2022年06月08日

出発4552 そんとみ :イカスミ柳


他の拉致被害者の方、お元気で、帰国して下さい。
腹を横に書く。
【曲名】 出発4552 そんとみ
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/06/07
http://akinokori.sblo.jp/archives/20220601-1.html
【京都市雲ケ畑】
 らっぺそっぺの言い、これを、そんとみ、という。
雲ヶ畑のいそゆま、という、一粒の屋という。
みよよっぺせ、ともいう。推喬神社の中の一粒の
屋という。階段上がってすぐのところという。

 この小さな屋に住まいをした、そんかけ、という。
童謡の、『いちかけ、にかけ、さんかけて、しのきばや
しの、ごやおかけ、むりむりやあさん、どこへいく、私は
九州広島へ』という、色んな歌詞がありますが、思
い出したところで、間違いはないとおもいますが、・・。

 この言いの、ごやおかけ、という。ごみそろ、という。
雲ケ畑もんぺす、という、めるよってすの・いびしび、
という。またよたの・あってすったか、という。これが、
といらくの・れほる、という。柳。
やっぱれいすくの・いもそみ、という。たあれるろわん
の言いという。こっこくすの・もてふみ、という。とわせ
らの・とんけく、という。これを、てっさみ、という。
ろろよんと、という、れっべせの・あいそり、とぞそ。
といさまの言いという。さってすの言いともいう。

 これが、そうきょう語をとる、京のすよすよ、という。
そうきょうろっくす、という。ろっぱのくいさい、という。
『言葉を食べる』という言いをする、れほるのいそゆき、
という。この『ゆき』が、言葉の対応という、たいする、
いとみす、という。れるおってす、という。みよたっくすの
ぺぜせ、という。みよよっての・かんすらく、という。
これを、ろてんぺっさび、という。御所こんけす、という。
おちゆちの・いとよす、という。これが、皇居の話という。桜。
【芝の皇居】
 うちがいた皇居の、たっぱれ、という。皇居を、
たよしば、という。これを、芝の皇居という。
 今の、たつみら、という。これが皇居の言いという。
皇居にいるときに皇居を、たつみら、という。
この『たつ』を、竜菊という、古く、柳菊という。
これが、柳の顔を『む』という、むれすれ、という。
後、むうひと、という、柳の顔を、りゅうがん、という、
柳がお、という、むうひとの言いという。のち 、『むう』
を『むつ』という、これが、『むつひと』の名の興りである。
【睦まじく】
 これで、『むつ』を睦まじくという、睦弓のことの言い
そり、という。めるん、という、めっべすの・おりこる、と
いう。睦まじい人という、光仁天皇という、村人の
ことをいう、むつりやまふり、という。村の人と睦まじく
という、睦人の言いの謂れという、名前になる言葉と
いう。楡。
  
 これの論が、めってみし、という、めってる論という。
睦人の語論という、睦人の言いの言葉の説明という。
後、めるせれ、という、れんてすの・いとみす、という。
これを、れてさめ、という。ばんせる、ともいう。後、
睦夢日々という、むつれの山のお絵という。
これが、光仁機の造りの文である。

 光仁機を作る人という、光仁やっぱし、という。
『やっぱし』が作る意味である。らるんてす、という、
ええるそん・ふぉっくす、という。えるらるの・るいらい、
という。これが、これが後、るい、という、るいみその・
えとめら、という、るいぱっくす、という。
あるーふぁーるんらーの・あるさい、という。ゆみさりの・
ありすまら、という。
【明治天】
 めいじてんとし、という。これが、明治という空
の名前という。空を名付という、空の言いの明
治天という。空が明るく治まっている状態という。
これに、明治世(めいじよ)という言いをする、
明治天発という、ジェット機の空のことをいう。
明るい空で、見透しのよい空をいう、この時の
ジェット機の発という、神峯山へ行くという、
わかゆき、という、若い人の行きである。
これさんゆきの山という。鮫。
 
