2020年12月19日

卒業8342 孔子廟堂像 (壮強太陽):イカスミ柳

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音楽
【曲名】 卒業8342京都船旅7242
古譜6242大原練習6142天の下6542  孔子廟堂像(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/12/18
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/12/18
    監修、雪柳理科夫・正     俺 2020/12/18
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  一部 『豪腕さち子さん』
【歌詞】創郷 

 
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【歌解説】

【世界同時革命、メキシコのトロッキー】
 革命の好きな人である、革命を起こすという、世界同
時革命の言葉という、トロッキーのメキシコという。革
命のゲバラという、もんすれのいばそむ、という。また
の遣りのおことという。また行くチェコ共産党本部とい
う、くれるれのお行きとぞそ。チェコのユーゴという、
チェッカンラールクという、パリの街道のソチ、今も
ある黄勢川という、ライン毛の川という。ロボットの
馬連れ行く人である。テンのさち子さん、またの原の
住まいである。藁葺き屋根に住んでおられるのである。
【世界同時革命、トロッキー、ハロッキー】
 そうきょうの針という、トロッキーの針という、針葉
樹のことを、トロという、トロ木の葉のことという、広
葉樹をハロッキーという、御所の革命山の言いである。
【ファティマ、ティファナ】
 メキシコ紅白城という、ファッティマという、メキシ
コに十数ヶ所あることという。ティファナがその一つで
ある。ティファーという古い茶の木という、これを上育
てるテンという動物である。イタチの一種である。
 イタチが走る姿をロボットの馬という、テンタスと
いう、これを、フォッテキという、テキサス走りという。
古くの足立走りという。膝を直角に曲げる走りである。
歌舞伎にこの走りがある、この歌舞伎を、夢らり、と
いう、古い篠山の城の中の歌舞伎の花道である。
【松の廊下】
 皇居の松の廊下という、ここの歩き方がそうである。
長袴の歩きという、電信棒の歩きという。電信棒のような
ロボットの歩きである。和国はそういうような国である。
八坂の国の前という、科学機械軍という、機械軍団の国
である。ロボット馬かえせという、八坂かえかえせであ
る。これを戦闘という、ロボットの馬で田を耕す話とい
う。ロボットの牛という、彦車ほどある牛である、大牛と
いう、わかい人の住まう皇居である。明治神宮参拝という、
若い人の住まう日の明治神宮である。周りは野球の村で
ある。野村放擲という、ボールのことという。大牛の乗る
大きな球もある、玉の輿という、大牛のことという。彦
車に積む玉である。鉄球である。まだこの玉もある。
皇居の相生の原という話である。
【天馬楽】
 そうきょうよいお書きである。柳正。早蕨のお書きと
いう。早蕨という舞楽が、この物語である。天馬楽と
いう、バラクのお書きとぞそ。おやめ原の薔薇区の
ことという。ばらく建ての玉の住まいという。
鉄球が宿るバラックである。その鉄球に腹を乗せる大牛
である。ロボットの椅子状である。ロボットのお書きと
いう。茨城号という大牛のロボットである。
そうきょうの八坂の国の国民である。ロボットを人と
いうことという、平壌の北京に、この言葉がある。
平壌の郊外である。北朝鮮の平壌である。

 人名を地名にする北京という、ヘギョンソンという、
ルーイルマックという、当時の英語とぞそ。アメリカの
トランプという、米穀の町の人とぞいう、ルメ閣という、
ワシントン・ポストという、パーレルレンズラーのワシ
ントン・パレスという。ニュヨーカー・ランゲの言いで
ある。南米にもある地名という、マチュピチュ麓をトラ
ンプという、南米の英語と日本語が通じるところである。
【南米ボリビア】
 後、ボリビアの日本人学校である。山を切り崩した平
地の後の学校である、明智平らという、日本人学校の馬
とぞそ。明智の工事という、小林光雄という小林妙の
おりより情けという、おりより名の地ともいう、日本人
名が地につけてある、ボリビアの相崎(あいさき)である。
わが名、相崎正介という、小林壱祐という、ボリビアの
にっかりの名である。ユーカラの言葉という、名をにっく
という、にっく名の言いという。アンナーレル・ワント
ンという、名妙の妙楽という。いちすみの御名とぞそ。

