2020年12月24日

卒業8374 大山(壮強太陽)鳴恭川世讃歌):イカスミ柳

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音楽
【曲名】 卒業8374京都船旅7274
古譜6274大原練習6174天の下6574  大山(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/12/23
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/12/23
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/12/23
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【歌解説】
【桃山御陵】
 大お爺さんおれおられ、大お婆さんゆ、あられ
おあられゆ、いませる世、御祖先あられる今の世、
ありす川遣り、これなるを。
【硬室】
 京は桃山へ行く、桃山御陵という、硬室の旅と
いう。桃山御陵の家へ行くという、大お爺さんの
御家という。御硬室のや、という。

 細い石の階段を降りて下へ行く。硬山のおやり、
という。ここの墓である、世に桃山御陵という、
お爺さんの御墓という。前日、乃木神社という、
そこへ泊まり、朝起きて、周りを歩き、後、墓へ行く。
 緑ゆも浜の日という、周りに吉祥着をいう、これを、
喜墓を開くという、墓へ入る話である。全部石でで
きている、大お爺さんの御家とぞそ。隣が、大お婆
さんの御家である。

 我が世をゆれと仰せの大お爺さんという。揺れる
屋のしまそる、という。そるのえ、とぞす。そてゆ
たの御家という。汗をかき、登り下りの日という、
大お爺さんの御作りとぞづ。

 やまやあいめて、そすゆたる、せてそゆれめれ、
すすよら、すすみす、れそすててゆき、とぞづ。
この屋の冠語の言いである。なゆかんはれのや、
という。そこゆきのあるすれ、るるる、るれるそ
いてす、ゆめるら、えてゆ、れてゆ、そみそみの
お言いとぞず。
【乃木神社】
 原文、しださりで書かれている。しださり字
である。乃木やきという、乃木の字とぞ。乃木の
まの言いの字とぞす。乃木神社の所以である。

 またゆらゆゆゆ、せるすれめて、に、にぎのや、
これなるを。ふくゆしのお書きという。ぜんやり
の、めねせぬ、という。めねのや、ともず。
【丸槍造り】
 とみやらす、これを、よいひび、という。石の
家のことという。桃山奥の御陵という。丸槍造り
という。丸い屋のお書きという。丸屋根の大理石
とぞず。また行く、大お爺さんのお屋敷という。

 おんのやのふれす、という。ゆゆまませの、
めるれる、という。
【夢】
 軽井沢をいう、桃江所(ももえしょ)という、
ここの夢である。場を夢という、ゆめらる言いとぞづ。
大阪の夢という、秀吉の言いが、その意である。

 夢のまた夢という、夢るるあおせる、という。
夢の続く野の行きという。秀頼の丘という、桃山の
丘のことという。ここを、古く、秀頼所という。
今の桃山御陵である。丘のごゆはき、という。
ここへ住む日という、住んでいた人である若い人
という。夢所住まいという。丘の屋の住まいとぞづ。

 めいたかのやのおすゆす、という。てめるゆい
そみ、とぞず。明治の世をいう、明治神宮という
呼びという、後、明治神宮を、東京に遷すことという。
後、桃山へいすら、という。桃の宮という。桃宮の
住まいという。石の家である。毛布を持ち石に寝る
日という。石寝の日々という。いわばしるやのお書
き、という。

 朝、薄霜が降りたことという。こよそるのお霜と
いう。桃山の霜という。さまそゆうたせら、とぞづ。
桃山御陵という家である。

 ここを、てんときのや、という。山のお家とぞず。
こもせ槍という桃山の山のことという。こもせの
お屋敷という。我が世の夢枕、ここぞとそいう。
秀頼のやのお書きという。ひでしゃや、という。
ひでの社の言いとぞず。乃木希典という、お方の
御同行という。乃木神社のお住まいである。
硬室のお書きという。

 我が世夢ありすありらる、ゆゆてそのおちらく、
という。洛秋のお行きという。
『天皇下がれ』という人である。こうゆりのお言い
という。『昭和言うてみい』という人である。
我が家の住まいである。大御爺さんおらるる日で
ある。壱裕ゆ、ありてそ、壱裕という御名の八代前の
御祖父とぞず。

 大阪堺墓の世、これよる、のののおゆす、という。
京都さかゆら、ありるすすゆす、れれすすみるる、
これを、堺ごれ、という、そこのやのお置きとぞず。
そこの墓の中に住んでいた人である。大阪キュッポスと
いう、大阪の墓である。墓という人の住まう家とぞそ。

 京都墓町これより興すことという。京都市が墓である
話という。我が御祖おられ、大御爺さんお言葉ありて、
そわるふみゆみのおしゆし、という。御所の言いの、
かんたき、という冠語の言いという。ことゆとのお書き
という。
【李宮】
 平壌の宮、これをパケという。パケの言いとぞづ。
我が日のあたれる、という、平壌のすもも宮という、
李宮という、きしゆす大御爺さんあられあられ、岸の
大御爺さんという、大御爺さんお言葉ありて、ゆきつ
ゆきつ、大御爺さんおられるお書きとぞそ。

