2020年12月24日

卒業8390 武漢の沼 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8390京都船旅7290
古譜6290大原練習6190天の下6590  武漢の沼(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/12/23
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/12/23
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/12/23
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
中国の武漢では城を曳いて 愛家
西の沼 熊立ち城を見て手合わす
イタチ立ち みなそろうて 朝のみさ
喜び 人の世に生きる日を 心に感じて
御祖先をたとう 城立つ 武漢の地
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【歌解説】
歌の通り。動物も手を合わす、城引きの世。
そうきょうよい時です。正(やなぎ)D23.
 ***
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
腹を横に書く。
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2020年12月23日

卒業8372 横田めぐみさん 正(やなぎ)

2020/12/23
御所に横田目組という組み方をした建物がある。そこ
にいたという人という。蓮池とよく言っていた人である。
蓮池という池がある。御所の中である。京都御所という。
 そこの迎賓館という、そこで、御飯を食べる人である。
昔の迎賓館という。『すもも参りました』という、 そこ
の一席である。桃宮のすももという、桃の宮さんとい
う、後、桃照目、とうしょうれいという、とうしょうも
くという。これを、ゴンドワナ・セラという。
せらる食事という。コーヒーを使う料理という。昔の
ゴンドワナの宮の食事である。古い平京という、ヘギョ
ン・パッハクという、ヘギョンソーメの宮という、御所の
迎賓館の別名である。

 『ヘッキョン・ソーフ』という、食事のことである。
ここの食事を食べる人という。李王という。この食事の
時を李宮という、李宮時という。『食事を食べる』とい
う言いの李宮の李官の言いである。

 この言いが遠くちょうの言いという、日本の趙という
字の使う場の言いという。ここを、はなれ、という。
はなれという常の住居のはなれである、離宮という。
李の宮の縁という。この縁を組という。これが、京都の
町の隣という、隣同士の組である。隣組という。

 この隣に蓮という、蓮の植わる池という、その池の
ことを、はっぱら、という、蓮の実の料理という、この
実を、はるせみ、という、はるせみ料理という。

 このはるせみに、にがめやり、という、にがさやの
豆の汁をいう。今のコーヒーである。にがさやという。
このコーヒーの木という、こうせまという、こうせま木
の使う、せいろう、という。せいろうで濾す使いとぞふ。

 これが、ル・ヘッパツという、へっぱらの料理という。
へっぱらという御所の中の緑青野という、ここの木と
ぞそ。古いゴンドワナの『ル』という、この日で、
すでに冠詞である。今のフランス語に受け継ぎがある。
この『ヘ』という、これを、フランス語が『エ』と
いう。ハ行を使わないフランス語という、今のことで
ある。エ・リオウハという、フランス語の出という。
これが、ルイムルという、ルイの王の言葉という。
この『ルイ』、フランス・シャイヨー宮のエリザメサ
という、庭のことという。

 エッフェールリーラという、リラの江という。リラの
園である。これが、エという江である、岡地で使えば
、園という意味とぞぞ。

 これが、ル・ヘギョンスーという、ヘギョンの宮の言い
の使いのいちという、この『いち』の李の宮という、李
宮の離れという、離宮の言葉 という、李の意という、李
を植える園の離宮という、元、李宮である。これを、桃
の宮という、桃宮のはせ組という、会食 という組である。
組会食という、はみ組のことである。

 この組を『はすれ』という、蓮の実のことを、はすれと
いう、はるせみ、という。これが、蓮とコーヒーの組である。
コーヒーをつるう食という、コーヒーを使う食という。
ご飯にコーヒーをかける、カレーとぞふ。白いご飯にもか
ける、これを、ゴンドザミという、ゴンドの料法という。
ゴンドワナ・セラという。ゴンドワナにコーヒーの木が
あった話である。御所のコーヒーが、そのゴンドワナの
木である。隣に蓮の池がある場という。

