2022年01月29日

出発3014 御歌解説・東京万愚 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発3014 御歌解説・東京万愚
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/29
【御歌解説】
『詩、述ぶれど、色に出にけり、我が子、
 意は、ものや思うと、ひとのと、うまで』

色 : 絵のこと、綺麗な色で描かれた絵
ものや: 弓、弓矢のこと
ひとのと: まったけ山のこと。あませの言い。
      司忍山のこと。

 ロボット馬で行く。我が子という、若い人である。
司忍山のことである。詩というのが、本歌で、和歌で
ある。
     
 『今頃は、ロボットに連れられ、まったけ山へ
いっているであろう。我が子の安全を思う。』

 アメリカ、自由の女神の御歌という。我が子という
、ボーイという、兵士を思う歌。万葉記紀に至る名
歌である。自由の女神の兵士が神戸へやってきた
という、そのことである。やなぎ目の女神という、自由
の女神の目である。
【子意見山・司忍山】
 子意見(しいみ)山という司忍山である。ここから、
見る場を、志位の海という。海の共産という。
漁師の喜ぶ話という。志位の海を見る、弓矢の物絵
という。

 司忍を思想という。シソーレという。『忍ぶれど』という
上の歌の書きもある。山の江を、思想見という。原始
人の頭を類推する物見の山という、思想現屯という。
これを、とんじす、という、後、頓知という。
【書家】
 司忍の闇という、頭を司忍という、史記刺客列伝の
医者という。書家の見方である、言いである。
『呂牙(リョガ)、殷にあり』という。呂牙は呂尚(りょしょう)
のことである。舎路の呂牙という、旅中の医者という、
呂牙を刺客者という、刺客者を医者という、書家の
言いである。

 『呂牙、殷にあり』という、舎路の死角という。司忍を
仰ぐ角度である。仰角零度という。山を拝む姿である、
死角という。山に向かってお辞儀をしている。死者が
掛かり、死者をたっとぶ山という。
【宮津本間】
 『あいや、またれい』、その『シ』は『始』であるという、
始角本間という。たしかな楼の本間という、宮津本間
という。

 始を司る、万花の始という。これを司始という。万花
節の始の時である。
【ビール協賛天王山】
 ビール協賛の天王山という。全国酒造を、ボーレル
という。ビール会社の鏡開きの音に、暴力団の拍子木
の音が合う、これを、音の暴落という。万愚節のことである。

 死者を思う万花の一節という、楕円ぐうめく、という。
死者の楕円と生者の正円が合う時という、万花節
である。死者をたっとぶ万愚節という。
【明石城万愚節】
 明石の不図という、絵を、ふず、という。明石城の万
愚節という。これを、司忍思想という。司忍図を、不図
という。ふずゆら、という、絵の司忍山の周りである、
明石浜ともいう。
【芦屋塩田】
 自由の女神の、ニュットンという。この『トン』を頓知
という。自由の女神の思想という、明石論寸のこれすり、
という。これが、明石浜の塩である。安全を期することと
いう。死角柵、刺客策の塩という。刺客列伝塩田という。
小池列という、明石山の芦屋の塩田という。私のいた
芦屋という。アシア屋からの飛行という、れんする・ろよっと、
という。ジェットのアステカという。アステカへ向かうジェット機
という。アステカ周りの青島という、中国チンタオである。
ここの島の塩田作りである。
【塩の安全】
 この塩田の作りの一部という、明石三宮という、ここの
万愚節にある一部である。
『塩もって、そられら、シソーレス』という、歌語の歌という、
後、『春由』である。塩の思想という、安全の得という。
葬後の塩の風習という、塩を渡して、葬を終える
風習という。安全健康の意である。思わしくないという
時には、塩というなり、塩を少しかけるなり・・・・である。