 ボリビアの学校にある若い人の名という。十時砲火の
山の切り崩しという。園砲の用いである。45サンチ砲と
いう、高さ八卓の山である。この『八』、今の篠山大尺で
ある、2メートル35センチを一尺という、篠山大尺という。
この尺が南米のその地にある。八卓の大尺山という、南
米のボリスという、うちの家とぞづ。なむゆまのや、と
いう。アルゼンチン・アイレマの同じ作りである。

 トランプという地である。南米のトランプという、
やいゆのおいはき、という。ブエナス・アイレスという、
名前の地という、ブエーノやっぴ、という。めもんの言い
という、大阪のイオントーブの言いである。園崎之(その
ざきゆき)のやの言いである。曾根崎の西である、東も
園崎という、曾根崎で裂かれている地である。

 イオントーマレという、ここの言いのメモンという、
アルゼンチンのメモンと同意である。アッセラレールと
いう、アルゼンチンの特急の半伸である。これを、
アルゼンチーナランキという、この『ランキ』が、メモン
である。イオンのことをメモンという、メモンとう原という。
メモンの塔という、アルゼンチンの塔という。南の岬の
塔である。フエゴという、その島の崎の塔ともいう、
オルノスのホーン岬という、その周りに塔があること
という。オルテスのメレという。和国の言いという。
メレの塔という、このままの言いの言葉がある。

 姉ヶ埼という釜ヶ崎の言葉である。尼崎のいたみき、
という、そこの言いともいう。アフリカの喜望峰の塔と
同じ塔である。一茶書になっていたアフリカの地である。
南アと今のアフリカである。旅するたいりくという
南アメリカの旅立ちという。この頃のことである。

 アフリカのザにある、この話である。モザというザの
町である。今のコンゴ、ブラザビルである。ここにヨー
ロッパの人がいる、私のいたことという。ワン・レイ
ニーというアフリカの一雨という、涙の話という、人の
涙の大事をいう、大切な涙という。

 これが、地球の波という、ウェーブという、波のこ
とという。初めのコンゴという、英語が通じていた頃の
ブラザビルである。この英語、園砲の英語である。
ワン・ラッキーというワン・ショットのことである。
大砲の撃ちである。ブラス山のお書きという。
この『ブラス』、ブラジルのことである。

 リオ・デジャネイロという所のブラジルである。後、
日本人町ができることという。この頃の移民という、
平壌をヘギョン村という、朝鮮の平壌のことである。

 ここにある歌という、ワンレイニーという、涙の歌 
という。レオントックの歌という、アフリカの町の雨の
ことという。恐ろしい勢いで降る雨である。スズという
雨という、スズ雨の言いという。ワン・レーニー・フォ
ールという、これがアメリカの英語である。平壌を、
ピョンヤンという、平壌のヘギョン村の英語である。
これを、ヘギョン則という、へっての言いという。
奈良の平城京の言葉である。奈良の笠世の言いという、
今の木津越えの奈良坂辺りの言いという。ここが奈良舞妓
の舞いの場所である。今井世の舞いという、まいのると
いう、まいせの舞うれ、という。この『舞うれ』が、
アフアリカの言葉である。マウマウというアフリカの
話である。コンゴ・ブラザビルのキンサキという、
キンシャチの地の言葉という。マウマウという話しである。

 奈良の平城京をいう、コンゴの地の若い人という、
平城京をシャラという、奈良のシャラという。これが、
キンシャチの地の行きである。あしかがという地名がある、
キンシャチの地である。ハッピー夢という、夢の地という、
キンシャチのことである。カリンビという楽器のある
キンシャチとぞそ。私の故郷という、アフリカの南アメ
リカとひっついていた頃の言葉という。『ゆめ』という
このままの日本語がある、キンシャチの地の言葉という。
キンシャサの町という、真ん中の町という、南アメリカと
ひっついていた頃である。この大陸を菜西大陸という、
しのゆら(篠由良)の言葉とぞそ。ジョという言葉を最後に
つけるキンシャサの町の古い言葉いである。