 今の京都御所という、京の、のわき木という、野分、
やぶんめっそめ、という、これが、冠語である日の、
かんさめの言葉という。かんさきの言葉ともいう。
この『かんさき』が、麻雀用語のかんさき、である。
リーチという、李ー地とぞ。麻雀を、とうくり、桃栗
という。御所の言いという。とうくりかんさま、という。
御所の遊戯という、桃の飾りのある部屋でする、遊戯で
ある。桃の実の飾りである。桃実遊戯という、麻雀であ
る。これが、おうはりの言いである。じゃんをはると
いう。じゃんぱりという麻雀である。あさすずめという、
まーじゃんである。

 これが後、健康をいう、朝の雀の鳴きのこよふめ、と
いう、雀の鳴きがたっとぶという、飛ぶにかかる言葉と
いう。とうとぶのことという。これを、たっとうのいも
すみ、という。言葉のりき山の言いとぞす。たっとび鳥
という雀のことである。雀がパッと飛ぶ形容とも。

 これが横田目の組という、横田組という、横田目組の
屋のそばである。迎賓館横という。わかい人の家である。

 ここの李の桃のももすももよま、という、これを、
桃李世という。桃李園という。御所に桃がある話という。
 この桃、東京皇居の御所という、ここの桃という、
同じ桃である。桜おの桃という、桜小野、桜雄という。
桜おの桃という。京都御所の桃という、桃の宮という、
自分をすももという。桃宮の言いという。

 『すもも、参りました』という、朝鮮、ル・ヘッギョン
・ソークという。朝鮮の李王の言葉である。ヘギョンソンの
住まいである。このヘギョン、古く、平京という、へい
れらせらの住まうしゅぞらく、という。落ちという。
朱祖落。これが平京のことである。新たに萍郷と書く。

 ヘイピンという平壌の元の言葉とぞそ。る・へいらく、
という、この『る』、冠語の冠詞である。フランス語の
『ル』と同じ市意味である。ら・へいしょう、という、
冠語の冠詞である。どちらも御所の言葉である。
桃の宮のお書きという。

 ル・ヘッギョンソワという、フランス語がかかる日の
朝鮮李朝の言いという。『ソワ』がフランス語にある、
ル・ファッソラーという日本語の冠語である。この日本
語の冠語、フランス様という。フランス語の様である。

 これが、後、ジュッペ、という、樹の辺という。
園のことである。ジュベファッツという、樹辺の園の
言葉のでもり、という。出森。森出の桃園という。

 これが、朝鮮の琴のかや琴という。くむかや琴という。
組琴という。そきんという、金の像の傍の琴という。
古く、金琴都という、平壌である。金近都、琴近都、
琴金都という、かなごとみやこという、読みの字という、
全部、かなごとと読む、平壌のヘギョンの読みという。
この読みがある、ヘギョンソワのペキンラックという。
これを、ポーセルという、この『ポーセル』を、
ノップラーという、後の、ノップラー英語という、
ポーラスターというノップラー英語の言葉である。
グラスゴーの一地方である。鏡の国の英語の、アリスの
英語という、このアリスの英語の近くの場の言いである、
ノップラー英語である。セカンダスという二番目をいう
アリスの英語である、ノップラー英語で、セカンドという、
今の英語である。

 この英語のコクニーという、コクニー英語という、
主に運輸関係の英語である。この英語が琴を、シャープ
という、ハープをシャープという英語のコクニー・ラン
ゲージである。『ヨ・ダウン・シャープ』という、
琴を弾く意という、『ヨ』が『ユー』てある、古いコク
ニー・イングリッシュである。

 これが、日本の上野英語というひぃの、『アイ・キ
ャン』 という、I can。この『アイ・キャン』を、
『アイ・カーン』という東村の英語という、古いコック
ス英語である、このコックスを取り入れる、ノップスの
ノップラーという、レーラフーラという、脳のおれまが
りのノップラーという、ノップラーが、おれまがりを意味
する言葉とぞそ。脳の意味がある、ノップラーという言葉
である。

