2021年01月29日

卒業8640 樺太大泊 :イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業8640京都船旅7540
古譜6540大原練習6440天の下6840 樺太大泊(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2021/01/29
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2021/01/29
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2021/01/29
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
あたいが着いたのはペンキのはげたうら建屋
港に人見えずカラスだけが迎えに来た
マストの船が波に上がり宿へ向かう足急ぐ
小木の戸を開け入れば木の廊下 しばし住む
港屋 暗い過去を変える時 思い直し来た
処女地 小さな村 暗い部屋に つけた
赤い電灯


2021/01/29
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)J29.
 ***
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『天照大神、そうきょう、よいよい』
腹を横に書く。
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卒業8590 村上電 :イカスミ柳


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業8590京都船旅7490
古譜6490大原練習6390天の下6790  
村上電 
(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2021/01/22
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2021/01/22
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2021/01/22
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  和音は、ソフトのオートで、そのままです。
【歌詞】創郷
しつれん致しますと 村上の城言葉
広くて大きな地に城立つ 字所
故郷 和国読みへ無電を打つ時
完成祝いの歌添えて しだすれの
文字を書き 花の世の 花火の
打ち上がる

【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
そうきょうよい時です。
【歌解説】
【村上城】
2021/01/22
【村上電】
 失礼しますという、しつれんしますという村上の城の
言葉です。新潟村上の城です。無線の話のある城である。

にたいほうという、無線の通信の言葉という。今の、
トツーの無線の前のことである。についしん、という。
トツートツーという、音を出し、それに続けて発信
する。わずかな時間である。村上たいじる、という、
無線の通信の言葉という。

 イートンという、よいらくの通信ともいう。穂浦
れえるら、という。無線の発とぞそ。電波が短波の
電波である。後、超短波を使う、村上の通信という。

 れっつる山のお書きという。六国の通報という、
ろくそくという。ろんみるゆいせ、とぞそ。

 京都の穂浦である場のことという。記録機つきの
無線である。らんとべ、という、記録機である。

 村上通信の発報という、はるれるせんむれ、という。
遠く、仙台の、山のあら、という所へ打つことという。
今の仙台の浜御殿である。仙台へ打ち、
長岡へ打つ、この返りの内とぞそ。返電のことを、
みるやる、という。

 昔の、ごきふまるく、という。穂浦のごもせみの
家という。若い人の住む家である。ここへ打つ、村上
電という。トツー通信という。
【村上銃】
 古い昔のことという、維新前夜という。花火をする
城の場である。城内のことという。小さな花火である。
線香花火である。そい浜槍という花火である。後、
村上の火筒という、鉄砲の造りという。村上の鉄砲で
ある。これの加工を城でする、鉄砲作りである。
【火縄銃】
 きゅうという火縄銃という、村上火筒という。これ
を、しつれん、という。銃のことをしつれんという、
村上の城の言葉という。後、しつ、という。村上の
あつらむ、という。圧搾空気を使う仕組みとぞそ。
今の空気銃である。篠山の造りである。
【竹の鉄砲】
 篠山の篠身の竹おり、という。これが、竹の鉄砲
である。竹し銃という、竹の硬いものを使う、竹し、
という、硬い竹である。これを、ひなせり、という。
これの鉄製の村上銃という。鉄を使う村上の銃である。
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)J22.
 ***
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
腹を横に書く。
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卒業8600 黄桜 : イカスミ柳


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音楽
【曲名】 卒業8600京都船旅7500
古譜6500大原練習6400天の下6800  黄 桜
(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2021/01/24
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2021/01/24
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2021/01/24
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 
黄桜咲く丘歩き見るここのえ
匂いは黒草においあえ 黒道
歩けば黄桜に実がなって 
たわわのなり様 大きく黄色の実
葉青く 隣は緑葉の桜が咲いてる


 狐の天気予報。〇r1999/10/19
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【歌解説】
20210124
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)D06. 
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。 
腹を横に書く。
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卒業8602 宗教探訪 毛イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業8602京都船旅7502
古譜6502大原練習6402天の下6802  宗教探訪
(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 