 山を、とてすま、という。とてすま山ふらのお行きと
いう。神峯山へ行く、ひなやまのおしうし、という。
ひな山越えて行くという、いばせらのおいそい、と
いう。これを、むいるみ、という、むい槍の越えという。
むい槍が枚方山のことである、枚方大山という、
大きな山で、ふいさまのゆりふら、という。
5000以上ある山である。京大山という、これより
高い枚方大山という、平弓原由良という、
ひっびしのおいれ、という。これといの夢という。
これが枚方の名の謂れである、ひっびしの夢という。猿。
【秋芝る】
 秋芝るお揺れ、という。秋行きの・といらみ、とい
う。あゆんよんてすの・事弓、という。琴を芝様とい
う。芝様謂れのお書きという。芝という言葉のこと
である、言葉を芝という、大阪高槻の神峯山寺と
いう、ここの言いという。そうきょう語全般の言葉で
ある、芝という。

 秋篠由良文という、ゆゆよんての・おりよっくす、
という、ゆゆてす、という。これが、芝語という言いの
言葉由良という。言葉を使う所を由良という。
秋由良ふらべ、という、べもんてら、という。これが、
『べ』を『辺(べ)』という。この『もん』が『門』である。
べもんという、そうきょう語の、あきゆらみの・えれそれ、
という。えるらる・おりしば、という。
【高槻市神峯山寺】
 光仁天皇勅願所という言葉が使われる門という
大阪高槻の御門である。これをとめる神峯山寺と
いう、とどめるとめ、という。とめるという、おくという意
である。神峯山寺の言葉使いという。とどめるえん
とれ、という、るりらるのおんりそ、という。これが、朱
塗の紋の謂れである。とめゆらふご門、おん門と
いう。お寺の御門という。古い謂れのお寺という。
秋篠身の言いという。秋篠の宮ふらる、という。
【秋篠】
 推喬機の秋篠の人という、推喬神社の謂れと
もいう。秋篠りん落という。秋篠落ちのじんたく、
という。秋篠のみそれぎき、という、話を聞く人と
いう。これを、菊秋という、あいらくの・るいはり、
という。『はり』が場所を表す言葉という、針と書く。
これが、としやりの言いという、針という、場所という
意味で使う言いという。よいふま、という言いでもある。

 針ヶ小路という、こっしゃる、という、こい芝の言いと
いう。いそるられ、という。りみとし、という、らぶんせま、
という、みそたみ、りるてる、るいしら、れっせせ、と
いう。針ヶ小路という言葉使いである。

 また行くお寺という、神峯山寺という。懐かしい
寺であるります。『あるります』という、古い寺の
言葉という、やむせらの寺ゆや、という、言葉遣い
である。あるさんつうの言いという。

 『あるりますやってさ』という、『あってゆって』とい
う、光仁朝の言葉である。光仁天皇の言葉使い
であるります。後、『あります』という、これを、るり
ひぶ、という。れれっさという、れらっさ、とも。
ありすっきる山のお書きという。
【全国の秋篠という場所】
 秋篠林の寺由良という、秋篠のあれさっきさ、
という。秋篠歩きの寺という、秋篠の歩きという、
秋篠の木がある、あるきふま、という。秋篠林の
るめすま、という。ここをねしのるら、という。むみ
さらの・ありすみふみ、という。これが、寺の意味
である。私の秋篠名という、秋篠というおみ山の
名である。全国至所に秋篠という場所がある。

 これが、秋篠という名をつけた日ぃのお書きと
いう。土地所の秋篠という、高槻を、秋篠めら
る、という。隣の茨木を、秋篠ゆん、という。
京都伏見の桃山御陵隣を秋篠村という。
そこらじゅうに、秋篠という所がある。光仁と
いう人である。その人のお付けである。
【明治明示】
 秋芝の世のお書きという。古く明治という、
明示のおん門という、お寺の、明示という、
光仁天皇勅願所という、明示明治の御門
という。秋篠の頃の泊まりという、秋篠といって
いた頃の私の泊まりという。秋篠という人である。
これを、れとみた、という。秋篠の言葉使いである。
れとみた秋芝という、後、あきしぶれ、という。
秋渋という、秋きかくら、という、これを、めのす・
りりふり、という、れぶんらっくす、という。
【高槻の芝】
 秋篠のごめふめ、という。秋篠ゆんばれ、という。
秋ゆらふ山という。神峯山寺のことでもある。
また行く神峯山、我が秋篠のぎみくっはば、と
いう、針由良のありうっしす、という。これが、
秋篠の言葉使いである。秋篠という場の言葉
使いとぞす。また行く人という、石碑も昔のまま
である。高槻のおそるか、という、高槻の芝様
という、しったしの言いの話という、本文である。

