2022年01月08日

出発1680 大きな力 :イカスミ柳

腹を横に書く。
駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 出発1680 大きな力


    創曲、冴柳雪広・正(やなぎ)  2022/01/08
    造詞、冴柳小夜・正     2022/01/08
    監修、ほうきき・正        2022/01/08
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ACID ソースネクスト社
【歌詞】正里
大きな力の 波寄せて 潮風が
頬なで 浜は 深緑木々そよぐ
帆を上げ船行く 新しい春の世に
人朗ら 宮辺の三宮 きれいな座敷に
座り 賜る扇

【今常】
そうきょうよい時です。
【解説】
2022/01/08
【大きな力】
暴力団に、健康安全を。

暴力、大きな力のこと。波の力などにいう。
【印刷】
 暴力のある所、浜辺という。ここで仕事をする
沖仲仕、漁師、港湾の労働者等、これを暴力団
という、大きな力の組、団である。この団の知らせ、
連絡に、団内の新聞を作る、この印字の印刷
の仕事、印刷業という、暴力団の印刷という。

 これで、暴力団が、海辺に出て行く 。全国の
海辺である。昔の、沖崎るか、という。沖の場の
組印という。暴力団印という、発行の印刷である。

 この印刷業の言いの暴力団という。印刷業を
請け負う組の人という。ぼっくせ、という。印刷の
印字の組の人である。
【舎弟】
 これが、よとむ、という。淀む印字という、印刷紙
である。これを、ていそり、という。『てい』を淀むにとる
、淀判(ていはん、てんはん)という。後、じょうらぎ、と
いう。てっそむ、という。手を染めるという、仕事を
することである意という。せっと、という。手を染める
ことを、せっと、という。せっと淀判という。これをする
人を、舎弟という、印刷の業に携わる人という。

 この舎弟のことを、淀みま、という。よっとけ、という。
よらぜ、という。これの言いの、くらす、という。舎弟の
世をいう、印刷業者の日常である。

 くらす人という、印刷業者である、これを、組しぶ、
という、組んだ組のことである。主に浜辺の印刷である。
いっせらぎの組という。後、暴力団という。普通の
人達の集まりである。
【養蚕】
 寺の養蚕という、この寺の蚕の力を暴力という。
この蚕を、暴力たんはむ、という。後、みっすべ、と
いう。たまう山やら、という。山という蚕の集まりで
ある。
【耶蘇落】
 キリスト教の耶蘇落という、これを、ちょこすれ、と
いう。今のチョコレートを作る仕事という。キリスト教
がチョコレートを作る団体である、集まりである、
この団に、ちょっそく、という、チョコレートの仕事である。
この団をチョコレート団という、キリスト教一般である。
この暴力という、小さな善力という。キリスト教の
女性の仕事という。

 暴力という言いの諸相である。今風にいえば、
昔の言い方という。
【神戸】
 宮辺の三宮という、神戸のことである。この『
神戸』、古い、長岡京の友岡辺りという。水辺
の、まけさり、という。造船業の場という。暴力の
造船という、暴力団業という。造船会社の古い
言いである。
【神戸三宮】
 これで、神戸へ行くという、今の兵庫の神戸で、
宮辺の三宮という場所という。今の三の宮辺りである。
古い日に、侠客御所という、ここから訪ねた三の宮の
団という。そこの家の歌である。

 皆、浜辺の仕事をしておられた人達である。
扇を戴いた話という。今は、手元にない。

 ない話を書く人である。当時、暴力団といっていた
ことという。ここの座敷である。侠客御所という、
今の京都御所の人ともいう、たくさんおられることという。

 印刷業をする暴力団という。暴力団の一意味で
ある。

 暴力団に健康と安全を。
広く、印刷業、造船業とも、この人達に健康安全を
、という。

 健康な体で安全に仕事をしてくださいと、暴力団
にいう人という。周りの人にも安全をという、いちいち
私が言うまでも無く、考えている人達である。

 神戸三宮の宮、京都ごゆほめ、という、古い暴
力団の言いである、暴力冠語という。ごゆ、ともいう。
京都御所のことを、けりさま、と呼ぶ、京都の暴力
団である。一般に、かっくり、という、京都御所の呼ぶ
呼びという、暴力冠語をかっくり、という。警察にも
用いるのである。警察を古く、浪士という、浪士団、
浪士組という。暴力しまり、という。島の里という。
警察のある所を、暴力里という。キリスト教の小さな
善である、小善里という、耶蘇団という、場所でもある。

 警察に、健康と安全を、という。

これが、落ちである。物事のしまりという。決である。

余談。
 友岡という、友岡である、友岡の『友』の意である、
上の文である。これを、ともじょれ、という。『しら』と
いう場所である。

 『じょれっさん、びた』という。じょれみの言いという、
これを『しら』という、古い三の宮にもある、浜じょの
言葉という。ぼふれめ、の言いという。
ぼふという、暴力のことである。大きな力のことである。

 細長い舟で、たくさんの人で漕ぐ舟を、暴力艇と
いう。後、競艇にも使う、波の力を乗り切る力という。
波の力を、乗り切り、という。乗切(じょうせつ)の、エル
サンファールルーという。古い京都壬生の舟屋である。
浪士漕ぎという、ぼふつれ、という。
古い話である。新しいよい話である。

そうきょうよいお書き。
******
『天照大神、そうきょう、よいよい』
posted by 秋残り at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