 これらの英語が、平壌をヘリという、ヘリクという、
このヘリクがゴンドワナを意味する、フランス語のエリ
クである。後、エリズ、エリザという、英語に戻して、
ヘリズ、ヘリザという、ヘリザベスという、ノップラーの
古い言いとぞづ。今は、違う言葉に扱う、現代の合理性に
富む英語という。ヘリザとエリザは別の言葉である。

 平壌をヘリックという、へりらくの落ち都という。ヘリ
が縁である、ふちである。平壌のふちをいう、ピョンヤン
・ポーラという、ノップラー英語の混ざりの言葉とぞそ。

 この言葉が、有の英語の言葉である。有本の英語という、
東村の英語の使いの取り入れという、『アイ・カーント・
ビー』という発音の英語という、古いコックス英語とも
いう。上野英語で『アイ・キャント・ビー』という。
『アイ・カーント・ハックス・ロー』という、これが、
古いノップラー英語である。コクニーが取り入れて、
『ノックオク』『ノックォン』という、ノッコンの英語と
いう、ノッコンというラグビーの用語という。古く、ノッ
プラーのノッコンである、アリスのえいごでメンという、
後、メンフィスの町になる、メンフィスにノップラー英語
があることという。『メン』が、アリスを踏襲する、『フ
ィス』の言葉のことという、五番の意味のアリスの英語で
ある、古いアリスである。鏡の国のイギリスという。

 これが、ミラーのかなく、金区という、金の鏡という、
朝鮮を、アリスがまねるという、メタル・ヘリックとい
う、ノップラーの英語の言葉である。ヘリック英語という、
これが、有本の英語である、有の英語という。

 この英語がヘギョンの日本人にある、ヘギョン・ソッ
クスという。足袋の言葉という、冠語を靴語という、
シューズ・ワードの言葉の組閣地という。平壌のヘギョ
ンの地の言葉という、言葉を組むことという。言葉の
なりをいう。『アイ・カーント・ゴー』の東村英語が
あるヘギョンの村の英語という。

 ここがメノウをいう、古いアフリカのメノウの産地と
いう、色石のことである。アフリカの段丘の話がある。
ヘギョンソワである。有本の英語がある、ヘギョンの
町という。平壌郊外である、北京と書く、ヘギョンとい
う。そこが、すももをいう、李王が来たという、『す
ももが来ました』という若い人である。ペッギヨン・
ソワ・ポーラの話という。日本から朝鮮へ行った人が
いる、そこの話である。ル・ヘッギョンという、れん
れすの、ゴンドゼミという。ゼミナーのゴンドワナと
いう御所の夜学の広義である。桃の宮お書き、これとづ。

 横田組のお書きという、横田めぐみという、若い人が
口にする言葉とぞ。横田めぐみさんという、組の人とい
う、横田めぐみさんをかえせ、という。ル・ヘッギョ
ンソワの話である。

 建物で組んでいる、蓮の池もとりいれている、横巧と
いう。巧みな人である。田汲みという、田んぼの水の作業
である。汲む人でもある、汲みの人という。有栖川辺とい
う、有栖川宮のそばの田という、横田目組屋の傍である。
川も取り入れるのである、横巧(よこたくみ)の取り入れ 
という。横田めぐみさんという、取り入れる人である。

 横を取り入れ、田、川、岡、金をも取り入れる人で
ある。横巧枢要である。隣の有栖川という取り入れる人
である。迎賓館もそうである。昔あった話である。

 昭和の取り入れという、ヤナギを入れる人である。
昭和にでてきてもらうことという。正(やなぎ)。
横田めぐみさん正(やなぎ)、健康と安全を願うものです。

http://sokyo.sblo.jp/archives/20201223-1.html
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卒業8380 孔子廟通所 (壮強太陽):イカスミ柳

You would click music piece.
音楽


【曲名】 卒業8380京都船旅
孔子廟塾通所 
    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社