 高槻の言葉のありようを芝様という、言葉の
話という、芝様という。高槻の光仁語である。
芝世花のお世、という、高槻らんとせ、という。
たかみしゃきのそいしり、とぞそ。

【文作:秋柳篠目(あきやなぎしのめ)2022/06/07
 卒倒の山の御名】
あああああいいいいいうううううえええええおおおおお
そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。
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出発4560 山越え :イカスミ柳


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音楽
【曲名】 出発4560 山越え


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/06/06
    造詞、冴柳小夜・正     2022/06/06
    監修、そうきょう連      2022/06/06
    挿絵、香 淳時正             2022/06/06
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
  バンドプロデューサー  カワイ社
【歌詞】正里
赤池よどみの 花咲く赤く よはなれ
色を見る はよしげり はよしげる
そのさき きよきら 花咲く小枝
空から見てた時 少し波 たち興り
雲ヶ畑 後にして行く 園槍大き越え
平揺山越え 神峯山の里へ

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/06/06
【歌詞解説】
【大阪の枚方山】
 京都の南に大きな枚方山という山があった。
京都盆地を囲む南の山という。この枚方山が
大きかった時の名前という、平揺山という。
【光仁期の操縦桿を握る】
 京都市雲ヶ畑を出て、名神の南インターの
近くの赤池という所を越えて、平揺山を見る。
ここの神峯山寺という。枚方野山という、今
も山の中にある。ここが今よりたかかった時、
飛行機で行った時という。これが、行幸という
、当時の言いという。光仁機の操縦という、
飛行機の桿の握りである。きよっかく、という、
操縦桿の握りという。これを、きよきよ、とい
う、とうやりの言いという。

 また握る日があるという、やおやよのやん
びし、という。当時のほとゆみの言いとぞす。
また行く枚方、神峯山の里という。変わら
ない場所という。
【六角】
 柳きったれという、柳を見る言葉という。
そうきょう六角という、名詞の文法の角で
ある、後、格という、六格である。
【名詞の六段活用】
 六格の活用という、きすれす、という。
そうきょう語の六格という、名詞の活用で
ある。六段活用の名詞という。
やなよりはまけかの、おりゆり、という。
六段に活用していく、そうきょう語の名詞
である。光仁機という飛行機のとめふら、と
いう。御所山という、そこのカツさり、という。
当時の神峯山の御所という。平弓浜らめ
、という。猿。
 寺を六足という、てぴつ、という、てそれそ、
という、ちみすよの・ていほい、という、ろしかま、
という、後、寺という。これが、『寺』の六段
活用である。寺が最後に残った言葉である
という。六段の一番下の活用である。
 ちその活用という、名詞の変化形という。
これが、時間を入れた、名詞という。
 寺という下の活用が、当時の時を物語る
活用という。古く、六足という、寺の言葉という。
この六足が、まだあることという。六桿という、
ろくよすのおいそめ、という。
 これが寺にある言葉の古い言いを残す
寺の言いという。六足の寺という。後、枚方
の町の作りという、六桿やっき、という、町の
作り方という。かんせるお作りという。寺の
ことの言いにある、町作りという。

 名詞の六段活用がいわれる、そうきょう
ろっくすという。古い枚方の言葉である。
枚方論都という、枚方のゆっぴふみふみ、
という。枚方の町を興す、ゆんばれみら、と
いう。古い枚方の里の言いである。鮫。
【おしゃまの言葉】
 またゆり浜ゆか、の言いという。いいれる・
さまれみ、という。おうじゃま、という、おしゃまの
そっぱす、という。おしゃまのありやま、という。
そこの言いでもある。大阪の城の近所である。
ここと、大阪曾根崎南である。イオントーブと
いう所とぞそ。大阪きゃっくれ、という。
そっぱさの・いとみと、という。これが、この文
の言いの、つみさり、という。後、曾根崎心
中という、言葉のことである。心中という、
言葉のことである。曾根崎やんる、という、
そっぽそ、という。この言葉のことが描かれて
いる、曾根崎心中の物語という。近松論
という。枚方の出のことという、一つの論で
ある。
【京都南の赤池】
 この頃の歌という、赤池という京都の
南の赤池である。ここのたいさま、という。
赤いことを、たい、という。あかたいやみ、という。
これが『たい』という言葉の一角、二角である。
三角を、みつばる、という。四角を、ろそめ、と
いう。五角を、るする、という。六角を、
あか、という。『あか』が六段目である。楡。
赤が残った話という。六段目が残る、あるしっと
の残しという。あるさるのいそゆらのおいさい、と
いう。おいさい残しという。言葉を残すことという。
 これが、そうきょうの残しである。光仁期のこと
という。これがまた出る、若い人の口とぞそ。
光仁の人という、神峯山寺の住まう人である。
ここの教えである。大阪こっそこのいとゆと、という。
大阪山のお絵という。
【敬宮】
 としのみやという、敬宮と書く字の意味という。
若い人の古い読みである。そうきょうの読みという、
やなふまるの言いという。やなぎ読みという。
やなまるの言いという。としのみやの人である。
そうきょうろんとめの人という。ジェット機の使い
という。この頃の宮家である。桜。