 カマタッキス・レックスという、清めの塩という、穢れを
ぬぐう、という、安全健康のことという。

 カマタッキスという、釜遣という、塩の歌のことをいう。
レッテスのお歌という。『色に出にけり』という、塩のこ
とでもある。神戸三宮のことともいう。

 アールランレン・ソワッルーという。みしょれそ、という。
塩作りのたっとさ、という。

 国会の万愚節に、塩田の作りの書き物を入れる
、れんせま・せーらー、という。頭に塩田の巻きをする
、よんろせのてむす、という。塩田作業の巻きという。
塩使いの万愚節の、宮津家老という、この家老の
塩しろという言いの、芦屋の加わりという。これを、
芦屋かっけら、という。国会が芦屋をとる、ろべせべの
・おりらんすうるう、という。塩を織る国という、これを、
もっぺ、という。もれせれ、という。また山のお書きと
いう。

 大お爺さんおらるれら、という、芦屋の言いの、ろっぺ
すっぺ、という。これを、ぺぺせむ、という。『ぺ』という、
安全のことという。代表を田舎っぺ、という。都会
さっせる、ともいう。この『都会』を、東京都会という
掛かりをする、都庁のがぺふみ、という。
【東京都庁万愚節】
 都庁の万愚節のことという。がらっせまの・ろいそい、
という。東京都庁を、ごんせま、ごんせる、という。
これを、にっさま、という。にっさま都庁という、国会の
入れを、芦屋で入れる、しおめらのこっこす、という。

 都庁が、ろっする・そめせめ、という。ろきの都庁という。
格好に、塩田被りさっつれ、という、これを、ろきえき、
という。ろきえきに、袴座遣(はかざやり)という、これを
、はったり、という、はったりを入れた袴という、袴の下に
白い帯状をつける、上に、はおれら、という、はおせの・
るべせふ、を使う、ろっけく、という。ろいそいの・はっくくせく
、という。白をとる塩の表しという。これを、白塩という。
芦屋らんぺす、という。おんの(遠野)れっくす、ともいう。
えびすらんてさの言いという。あきやぜの冠語という。
東京都庁の冠語である。

 この日の冠語という、ごんせむらく、という。都庁の冠
語のことという。塩田被りという、冠語のごんせむらく、
である。これを、あこふこ、という、あきらくの・いそよそ、
という。私の故郷という、芦屋塩田という。私がいた
塩田である。広大な塩田という。

 昔思う、しおしおの流れろ、という。路を道という、
塩路はるか、という、塩作りの工程という。また行く、
芦屋、大お爺さん大おばあさん、いらそら、いろそれ、
れるて、れっそそ、ゆるらる・おいとれ、とそづ。
【芦屋からの飛行】
 山並みが遠くにあったように思う、芦屋からの飛行、
デンマークへ行く、ドロー落という。ドローンのような飛
行機である。またやたのおつれ、とぞそ。ピサロ航法
という、ドロー落の航法という。

 機をトムソムにとる、あるすれの・といこひ、という。
また行く、芦屋からのデンパックという。この日の飛
行とぞつ。芦屋しおっかぺ、という、機の名前である。

 アメリカ・ニューヨーク・ハドソン、自由の女神の周りを
回って、墓のアーリントンへ行く、ドロー落の、私の雄
の繰りである。古い古い記憶である。
【アーリントンから天津】
 アーリントン拝しフックスという、まゆせまの・さいたれ、
へ行く、今の、デラッセラという、中共のよほれか、という、
シェンチェンという天津である。ここの塩の作りという。
天津すっく、という、らるれるの・ろいほい、の、てそろそ、
という。塩の作りである。らるってんしす、という、めとゆ
とのおいそむ塩という。
【天津の運河】
 海からの水を運ぶ運河という、やゆやゆのあってす、
という。これを、トレンフスという。れれてのふゆふゆ、という。

 この航路を都庁航路という。ドロー落の航路である。
また行くしぇんちぇん、あるゆってす・おいきる・チャオ原と
いう。運河を、といはる、トンフラーという、トンシンのたち
たち、という。またまたのお行きという。塩の世のうちゆつ・
ゆってす、のお書きとぞづ。
【ロシア民謡、モスクワ郊外】
 ある人のといかれ、という。私を自由の原始人という。
自由原子のお書きという。原子爆弾を爆発さすお行き
とも。原子爆弾投下のチョッホルという、天津の郊外という。
『うらりる ゆうらぐ そーほぅず ららてる ろうこしぎ 
 そうれされす こうりふかる せろれろるさまれ
 うらしぎる とうほ らせる とみしばづ ちーさる』