【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【歌解説】
【宗教探訪】
宗教探訪
 2021/01/25
記者は目的の地へ向かう車中、ネットを見ていた。
このスマホが昔あったのだという、それも半世紀以上前
にあったという記事である。200ボルトの直流。交流とい
う電気を使っていたという、それも原子力発電で作られ
たのだという、放射能の缶詰を作り、それを今、使って
いるという、そういう記事が目についた。駄作家と称す
る人が書いている、あんな歴史は無効にしておけばよい
、という。110番は、その駄作家の電話番号であったと
いう、その駄作家がゾンビだという記事である。
【天理市】
 その駄作家の故郷という、現、天理市という所であ
る。そこを訪ねるのである。四〆縄城という、城があ
ったという。はて、それは、どこら辺りかと、探索に
出かける記者である。

 駄作家によると、城の中に堀があったという、それも
建物の中に堀があったという、外にも堀があったのであ
る。そこに住むゾンビであるという、駄作家という人で
ある。
【晴寺】
 記者は今、その辺りにいる。どこを見渡しても、その
城の面影すら見当たらない、その地の南が大きな湖とも
いう池があったという。まったくわからない話である。
後には、晴寺(はるてら)飛行場であったという、飛行船
が発着していたという、火山岩の地という。記者は、文
献をくまなく調べ、どこにもそんな記録はない。

 駄作家の書くことは全くでたらめであろうか、考えれ
ば考える程、わからなくなる。ひょっとしたら、事実で
あるかもしれない。京都には、神事内門(しんじないもん)
があるという、そこにも住んでいたという駄作家である。

 信じられない記事という。以前、京都の記事を書いた
記者であるが、神事内門はどこにありますかと尋ねて、
大目玉を食らったことがある。その神事内門があった
頃のことである、その頃の天理三輪である。

 今、宗教団体がある、新興宗教といわれる宗教団体で
ある。この宗教団体の神殿という、その南に晴寺飛行場
があったという、駄作者が、大阪へ行くのに飛行船に乗
っていたという、ゾンビ様式の生活をしていたんだとい
う、駄作家である。

 宗教団体がいう、神殿の周りを東西南北、館という建
物で囲う、それを目指して現在進行中であるという、四
方正面と言っている。
【サンザシ】
 駄作家がまた書くのである。四方正面という建物は、
昔のことである、既に完成しているのである、その後、
南半分潰し、残る館に、所々切り込みをいれて、潰して
おいたのだという。晴寺飛行場という、その辺りである。
天理の東にある火山が煙を上げていた頃である。この頃
に地滑りがあったのだという、山査子の植わる丹波市(
たんばいち)である。その前が藤堂藩という場所である。
そこが、故郷であるという、東大という場所である。
天皇査察城という四〆縄城という、城があった頃であ
る。城の建物の中には、堀がある端麗な城である。

 記者は、この城を訪ねるが、跡形もない、晴寺飛行場
は、その跡もない。山査子を探して尋ねてまわったが、
町の人も知らない。山査子の産地であるという駄作家は
、いったいどんな人なのか、神事内門にも住んでいたと
いう、信じない者だという、しんじないもん、という、
眉唾物のことをいう言葉という。記者はね自分のことを
いわれているのだろうかと、考えてみた。
【ゾンビ】
 大きな池と言い、飛行場と言い、四方正面の館続きを
完成さして潰したという、神事内門はありますかと、
問いたいのが、記者である。ゾンビであるという、天理
豊田山の隣の小さい丘の、岩の家という、そこに住んで
いたという、かの駄作家である。
【簗木のお幹さん】
 この神殿の立つ前には、ここに住んでいたのだという。
家の前には、大きな簗木の木があり、その木に、『簗木
のお幹さん』と、いつも挨拶していたという、その家の
前には、風呂棟があったという、駄作がいう、『お幹さ
ん』の頃という。後に神殿ができたのだという。その神
殿に棲んでいたという駄作家である。がらがらと変わる
天理の町という。
【天理平端】
 近く、平端の城という、そこへは、船に乗って行った
という、神事内門が常識の頃である。記者は、訪ねる
この四〆縄城の城跡という。今、天理にいる記者である。
城後はどこだと探している、見当たらないのである。
晴寺飛行馬の後もない。京大行きのバスがでているとい
う、全く分けのわからないことという。これが、駄作家
がいう、若い人の造りという、京大行きのバスという。
【四〆城】
 四〆縄城の跡はあるという、記者のは目を疑ったので
ある。皇居にあるという、石垣の一部がそうである。他
にもある、天皇査察城という四〆縄城である。その四〆
縄城の写真に若い人が写っているという。
【平端城】
 平端城のかよれはる、という。京都船歌である。
平端の空中線路という、現、京都三哲物語である。