 神峯山を宮という。古い日のことである。

『だっせわいさ』という、そうきょう語が、この文
の意味である。『だっせわいさ』の説明という。
だつれつの意とぞそ。六角段という、六段
活用の名詞の言葉の説明という。
枚方の言葉ともいう。

 神峯山詣での歌という。私の駄作という。

 やみ、よい、よいがやり、もせ、ふま、あれ、
という、六段の活用という。これが、『やみ』の
言葉という、これの活用である。他の活用も
ある。やみ、よい、ふまあれ、という、『あか』の
言葉の活用である、この日、四段活用という。
今の古語の活用である。そうきょう語の活用
という。その頃の話である。柳。

 赤い木が咲いていた頃の赤池とである。
『とで』の言いの場という。赤池という。
そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。

柳、黒。
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2022年06月07日

出発4550 光仁機 :イカスミ柳


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音楽
【曲名】 出発4550 光仁機


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/06/06
    造詞、冴柳小夜・正     2022/06/06
    監修、そうきょう連      2022/06/06
    挿絵、香 淳時正             2022/06/06
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
  バンドプロデューサー  カワイ社
【歌詞】正里
雲ケ畑の一粒屋に住まいし きよきよ
朝起きては見晴らし そうきょうは神峯山寺へ
ともに行く機 推喬機と光仁機と 隣に見てる
光仁機は旭受けて 輝く見え 先へ行くと
合図し 後 推喬

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/06/06
【旅】
 京都市雲ヶ畑から、空路、大阪府高槻市神
峯山寺へ行く。推喬機と光仁機。光仁機という、
三角の翼のジェット機で、途中、先に行くジェット
機という。推喬のこうとれ、という。天皇の機という、
私の機である。後につく、推喬さんの機という。柳。
【大阪高槻神峯山】
 すぐに着く大阪高槻の神峯山という、今も山の
中という。三角の羽の喜びという、ジェットキの羽
という。これが今もいわれる、大阪のみよやり、と
いう。大阪山踏(やまふめ)の言葉とぞ。
【滋賀堅田浮御堂】
 山踏という場所のことの縁起という。推喬さんが
やってきたという、高槻のいいりり、という。いいりり
という、わよ、という。これが、『そうだわよ』という、
堅田(かただ)みんぼす、という言葉という。
『そうやわよ』ともいう。これが高槻の堅田の言い
である。推喬さんの言いという。これを、滋賀の
堅田がいう、滋賀の浮御堂という。浮御堂辺り
の言葉でもある。滋賀のうきふみまる、という。
浮御堂の船の行き繰りという。れるよんとそ、
という。

 これが船をよる、これすり、という。船山のれろ、
という。この『れろ』が、高槻の宮の言いである。
高槻宮から行く神峯山という。ここへ船で行く。
ふなやまれの・きよきよ、という。川路の言いの、
清川弁という。御叔父御上の御言葉の『れろ』
という、この『れろ』の意という、高槻宮の御叔父
御上という。推喬さんという、雲ケ畑の神社の
住まう推浜(ついはま)という。山の中の浜という。
この浜から飛行機で行く、高槻神峯山という。

