2022年01月25日

出発2020 国会冠語・文だけ :イカスミ柳

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音楽
【曲名】 出発2020 ににに


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/25
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/25
    監修、そうきょう連      2022/01/25
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/25
【歌詞解説】
2010続き
【国会冠語】
 国会に白院冠語がある話という。わうんす、という、
冠語である。レブラン・ルックスともいう。

国会議員を、れもんしょう、という。
議長を、ろーるる、
書記を、まさ、
聴衆を、ろわ、後、ろわいやる、
警備を、ころく、
党を、れず、
審議を、おこくく、
首相を、ろわせら、ろいほい、
質問を、そっそる、まべらす、まべらみ、
代表を、れっとす、という。

議事を進行さすことを、ねせるり、くみそ、組々(くみそ)、
  組々は、組閣のこととも。

これらが、白院冠話である。国会の冠話である。
【西田そめ】
『私は国会へ意行きます。』という、『しゅうする』という。
 古く議員を、しゅうめ、という。この『しゅう』を、れっぱ、
という、れすてす、という。『れすりっと、ろっと、しょる』
という言葉がある、国会の揺り、という。この揺りで、百合を
持つ国会議員という。これが、西由良里(にしゆらり)の言葉で
ある。古くの、西田そめ、という冠語である、議員冠話と
いう、ろんるれっさわ、という。

 古い言葉でいう国会の話という、これとら、という。
これで、首相を、これとら、という、ろっぱす、ともいう。
『私は首相に会います』という、『ミーサー・フールラー』
という、みびせみの言いという。これを、ごませる、
という、みよよんとすの・ろいほいるり、という。
マップス・れんつれ、という。ろいっくすの言い
という。
『ミーサー・フールラー』という、これが『フー
ル』である。万愚節の意の言いの、国会歌会という。
【国会の和歌】
 詩を読み上げることという。国会の和歌を読む、
和歌組(わかくみ)という。和歌をたっとぶ国会と
いう。万愚節の日に読み上げる、国会の和歌で
ある。この若の読みに、シークワーサーという、
沖縄の動物の飾りを置く、首相の席という。
首相を、沖縄シークという、化け言いを使う。
これを、みっぱられる、という。蜜則という。
蜜則語という、化け言いのことである。
万花という、古い万愚節のことを、いかゆり、
という、ゆりいかの・まべせら、という。
これを、トルーという。古い歌劇の言葉を
入れ使いする、この国会を、尊(そん)という。
たっとぶ国会という、尊国会という、トルーと
いう意味である。
 トルーテス・ロックスという、国会を開くと
いう、かいそれの・れってす、という。まぶれ
らすうの言いという。まべせる、とも。
国会に関する話である。
【国会詩、鯨国国会】
詩を、こしきる、という。古語の、うた、という、
詩のことで、こしわれ、という。これを、国会詩
という、国会の場所の意である。『こし』を、
『ころ』という、クジラの肉という、これを、
げいから、という。鯨から、クジラの言葉と
いう。鯨国国会という。わんてらの言いという。
わんてらが白院である。『てら』は、神社より
の寺の意という。この場合、単に、場所をあらわす、
『てら、寺』の意である。

 国会寺(こっかいじ)という言いをする、審議
の場所の進行を、せむてす、という。これが、
古い江戸の、こっせり、という。国会の初期の
言いという。『こっせり』は、今の、こくらめ、
という。こくらめのせみせむ、とぞ。国会院とも。
【パレンバン空襲】
 これを、きっかす、という。きみせるの言いと
いう。国会冠話を、きみせる、という。
『ろいほい、きみっすく』という。これが、首相の
古い冠語である、きみてらの言いという。きみてらと
いう白院の言いである。とばつれの言いそろ、という、
『ようそろ』の『そろ』である。
国会ようそろうのパレン芝という、パレンバンという
南洋のいませの・おりしぐ、という。パレンバン空襲
という、便所へ行くことである。

 パレンバン空襲で、用たして、『おいほいろわ』と
いう。国会の席を、気持ちよい所です、という。
これが、万愚節の、ダウンタウンという。国会議員の
品という、『おいほいろわ』を、ろわした、という。
ろわを、ろわいやる、という。これが、天皇をしたに
する、天皇下という。これを、陛上れんてす、という。
戦時中の、天皇の言いである、天皇下という。
閣下という、下をとる、国会とぞそ。これの遠延伸を
公僕という。くうつすう、という、けられせの・言い
らら、という。めりっす、ともいう。