【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【解説】
 春の温かい日の緑雪、夏こという夏のこと。
夏が生まれる、夏ゆまる、という。なつゆ日と
いう。つゆ山の江という。夏と梅雨の緑梅雨と
いう。ほってまの言いという。つゆだんつくの歌
という、この『歌』を『ゆた』という。ゆたうた
の言いととぞづ。巡りくる春おわられの夏ゆくり
はり、という。ごとくのいよすり、とぞつ。
 いよの崎のだんたきのお書きという。だんたつ
いとすみの、ふいらみ、という。雪を、ふいという。
ふい雪のとみやり、という、この歌である。
穂浦だんつみの場である。この『だん』、後、だん
そめ、という。だんの浦の梅雨入りととそぞづ。
穂浦だんそめ、という。いよいよのおるれる、
とぞづ。ピョッソルー・はんまく、という。
ピョンジョンパックという、この日のことの、
雪のピョンシブという、ピョンセラのお梅雨とい
う。
 夏の巡り、張るおわらの津の景色とぞづ。
ういしょらってす、そすそすのよいきく、という。
よっかれのことという。のち、予科練という。
 カレールレ・ラックンという。カレーセルの
ゆい浜という。ゆいゆいの浜のお書きという。
 京の緑野、このことのゆいの言いという。ゆい
浜という、ゆいゆい浜野言いとぞづ。らくっしょ、
という地のことという。のち、らく、という。洛
。落ちともいう、来るのことの意味である。
夏地雄という、夏来(なつく)夏こ、という。
夏が来ることを夏こ、という。夏来の夏こぜ、
という、夏のことをいう。夏妙(なつみょう、か
みょう)のぜかすき、という、これを、ぜる、と
いう。夏ぜるの来る、めにもみ、という。もみ夏の
話という。夏を、おわまみる、という、暑いことを、
おわ、という。
 おわら夏ゆれ、という。暑い夏この日のゆみふ
り、という。雪を、りもそれ、という。これが、
みどりの夏の雪という。この緑を、翠という。
すいはり、という、緑夏のりょくか、という。
緑世のおゆれつ、とぞそ。夏ここのお書きという。
 夏に古黒い雪、この後である。夏を、黒井、と
いう、これを、黒夏という。のち 、国という、
国家の造りとぞす。黒を入れる国のことという。
黒井夏という、若い人の言いとぞづ。
穂浦だんそめのお書き、これなる。
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
【正木】
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N26. 
 ***
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
腹を横に書く。
**************
【キーボード】 

キーボード紹介 2点 安価な物しか買えません
ので、そのおつもりで。
@マイクロソフト社 USB接続 1500円程。
 便利なキーボードです。機能のキーがついて
 います。電卓、音楽動画などで、音量をキー
 ボードで調節出来ます。このへんが、非常
 に便利です。
  私の入力はすごく遅いです。1日5,000字で、
 一月、150,000字、打ち間違いもすごく多い
 です。3倍として、450,000回のキータッチ
 です。それほど、打ち間違いがあります。
 これが、数年程度続いています。エン
 ターキー、変換キーなどは、ものすごい回数
 です。これで、どのキーも全く問題ありませ
 ん。真ん中が盛り上がった、波形のキーボー
 ドです。古い形だと思います。
 最近、飲み物をこぼして、新しく買いました。
 波形ではなく、今日届いたところで、
 まだ使っていませんが、紹介します。
 
A親指シフト キーボード ライフラボ社2500円
 昔あった富士通の親指シフトのキーボードです。
 全く文字の並びが違います。左から『ぁえりゃ・・
 』という並びです。下三段に、カナが並べてあ
 ります。興味のある人は、どうぞ。
 
●この親指シフトも、ソフトを使い、JIS配列の
 キーボードにできます。新JISという配列も
 できます。自分の好きな配列にもできます。
 ソフト  親指インストーラー
 
 どちらのキーボードも、まだ、キー配列を
 覚えていません。相変わらず、キーボードを
 みて入力しています。

 音楽の和音を入力します。『豪腕さち子さん』
 で造った音楽和音IMEファイルを使います。
 キーボードは、親指シフトのキーボードを使い
 ます。このキーボードをJIS配列にします。
  これで、キーボードの文字関係なく、左から
 順番の和音になります。和音が簡単に入力でき
 ます。キーボードの文字をマジックで消しても
 和音が入力出来ます。ワンタッチ入力のすごさ
 です。
 