ロシア民謡の『モスコースク』という歌の節という、
『窓に明かりが灯り・・・・・・』という歌の冠語である。
 
この歌の『・・・・・らせる ** とみしばづ・・・・・・』
という所の『**』で投下のスイッチを入れる、歌語投下
という。

 『とみしばづ ** ちーさる』という、『**』のところで、
爆発する投下法という、四分音符100の速さの歌という。
御兄御上お歌われ、大おじいさんお添いらる、投下と
いう。司忍山の大お爺さんという、ドロー落からの投下という。
スイッツという爆弾の名とぞ。ロシア軍のたっとび、という。

 原爆を投下して雲を作り、それをちらすことで、雨を、
翌日に降らす、この目的で投下する、これで、地がゆるみ、
工事をする運河の開削という。バットメ、バッ、という工法
である。ロシア民謡を聞けば、大工事を連想する、これを
戦争という、工事のことである。ラランスレーという、みって
すの・おいとり、という。囚人服で乗り組む、がっための・
ろっくす、という。古い中共のとさめさ、という。天津運河の
開削である。
【東京都庁万愚節】
 原始人のロシア民謡である。『夜霧の彼方へ・・・・・・』
と歌い、大砲をぶっ放す、私の好きなロシア民謡です。
短調という、裏切りの歌ともいう、浦を切る大砲という。
この大砲が都庁門前に飾られる都庁の万世万愚節という。
万世を、よろずのたた、という。たたの・おくさり、という。
歌に、民謡の、デカン落という、かんらくの・とよふみ、という。
これを添える、『春由』の後という。『デッカデッカ』という掛け
声を掛ける、こてすてのお歌という、『あら、よういようい、
デッカンショ』という、『はなのお江戸でしばいする』という、
篠節の歌いという、これを、最後に添わす、ごぼうれる、
という、ドッコショッコという、ドレッコスの歌という、

 篠山デッカンの掛かりで、デッカルという森の芝を
取り入れ、この芝で、アフガンのデカンの地の歌をいう、
れるそれの・れてんそ、というアフガンの民謡話歌う、
これが、都庁の都長調という、歌一連を都長調という、
万愚節の言いである。こっけさ、という都庁の万愚節
という。また行く都庁、私の官庁故郷である。
『よろしく、願いやら、るわって、そすれす、ろよんす』と
いう私の挨拶という。芦屋大お爺さんお教え、あるゆる、
あたせら、またゆらのお書きという。古い古い話という。
忠臣蔵という赤穂のきらゆら、という、歌語である。
『あたも、きったし、すめら、ろよる、すっすす』という、
天津ろっく、という。頭に紙折の兜をつけて、アール・
ロックソーという、歌語いう、これで始める、合図である。
【知事の指揮】
 楽を入れる場合、オルガンという、これに、フルート、
また、ハーモニカという、ピアノ類を入れる。指揮は、
都知事で、弓手という、両に、体を『イ』の字にする
手旗信号の形という、両手に指揮棒を持つ、一旦、
逆にする、逆『イ』の字にする、これで、両手を真前へ
揃え出す、上へ上げて、降ろして指揮をする。
降ろした時が歌始である。これで、イ裏イ指揮と
いう、意が、浦である、開削および、開くという、開都
の意である。東京の白という、この白の築城という、
その時の指揮の謂れという。『イ』で、ファボという、
次の逆『イ』で、フォスという小声という。
【太田道灌】
 これが、ファボフォスという、城築城の掛かりの号令
である。今の江戸城の築城である。太田道灌という
御方の指揮である。
 東京におく天津空爆という。空爆の歌である。
ドロー落ソンテスのおき、である。

 これらが、東京都庁の万愚節の意である。これに、
都民を入れる、都民ろうしゅく、という。あねまらの・
ろいっとす、という。びんがしゃくの踊りという。
ターファーのマッテスという。東京おわそ、という、
おわらのことという、これを意とする踊りという、
みるんしゃらのれっけき、という。阿波踊りのような
踊りという、格好もほとんど同じである。これに、
阿波のしっぱら、という、小豆島の入れをする。
かんかさの踊りという。『れるららってらって』という
掛けの始という、『といよられ、れっさよる、れれてす、
れっそれっそ』という、踊りの掛け声という。