 一般市民を、れんてす、という、天皇下の言いと
いう。一般市民を、へいする、という。れんてすを、
ていそん、という。こうつぐめの浜という場の言い
という。こうつぐめを、パルレという。これを、
パレッセルという。めよふっとす、という。
この『め』の言いを、国会柄(こっかいがら)と
いう、しなよき・らんきす、という。品よいという、
がらがわのいいぞる、という。国会議員をとる、
しっせる、という。しっせ、という。執政官の
意である。国会議員を、しょり、という、さって
るさっすう、という、めよする、という。
これが、議員の市民とり、という。議員が市民を
とる、アルランテスという、ろぼそぼ、という。
【礼文】
 この『そぼ』を、そめさき、という。国会の先と
いう、議事進行の行方である。寝興の行方を、れて
そめに、すらり、という。れてそめを、すらりという。
この『に』の使い方が、国会秘書の使われるてそ、と
いう。みいらる・れんてす、という。初期の話という。
古い日の国会に関する言葉という。
みいられて、という、秘書の仕事をしている景という。
ひしょみそ、という。れぶんてす、という。
これを礼文(れぶん)という、国会の文という。
国会での文のことを、礼文という、これを、檄という、
檄文という。礼文の島の名付という。国会関与の
礼文という。みっする・かおふふ、という。
国会賦の話という、国会譜という、譜面の山浜と
いう、音楽の話が出ることという。
【国会譜】
 国会の譜面である、音楽を入れる国会という。
だいひょうが、万愚節の歌という、万花世国会
という。『歌う国会』の元の話である。
げんぺば、という、ペッパー・コミュラムという、
ペーッパー欄間のこよふき、という。国会の装飾
である。この装飾の造りの、せれ、という。
せれしょの国会という、万愚節の国会である。
首相官邸を、ろいする、という、ろいせま、と
いう冠語である。そこの装飾との対である。

 国会と官邸とを、みるって、という、みるす、
ともいう。みるうらるやっぱす、という。
議員宿舎を、パッペーという。パペペという。
ペペの国会という。れむてすのおりすれ、という。
【桜の国】
 これが、場所を、さくらぜ、という。桜の
欄間という。後、桜の国、日本という。
黒い桜の木の頃の造りである、材料である。
黒桜国会所という、官邸と国会である。

 『私が寝ていたころの国会』という、寝ては
いず座っていたのである。これを、『寝ていた』
という。おきすり山のお言いという。国を興す
言葉である、『おきすり』という。
【詩の朗読】
 読む詩を、国興しの文という。『小川の冬も』と
いう『春由』の歌の朗読という、後、歌うことと
いう。指揮者の出をとる、朗読という。この朗読を、
しっされ、という。みよっぱの・よみふみ、という。
軽く、楽器を入れることもある、朗読で、これを知
らす、詩の朗読の上げ下げという。
【詩の朗読で楽器を知らす】
『小川・・』という所で、
上げ下げをする、『小・・』で高く読む、入る楽器が、
シンセサイザーで、れるさら、という楽器で、今様 、
ホンキーというピアノである。シンセサイザーのホンキー
である。
 『小・・』を低く読む、あげる、という楽器である。
この時、指揮が、上げを知らす指揮をする、指揮棒を
下から上へ上げる、振り下ろす時に歌始めという。
この、あげる、という楽器もこれをする、初めを一緒
にする、ビジャッタスという楽器で、今の、シンセサ
イザーの『あ』という楽器で、マリンバのことである。
マリンバで、楽器のマリンバである。シンセサイザーの
マリンバではない。シンセサイザーの『あ』で、
トランペット音を入れる。

 この言いで、シンセサイザーのトランペットと
マリンバである。また、楽器のトランペットとマリンバ
という。両用ともいう。これらで、万愚節をしていく、
国会の万花という、まんせばの・りっさら、という。
『さら』が場である意という。木更津という、木更津
を代表にする、万花楽器国会音という、木更津音という。
【大臣指揮の大花山、指揮棒の振り】
手に百合を持つ、大臣指揮者の片手ゆり、という。
百合をポケットに入れる場合もある。
 もう一人の大臣の指揮者が、百合を軽くふる。
指揮棒をまっすぐに真前へ出す。そのまま、真上へ
上げる、下した時、歌始めである。あとは、百合を
添え手にする、これを、百合式辞という。
 国会の指揮者の風である。
『やって下され』という、下された指揮者の、まん
そく、という、満足という。これを、まんせる、と
いう。指揮者三昧の話という。大臣のことである。
大臣の喜びという、指揮者になってよかったという
話である。
【国民の万愚節】
 家でテレビを見ているものは、テレビを見ながら、
大臣指揮で歌を歌う、もちろん、その人の自由意思
である。国会とともに歌う、自分が選んだ議員ととも
に歌う、国民万愚という。家の前で歌うもよし、
川に向かって歌うもよし・・・。
 ただ、大勢群れることは、安全上、考えなけ
ればならない。警察への手続きもあり、
近隣の人が迷惑と思うこともある。
小さい集まりで、公園で少しと、これくらいな
ものである。