 記者は、あっけにとられた、四〆縄城の城跡は、皇居
の石垣にある。天理には土地があるという駄作家の言う
若い人である。

 三輪という頃の天理ですという、若い人という、駄作
家に書き立てられている人という、ゾンビという石の家
に住む人という。
--------【京都、鯨京】
 京都で、鯨を飼っていたという、鯨と一緒に住む若い
人という。この鯨の池の頃である、駄作家が書く、若い
人という、神事内門造りの人という。七条大門遣りの
ことともいう。スペシャル大門という。京都の田島晴と
いう。タージーマハルという、インドをデカンという
頃のインドとそ。デカンに行く若い人である。
--------

 若い人といい、駄作家という、記者の信じられない
もん、という、神事内門を信じますかという、ソンビの
神事る門という、神慈の語源という。簗木の市である。
ヤナギで病気は好転することという。ノイローゼには、
ヤナギと言わせ、という、ヤナギと聞かせ、という、
天理簗木のお幹さんという、神事内門の七条神慈とい
う、七条大門の記者である。
【東藤藩】
 京大という大学の、きょうこめゆり、という学問の
信じという、学びの問いの話である。記者の記という、
これを、気という、学巻の気の類の、器官の気という、
記者の記という。これが、記者の造り元である。
記者という言葉のことである。上文という。
書巻の気、学巻の気、器官の気・・・・という。
脳論の出という、京大の山落学という、その言いで
ある、『・・・の気』という。東大の『・・・の蚊』
という、仙台の『・・・のきず』という。
 この東大が、藤堂藩の東大である。場所を、いう、
藤堂藩の東大という、藤堂藩の場所のことである、
丹波市である。京大行きバスという、これがある話と
いう。天理地滑りの記念である。山査子植わる天理の町
、私の故郷という、三昧田辺りの地という、懐かしい天
理の町である。稲荷があり、寺があり、神社がある、
柳ごおり、という。天理のことを、やなせく、という。
これが、天理の藤堂冠話である。いなすら言いという。
この天にかかる飛行機である。
【飛行機コンコルド】
 今のコンコルドである。
 一度コンコルドが止まっている町という、これを、空
調という、空気カーテンのある館である。鯨の住む家と
いう、神殿のことをいう、屋根に穴が開いている神殿で
ある。鯨の家である。潮吹き穴という、潮吹きのみこと
なみ、という、古い天理の言いである。古天理教という。
天理の病治しという、ヤナギで治る、病気という。
あざみ(字見)治しという。天理判という、印刷物の大き
さという、この大きさの判という、大きな判である、印
鑑である。

 字(あざ)をいう、一字一柳という、一区一柳という、
きめてみくれ、という。病人の喜ぶ柳である。しょう
りゅう(正柳)という。これの、気という。松柳という、
松と柳を、病治しの気の代表という。松野木にもたれ
という、天理の空気治しという、食う気という。
はしょうふうの言葉という。ばずすめの山のことと
いう。ばずが、馬の図である。すめが山である。
【天理卿】
 天理の古言いに、ばずという言いがある、馬の地と
いう、天理にロボットの馬がある、このロボットの使い
という、卿という地名を表す言葉という。天理卿という。
ロボットの町である。動物の馬もたくさんいる町である。
飛行機飛び交う天理卿という、大きな池があった頃であ
る。

 ヤナギと言えという、これを天理教という。健康安全
の言葉である、ウイロー・モーニングという、リインカ
ネーションの、お幹さんの英語である。健康が保たれる
話である。病気が治り健康になる、これをリインカーンと
いう、深是(ふくぜ)の言いという。天理の晴寺の頃の
言いである。深い民の言いという。ふくいず山という。
【松の廊下】
 ノイローゼという松の廊下という、江戸城の松の廊下
である、また行く江戸城である。ノイローゼスという、
古い村上のいとせまの言いである。ノイ宮の墓という、
ノイローゼを、やなおり、やなぎれ、やなひび、という。
松の廊下の簗木並べという、いたつなめ、という。いた
ち正宗という、ネムの木という、簗木の表記の、簗木の
木の一種である。簗木という木である。ネムという、
晴寺のやなぎである。やなぎをネムという晴寺の言いで
ある。全国にある晴寺の言いである。仏教の晴寺をも
含むこみとという。