これに小さい神輿を添わす、東京ろってそのあゆ
より、という。鮎島神宮の言いという、東京の都庁の
神宮である。全宗教をこの神宮に入れる、これが、
掛け声の意である。手を、ショットン手という、
手の人指を前へだして、出し引いて、行進する、
踊りを始める、京舞の入れという、寺のからせらという、
あみなのここくく、という、耶蘇教のアーララアーララと
いう、マホメットのルッラーホラーという、ヒンズーのシュ
イシュという、これを代表に、歌を歌う。『春由』という、
これに続く、アールサンファツルーのおいそり、という。
ロシア民謡などがこれに続く、万愚節の一景である。
 『あるらラント・シャラ、ルントシャッテ』という、変わり手
を知らす掛け声とぞづ。シオックスという。塩手という。
冠語の掛け声である。
ギターの行進を入れる場合もある。『ベサメ・ムーチョ』
の歌である。格好は南米の格好である。南米を取り
入れる話という。

 国旗に、びずさる、という飾りをする、都庁旗とも。
赤い垂れを付ける。これを、先頭にする場合もある。
これが、イギリスのカレードニア・ロットという、そこの
岩のストーン・ヘッドという、これのめでという。
東京を、すれすら、という、カレードニアの返礼である。

カレドニアにこの日、江戸弁を使う、かんたく、という、
官宅。この日一日、江戸弁を使うのである。ガーラン・
ゼールラーという、おいっしょくという返礼の一種という。
私の古い都庁の時という、その時にした万愚節である。
総勢5000人である。ギター列入れてした話という。
日が、二月の二十八、九、三十という。九、三十が
万愚節の日という、三月一、ニである。二月を掛けた
日の言いという。これが、東京江戸万愚暦である。

 この日のダブった所で、地軸が回転をする、地球が
回り、地軸も共に回っていく、かんためのいそゆら、とい
う。『ゆら』が地球である。地球儀に地軸が回っていく
器具をつける、この二日間のことという。

 若い人の考案で、『これがよい』と、仰った油田の
お爺さんという、ルアンダの黒人のお爺さんという。
この日、アフリカのルアンダが、東京を、まっとべ、という。
これが、都庁のアフリカ取り入れである。『まっとべ』
という日本語の言葉を出すルアンダの官庁という。
ルアンダが喜ぶ話という。

 これらが東京都庁の他都市とり、他国とりである。
若い人が、妙齢のご婦人の考案です、と言うた。
これで、ルアンダOKが出たのである。新宮殿、
夜の密会という話である。地球儀はどうあるか、
ぐにゃふにゃの地球という。ぐにゃふにゃ儀という。
大お爺さんお教えのことである。地球儀の講義という。
宮殿員全部揃っての考案である。若い人の考案という。
うちやちゃの日の話である。地球儀の横にピサロを飾る
東京都庁のその日である。

 ギター行進先頭が、ほおかむりで、ひょっとこ面、すそ
からあげで、団扇をもつ指揮をする。ベサメ・ムーチョである。

 古い古い日の私の思い出である。
万愚節大切、死者の供養入りとぞそ。死者とともに、
生きる万愚の日という。
【耶蘇教列】
 後列に、キリスト、マリアが出る。このキリスト、マリア
に悪魔がつく。悪魔が十時を背負うて、『イ』という、
もう1人の悪魔が『ィ〜イ』という、逆イを表す。後、
最後の晩餐の人がでる。霊界の格好をする、絵にある
天使の格好である。キリストが『南無阿弥陀仏』という、
マリアが『アッラー、アッラー、アッラー』という、ムスリムと
いう、マホメット教を称えるのである。古い古い東京都
庁の万愚節である。ひょっとこ面の大おじいさんという、
団扇で指揮をされていたのである。ギター行進の式で
ある。イイの行進という。宗教も世界もどんどん取り
入れていく、どこの都市の万愚節もこれである。