 大勢の人がずらーっと並んでいると、恐がる
人も出てくる、こんなことは避けることである。
 耶蘇教のクリスマスのようなもので、人は群
れていない、喜びの日という。こういうような
ものが、よいでしょう。それぞれの家族の万愚節、
たくさんで、群れない話という。小さなもので、
小さな、喜び、これを大切にしたいものです。
 ただ政党とか、団体がする場合、人数が、
たしょう多くなるものと思われます。
私風情がいわなくとも、心得ておられます。

 コロナも頑張っています。目に見えないコロナ、
歌で乗り切っていきましょう。健康には歌を。
コロナに歌を聴かせる、いいかもね。
願う、効果抜群。


『みよとせ、むとらせ』
指揮者に息を合わさす言葉である。
あの大臣さんなら、やるかもね。

注意:『I would look, sir.』という。
『I would look sir.』という、
『sir』が、『sea』の意になる。
オーストリア・シドニー海軍の言葉という。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうよいお書き。

あああああいいいいいうううううえええええおおおおお
そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
posted by 秋残り at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

出発2000 国会・文だけ :イカスミ柳

抜けています。ファイルが、どこかへ・・・・・。
折角、書いたものが・・・・、あの文は、名文であった・・

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音楽
【曲名】 出発2000 国会


    創曲、理科柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/25
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/25
    監修、そうきょう連      2022/01/25
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/25
【歌詞解説】
DE1990 続き
【宮津氏】
   宮津の国会いを尊ぶ宮津市宮津ともいう、これ
   を宮津という。宮津氏とも。宮津市宮津の『ツ』
   が、節の意で、曲とも、音楽曲。
   宮津氏を宮津町ふに、という。『ふに』が、国で
   ある意という。宮津市民を宮津氏という。これを、
   メルス、という。メルスロン・ソールの宮津という。
   メルスロンメソールの・かよよんふれ、という。
   これが、氏を市という、宮津町ふま、という。

   パーレンセラーズという。アールヨン・ホアッルラー
   という。め浜の言いという。宮津町を、ふっきき、と
   いう。あおられて・そんすれ、という。この『あお』
   が、あび、という、あっぱすの言いのオルヨンテスと
   いう。これで、宮城(みやぎ)の宮津という。古く、
   宮城町という、この宮城が、白い衣服で白院装という。
   城院の宮城という。これを、両用という、宮城で宮着
   ですという。宮着市民という、宮着の誇りという。
   これが、宮城の誇りである。

    白院装を使う、宮津の農工である。宮津の農工を
   オル・パンハルという、これを、おりょされ、という。
   あっくすすれいの・あっくれす、という。
   これを、ちょうふち、という。町の淵ともいう。
   町淵のロップスという。アルパンス・スーショーレー
   という、これが、宮津の、ポント出しという。
【白院冠語】
    宮津ポンほの・かるけっすう、という。白院レブソン
   という。これだす・おりそり、という。古い堀の町と
   いう。宮津城下の、あるさんすうずう、という。
【宮着織白】
    宮着をたっとぶ、宮着織白(みやぎおりしら)という。
   宮津の織物である。宮津市の山のいやしら、という。
   これを、みのいり、という。『いり』を『はいる』に
   とる宮津ろんふれ、という。これが、白院冠語という、
   この冠語をクジャクの冠にとる、ロルレスという。
   古い先斗町という。ポルレセーラーという、アール
   トッコスのリオックスという。とんとれすの言いと
   いう。京都宮津のあっぱそんくる、という。
    この『くる』が、クルーである、英語の航行であ
   る。宮津船の・あおらっすう、という。小さな船の
   置家(おきや)という。
【宮津遊郭】
    この置屋を舞子の置屋に掛けた宮津遊郭という。
   この『遊』、船を遊船という、これを、宮津ぺっ
   すべ、という。あーるそっすべの・ゆみふみ、と
   いう。これで、船が遊ぶ、遊郭という。宮津の
   言いである。
【舞姫、宮面】
    『船が空へ飛んだ』という言い表しをする、
   宮津ペッパムのよりほんるう、という。この
   『ルー』が上文のルーである。ルルーという。
     このルルーを鶴という、遊鶴船という。
    これを舞鶴という。宮津舞子を舞姫という。
    男を、宮津ら、という。宮面という。キュー
    サン・クールルーという。これを、びめふめ、
    という。宮津町の興りという。興りを『せま』
    という、冠語である。興りせま、ともいう。
    これが、巌国のみやほめ、という。白院を褒
    める、宮津市の町ふられ、という。

     『あの冠、しらさざ』という。しらさ宮ふぎ、
    という。ふぎしくっくる、という。宮着の宮津
    山という。マールレレンテスという。宮着市の
    山ふり、という。ふりらんてすの・おりふっす
    ずう、という。これを、宮着の国得(くにえ)と
    いう。国をたっとぶことという。しらさゆっきし、
    という、宮着のことである。七五三参りに使う
    宮着という。この『しらさ』が白院である。宮着
    冠白(かんはく)の・しっかんはく、という。
    これを執政官という。子供の執政という、子供
    の宮のことである。