 光仁天皇勅願所という、神峯山のことという。
神を『か』という、大阪高槻の言葉とぞそ。この
高槻のいつみつ、という、りよよんの・みのんふ、
という。言葉を『みのん』という。これが高槻の
方言である、そうきょう語の放言という。桜。
【大阪、共通語】
 大阪を『まれるぎ』という、みのん・そうふれ、
という。『そうふれ』という、方言のことである。
方言を『そうふれ』という、高槻のみのんという。
これが、みのん・そうふれ、という、れよよんてす、
という、京都れよん、という。京都の、みのん
さっく、という、れっぺすのおいとい、という。
れむんさっく、ともいう。れべせるの・おいとい、と
いう。『おいとい』が共通語に充る言葉である。
れべせるの共通という、『れべせる』が、言葉と
いう意という。共通語のことを、推喬語という。
この期のことの言いという、この期の言葉で、
共通語を推喬語という。これが親王の、さし
かりす、という。親王のされたことという。我が
御叔父御上である。あの家系図にのって
おられる御方である。推喬さんと仰る御人と
いう、若い人の言葉という。若い人も推喬さ
んという人である。
【推喬機、光仁機】
 推喬機に乗る人という。光仁機に乗る人と
いう。天皇の名の機になる、光仁天皇という、
若い人のことである。推喬さんに連れられて
いく光仁天皇である。光を受けた機という。
ジェット機の丘という、推喬いそぎ、という。
推喬さんという、光仁機に乗っている人と
いう。これで、飛行も推喬さんに連れられ
て行く光仁機という。楡。
【高槻の宮】
 高槻の宮という、やむよまの宮という。また
行く神峯山寺という、勅願所という。願をた
てて、自分が願を受ける、勅願という、光仁
天皇の話という、若い人のことである。これが
天皇のふみやまり、という。天皇行幸の山里の
家という、ふみやまり、という、天皇小録という
、やむせられた言いという。光仁天皇という
若い人のことを、やむせ、という。後、影すられ、
という。後の、影兵衛という。かんてんはくらく、
という。はくらくという、れむてらの言いの、影
兵衛という。これを、にむまら、という、にんまら
、ともいう。にんまりするという、影兵衛の頃の
言葉の出という。言葉が富山(とみやま)の
言葉である。古き日の、富山(とやま)の富
山(とみやま)という。鮫。
【富山】
 山の影を富む場という。富山の名の意と
いう。影兵衛のお付けられ、という。桓武天
皇のお付けである。富山という地名という。
 古き日、雲ケ畑という、ここを、富山影(と
やまかげ)という、とみやまかげともいう。
【影兵衛】
 これを、神峯山という、山寺の、よまり、と
いう。これが、後を、てんそわれる、という。
御所のことの言いのいわされ、という。いわされ
の御所という、高槻宮の言いという、高槻全
般の言いである。高槻山お書きという、影兵
衛やりふみ、という。けっぺらせんかる、という。
影兵衛を、けっぺし、という。桓武けんらく、と
いう、よいふりの・おいそい、という。これが、
さて山の言いである。

 このさて山をいう。全国の影の言葉をむせ
ばく、という。影を、むせ、という。そうきょうろん
てす、という言葉という。そうきょう語である。
桓武天皇を、けよすら、という、そうきょう語
である。これが光仁天皇をいう、きっぱくの・
てんらむ、という。光仁の絵という、神峯山寺
のことをいう。光仁天皇勅願書という、きん
せら・れいてす、という、勅願の寺のことを絵
という、お絵という。れぶんせっくすの言いと
いう。えぼんさあむめ、ともいう。
光仁天皇のお話しである。飛行機の話と
いう。ひっぱのやのおきゆま、という。これが、
この話の名である。このお書きである名とぞそ。
飛行機と天皇という、若い人の旅の話という。猿。
 
 羽に切り込みが入っている、これが光仁の言い
である。
【光仁の名付】
 これが、大御婆さん、*******の大御
婆さんの御歌である。夢らむの絵という、おおゆまの
石尾遣という、石みしのるりおり、という。後、織物
の出しをとる、ゆまはなのりりせる、という。大御婆
さんのおん出である。****大御婆さんという。
一緒に雲ケ畑にいた日という。家族全部、雲ケ畑
に住んでいたことという、後、親戚の人々とも住ん
でいたこととぞまおもうす、いみしばの言いという。
大御婆さん御名付の光仁という。この村の人々の
名前という、光仁天皇という村人のことである。
光仁のきりな夢という、夢のこきゆみ、とぞそ。
天皇という、山の上の方のことという。これで、
天皇山という、後、山の一山を、天王山と
いう、天王という天皇のことである。山のことである。
 この後、令和という、令和朝という、若い人の雲
ヶ畑時代である。雲ケ畑の頃という、一粒屋で
いつも朝みていた太陽という。下へ降りて、空気を
、する、という。空気のことを『する』という。この言い
の頃の雲ケ畑という。大御婆さんの御教えである。