  和音を語句に入れ替えれば、住所とか、都市
 名、人名、HTMLタグとか、エクセルの命令語と
 か、・・・、にすれば、ほとんどワンタッチで
 いけます。ソフトによって、JIS用配列にすれば、
 文字の打ってないキーボードでもいけます。
 三文字で、尚且つ、ワンタッチで、ほとんど
 入力できます。略語、よみを、覚えることも
 いらないように順番に、和音のように入れて
 行けば、簡単です。
 
 『きんな』『くなに』・・・という並び
 『すはき』『かきく』・・・という並び、
 色々考えられます。辞書に登録すれば、
 ワンタッチです。四段のJISかな配列をフル
 に使えば、早い入力ができます。打ち間違いも
 少なくなると思います。
 
  登録語がおおくなれば、和音IMEを削除して、
 使う辞書を登録すれば、よい使いになります。
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2020年12月22日

卒業8370 横田めぐみさん

 2020/12/22
 ル・ヘッギョンソワという、横田である。横田組と
いう、ヘギョンロンのいよふり、という。横田せい
ろう、という、朝陽の朝鮮という。ここを、ヘイ
ピョンという、とぞそ。
 日本銀行のはよふき、という。ル・ヘッギョン・
フークーという、北京ろうらかの組という。これを、
くいしる、という。今の神戸の組という、この神戸
を、るみ闇、という。これが、有(あり)のイングリ
ッシュという、ヘギョン(北京)の言葉に、『アイ』
という言葉が含まれることという。アイヨーという
朝鮮のアイである。これを聞くイングルという、
この『イングル』を、ちょっそん、という、ちょっ
そんラーという、ちょっそんラングルのいよっと、
という。
 平京という場の日本の民の言葉の発音という。
やいおの言いという。『やゆよ』を、軽くいをつける、
『ぃやぃゆぃよ』という、これが、平壌のヘギョン
ソンの言葉である。若い人がいるヘギョンである。
 朝鮮の京城から、ヘイヒミへ行き、ヘイカクへ行き、
い平壌へ行ったことという、『日本の京都からきま
した』という、御挨拶である。京都ごゆけの言いで
ある。『ル・ピョンソン・ペッタ』というヘギョンの
町へ着いた時である。多くの日本人がおられたという。
 ペーラベーの言いのピョンヤンという。小崎御所
経由の行きである。
 日本のてんときが来たという、てんじの言いのヘギ
ョンの町の民の言いという。『てんとき参りまして、
そわせま、いろせる、ててそ』とそ、冠語の挨拶で
ある。山やのまのことという。てん山の言いとぞそ。

 『ル・ソンシンハンセン』という、朝鮮のシンハンの
言葉という、ル・サンシンという。ル・サンシンハンの
朝鮮のかや琴の言葉の、日常用語の転用である。
『ル・サンシンオンソン』という、ルー春の言いで
ある。エル弓浜の言葉という。あさりらの言いという。
山々の磯ゆそ、である。鈴掛妙の言葉である。
 遠い群馬の御叔父という、そこの言葉でもある。
群馬やりおりの歌という、朝鮮が掛かる言いとぞそ。
 
 また行くヘギョンソンのヘックスという、へくれ
くやの、みゆらる、という。身揺られて行く、朝鮮の
組遣という、横田行きのお書きという。そこの文であ
る。横田めぐみかやし、という、かえせという、組の
人である。昭和の歌という、『ロンロン』という、
歌の初めの言いという。