     神社を『もめ』という、木綿着を使う宮津の
    七五三という。主として宮津白院へ詣でる
    ことという。これを、執政官庁という、子供
    の宮である。宮津の国会々という。子供の
    国会遊びである。

     『国へ行って申すめ』という、子供の遊び
    である。これを大人がする、宮津ほりるし、と
    いう。『るし』は冠語で、流れという意とぞそ。
    掘りの流れを見て遊ぶ、遊朝面浜という。
【宮津城】
    ひょっとこの面を被って、『これは、いなこと、
    ほにほに、ゆかった』という、子供が喜ぶ山々の
    伊勢という。これを、ちょんぎはっくぅ、という。
    宮着を、ちょんぎ、という、朝鮮語のような、宮
    津の船周りの人の言葉である。これを、ポルト
    ガル語でいう、ルオロッソンルーという、るおす
    り、という。冠語ポルトガル語である。古いリス
    ボンの町の崖の場所という。そこの言葉である。
    これが、宮津の国掛かりである外国という、イ
    ギリスの庭園のクジャクと、リスボンの崖と
    いう。宮津城の造りである。堀を、りす浜、と
    いう、宮津の堀方(ほりべ)という。

    『この俺が宮津氏である』という、堀方の言いで
    ある。この城を、宮津堀という、宮津城の別言いで
    ある。これが、宮津城をめでる言葉である。上文の
    『 』の言葉である。子供を、お城様(しろさま)と
    いう宮津の言葉である、宮着の言葉ともいう。
    子供を天神という、こっちょめの言いという。
    宮津発の天神という、子供を、てんとくしり、と
    いう。 宮ロンセラーという。

    『天神が、きよらっせ』という、子供の歩み寄り
    をいう。これを、子供の提灯もたせ、という。
    子供の提灯もたせ歩きを、りよよみ浜という。
    りよれってす、という。ラールオンサールーと
    いう。この『ルー』が、きじ、である。鳥の堀
    城という。白院城の天神という。宮着姿の提灯
    姿という、主として、子供という。

    この子供の七五さん参りの姿を大人がする、宮着
    の、こくれす、という。京都市七条の西の町という。
    大門町のある辺り一帯という、ここの宮津という、
    同じことをする。大門セラーという。これを、
    セラーズ・ろっ色という。同じ町という。
【北極冠語】
    グップラーという、北極冠語を使う町である。
    ほっきゅく冠語のことをグップラーという。
    これで、北極を入れる宮津の町である。
     北極の地をいう。北極地の民です、という、
    宮津氏の挨拶である。万愚節の挨拶ともいう。
    『北極地ありせれ、らてさ、よってす』という。
    『ここは北極でございます』という、これに、
    『これせ』という仕草をする。これが、親指を
    『ませすら』という、北極の意という。

    手を握って親指を立てる仕草という。挨拶に使う
    宮城の城の風習である。この宮城、宮津城である。
    宮城県の宮城もこれをする。
【白院城】
     子供の官庁の出来という、大人がするという、
    北極冠を被る子供という、白院城のことである、
    宮である。
『難しい文です』と、子供がいう、
    大人の受けは、『簡単れす』という。宮津の『れす』
    という。『です』のことである。子供用語を大人が
    使う、れすてす村調という。これが、村長の『れす』
    である。子供を落とさぬようにという、落ちである。
    これを、子供るり、という。るりせまの言いという。
    子供あやしの言葉である。
【れす】
    『そうれすれす、れれーっ』という、幼児で
    ある話という。それで、田舎では『れす』を
    よく使うのである。尊重あやしの『れす』と
    いう。『そうれす』という方言である。
    これを、宮着得意の人という。宮津人という、
    宮津の陣の人という。

    宮津家老の、あやし落としという。宮津氏の
    出の人である。『れす』を『れれれす』という
    口回しで落とす人である。
【歌う国会】
    『歌う国会れれれす』という、国会をとる人
   である。落ちまくれの・落としまくす、という、
   弁舌さわやかな人である。
    『それっ、国会の中の、あの広場、落とし上が
   って候』という。難文調べの・れれれす、という、
   大人駒鳥がうたっていると言う宮津家老は、
   家康がまねをする、家康の口という。
 【宮津落とし】   
    これを、宮津落としという。国会をねらう人
   である。『それっ、歌文など』と、檄をとばす
   人である。
    『宮津、華やか、おりられっせとれ、すめら
   そんしょくの〜、げむかんられさ〜、るれせれ
   ・・・』という、歌語の歌を歌う人である。