 古いデカンのインドのネムという、ムーという、ネム
という、古インドという、デカンの頃の言葉という。
リインカネーションという、デカンの東インドという、
東インド会社の英語という、この会社の興しとぞそ、
アイ・ハズ・デッカミ、という、ぬるいタデカンの
英語という。デカン所という、丹波篠山のデッカン
ショである。アイ・ハス・デッカミという。同じ言葉
である。天理の、ふくざち、という英語である。リイン
カネーションの言葉が代表である。
 
そうきょうという頃の宗教である。この頃の宗教を
、そうきょうという、周教という。周教の一意義で
ある。やなぎを駆使する周教である。『やなぎよい日和
です』という、ぞんびらく、という言いでもある。
【天理書道】
 寺を周寺という、後、習字の手習いの寺という、天理
の書道という。周字という、天理の書家、字を『あつめ
な』という、これを、藤堂のはんせる、という。天理
書道の周状という。天理のむやの町という、撫養、ぶ
よう周字という、書道のむや、という、これが、露峰と
いう、書道の一法である、むや(撫養)という。この習字
が天理教にある。むやべらという、むやの習字という。

 この頃の天理教という、神殿という、やまふりという、
『しん』を、点という、習字用語である。柿の道という、
書きの道という、これを、ふでしま、という。後とぞふ、
ふでさき、という。書物のことをいう。

 『やなぎのお幹さん』という頃の天理教である。古い
天理教という。この頃の代表を、まばしらという、後と
ぞう、しんちゅうという、まほなみの言いという。しん
ばしらという、建築の頃の時をいう、しんばしらという
ことの置きとぞそ。神殿建築にかかったことの時の言い
である、これを今に置いたことという。しんちゅうであ
ることという。京都に天理教教会本部があった頃である。
後、この本部を天理へもっていく、いそのほうめ、とい
う、大きな本部である。
【天理の墨汁】
 天理教の石垣という、そこにも、四〆城の石垣の一部
があることという。天理西の端という、そこのいかすみ
工場という、このいかすみのすみという、天理の墨の使
いという。いかすみを使う天理の墨である、藤堂墨とい
う、後、墨汁という、いかすみ入りという。池に住む
いかである。古い日の、南の大池という、池大雅という、
池の名である。そこに住むいかという、いけたいが、と
いう。南の大池にいた若い人である。
【池大雅】
『池大雅いぜら』という、『いぜ』という、家のことで
ある。これが大雅の言いである。習字の大雅がこれであ
る。天理大学前の天理学習テという、大学以前である、
現、天理大学という、がんざりの学びという、そこの
教授室にいる若い人である。天理大学の教授という、
天理の習字を説く人である。
【天理三輪よみ】
 古く、いそすき、という。いしをいそという。いし
かみの宮という、いそのかみの宮という、そこの教え
であることという。これを、天理書道という。天理奈良
学という、天理三輪よみ、という。天理の古いことと
いう。天理市役所という、そこの作りである、興しと
いう。平端城の会議である。そこで決まったこととい
う。やなぎ山の拓きという。天理をやなぎという簗木
市である。藤堂やなよみ、という。やき、やぎ、とも
いう、簗木の読みである。やなという天理卿の場であ
る、天理京ともいう、これで京都に掛かりがなる、やな、
という、やなぎの言葉である。これが天理卿の意味であ
る。天理大学興しの文である。天理大学教授である人
という、若い人である。
【福島県五老村】
 東大のごこくり、という。今の福島の与五郎村という。
後、五老村という、そこの言いの掛けという。東大で掛
かりがある、晴寺という、飛行機の飛ぶ晴寺空場という、
福島の語である。五老である、むらすみのむらかり、と
いう。福島の五老という。いついらやりの言いという、
そえという、ふくである。これを、しますら、という、
そこの、くりきみ、という、もものけ、という、福島
の桃太郎という、桃の宮の頃の住まいである。若い人が
住まう五老である。天理の古い町と同じ名である。こ
れが古天理教である。いかすみを使う天理教である。
京都の本部ともいう。