 『そうだじょ』『そうやじょ』というこの『じょ』
という言葉である。これが、キンシャサの古語である。
古いアフリカの言葉である。口琴という楽器を奏する民
という、ビーリバという、口の使いの楽器という。アフ
リカの古い楽器である。

 サハラから、ゆれる夕方の降りるという、夕方が来る
ことをいう。これが、古いキンシャサの夕方である。
トワレナクというキンシャサの言葉という、これの掛け
が、トワレというフランス語である。後、フランス語が
広まることというるコンゴの地とぞそ。マウマウ後の言
葉を使う民の言い伝えという。トワレロールという、
英語のような言葉という、黒い民の意味である。カサ
ブランカからいったキンシャサである。

 後、山が浮きあがる、南アフリカの旅である、大陸が
移動する話という。ルアンダがコンゴの中心街であった
話という。ここの井のお書きという。きれいな水の出る
井戸とぞづ。コンゴ・ルアンダの井戸である。ここにいた
若い人である。竜の落とし子のジェット機である、これに
乗っていた人である。

 エジプトへ行った人という、後、キリマンジャロと
いう、そこの麓の住まう人である。わが古い故郷である。
キリマンジャロの南である、その麓である。日本の杉を
植えた人である。

 この辺りが杉の山をいう、日本の古い木という。後、
ウイの木という、これが、柳の杉という、やな杉のウイロ
である。杉樹という、サンスギの意という。言葉の補いの
さん杉である。これが、ウィローダブルという、日本に
掛かる二本という、杉をにほんという、にいほんという。
キリマンジャロの麓の言葉という。日本語が少し話される
場所という、英語も少し話す人達という、後、フランス語
の広まりである。フランス語以前の日本語と英語である。
山の英語がある地の言葉である。サンという、これを、
人の名につけるキリマンジャロの人という。キリマンジャ
ロの杉の山の言葉であることという。

 後、モザンビークというイニャンの場へ行くイニャンの
バネダという、ここを、バネダ砂漠という、緑野平原と
いう、緑の土の色という。イニャンの場という。緑の土の
地という、イニャンが緑の意味である。緑原という砂漠で
ある。グリーン・デザートという、モみどり土国という、
アフリカのモザンビークである。イニャンの地が中心で
ある。

 わが古々き故郷という、槍の細いジェット機である乗り
物で行ったマダガスカルの縞の向かいである。この島の
ひっつきという、蚊たちもそのままの通りである。
イニャンとトリアラの南である頃という。この頃、イニャ
ンからトリアラへ行った人である。その頃の建物という、
二本風の立て方という、これが島の由緒である。小林かつ
という島である。

 私のいた頃という、コロポックルという、日本の民と
いう。コロという日本人を呼ぶ島の言葉とぞそ。マダガ
スカルの言葉である。島続きであった頃の行きである。

 ここにある日本平という、日本の平の地という、平家の
落ち武者である。岸のガンデクという、船の着く場という、
東のアンラミの村という、ここに日本風建築があること
という。平家部落という、平家物語という、平家琵琶が
おいてあることという。若い人の爪弾きである。この
平家琵琶、筑前の語りである。モザンビークにある、
陸続きの頃の言いである。へいじょうという、奈良をいう、
モザンビークのマダガスカル区である。奈良坂の舞妓の
舞いがある。扇を広げて胸前に相手に広げる、簪の着物
姿の舞いという。奈良三味線の合いの手である。同じ曲
である。

 天皇下がれという言葉では始める奈良坂の舞いである。
平城天皇という場の言いである。なら山お書きという。
奈良舞妓の言いという。緑の土の出来という、イニャン
の雪という、緑雪の地とぞそ。

 天皇下がれというのが、緑の意である。穂浦の言葉
ともいう。平城天皇の言葉である。奈良坂辺りの言葉と
いう。私という、私の好きな双坂という、木津越える場
という。京から行く、木津越えの奈良という、今も奈良
というその場である。奈良舞妓の古い芸という、奈良
舞妓発祥の地である。モザンビークの地という、奈良坂の
モザンというモダンな言いという、イニャンという町の
村興しという。島がひっついていた頃のことである。

 山々のお書きという、南米の丘のお書きという、ここ
にもイネンという村がある、ナミベの村という。ナミベの
村の興しとぞそ。ならという言葉が、ナミベである。
アンゴラという国とぞそ。