【宮津家老】 
   宮津家老という、国会いの世界をもって、国
   会へ行く人である。七五三宮着に、城の小さ
   い模型を背中に下げて、便所風の落語建ての
   風呂へ入る人である。この風呂、遊船の風呂
   である。
【国会万愚節】
    国会の便所という、『城をもってきました』と
   いう便所失礼の言いという。背中ぶら下げの城を
   議長の前へ持っていく、国会万愚節の歌始めで
   ある。代々宮津氏の国会での行いである。万愚
   節という日の宮津国会という。『ソング・ロット・
   ショッテ』となる。万愚節尊具である。

    『家康公の口より、宮津がろかしょ』という、
   言いで、レレレテスという、言いをする。
   これで、宮津の国会の関わりである。白院着の
   ほおかむり、である。城を渡された者は『省知
   れす』という。『れを多く』と、宮津家老。
   指揮棒を指揮者に渡すのである。指揮棒を
   渡された者は『省知れれす』という。もう一人に
   指揮棒を渡す、『省知れれれすか』という。
   
   『はっ、スカっと歌います』という。
   これが国会駒鳥スカット・スタットという。
   スキャット論という、国会尊重の『れれれ』
   という。これが、国会尊重の万愚節次第である。
   『歌う国会』という、二人の指揮者という、
   指揮の呼吸という大切なものである。

   宮津氏出の若い人である。宮津家老の大お爺
   さんという.宮津市での白院の檄という。
   遠い所から歌の檄を飛ばす人である。
【宮津と国会】
    宮津の劇と国会の劇が同時である。ビール
   時間のもたせ巾の時間である。同時でなくとも
   同時である。これを、異同時という。宮路の国
   会という。
【三宮と国会】
    この日に三宮の合わせという、檄受けという。
   三宮の提灯並びがこれである。国会と同時に並ぶ。
   三宮の国会時という。この時に拍子木を打つ、
   国会の歌始めである。暴力団がこれをする。
   この日の暴力団、『うえにゃ〜』という受けの
   声を出す。これで猫の頭に、小さい城の飾りを
   つける。この猫を『じょう』という。これを
   国会じょうすか、という。

    にゃあという、化け国という。暴力団を化国と
   という。ここに、かすれれれ、という、花化けの
   にゃおん、という。犬に小さな布を頭に巻く、
   犬よめし、犬ぬより、という。
【国会の花化国】
    狐に灯という、頭に小さい灯りを表す、花のような
   ものをつける赤色という。国会の花化国という。
   花化団ともいう。国会を見る暴力団である。宮津家
   老が赴かれる三宮という。京都七条大門の宮津とも。
   同じ行事をする話という。この話が七条大門の国会化
   という。国会の万愚節のたっとびという。
    
    これが、万愚節の花化けという、花化(かか)という。
   宮津万愚節が、花化万愚という、城を花化城という。
   宮津の城の別名である。全国の宮津、三宮、これに
   ならう。『春由』の歌を堀に向かって歌うこととも。
   歌川堀宮津市である。この日の、宮津市、宮津詩
   いう。宮津氏の話という。宮津家老尊という村で
   ある、市であってもそういう。詩尊大切という、
   化け言葉を使う。
【祖先をたっとぶ、しそみきという。】
   挨拶に、『しそれら』という。始祖の宮という、
   白院のことである。この日、詩を読み上げる、
   檄のことである。これで、檄を飛ばすという
   意である。白院檄文という。『しそれら』の
   挨拶という。『しそれら、みっとしょ』という。
   祖先をたっとぶ文である、檄文という。

    これで国会を、歌劇所という、宮津言いである。
   万愚節の言いとも。日本全国の言いである。
   『歌う国会』という話である。

    若い人がした国会という、国会での万愚節と
   いう。六百の席のあった頃とぞ。囚人服を着て
   前に出る。『そこの天皇、前へ出ろ』、宮津家
   老の言いである。これを、りはばん、という。

    『島流し』という、囚人服のことである。
    国会を、孝明庭という頃の万愚節である。
【省朝】
   この劇もたくさんある、各地でする、万愚
   節の一行事である。この国会、天皇を省朝と
   いう化け言葉を使う 。省朝れんせらあの天
   皇という。『古い凸』という言葉で、これを
   表す。『いいのしの、いいのしら』という受
   けの言葉という、『古い凸』の言葉である。
【オーストラリア】
    オーストリア特区から帰った日の国会での
   ことという。オーストラリアの古い言いで、
   キャンベラ特区のことである、オーストリア
   特区という、オーストリアの踏襲を置く、
   オーストラリア・キャンベラである。

    オーストラリアのシドニーにおかれている
   アールロックスという、コンドルの省朝という。
    これを、体する、島流しの風という、囚人
   服を身に着ける省朝という。囚人をたっとぶ
   意でもある。驚くことでもない話である。

    喜んで着ていた私という、囚人服の
   ことである。京都御所の長屋の頃である。
   祐の井のある所である。この長屋を、甲
   という、甲部屋という、甲室という。
   甲室ルックという囚人服のことである。
【船員服】
    後、船の甲板のことという、甲大(こ
   うたい)という、船員ルックともいう、
   作業に適した服装である。宮津城の家老の
   お教えという。私を囚人という宮津城で
   ある。城内で使う言葉である。

