という。言葉を『みのん』という。これが高槻の
方言である、そうきょう語の放言という。桜。
【大阪、共通語】
 大阪を『まれるぎ』という、みのん・そうふれ、
という。『そうふれ』という、方言のことである。
方言を『そうふれ』という、高槻のみのんという。
これが、みのん・そうふれ、という、れよよんてす、
という、京都れよん、という。京都の、みのん
さっく、という、れっぺすのおいとい、という。
れむんさっく、ともいう。れべせるの・おいとい、と
いう。『おいとい』が共通語に充る言葉である。
れべせるの共通という、『れべせる』が、言葉と
いう意という。共通語のことを、推喬語という。
この期のことの言いという、この期の言葉で、
共通語を推喬語という。これが親王の、さし
かりす、という。親王のされたことという。我が
御叔父御上である。あの家系図にのって
おられる御方である。推喬さんと仰る御人と
いう、若い人の言葉という。若い人も推喬さ
んという人である。
【推喬機、光仁機】
 推喬機に乗る人という。光仁機に乗る人と
いう。天皇の名の機になる、光仁天皇という、
若い人のことである。推喬さんに連れられて
いく光仁天皇である。光を受けた機という。
ジェット機の丘という、推喬いそぎ、という。
推喬さんという、光仁機に乗っている人と
いう。これで、飛行も推喬さんに連れられ
て行く光仁機という。楡。
【高槻の宮】
 高槻の宮という、やむよまの宮という。また
行く神峯山寺という、勅願所という。願をた
てて、自分が願を受ける、勅願という、光仁
天皇の話という、若い人のことである。これが
天皇のふみやまり、という。天皇行幸の山里の
家という、ふみやまり、という、天皇小録という
、やむせられた言いという。光仁天皇という
若い人のことを、やむせ、という。後、影すられ、
という。後の、影兵衛という。かんてんはくらく、
という。はくらくという、れむてらの言いの、影
兵衛という。これを、にむまら、という、にんまら
、ともいう。にんまりするという、影兵衛の頃の
言葉の出という。言葉が富山(とみやま)の
言葉である。古き日の、富山(とやま)の富
山(とみやま)という。鮫。
【富山】
 山の影を富む場という。富山の名の意と
いう。影兵衛のお付けられ、という。桓武天
皇のお付けである。富山という地名という。
 古き日、雲ケ畑という、ここを、富山影(と
やまかげ)という、とみやまかげともいう。
【影兵衛】
 これを、神峯山という、山寺の、よまり、と
いう。これが、後を、てんそわれる、という。
御所のことの言いのいわされ、という。いわされ
の御所という、高槻宮の言いという、高槻全
般の言いである。高槻山お書きという、影兵
衛やりふみ、という。けっぺらせんかる、という。
影兵衛を、けっぺし、という。桓武けんらく、と
いう、よいふりの・おいそい、という。これが、
さて山の言いである。

 このさて山をいう。全国の影の言葉をむせ
ばく、という。影を、むせ、という。そうきょうろん
てす、という言葉という。そうきょう語である。
桓武天皇を、けよすら、という、そうきょう語
である。これが光仁天皇をいう、きっぱくの・
てんらむ、という。光仁の絵という、神峯山寺
のことをいう。光仁天皇勅願書という、きん
せら・れいてす、という、勅願の寺のことを絵
という、お絵という。れぶんせっくすの言いと
いう。えぼんさあむめ、ともいう。
光仁天皇のお話しである。飛行機の話と
いう。ひっぱのやのおきゆま、という。これが、
この話の名である。このお書きである名とぞそ。
飛行機と天皇という、若い人の旅の話という。猿。
 
 羽に切り込みが入っている、これが光仁の言い
である。
【光仁の名付】
 これが、大御婆さん、*******の大御
婆さんの御歌である。夢らむの絵という、おおゆまの
石尾遣という、石みしのるりおり、という。後、織物
の出しをとる、ゆまはなのりりせる、という。大御婆
さんのおん出である。****大御婆さんという。
一緒に雲ケ畑にいた日という。家族全部、雲ケ畑
に住んでいたことという、後、親戚の人々とも住ん
でいたこととぞまおもうす、いみしばの言いという。
大御婆さん御名付の光仁という。この村の人々の
名前という、光仁天皇という村人のことである。
光仁のきりな夢という、夢のこきゆみ、とぞそ。
天皇という、山の上の方のことという。これで、
天皇山という、後、山の一山を、天王山と
いう、天王という天皇のことである。山のことである。
 この後、令和という、令和朝という、若い人の雲
ヶ畑時代である。雲ケ畑の頃という、一粒屋で
いつも朝みていた太陽という。下へ降りて、空気を
、する、という。空気のことを『する』という。この言い
の頃の雲ケ畑という。大御婆さんの御教えである。

 『するさかう』という、空気を吸う意味である。
光仁朝の言葉である。後、しもゆらのお御所という。
ここでつかう『するさかう』という言葉という。しもゆらの
お御所という、今の京都政幕(せいまく)という、
幕府の頃の御所である。めのそめの言いを使う、
政幕という。この頃の幕府である。京都政庁幕府
ともいう、天皇の勅下の幕府という。まるせらるうの
ゆいよん、という。京都御所の幕府でもある、江
戸の皇居の幕府という。にんかわれる、という、幕
府のことである。

 天皇という花木京という、花山のおいさいという。
ゆいよんてす、という。あよ浜のてんそる、という、こ
れを、天当という、天皇のじょっかわ、という。じょんす
らの・ろりろり、という、これを、よってす、という。

 天皇を『たもれ』という、これが、さみそわの言いと
いう。たもれす、という、たもれして、という、住まいの
ことという。紫宸殿という、雲ケ畑の推喬神社の
一粒屋という、推喬親王のおせゆり、という。
後の、こうはんきゃら、という。きゃらはんの出という。
手の甲を守る、きゃらはん、という。ぱっとめ、ともいう。
光仁期の頃の作りという。御所きゃらはん、という。
らっぺそっぺの意味という、こうはんきゃらのことである、
らっぺそっぺ、という。天王じょんこみの言いともいう、
らっぺそっぺのことをいう、こうはんきゃらのことである。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。

柳、黒。
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