 革命をウェーブというナミベの町である。英語のウェー
ブである。これを、ロール・ウェーブという。革命の回る
波という、ロール波の興りの場である。ここから、ロー
ル波が起こった南アメリカとアフリカの分かれである。

 この波、後、ムーの波という、ムーの大陸の波とぞそ。
このムー太平洋のムーの島である。ムー帝国という庭に
いた若い人である。少しちいさくなったころのムーであ
る。ハワイの隣である、ハワイの東である。

 ここのタロ芋という、今もハワイにあるタロ芋という、
同じムーの芋である。ムーの人がいるハワイである。
ムー語という言葉が話される、今の英語である、モヤイ
の大きな顔という、ヨーロッパの顔である。英語と似た
ムー語がつかわれていたことという。

 ミュー語ともいう。渡しをタイという、これが、ムー
の私である意という。T Iと表記する、、このTがムー
語の冠詞である。人をアミというD アミという、これが、
アムの言葉である。

 デー・アム・ピッという、アイム、ゴーという、今の
英語という、ほぼ英語である。ミナミアメリカへ行くと
いう意ともいう。デーアムという、でえという出るの意
である。日本人がいたーという、これを、日本の江戸時
代という。着物がそれである。ムーの頃のものである。
ワンピースの南方着という。着物のことである。ムーと
同じ着物である。

 江戸時代の南宋という、ムーの意ともいう。ムー貿易
の江戸闇浜という、ここの地にいたムーの江戸という場所
である。タロ芋の植えという。マタンゴという芋である。
タロ芋のことである。マタンという、ムーのことをいう
言葉である、江戸時代の言葉という。

 また行く西の場である。ムーから西へ向かってインド
方面へ行く、その南のムーという、これが先のムーで
ある。ゴンデマの大陸ともいう。ゴンドワナの後の話で
ある。後、太平洋のムーである。

 このインド南のムーも着物がある大陸という。ムー着と
いう南方の着物という。日本の着物という、同じである。
ここの言葉が、ゴンドワナ語という、後、インディー語
という。これが今のインドシナの言葉である。カップコン
というのが、ゴンドワナ語である。ゴンドワナをカップ
コン大陸という、カップスの言いという。南方の語源と
いう、ゴンドワナの言語学である。京大の時計台下のや
という頃の講義とぞそ。ここが若い人の家である。

 ゴンドワナ語の大家である。ムー国の民という、国連
の古いムー国の大使の席という、国際連合の頃である。
ハッサン王という、ハッサンのやの人という、ムーの国の
人である。英語に似た言葉をいう、人のことを、ヤーと
いう。ヤーヤーの言いという。ムー人のことを、タオの
人という、これが、南宋語という、今の中国の南宋という
。ムーを中国は南宋という、二本もこれを使う江戸時代の
ムー貿易という南宋貿易である。

 これが、鯛国のチュという言葉がこれである、ムーを
表す言葉でもある。タイの国の出来をいう、南宋国と
いう名前の頃のタイという。これを、チュラという、
ムー語の沖という意味である。沖縄のチュでもある。

 タイに貼るがある、季節の春とぞそ。この季節を、
ムーの言葉でいう、シーソーという、後、シーズンと
いう、後、沈んだ国という、ムーの国のことという。
ムー国には電車も走っていた話である。日本の超特急
という、ムーの人の技術という、若い人がいたインド
南のムー大陸という。

 沈んだのはムーである話という。皆、生きている人で
ある。江戸城の置きの書きである。日本人もたくさんムー
へ言って住んでいたことという。ムーの写真がある。
若い人が住んでいたムーである。

 一度浮いた日、江戸城水びたしである。大阪の城も
そうである。京都もそうである。ムーの周り波という、
ロール波のお書きという。ムーの人葉世界にたくさん
いることという。パプア。ニューギニアに逃れたこと
という。島が沈む前日である。大陸沈没という、皆、
のがれたのである。

 ハワイにその塔がある。ムーを称える塔という。
シーショアズムという、海の浜の称えである。

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 そうきょうよい時です。正(やなぎ)D18. 
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『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
腹を横に書く。
posted by 秋残り at 05:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