    『囚人は使いまして、おりおります』という、
   『私は、出航します』という意味である。
   私の好きな言いである。

    オーストリア・キャンベラのシドニーの
   言いという。『ばって、すめす』という
   英語で『I would look, sir.』という。
   意味が、 I see at sea. という意で、
   甲板に立ちます、という意である。

    私のシドニー海軍の頃である。
   日本の古い、陸軍兵省の頃の言葉である。
   囚人という言葉である、『囚人は、お行き
  ます』という、日常の言葉である。長屋の
   言葉で、兵省の言葉である。天皇甲べめ、
   という言葉使いである。天照世(あまてら
   すよ)の言葉ともいう。 
   
    『うちの天皇は・・』という、子供を天皇と
   いう頃の言葉という、これを冷静という。一般
   家庭の天皇という言葉である。りはばんの言い
   という。太宰論ともいう。

    京大の中の家に住んでいたころの言いでもある。
   天皇頭(てんのうず)という、医学部の言葉である。
   東大とも。青山から通った東大である。東大の中の
   家という、この家を、青山いや、『いや』は家の
   ことである。いやます東大という、古語の言いで、
   れっつるつ、という。れんてす、という。まもの
   言葉使いという。
【裁判所】
    後、裁判所に住んでいたうちである。自分をうち
   という、裁判所の言葉使いである。

    今の国会、上の万愚節をすれば、今よりもよい
   国会になる。天皇制の弊害をいう日に、古き良き
   を見直すこととも。朱里城の琉球の頃の、メン
   シャーラーという挨拶の意でもある。メンスレー
   の言いの琉球冠語という、メンシャーラーがそう
   である。今様、メンソーレーである。

    古い日の琉球でよく言っていた、マンフェー
   ラーという。まんての言葉という。ひめゆりの
   塔を、まんすみ、という琉球冠語である、通常語で、
   えいたん、という。鋭端。

   今よりも、よい国会になる、今もよい国会です。
そうきょうよいお書き。
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『天照大神、そうきょう、よいよい』
posted by 秋残り at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

出発1981 国会・宮津 :イカスミ柳

腹を横に書く。
【曲名】 出発1981 国会・宮津
【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/24
【万愚節挨拶】
『おはょうございます。安全。』
・・・
『こんにちは。健康。』

 れおりの・そめふまれ。れおの・りばせみ、という。
るるさるの・山花という。めぞんすてー、という。
れてらせの山という。
【万愚節の花】
 私の花の家という。およよけめの挨拶という。上で
ある。手に小さい柳の枝、片一方に、ちいさい桜の
枝。五センチ程の江田で、これをもって細い川筋で、
歌を歌う。これが、私の万愚節。決して、大勢で
群れたりはしない。大勢、人が集まると、危険が
出てくる。近隣の人がいやがる、家の前に人が
ずらーっと並んでいる。これも、同じく、近隣の人
がいやがる、おうおうにしてある。治安維持上より
も、これが先に出る。治安維持上からも好ましく
ないという意見も出る。会社の代表で、1人で歌
ってきますかという。

 万愚節をいうひぃに、耶蘇教のクリスマスをいう。
家でしましょうという。小さく祝うひぃに、これが、後の
、安全を手にした喜びという。

 小さい村の祭りで、その村の人達だけが、こじん
まりと祭をしている。昔の祭である。行列という、
人も見ていない、静かな、さびしい所を少し、歩く。
健康の話という。
【万愚節行列】
 この行列の先頭に、狐を出す。この狐に、頭に、
折り紙で作った小さい傘をのせる。足に靴を履かす。
次に少し大きな猫、これも同じ。次に、犬、これも
同じ。万愚節という日の行列である。狐火、猫化け、
犬よめし、という。皆、健康維持、安全を歌う動物
という。病治し、とも。小さな行列である、1人でする
場合もある。犬花(いぬはな)のきんびき、という。
かっするすせす・れれそる・ありさり、およんす、
という。