 『アラッシャア』という掛け声で、ピパという、ピパソングを
歌う、『時は春、時は朝・・・・・・The year's at the spring,』
という歌である。節つけが、アラリラの人という。この歌がある。
ベサメの次である。

 次は、『しのぶれど』の和歌の朗読という。ひょっと
こ面のお爺さんがされたことという。もう1人のお爺さんである。

 この時にできたものがある。東京地下鉄の延伸工事で
ある。これと、東京湾の拡張工事である。これが、経済の
万愚節の取り入れで、できたことという。経済が万愚節を
いう、この経済を、るいっくす、という。フランスを取り入れる
経済である。テージーベーの地下鉄という。

 この時の日本の経済、黒字である。アルンテラッスウという、
経済のかいせり、という、ペッパーの経済という。スミス経済を
まぜた経済という。ルースルーの経落という。経済学を、
もめさり、という。これが、描かれている万愚節である。
ぜんじすという経済学である。ユーカリ市を出した東京万
愚節である。後、夕張という。北策の万愚節のという、この
日の万愚節である。

 若い人が着ていたのが古囚人服である。

【悪魔の指揮】
 キリストの横につく悪魔が指揮をする。キリストが歌う、
悪魔にみいられた意の歌である。この悪魔にキリストの
十字をさす、これを、悪魔きょっはく、という。
これで、『南無阿弥陀仏』と悪魔がいう、これが
キリストの声という、悪魔が十字を渡すそぶりをする。
それで、隣のマリアに、十字を回す、マリアつきの悪魔
という。この悪魔を、ときやみ、という。キリストつき
の悪魔を、めそれれ、という。ときやみ・めそれれ、を
きりふみ、という。これが、キリストの治しをいう。
悪魔の指揮という、南無阿弥陀仏で治るという。
 病直しをいう、これが、キリストの治しである。
治った人がいる、らっぷさんぷの人という。
これが、現実にあった、東京の万愚節という。
 名を、きそゆき、という、万愚節の治しの名前
という。病気が、ライ病である。死者をたっとぶひに、
これが出る。死者を重んずる万愚節という。
 東欧の人という。チャーレルというひの、
ばんせまる・ひよるり、という。キリストの治しの
話である。万愚節をたっとぶ話という。

きょっこくの、チェッサムの言いの、いとすみ、
という。色んな祭りの話という。これが実際にある、
京都の祇園世のおまつ、という、祇園祭である。
疫病がはやって祭りをしたいうひぃで、死者をたっとぶ
ことをいう。これが、直りの一つの心理という。

 死者への、こうく、という。これを、かっずべ、
という。京の、はふはふ、という。これが、万愚
節にある、ロレンスレーという。万愚節のキリス
トの治し、という。バレッセル・ランクスという。
悪魔の入れをする、万愚節という。

 司忍山のお爺さんの悪魔役という。この日の
デカしたである。キリストが悪魔を呼ぶ一面という。
治ることがある話という。ベサメ・ムーチョの歌と
いう。これも一因という。東京都庁の治しともいう。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
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出発3012 丁抹万愚節:イカスミ柳

腹を横に書く。

【曲名】 出発3012 丁抹万愚節
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/29
【丁抹万愚節】
 若い人は、『デンマークに、御姉がおられる』
という。ここへ行って来たという。デンマークの
万愚節という。『ここで、囚人の格好をしたんだ』と
いう。姉の御前という。デンマークの波止場町である。