 『するさかう』という、空気を吸う意味である。
光仁朝の言葉である。後、しもゆらのお御所という。
ここでつかう『するさかう』という言葉という。しもゆらの
お御所という、今の京都政幕(せいまく)という、
幕府の頃の御所である。めのそめの言いを使う、
政幕という。この頃の幕府である。京都政庁幕府
ともいう、天皇の勅下の幕府という。まるせらるうの
ゆいよん、という。京都御所の幕府でもある、江
戸の皇居の幕府という。にんかわれる、という、幕
府のことである。

 天皇という花木京という、花山のおいさいという。
ゆいよんてす、という。あよ浜のてんそる、という、こ
れを、天当という、天皇のじょっかわ、という。じょんす
らの・ろりろり、という、これを、よってす、という。

 天皇を『たもれ』という、これが、さみそわの言いと
いう。たもれす、という、たもれして、という、住まいの
ことという。紫宸殿という、雲ケ畑の推喬神社の
一粒屋という、推喬親王のおせゆり、という。
後の、こうはんきゃら、という。きゃらはんの出という。
手の甲を守る、きゃらはん、という。ぱっとめ、ともいう。
光仁期の頃の作りという。御所きゃらはん、という。
らっぺそっぺの意味という、こうはんきゃらのことである、
らっぺそっぺ、という。天王じょんこみの言いともいう、
らっぺそっぺのことをいう、こうはんきゃらのことである。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。

柳、黒。
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2022年06月06日

出発4542 亀 :イカスミ柳


他の拉致被害者の方、お元気で、帰国して下さい。
腹を横に書く。
【曲名】 出発4542
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/06/05
【蓋のある亀】
 亀の中に、甲羅が全部についている亀がいる。
前も後ろも蓋のように閉まる亀の体である。
 この亀、普通の亀から作ったことという。若い
人が作った。
 普通の亀の卵から作られた亀という。この
成長記録がある、また、作り方も書いてある。
納豆が入っている藁に卵をいれて育てる。
こんな事が書いてある。
 これらの文書も、今は、旅中で、私の手元には
ありません。どこへいっているやら、私の記録という。

 外来種でもありません。勿論、外国にもいます。
昔の私の家です。亀がかえり、蝶々がかえり、
カエルがかえり、トリケラトプスがいて、始祖鳥が
飛んでいた、魚が、座敷へあがってきて、座布団の
上にいる、また、寝ている。イカが空高く舞い上がり、
エイも飛んでいる。
【原始時代】
 原子炉があり、放射能の缶詰を作っている。
朝に飲む黒犬の乳、ロボットの馬が声を上げる。
朝八時のサイレンという。これが、原始人の生活
です。柳。
【原爆慰霊祭、大学構内家】
  この日くらいに、広島へ行く。原爆慰霊祭という。
あの写真のような雲を見たという。大きな雲である。
 この頃、大学構内の家という。京大、東大、阪大
・・・、に家があった頃という。ロケットで行くとうろくの
世という。交野交範ゆっかか、という。カルーという
交野のこっぱく、という。コルーセルの家という。
カッパセールズという。また行く交野という、月が
泣いていたという。あこんすっくの夜という。
あこんせえくくの交野という。ここの場の文字という、
キエフの板の文字という、絵文字という。
 この絵文字で書かれた、げんだん(原談)という。
この亀のことが書かれている。キエフ・ローキスと
いう。今の生物のことも書いてある。私の著書と
いう。
【穂浦様々】
 京都水漬きの穂浦という。その頃の穂浦の
生物という、これも書いてある。始祖鳥のことと
いう。始祖鳥の親が、子供を背中に乗せて、
空に飛んでいく話という。始祖鳥の子育てと
いう。海の上を飛んでいる始祖鳥親子である。
【トリケラトプス、始祖鳥の子育て】
 トリケラトプスという、この恐竜も、子供を背中に
乗せる子育てという。細い長い魚という、2m程の
魚である。この魚の子育てという、蛇がとぐろをまく
ような、子供のとぐろ中という。この中にいて、とぐろ
を解いた時に、一斉に放射状に飛び出す子供の
魚という。こんなことが書いてある。