 挨拶に、安全という言葉を付ける。会話に、安全
という言葉を付ける。喋れば、安全という言葉を
つける。これを、万愚という。万愚節の意である。
健康の言葉を付ける、とも。犬よらりの・せめそれ、
という。びぬしゃるの・せめそれ、という。沖縄、メン
シャーラーの町のこととも。めずじらせ、という。
めってす、という。めのん・そうすく、という。
あがめのははりの・おかり、という。ペラスという
言葉である。よい話という、ホテよいコテを、いとよる、
らすてま、という。ホテよいコテを綺麗にあらいましょ
うという。ばべんてっすくの言いという。
【太宰府】
 こみっしょられ、うてそんず、とぞそ。ろりす・しょうナモ、
という。田舎の言いよの、よいほるれ、という。
いとばん・そっすく、という、これを、りはれる、という。
りはばんの・やまま、という。りはばんをとる、太宰と
いう。日本の各地の太宰という。代表が太宰府という。
天神の場所ともいう。りはばんの天神という、太宰とん
ふき、という。りてらす・れんてるの、お絵という。らぶん・
すうすく、という。御所各地のりはばん、という。
【天神】
 天神の小さな祭という。これを、ぴとまんて、という。
びろるの言いという。
『天神 、やっこ、しっく、さっく』という、天神のゆっぺ、
という。てれんすの・おいさりるり、とぞそ。
りはばんを称える、といきき、という。これを、けるせ、
という。後、ぺるせ、という。後、ペルセポリスである。
【ポルトガル】
 ポンキスという。西洋のポルトスという、ポルトガルの
リスボンという。崖のあった、リスボンの町という。これが
水戸遣(みとやり)という、水戸りはばんという、オル・
ポンテスという。リスボンの、栗原ゆり歩きねという。
リスボンの祭である。日本との掛かりが、動物を出す
ことという。日本と同じ動物で、同じ格好である。
リスボンの町の古い祭である。リスボン崖のゆりみ、
という。手にリスボン柳を持ち、日本風の傘を持つ、
ポネサスという、リスボン・ルッスという祭である。
万愚節にする、この万愚節、でかするという、
れれす・まゆはむ、という。これを、リスボン・りはなる、
という。リスボンのオルポンテスである。
【京都市先斗町(ぽんとちょう)】
 京都市先斗町の、まいしば、という。先斗町舞子
が、これをする、リスボンのオルポンテスの風という。
『何を、くよくよ川端柳』という、エール・オン・ポンテスと
いう。ポルトガル語で歌う、エルアン・ソーラーという。
万愚節の、そのよる、という。これを、ソーラー・ナイト
という、カイト・レーセーという。先斗冷家という、舞子
座敷という。古く、園部の、宮津氏の踏襲である。
宮津白院の、ふぞまそめ、という。ここの踏襲である。
宮津氏の外国語がポルトガル語である。日本各地の
水戸とも。
【安全の屁】
 『オール・ポンテス・アントン』という冠語の挨拶で
ある。日常語で、『はうい』という、『エル・サントン』とも。
安全を 『ぺ』という。水戸っぺ、という。田舎っぺの
話である。『おへ、ひいた』の、おならの屁であること
とも。祭こき、という、ぺみす、という。あっぱすの言い
という。舞子のおなら、という。扇で顔隠して、ぷという。
アントン・セックスという。せくしられのお言いで、仕草
である。オナラをたっとぶポント草津という。

『ブブイのブイ』という、おのぶという、屁のことという。
『おのぶ』が舞子用語である。これで、おのぶおよよ、
という、舞子の万愚節という。
【落語家】
 これを、踏襲する落語家の万愚節である。扇を
『かんらく』という、落語家用語である。おならを、
顔で表す、へもんしら、という、単に、しら、とも。
扇で顔を半分隠して、片手の小さい拍子木で、
ビビビーと鳴るような音を出す。これが、そめ、という、
おりる、という、オナラをこく話である。落語家の万愚
節という。万愚節にする楽語とも。

 この楽語 、風呂屋、遊郭でする。他に、便所風の
建物でやる、ひすとす、という。これを、落語家ポルト
ガル語という。これで、落ちという、この日、おりました、
という。おり、という、落ちのことである。
【落語家の歌舞伎】
 この『おり』が、落語家のやる歌舞伎という。
歌舞伎の『オリオリオリ』をやる、落語家の上がりという。
これを、『すしくいねぇ』という。すしあがり落語という。

 『すし落ちしますか』という、落語家の女形という、
これを『オレポントス』という。おならを出しましたという、
やごめあがり、という。やごをたっとぶ、レオサンシーズと
いう。落語家の冠語真似という。マネキンの落語という。

 『あのマネキン、すしくいやがった』という、これを、落ち
あがり、という、落語家のすしマネキンという。招く調べ
という、ピアノ奏者のおなら、という。上品なかぐわしき
匂い入りである。
【宮津市】
 ポント出したを、ずうっとひる、という、ポント出したと
いう宮津民謡の、宮津白(みやずしら)という。これを、元
かえらり、という。歌舞伎役者が落語家の真似をする、
まねんずれ、という。これが、冠語ではない、歌舞伎役
者の専門用語である。

 『しゃらんめえ』という、落語家の『リオ』である。ブラジル
の落語である。外国へ飛んでいく話である。これわ、飛ん
で戻ったという、リオサンスウズウという、歌舞伎役者の
落語家真似のリオ戻しという。これが、万愚節の歌舞
伎役者の万愚という。歌舞伎ざんめえ、という。