京大の天理学という、この京都の天理教をいう、京大
の宗教学である。この頃の若い人の住まいという、京大
の時計台である。これで、京大、東大を掛けて興した
天理市である、後、添える副えという、福島のくりゆり、
という、五老の副えという、福島五老むみ、という。
天理大学のきゅうかり、という講義で残す、天理市の
藤堂藩の丹波市台という。この台が、天神の宮の台で
ある、丹波市にある天満宮の石垣の台という。
【江戸もれ】
 古い藤堂藩の江戸もれ、という、江戸の言いの『も
れ』という、私の意という。これが、もれを置いた、
五老の副えという。丹波市に福島が掛かることである。
老が古い蘇我の馬子という意である。この蘇我を祖と
いう、疎ともいう、これが藤堂藩の発である。
【四国撫養】
 古い四国がなる、むやという、むぞの村のこととい
う。むやの前をむぞという、この、むぞを越えた、
歩危の山という。むやの山のお言いという、このお言
いが、老いという。これが、むやを作ったことをいう、
古い四国の、むるれ、という。四国のおき、という。
あわおこと、という。阿波の蜂須賀という、藤堂まる
れる、という。古い天理の藤堂である、藤の堂という。
この『藤』が『簗木』である、柳という。これが、柳
を植える天理である、簗木市という、和国浄瑠璃とい
う、天理が天理をいう、自分を倭国という、これが、
東藤の倭国である。藤堂とも、東藤ともいう。

 古い天理である、地滑りのする時の住まいという、
家がズズゥーッと、西へ行った時である。今の丹波市
である。これが、大池の川でである、大池から川にな
った古丹波古天理である。この川つたいの船浮かべと
いう平端詣での、岩戸浮かべ、という。石造りの陶器
船である。平端会議の行き帰りである。
【天理平端、平端祭り】
 平端におられる御叔父御上という、天理のみょうづと
いう、これが平端祭りである。ここと、天理の西の線路
ずたい、天理こけ、という、そこの場の祭りという、
仏像のような造りの像を動かす祭りという、天理こけ
という。この二つの祭りという、地滑りを伝える祭りで
ある。ここの、天理を、ふくくき、という。ふくくき詣
での船という、鉄と陶器のあえ造りである。
【天理こけ】
 丘へ丘行きという、丘行きの船という、これを、天理
こうゆり、という、天理の船の交通という。古い天理港
という、天理の丘の湊である。天理丘という。ここへ、
行く、天理詣でという、ここが、天理こけの故郷である。
古い、西東藤(にしとうどう)という。京都吉田神社が
掛かる場所である。『京都から、吉田神社がやってく
る』という天理教の話である、このことである。
【吉田神社】
 ダンテスの頃の吉田神社である。吉田神社のしつ、
という。域内をしつという、吉田のでめそら、という。
京大の吉田学という、京大の神道の講義にある。天理が
少し掛かる講義である。
【丹波市の『つ』】
 懐かしい天理の町、私の故郷という、私を『つ』と
いう、古い丹波市の言葉である。『つ、いぜら』という
、『私は行きます、います』という意である。『つは、
行きます』という、天理のつわものである。東藤の行き
という。西の東藤という、そこの住まいという、祭りの
話である。御叔父おらるる西の東藤である。
【大阪行き飛行船】
 飛行船の長尾村、田辺の石舞台という、狛の辺りで
ある。その地域が石の船を造る地域である、石の建造物
という。石に住む玄という。玄人部落という、これを
入れた原人である。ゾロッキーという、ゾロキのこと
という。物が揃うことをゾロという、原子人ヨウロビと
いう。福島弓の言いという、これが、古代大津という、
滋賀大津の近江神宮の言葉という、ここにある、ヨウ
ロビの言葉である。
【青森八戸】
 キリストの掛かりという、青森の八戸の言葉という、
ヘブライ語の八戸という。ヨウロビ語という、大きな
石の家がある八戸という。ヘブライ語という言葉が、
石の家の言葉である。ヨウロビである、ゾンビである。
ゾビ、ビゾ、ビンゾともいう、ゾンビという。

 そうきょうよい時です。正(やなぎ)D06. 
 ***
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『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
腹を横に書く。
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