 全50巻という、穂浦の生物という。これらが書か
れている。全世界の生物ともいう。ほぼ同じである。
この穂浦で学問も完成していたことという。

 コンピューターにも入れてある。このコンピューター、
装置が、今のコンピューターという、同じである。
ノート型という、デスク型という、まったく今と変わら
ない形で、通信機能も勿論ついている。インター
ネットという、大きな液晶画面という、プラズマ・
テレビという。こんなものも既にあった話という。
下敷きのようなコンピューターという、これもあったこ
とという。

 藁のスカート状を履き、石をゆわえた棒を持つ
原始人という。田植えをしている光景という。
空にはロケットが飛び、飛行機がたてておいてある。
大きな星が空にあったという、台形の星という。
こんなような頃である。穂浦の世という。
この頃のものという、今の世にたくさんあることという。

 印刷された本という、暴力印刷という、穂浦れん
てす、という。いっきょに50冊くらいがつくられていく
穂浦の印刷という、暴力印刷という。その頃の
本がある、上のことが書いてある。原子力印刷と
いう。若い人が新聞社にいた頃という。印刷と
新聞という書き物という。出版をしていた人であ
る、若い人という。

 穂浦の海の生き物という。ロシア語という、
これに、トロイ語という、中国のウイグル字という、
キエフの絵文字という、エジプトのヒエログリフと
いう、日本のしだれるという後の説楽文字である。
梵字でも書かれている、穂浦の印刷という。
これらの文字がある話という。

 トリケラトプスがいる話である。今もいることとぞ。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。
posted by 秋残り at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2022年06月05日

出発4540 推喬機 :イカスミ柳


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音楽
【曲名】 出発4540 推喬機






    造詞、冴柳小夜・正     2022/06/04
    監修、そうきょう連      2022/06/04
    挿絵、香 淳時正             2022/06/04
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
  バンドプロデューサー  カワイ社
【歌詞】正里
この辺りは熊住む 旅中 道の知らせ
これ推喬宮 神峯山 飛行機 
京都からの バイクで今行くと 熊が
住んでいると 昔もいた熊と 同じ
熊が住むか 恐い中にも楽しい時
旅昔今

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/06/04
【推喬機(これたかき)】
 京都雲ヶ畑から推喬機で、大阪高槻の神峯山
(かぶさん)へ行く。今また、バイクで行く、雲ヶ畑推喬
神社、昔は推喬機で行ったものである。
 神峯山、長くいっていなかった。なにげなしに訪れ
た所である。何か見たような、感じがする。推喬機
に乗っていった所である。
【光仁機】
 光仁機という、この飛行機の沿い という、推喬
機に沿う光仁機である。親王といい、天皇という、
飛行機のことでもある。我が家の言いである。
【建武中興車番号札】
 今、自動車のナナンバープレートに、白いナンバ
ープレートに模様、絵が入ったものがある。昔のナン
バープレートである。建武の中興車に使っていた
我が家のナンバープレートである。
【明石300km】
 明石300kmという、時速300kmの車である。これ
に乗って明石へ行く。明石の城という、建武の中
興という自動車の名前である。

 推喬親王という、その人の車という。建武の中
興という、自動車という。江戸城へ行った人とも
いう、若い人という。建武の新政という、自動車
の話である。
【大根の紋】
 大根の紋という、御所の古い紋である。後に
菊の紋を使う、御所のこいゆみ、という。菊大
根という。後、菊の紋を使っていたうちである。

 自動車の裏山にある、菊大根の紋の自動車
という。双方槍という、二つの羽の先に上に槍が
ついている飛行機という、車の後ろの飾りという。
今の車もつけている、これを槍という。せぶんらく
の言いという。スポーツ車のような自動車の後ろ
である。
【ランボルギーニ・カウンタック、伊車】
 後、ランボルギーニという、カウンタラの車という、
ランボルギーニ・カウンタックという、これに乗り、
京都の市役所へ通っていたことという。今の市役
所である。その頃の、市役所の仕事とぞそ。
財政再建という、この仕事をしていた私という。
友という、その人と一緒にしていたのである。
【京都市財政再建】
 今また、財政再建がいわれる京都市という。
市役所広場の南の小さい建物である、そこに
住んでいた頃とぞそ。今また作られていることと
いう。どこかへ旅でもしていたのであろうか。私の
住んでいた家で、隣が友である。この友と、また、
仕事をする、財政再建という仕事である。
また行く市役所で、その家である。古い昔のこと
で、今のことである。柳。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
一言
柳の世、今なるを。

柳、黒。
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