 たくさんの人がおられた、御姉の御場所という。
ここを、御場(おんば、おば)という。御姉が海を見て
いられるという。海の江の山の岡という。姉のおられる
所である。
【地軸】
 『ここへ、地軸を持って行ったんだ』という。御姉の
仰せに、『日去りの国から、よられたとのごゆれ、
くつろぜをせられ』とそ。横には、デンマークの御方が
おられる、教えの御方という。この御方のお教えの
一つという。ピサロの像という、世界を支配された
御方ですよ。これを、ピサロの逆襲という。
【ピサロ】
 デンマークのピサロの御方という。スペイン語が、
デンマークの外国語である。かの有名なマチュ
ピチュのピサロである。このピサロが、人魚姫と
ともにいく、という。全世界をいう。手に地軸を
持って回るという。
【マチュピチュ】
 これで、マチュピチュで、スペイン語を話すピサロと
いう、スペイン語が全世界に広がる、これを、スペ
インの征服という。言葉が広まることをいう。
【丁抹万愚節】
 この御姉のお供をするというピサロである。人魚姫と
いう有名な御方である。この御方の話という。若い
人が立って拝む人である。人魚姫礼拝の日去り国の
よみ人という。この御姉を敬うのである。人魚姫という。
『いよまんて』という、拍手という。拝みの手という。
そして、地軸を人魚姫に差し出すのである。これが、
デンマークの万愚節である。
【原子爆弾】
 この御姉をたっとぶ話に、原子人という。原子爆弾を
御姉の弟という、原子人という。御姉にもらいましたとい
う原子爆弾を腰弁当のように巻いているのである。
原子爆弾という御姉が持ち主であるという。尊いものという。

 御姉の言葉という、『みてしゃられら』という、デンマーク
語でいわれるのである。原子爆弾の人形姫という。
『後は世界中に飛んでいくのですよ』と。
原潜の停泊という。人魚姫の御命を仰ぐという。

 『その原子爆弾は世界中に持って行きます。』という。
『どこに置いたかは、世界の知識なり。置かれた所を、
 とぞら、という。』 空の原子爆弾という。御姉は
そんな御方である。

『世界で健康になりたいと、大勢で奇声を上げる、
 いつなんどき、爆発するやら』と、仰せられ、
『わらわの万愚といいます』とぞ。『弟に少しく持たして
 旅をさします』と。『誰に爆弾を渡すかは、原始人で
 ある弟のその日のおもむきです。』

こういう万愚節という。『今もある』という原始人である。
この日に、デンマークの北極という。デンマークを北極という。
『地軸が傾くのだ』という、万愚節の日のことという。
【地軸がまっすぐになる万愚節】
 デンマークが北極だという原始人である。コペンハーゲ
ンの人魚姫から、中国南京への地軸という。南京ほうせみ、
という、地軸である、コペン・ラッセルという、コペンハーゲン軸
という、原始人地球学という。まっすぐになった地軸という。

 これが万愚節の、たうとい、話である。人魚姫町の古
い話である。デンマークの姫話という。

 これを密則らむ、という、デンマークの冠語という、北極
冠語という。
【地球が太古にもどる万愚節】
 万愚節には、地軸が傾くという、まっすぐになる。太古に
もどるのである。デンマークを、地軸国という。この日、日本
を日去りの国という。これをデンマークで世界という。世界に
ばらまいた原子爆弾が破裂することを、太陽という原始人
である。だから原始人をたっとぶのである、『あの万愚』という
のである。『原子爆弾は世界へばらまいてあるのや』という人
である、『御姉の御命である』という。
【空に置かれた原子爆弾】
 ピサロと一緒にマチュピチュへいった、日去りの原始人という。
あの空においてある原子爆弾という。たくさん、おいといた話と
いう。デンマーク人魚姫町の、姫話という。
【人魚突発】
日去りという、ひさろ航路という、ピサロという、マチュピチュ
への道という、コペンハーゲン人魚姫のおられる所発である。
これを人魚突発という、原子爆弾という話とも。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
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出発3010 司忍山 :イカスミ柳

腹を横に書く。
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音楽
【曲名】 出発3010 司忍山


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/28
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/28
    監修、そうきょう連      2022/01/28
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
まったけ山登れと命令伝 見上げては
傘の下の麓より ねふ上がり まっすぐな
麓道 さて、上がるか まっすぐな登りに
かけた梯子を登り 傘下伝い登ると
傘皮針崎へ着き 塩谷崎 翻して登る

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
 神戸のまったけ山という、ここを司忍山という。
一名、子意見山(しいみやま)という。ここの、
まったけで、山をいう。まったけ山という。神戸にある
やまである。日本全国の山という。まったけの形を
した山という。新潟にもある。新潟の、やっとき、と
いう山という。ここの上の万愚節という。海を、志位
の海という。日本古代の海である。
 ここで万愚節をする、しっとれ、という万愚節で
ある。