 『ロンロン、イーサンシンハン、ソー、フルフー、
スルーヨー、おおり』、すみその歌とぞそ。ヘギョン
村の古い歌である。

  神戸新潟群という、ここのらちり、という、イー
ヨンソンという、歌のことという。蓮見る京都御所の
池という。京都のしますり、という。京山のお絵と
いう。横田めぐみの家という、横田やのお書きという。
京都御所の横田めくせみという組み方の家という、
新潟の住まう組みである。『豪腕さち子さん』さんの
お書きである、プログラムの組という、組の人という、
恐い人である、朝鮮のらちという、らちしょ、という、
らち所のお書きという。

 日本の朝陽の節句という、横田めぐみの組の家で
ある。唱和の歌という、昭和の頃の歌という。かえし
昭和の、組かえし、という。このソフトの組である。
『豪腕さち子さん』による文という。駄作家の組で
ある。

 横田めぐみかえせ、という、新潟のやの言葉で
ある。新潟おりの山という。新山(にいやま)歌という、
古い日の新潟住まう日のことという。新潟や、ありる
日である。

 おりよんそんお書き、これなるを。りよんのらめふ、
という。横田めぐみやなぎ、という、この『やなぎ』
を組み入れる、豪腕という、船の湾である。これが、
有のイングリッシュである。ゴー・ハーブという、
ハーバーを、ハーブという、りよんの新潟という、
大阪イオンの、イオントーブクという、イオン楼の
組の言葉である。くみかえし、という。かやせという、
過去の昭和に向かっていう人である。

 また行く新潟という、新潟おりの、おりよる、るり
ら、という、よいよいよいする、りびっと、という。
これが、新潟の八田という、八甲田の掛かりである。
長岡よっきし、という、イオントーブの長床という。
横田めぐみかえせという人に組みをする、『豪腕
さち子さん』』という、組立の人である。

 平壌の組 ウルセマ槍の山のある所である。たく
さんの日本人がいる話である。小崎ごっきま、という。
おりよんそんの言いである。共産主義をめでる場と
いう、アメリカの古いリンカーンの町のAである、ス
カーレット・レターという。赤いAの書きという。
リンカーン・ロックスという、字のことである。

 『ラッシュレッサ』という、言葉のある場である、
朝鮮平壌の像のある所である。古い李王という、
像という。すももの主義という、共産主義のことで
ある。

 横田めぐみサンシンハン、ロンセンの言いとぞそ。
横田組の横田めぐみという、横田めぐみさんお書き
である。昭和に向かっていう人である。横田めぐみ
さん、という、昭和のやなぎの言葉である。

 平壌にやなぎを言う人である。リーボーフールゥ
という、りぼうのことを、りよん、という、イオン
トーブクの言葉である。花山の新潟という。となり
山ぐゆ、という。山ぐえを、山ぐゆ、という新潟で
ある。 正(やなぎ)。

前文は、後にて。
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2020年12月21日

卒業8360 青い桜 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8360京都船旅7260
古譜6260大原練習6160天の下6560  青い桜 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


        創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/12/21
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/12/21
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/12/21
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 
孔子廟 扉には 彫り絵浮き 桜見
青い花が咲きにおう 春の音 段々と
近く園浮世 激しいゆざま降りて
ミサの真中のうち張 声高の
らいす 隅田川由良辺 魚が泳ぐ


【解説】
20201129
【解説】
魚が鯨のこと、クジラが泳ぐこと。
【篠山大尺】
20201221
 尺家世のお書き。
 『みとたかは、一尺』と仰せのおおおお御爺さん。
『みとたか』という身の丈とぞそ。『の』を『と』という
身の高という。七代前の小林たよの、という御名の大御爺
さんという。一尺という仰りである。この一尺を篠山大尺
という。一尺が2m35cmである。、御爺さんのお丈という。
大きな御爺さんであられる。

 この基準の現代建築という、2m30という基準がある。
この御爺さんのお丈という。御所の建築という、これが
あることという。この尺、今の一寸という言いの一尺である。

 篠山の大尺という、この尺が各地にある。わたす尺という。
尺角の屋という。この御爺さんのお乗り物である。倍程の
大きさのとらっくである、彦車とぞいう。山々のお絵と
いう。彦の車のことという。天皇賛者という車という。
この車の住まいという、大きな家である。篠山という、
兵庫の篠の城の尺という。篠山城の尺である。篠山大尺と
いう。大きな大御爺さんという、植村みのえの御名という、
2m35cmである、御身の丈とぞう。

