2022年01月01日

皆さま、おめでとうございます。

『おめでとうございます。』

 これを、きょっくく、という。ここを、江戸城という。
アールラッセン・ホアッルラーという。ラッセン・ニーズの
こりゆってき、という。らっとうの言いという。
 『きんゆば、せりまさ』という、『おめでとうござい
ます』という意という。これを、そうきょう・らっくく、
という、レルッサン・オーラクという、れるての言いと
いう。

 『ここゆら、きんばれ、めなせら』という、向日
ごゆらくの大極殿という、ここの冠語である。これを、
アップション・シーズという、冠語のことである。

 ブーズー語で、『ナユヨ』という、ハッピー・
ニューイヤーである。ドイツ語のナーレルの掛かり
である。ドイツ語ののみ浜の言葉である。これを、
アンゴルゼという、アンゴルという。ブーズー語の
古ブーズー語である。冠話である。

 ドイツ語の『ナハト』という、ナハトの意がある
『ナユヨ』という。セサミル格という、文法の格
という。これが、ブーズーの格である。

 私を、ムンブク、という、セサミル1格という。
『ムンブク、ブーシャ』という、古ブーズー語の
『あゆよっせん』という。これを、みよ浜語という、
篠山のブーズーがかりである。

 江戸城のブーズー語という。古武士という。
ブーズー・ランダムという。これを、
江戸城のほりから、という。『から』が
言葉の意という。カラオケという、カララと
いう、カラセルという、言葉のことである。
 江戸城で挨拶をする、『こみれる、さましら』と
いう、これを後、単に、『しら』という。挨拶の
ことで、言葉の意である。江戸城を、しらっけり、
という、これを、皇殿落という。

 皇殿落の『あいたりはら』という、江戸城の
ことである。たりるらべんもる、という。やや
とせの、ご挨拶という。大お爺さんに申し上げる
ご挨拶である。ブーズー語という。正月三が日の
ご挨拶である。『ムンブク、ブーシャ』という、
これを、古武士語という、古ブーズー語という。

 これが、アフリカのアンゴラにある。大極殿
からの言いという。大極殿ブーズーという。
  『ムンブク』という日本語である。江戸城代
かんゆき、という。これが、古ブーズーの言葉
である。

 レレッセン・タークソーという、ブーズーと
日本語の関わりをいう。ここがミナベである。
日本の古い挨拶である、『ムンブク・ブージャ』と
いう。アイル・サックスともいう。このままの冠語
である、英風冠語という。

 『ムンブク・ぶーじゃ』の話の英国伝祖という。
英国各地に、これがある。古アイルランドにもある。
ギロギロという、古コックス英語の言葉という。
これが、ありょう木の言葉である、後、アッサムと
いう、アッサムの木の言葉という。ラルン・ファー
ルラーのお解という。

 ハッピー・ニューの解釈ともいう。『水』が掛かる
ニューという。英語を入覧語という。水の話が出る、
ニューのおにゅう(お入)という。レラン・ファックス
の言いという。木に水をやる掛かりという。
 アンゴラ・ミナベの話である。
なみふみらくのおんぱれ、という。歌山の言いという。
『おめでとうございます』という話という。
『アンゴル・モック』という、古ブーズーの挨拶
である。

あんせるいまやら、という、4語の言葉である。
古い日本の和歌という、4,4,6という調子という。
後、5,5,7になる。
『あみきし、ゆられら、おりすずるる』という、
出雲立つという、八重垣のことである。正月の
言葉に使う、向日世の大極という、アンゴラにも
これがある、古ブーズーの冠話である。
コカンレックスのおとよと、という、古ブーズー
のことである。古武士語という話である。

『皆様』という、さんすげの言いという。
『皆様、おゆらる、こりらく、ろめるら、
いひしり』、『おめでとうございます』という、
『ナユヨ』という、この意である。

 古い日本の正月の挨拶でもある、
『ナユヨ』とぞそ。『ナバ』ともいう。
『ナバ』が、チョッソン・ラールゴーという、
古い朝鮮の言葉ともいう。『ナンカンヒュア』
ともいう、古い李氏の言葉である。オロションの
おこと、という。日本語でもある。

 日本が朝鮮を日本というひに、朝鮮が日本を
オロヒャワという。これが朝鮮への侵攻である、
言葉の広がり、広げという。日本語を使っているひに、
オロヒャワで朝鮮語を使う、これを、チョッソン・
ラールゴーという。みよ山の言葉という。チョロンソと
いてう。フアル・スッサン・サーズーレーという。
4文字の和歌の頃の日本という、オロヒャワ語という、
チョウセン・ラールゴーを使っていたことという。
代表が大和朝廷である。田村の守という、田村麿と
いう、坂の上の田村麿という。その人の言葉である。
係が、山科になる、日本府の掛かりという。日本に
朝鮮がある話という。朝鮮に日本府があることという。
田村麿という人の造りである。

 朝鮮へ行ったひは、太宗という、朝鮮の太宗で言った
話という。田村楼という楼閣の尋ねという、ピョッソン・
ラールゴー足す意゛ねという、チョッソン・テイハンと
いう。これを、日本軍の侵攻という、太宗という朝鮮の
太宗が朝鮮へ行く、今の平壌である。
『私、朝鮮人である』という名乗りのパレッスレーという。
朝鮮の原始人ですという名乗りである。太宗の古い意味が
これである、原始人である。
米米米米 米米米米 米米米米 米米米米 米米米米 米
 この原始人を、ナユレという、チョッソンのたむぜ
ら、という。坂上田村麿の話という。チョッソン・ラー
ルレーという。なゆみの山のお書きという。後、『ナム』
という。日本語とちょっそん語の同語である。今も『ナ
ム』をいう。日本人で、朝鮮人と同じく『ナム』をいう。
 
『ナム、せいらるう』という、古い日の、李王朝の言葉で
ある。私の故郷という原始人である。古い話という。

 朝鮮の漢の時である。『ナム』の言葉の説きである。
李王朝という、朝鮮太宗という、日本の、すももの宮の
人である。

 同一人種に扱う、朝鮮モンゴロイドの人種の区分け
である。モンゴロイドという、日本人のことという。
『ナム』が元である。

 日本の中の朝鮮の話ともいう。韓国岳のことともいう。
あやからの山という話という。リュウファンラクのお話と
いう。

私講義11
『楽器ギロ』の話
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