 山に登って斜め斜辺で、歌を歌う、しっさま、という。
これが、司忍時という、歌話始める時である。ここへ
登り、『やましと、うるわら』という、これが。歌の合図
である。私のはなしという。神戸三宮の山という。

 後、まったけの部分の傘の下に、土を入れて上から
土で覆う、まったけの山のことという。まったけの絵という。
古い神戸のまったけ山の歌という。神戸三宮の古い
万愚節という。この万愚節を、今の神戸が、古万愚節
という。由緒ある神戸の花愚説という。

 拍子木を打ち歌を歌うことという。これを、こいさみ、と
いう。この万愚節の日の歌のことという。懐かしいまったけ
山の歌という。私の故郷という、神戸三宮とぞそ。

 三田闇(みたやみ)の射庭(いば)という。背に小さな
弓を背負う、まったけの登りという。この弓を、射庭先
(いばさき)という、神戸の弓という。居庭という、神戸
である、神戸の言いという。

 矢を小さな矢をゆるし放つ。射庭様という。弓矢である。
小さな20センチ程の弓矢である。神戸を、射庭よま、
という、万愚節の言いという。ほぼ冠語である。

 古い私記憶くという、司忍山のお書きという。

 周りを志位海という。日本海の意味である。古い日
本の海の古代の呼びという。代表を日本海にとる、
日本海を志位海という。今の日本海のことである。
綾部の場所ともいう。綾府遣という、綾府の事場である。

 神戸を、綾ふめ、という、あよらよ、という。古い神戸
の呼びてある。万愚節にこれが出る、万愚節の事場
という。志位万愚という、綾府のやとれ、という。
矢を背負うことである。上れた話という。

 これを、とうふり、という。後、登頂という。やったあ山
のお書きという。古い話である、万愚節の思い出という。
神戸の司忍山の思い出である。

 この神戸、神辺(かみのべ)という、神辺登攀(しんぺん
とうはん)という。ここをのほることを、かいくみ、という。
かりす、という。神戸の団の言いという、冠語である。
昔の神戸である。返り道は恐かったという、若い人で
ある。これを、言わずという。いわず登攀という。言って
いない話という。この後、塩田へ行く。証しかしの塩田
という。古い日の、芦屋の近くという。今の芦屋である。
芦屋からの飛行という。芦屋から赤穂へ行く。

 芦屋の塩田を見て、後、上海、懿渡島へ行く。
これを、南京ホンハウという、南京相府のお行きとぞそ。
ドイツの一次大戦という、ドムテスという。これが、塩
田の作りである。作りを、たたかい、という、この期の
言いである。神戸の三宮の言いという。

 登攀を、たつ、という。たつみつ、という。山を登る
ことである。この『を』の使い、ほねゆみの言いという。
『山へ登る』という、通常の言いである。

 拍子の変わり目が、地上と平行の所の率である。
『12345、12345』と登っていく拍子という。登れた話
という。司忍山登攀の話である。古い昔のことである。

 弓を放たれた人という、大きな弓である。しのびら
のお弓という。神戸船舶の弓という。さっつれのれれす、
という。弓をれれという。れれらる・おしるせ、という。
神戸の古い言いである。

 万愚節に思う文という。思い出のこうやか、という。
しのぶ山のお書きという。この山のうらっかわに住まい
をさしてもらったことという。司忍山の裏である。山越
えた向こう側である。

 明石へ行くという日の登りである。明石しへ行って明石
の万愚節を見る日という。後、赤穂の芦屋という、芦屋の
塩田の見という。みみせる・えんすめ、という。塩作りの
広大な塩田という。後、赤穂の塩田という、後、赤穂城
の住まいとぞそ。あっからき、という、赤き言いの明石という。

 懐かしい、神戸の司忍山、大お爺さんおいられること
という。大お爺さんおられおられ家 、ありるありる・
やれそる・ふられ、という。山々の譜とぞそ。

2022/01/28
【歌詞解説】

そうきょうよいお書き。
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『天照大神、そうきょう、よいよい』
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