 その頃の篠山城という、高張りという、高張りの天井と
いう。みな、そんな背丈の頃であられる。いそもそのお絵
という。

 空に、大きな、月よりも大きい星という、ドンデクとい
う星とぞそ。細長い箒星という。空にドンと浮かんでいる
浮世の空とぞ。そんな頃の空である。

 この空を、れう空という、れて空という、レミトスと
いう。篠山の冠語という。篠山城のことという。高張りの
城という。園篠のお書きという。字が、後のしださり、と
いう、シダキ文字の少し古い字である。しださりのおつえ、
という。文を『つえ』という、つえゆえのおゆれ、という。
綴り字のしだき綴れである、これを、しださみ、という。
しださみのお書きという。頃が、こっしくの頃という。

 篠山の、むかゆれ、という。むかせるおゆふり、という。
篠山城のおゆり、という。篠山の古い城とぞそ。大砲という、
この大砲のお打ちという。口径80cmである。後、園部屁運ぶ、
後、高瑠璃という今のた高槻である、そこへ運ぶ、後、わか
よりの国という今の和歌山の湊の大地という、若山氏の大地
である。友ヶ島へ渡る港という。この日の、友ヶ島、砲台島
以前の縞という、青美島(あおみしま)という。

 この日、村上水軍という、和上の城船という。船に城が
乗っている船とぞつづ。和上城船という、大阪の曽根崎の港
より出でる、わせくり船という。船くりのくっそぎ、という。
オールの櫂の漕ぎという。そうはむのお船という。この言いの
船という。和上船という。

 新潟村上の城という、その奥の村上和(村上輪)という邑の
城という、和上という、城を和という、村上の言いという。
後、輪という、後、輪中という。村上の言いの、われみ、と
いう。この頃を、ゴンデラという、ゴンゼラともいう。村上
ゆっかりの言いという。『しつれんいたす』言葉である。

 村上の城を巣という、城巣の言いという。のち、ひろす(広
巣)という。奥の村上和の大広巣という。村上尺という、篠山尺
と同じである。他に、旭川尺、北海道の旭川という、網走の尺
という、青森ひろすれの尺という。山県の花大尺という、青森
うてだて尺、という、函館のうずてく、という。
千島のあそくき、という。大泊のうろぱ、という。
ウラジオストックの、ゆいだて尺という。海を渡ったカナダの
いおり尺という、も一つ向こうの、オンタリの楓みず尺、と
いう。

 この尺がゴンドワナという、総称、ごんどうの尺という。
武漢にもこの尺がある、古く、フレセルという、武漢の一尺
という。この尺がものやみ、という、ものせるのお尺という。
きじゃくの丈という、大きな着物である。

 西のポルタレルという、今のポルトスという、後、ポルト
ンという、ポルタ山の尺という、この尺であるる。同じ大き
さである。このポルトンがゴンドワナの西端である。後、ポ
ルトガルという。ポン尺という。大御爺さんの背丈という。

 ムーの頃の尺とぞそ。ゴンドワナを踏襲するムーである。
インド洋南のムーという、大きな島である。のち、太平洋の
ムー島という、この島のムーという、後のムーという。
写真家のお書きという。

 ムーのインド洋のムーという、今のJRという、超特急の
走るムーの大陸である。丘状の十字路という、ここがムー
の宮である。発散大路という、ハッサンのきみのいる丘と
いう。後、ハッサン王で残す、ムーの国という。
 
 今の日本の着物という、ムーと同じである。南洋の
ワンピースである。環頭衣の延伸という。着物である。
このムーの交易という、貿易の江戸という、日本語が
通じるムーとぞそ。国連ムー大使という、国連のムーの
大使の席という。今もある席である。