 大阪堺の墓家である。墓に船を置く人という。船に
乗り中之島へ行く、上へ上がった所が小建ての家で
ある。ここに住まう、大御爺さんのお言葉とぞず。

 堺から、まつりく、という今の岸和田である。ここの
だんつりという、だんつりのやの住まうはぶれぶ、とい
う。これを、堺だんじり、という。岸和田の城という。
大叔父御植えありてゆ、ありるそそゆす、すますまの言い
とぞづ。堺須磨という、堺の御叔父御上、ありるおあ
ふゆりふり、御叔父御上あられあられおあられおらるやり、
めめす言いとぞず。
【鉄鋼、造船の日々】
 堺かなの世という、金を作る堺鉄所という、新日鉄と
う、そこに住んでいた人である。新日鉄の中である。
後、神戸成功である、後とぞず、安治川の日立造船である。
そこに住み、毎日、川へ行き、あじの魚を見ていた日々で
ある。日立造船お住みの人である。のち、蒲田へ行く、
蒲田の造船という、後、琵琶湖の、かたふ、という、堅田
造船の日という、宇野弓の丘という、船造りの日々である。
大津、対岸の守山という、船造りの旅である。大御爺さん
おらる日とぞず。蒲田玉のお書きという。
東京の蒲田である。大森船闇という、大須のお江とぞづ。

 京都五条造船とぞず、五条の港の船造りである。和船様
という、鋼鉄の和船とぞず。木造の和船とも。和上の城船
ある日という。飛行機を乗せる木造和船という、飛行機が、
立って乗っている船である。垂直発進の機とぞず。
【若山友ヶ島、青美島】
 和歌山青美島の行きという。友ヶ島のことである。砲台
島の設計という、飛行機でしたことという。これが、湾の
造りとぞづ。わんたち記という。島を飛行機でくるっと周り、
設計したことという。砲台島のことである。しめそめのお
書きという。

 後、砲台島の日という。よろず浜という、桟橋のかかる
友ヶ島の場という、変わらずの出橋という。そこの橋の浜、
石造りのトーチカ状の小建ての家と言う、そこで書かれた
当書である、しだき文字の書という。大山のお書きとい
う。御叔父おらるる今である。

 宮城浜由良、おいすむおられおられ御叔父御上とぞず。
宮城県の浜の御叔父という。六甲の御叔母のお教えとい
う、三日の不眠の旅とぞず。ロボットの馬、揺られ揺られ
早駆ける不眠不休の旅である。神戸六甲の御叔母御上、
お教えゆ、御教えとぞず。

 皇居を出で走りに走る馬、ロボットである。我、
日本若軍という、若い日々の旅である。ひらめきの
稲光、雷光の旅の友とづ。腰につけた握り寿司という、
六甲の御お場のお作りという、『行ってまいります』と
いう、原子爆弾の左脇、いなこうのお持ちという。爆弾の共
という。マッチ箱少し大きい大きさという。国を作ると
いう人という。不眠不休の旅、宮城を奈良という、大和奈良
という、宮城野の木下露という、万葉集編纂の頃である。
御所にある頃という。宮城野の木下露という、詠み人知らず
という、六甲の御叔母のお造りである。握り飯をいう。
【しださり】
 遠い日の今という、皇居という、すめらななめのしださり、
という、文字の造りという。城の形状の文字である。我が書
ありてあり、今を、まゆびという日のことという。
【まゆっこし】
 まゆっこしという、まゆごしの日のお書きという。7、70
の前、6、69とぞず。まゆっこしという。年の変わる前日という、
開ければ年が来る、まゆごしの年という。60年前のことである、
今である。これが穂浦の暦である、グランレゾレーという、
年の数えである。緑の日という、昭和の日のことという、
4月29日という、昭和の人という若い人のことである。
穂浦緑の日である。穂浦の海軍暦という、グランレゾレーの
船造りである。
【岩手大槌】
 大槌の話という、岩手大槌という、御叔父御上おられる
大槌とぞそ。東大の矢という、そこの講義で鋼鉄造りと
いう、造船の大槌という、大山の沖という、また行く、釜石、
大槌、仙台の青目原、今もあるその頃の目の映りという。

 先年、波が来た大槌の浜、写真をみれば、私がいた浜と
いう、同じ状況である。小さな宮があったように思う。
砂浜の下深く、三段の軌道という、これがある浜である。
三陸大槌軌道敷という、これが和国枢要路である。
宮城より足を延ばし、6日の旅、馬の旅行という、ロボット
の馬である。合計ここのよの旅という、不眠不休の旅で
ある。宮城行大槌行、これである。若き世の旅、夢路いと
ゆ、旅の名である。後藤にしたロボット馬である。