 三昧残務の、ゆめのこし、という。落語家のあげという、
夢の腰という、残夢歌舞伎という。夢を見て越す、山川
上げ下げの、稲荷茂(いなりも)という、稲荷でする落語
家の歌舞伎という。

 どこまでが歌舞伎の話ですかという、ぎよのかられ、
という。『かられ』が、歌舞伎の原語である。歌かられ、
という。

 『ちょいと、べらさん、よっとくせ』という。これが、種証し
である。オナラのことといわず、しらをきる、という
くせという。『ちょっとくれ』と言えば、先斗三昧、縞の財布
という、宮津白のこいはなみる、という。

 宮津りゃんされのそりっす、という。島の採譜かという、
ミューランサーが出る、『おみゃあの、みゃあらは、みゅーじ
白か』という、音楽の拍の、しらかえせ、という。これを、
みゅーじっ通という。音楽団の歌舞伎をする。宮津白院
の歌舞伎である。この歌舞伎に動物が出る。人が動物の
格好で歌舞伎をする、白院歌舞伎のミュージックという。
ミュージックのおれおり、『おれおり、おれおり』という、
『おりおりおおり』のことである。動物のおならを、おれおり、
という。動物のおならを、やまいね・なおる、という。なおると
いう話である。おならのことを、なおる、という。これを、おなら
づくし、という。音楽家のおならという。

 『エ〜イ、プッとやれ』という、名曲の聴き方という。

 合わせ落ちのお書きという。
【国会】
 だから、国会の歌という、宮津白の国会い、という。
『宮津らっとして、すさっさ』という白院の国調べという。
これを、お岩のおなら、という。巌国という、宮津白院
浦である。ミュージラーの歌という。ミューの白浜という。
ミューという院長のことである。白院長という、クジャク
のことである。巌国の美貌人という。歌舞伎の話で、
落語の話という。これを有名駄作という、太宰という、
太宰治という、森有名館という。一名、太宰白(
だざいしら)という。太宰白状の場という、有名作品と
いう。

 太宰論とりの、とりという、『クジャクが、ネギしょって、
かもまぜた』という、宮津の方便という、『まねた』の
ことを『まぜた』という。『いいなきを、しょって』という。
『いいなき』という、これを『いなき』という、稲荷の
ことである。神社のくじゃくをいなきという。くじゃくを
飼うことという。神社の、うらやまらぎ、という。
くじゃくを放し飼いする白院という、イギリスの日本
庭園という、クジャクの庭という。
 これを、国会いという、宮津の自慢という。

 ここの万愚節である。ポントというて行事をする。
主として歌である。ここの万愚節を、国会々という。
くじゃくを奉る白院の万愚節である。巌国美貌万
愚という。くじゃくのおならを喜ぶ、おいとまり、という。
おならを、とまり、という。宮津医学の一つである。

 国会議員のおならの合唱という、宮津白ゆみはむ、
という。『ゆみはむ』は、おならのことである。国のおなら
という、白院善詩という。『詩』が場所を表す。これを、
国会詩という。『はむさら』というて歌を始める、国会
おう、ならぶ、という。国会、おぶ、ならぶ、という。
はむさら会議という、歌で終える国会という。白院流
ともいう。

 これの意を体す、そんれら、という。そんめの・こくする
という。これを、国会忖度という。国のやましられの意
味という。、国会忖度の歌う国会という。代表を、
万愚節にとる、はむさらである。

 『さら』は食事の皿である。がんとめの歌という、『春
由』の、国会用語である。がれっせる、ともいう。
国会のことを、がめふま、という。宮津白の言いという。
白院冠語である。『がんとめ』の『がん』を巌という。
国会を巌国という、白院冠語である、りゃんぜら、とも
いう。うりすせとるり、という。この『るり』が鳥である。

 くじゃくを国鳥といっていた頃の日本という、キジとも
いう。白院のキジという、くじゃくのことである。くじゃくの
声、『ケセセ』という、くるっしぶのおなき、という。これを、
ルルーという、冠語という。鳴き声という。かんつらっくの・
しょめされ、という。国会の調べという。

 白院調という、『春由』の歌のことである。『さるは、
よっつれる』という、よびふりの・しらそれ、という。
国会をたっとぶ文である。歌う国会という。正義を
歌うという意味の類の『歌う』である。

 国会回し落ちとも。尊落山という。終わりを落ちと
いう。

 宮津航路ともいう、『あれらピンととる、ピンととる、
びらら、しゃんととる』という、白院周りの古い古い
民謡である、『縞の財布をピンとだした』という民謡の
前歌である、意が『ポントセット』の意で、始めるこ
とである。節度豊かのピン先という。くじゃくの羽のことを
ピンはね、という。後程。

そうきょうよいお書き。
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『天照大神、そうきょう、よいよい』

そうきょうよいお書き。
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『天照大神、そうきょう、よいよい』
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