 この頃のワシントン、モイトミという、モーリルの
グリ語という、モリソンの車の呼びという、国連をモリ
という、ムー大使の言葉である。アメリカのケンタッキー
のお書きである。グリ語の書きとぞそ。日本語の文とも
いう、シダキ文字の文である。後、メキシコのダラスと
いう、メキシコシティーのダラスとぞそ。メキシコの文字
という、古代の文字という、アステカの文字である。しだ
さりの文字である。

 この火、南アメリカがあった火である。後、離れる南
アメリカという。これが、大陸分という、分の文である。
メキシコファティマのお書きである。今のメンフィス辺
りである。ゴンドラという、ゴンドワナのことという。
メンフィス辺りのゴンドワナの呼びである。

 この日のメンフィス、どめそめ、という。日本の冠語
である。ゆいらくの夢という、おりよりの話という、
メキシコを、ゆな国という、ゆざまが降りたという国と
いう。暖かい雨のことである。夏の日の雨である。

 これが、だての支倉梅雨という、はせの梅雨という、
後、オータム・しっぱん、という。秋の梅雨という、
オータム・レイニー・フォール・ダウンという、この
英語のある、メンフィスである。スペイン語の中のメン
フィスという、ファティマの名である、ティファナと
いう替えいいという。メンフィスの類名である。この
言いがフロリダにある、フロリダのメンタスという言
葉である。こが、ゴンドワナの西南の果てである。


 帯ジヨウのようなゴンドワナ大陸という。これを、
ソールという、朝鮮の平壌のヘギョン(北京)の町という。
このヘギョンを、ヘリトスという、メキシコの言いと
いう。

 ヘギョンに行く若い人とぞそ。後、たくさんの日
本人が行くヘギョン町という。ヘギョンにたくさんの日
本人がいる、今の平壌の郊外である、ヘギョンという村
である。ウルムチという武漢という、ここのことでも
ある。外蒙古という言いのうるれるのぶもうという、
武漢という、グリ語のしゃべりの場所である。ウーハン
楽という言いの、ぶもうの言葉という、日本を、ジャ
ッパという、ジャッスメという、ウルムチの言いである。
この武漢のうる春という、後、ウルムチという、ここの
鋳物とぞそ。ジャッスメという、土地の言いである。

 ぶーみょうという父母を呼ぶ言いとも。ウルムチの
武漢である。ヘギョンという、ヘギョンソワという、
これを、ル・ヘギョンという、ルルの地という、ルルが
ムーの言いである、意が世界という、自分のいる地を
いう。この言いが、たものという言いである。
ルルという言葉である。ヘギョンにこのルルという
言葉がある、ヘソという読みの平壌という。

 ヘソという読みが、南のきんされ、という地とぞそ。
朝鮮のきんされという地である。今の、五の内という、
五つのヘギョンの村という。新潟村上の『しつれん』が
ある、『しつれんソーヨ』という、日本語交じりの言葉
である。これがあるヘギョンの村である。

 ヘギョンをヘリクという言いのダムセラフルという、
ダムのある村という。滝のことである、崖ともいう。
ペッギンラミという、滝の崖とぞそ。これが、李の
言葉である。ヘギョンソワの言葉である。ヘギョンの
ことである。また行くヘギョンという、若い人の行く、
ペキョンという、ヘギョンのペキンという。中国読み
をするヘギョンソワである。ル・ヘギョンという話
とぞそ。

 古い日の御所という、このヘギョンを、よこるり、と
いう。ヘポキンの言いという、中国のペキンという、
どちらも北京という、世界にある北京の町という。
ムー大使の言葉である。国際連盟という後、国際連合
という、国のことという。ムー大使の席の伝えである。

 植村みのえという若い人の名である、大御爺さんの
御名づけという。小林たよのという若い人の名である。
ターレン(大人)という言葉があるウルムチである。
ウーハンウルハルという、若い人の名前という。
『ウーハン・ミョーラ』という若い人とぞそ。
外蒙古の『しつれんいたす』である。そこの名 である。
新潟の『しつれん』である。

そうきょうよい時です。D21.  
posted by 秋残り at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