 ヨーロッパの旅という、フランス・オーベルニュー
の旅という。ゴンドワナの頃より新しいことという。
オリンピック街道という、走りに走る馬とぞそ。真っ赤に
焼けた馬の足、陽を吹くオーヘルニューの山、仮面の出で
立ちという。

『若者がここへ来たら、冷たい水、あげましょう』と
いう、その井戸、今もあることとぞ。オーベルニューと
いう。ラ・シュという当時のフランス語である。
ゴンドワナの『ラ』である。日本の山間用語に残る話で
ある。

 古い日の旅、我が馬のはせる夢という。現実を夢と
いう、当時の言葉という。

 動力が電気である、石の卵の形の蓄電池である。のち、
スマホを持っての旅である。タブレット、ノートコンピ
ューターという、60年前の品物である。今の世という、
『原子爆弾を持ってきました』と言うた人である。そん
な時である、古い昔の話である。
【原子爆弾投下】
 後、京都へ行き、原子爆弾を投下する人である。原子
爆弾製造所、原子爆弾投下所という石碑とぞ、今は旅し
ているのである。京都原子爆弾投下記、これなるを。
その一つである、広島の日という、暦の広島の日である。
穂浦の暦という、投下した日である。広島県の広島も
勿論である。広島の日、京都原子爆弾炸裂の日である、
後、ガイガー計数器という、毎日、放射能を計っていた
人である。放射能があったという京都という。
雲造りのみやっこという若い人である。木実の為、
お書きである。

 原子爆弾という、むやみに使えば、水を吸い上げる
時が出る。吸い上げられた水という、空に水の塊で保
たれる。穂浦の海の見ずの吸い上げという、一瞬にし
て水がなくなったのである。空を見上げ、水がやって
きたという、水の塊がよく来ていたのである。湖の水
ぐらい一瞬のうちである。

 先年の京都府十津川の雨という、広島県の朝の雨、
水の塊という、あれよりもっと激しい水落という、
一瞬のうちに大きな湖ができることという。原子爆
弾の利用という。水のある所の話という。

 ゴンドワナおりゆれ、という、湖の出没である。
それほど、原子爆弾を落としたのである。雲を作る
ためである。人の美容の為という人である。きみの為
である。

sotu8136 http://akinokori.sblo.jp/archives/20201112-1.html
ここの右手の藁葺き屋根様の家である、ここに、原子
爆弾が、つんであったのである。わんさとあった日で
ある。マッチ箱のような原子爆弾である。原子の好
きな人である。広島の日のお書き、これなるを。

 先年、福島が放射能に見舞われたという、そろそろ、
骨が強くなったという、葉が硬いという、細い針金なら
噛み切りますという人が現れてよい頃である、駄作者の
推測である。

 放射能を浴びた京都製の野菜という、毎日食べて
いたという、放射能の缶詰も浴びていた。
新潟長岡の米百俵という英語の説明がある劇という、
私の好きな劇という、檄の最中に放射能の缶詰を開けて、
ばらまいたように思うが、俵というのは、缶詰のことで
あるという駄作者の劇鑑賞である。奈良若草山頂上にも
缶詰を開け、山にあげたのである、その昔の話である。

 なくなられた御方々には、悲しきゆありあり、遠い国へ
おたちの由、もう着かれたやら、山越え海越え遠い世へいか
れる、それぞれ己が過去を未来とする、御死者の未来、
未来なきを、過去を未来という、御死者の尊い人生という。
ややに生まれるという、過去を未来という、御死者の未来と
いう。これを、往生という。ダビビズとぞ、死者の話とも。
かなしきにや、ありるれ、るるわら、れそす。有栖川の宮
の言葉でもある。アリス、ミラーの国という、生き映る国
という、これを、生きやりみつという。孔のみつという、
字のことという。イギリスのアリスの英語という、
セカンダスの意とぞそ。

 穂浦ゆらえる、ありてゆら、浦由良ほのゆ、そそて、
そいすす。我が世ありてそわゆ、よきによきに。
 
そうきょうよい時です。正(やなぎ)D06. 
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『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
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腹を横に書く。
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卒業8390 武漢の沼 (壮強太陽):イカスミ柳

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【曲名】 卒業8390京都船旅7290
古譜6290大原練習6190天の下6590  武漢の沼(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/12/23
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/12/23
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/12/23
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
中国の武漢では城を曳いて 愛家
西の沼 熊立ち城を見て手合わす
イタチ立ち みなそろうて 朝のみさ
喜び 人の世に生きる日を 心に感じて
御祖先をたとう 城立つ 武漢の地
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【歌解説】
歌の通り。動物も手を合わす、城引きの世。
そうきょうよい時です。正(やなぎ)D23.
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『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
腹を横に書く。
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