2020年11月17日

卒業8142 くまそたける2(壮強太陽):イカスミ柳

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音楽
【曲名】 卒業8142京都船旅7042
古譜6042大原練習5942天の下6342  俺142 くまそたける2(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/16
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/16
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/16
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 
熊が舞う場 鼓を打つ手の場 能の場
打てばあいを入れる人の声が聞こえ
袴をはく熊 勇者のきざれ 熊が語る
世のあわれ 人の世に生きる熊
笑顔面見せて 只管に演じいる

 狐の天気予報。〇r1999/08/11
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康安全。
そうきょうよい時です。
【歌詞】
20201116
きざれ:私の意、ざましの世の言い。熊の『き』の
    言葉の延伸、熊語。
小林玉雄大御爺さんお育てのお熊、足利世の
    大熊も一緒に住んでいる。
20201115
【岡崎小道】
 『やすととし、みもうで』
 岡崎林道御兄のいかれた、秋残り市美術館南の
疎水沿いの所、美術館の所である、そこを、秋残
駅という。
 蹴上の東、坂の頂に、道が二つ別れている所、
日蓮さんの大きな石像がある。そこが、蹴上の
駅である、陸路と船路という、船は疎水を行く
所で、山の下である。トンネルである。この駅から、
疎水へ行く船という、それがあったことという。
 京都向かい、西に向かう、そのトンネルを出て
きて、秋残駅へ着く、船路で、上へ登る装置という、
この上の駅という、そこのこみという。『三条山
ふみる』という、山を見ることの言いという。
【四曲襖絵】
 この頃の、秋残り市である。
 四曲の襖絵という、屏風絵という。それが置か
れている時のことという。もみ山の筆という、
コンピューターの筆である。
 このコンピューター、今の、64ビットである。
古い頃に書かれた絵という、秋残りの筆という、
駄作者の真似する所である。古い穂浦の絵という。
私も暮らしていた穂浦の懐かしい海と空の後継です。
 駄作者なる人の筆であるという、後の世の話と
いう。私のいった頃は、岡崎という時の頃で、
『また、いつか見ん』という歌を歌っていた私
です。穂浦海軍の卒業式という、その頃であり
ます。御兄とともに通った、学校で、道脇に、
『ひめゆりの塔』がかあった頃です。この東に
原爆製造所があった時のことです。

 卒のよよなれという、世がなる世々のことです。
sotu4470. 右蘭に提示されているという、ブログ
のことです。駄作者の作という、よいはいですね、
という墓町の頃の京都が残っていたときです。
これが、秋を残すという、駄作者の話です。
ときを、秋という、年がら年中、駄作群である
という、駄作者の弁です。

 世々慣れのよい牌の文です。牌という蹴上の駅の
石像です。そこの讃という、秋残り讃という、私の
後の世に出て来る人です。岡崎小道という、今の
岡崎の小さな道で、畔の道であった頃です。

 こを、世々見(よよみ)といいます。世々見ヶ堰
浮き、といいます。堰のあった所です。勁草という
浜の草が生えていた所です。山の世という、昔の
世々山と言います。世々山っ子がわたしです。
『きざし、もけゆら』という言いになります。
もけの山、ふなよもの言いとぞそ。

 やすととし、という言いの、宇治の浜の言いです。
宇治の宮の言いと言います。大津皇子という型が、
お越えになった、けよ山の所です、丘崎小道の場所
です。京都の歴史の作りにかかる頃です。
明日から、それを始めます。
岡崎小道記します。

 ここは、ノベンバーの日です。古い岡崎の言い
です。といつとかずの言いと言います。今述べる
山のこと、向かいの、秋残山と言います、岡崎の
秋残る場の言い呼びです。秋残るや、と御兄の
お言いです。またよのお書き、これなります。
岡崎小道再記します。名を岡崎小道と言います。
御兄は駄作者を信じているのでしょう。
 海がある京都という、取りつかれております。
幽霊の好きな御兄と言います。私の友達でありす。
幽霊三と言います。昔の私です。

 平家の怨霊と世の中ではいわれています。落ち
武者と言います。『はなせ山女三吟』のことです。
幽霊の書と言います。岡崎小道、そんな場所で
あった頃です。

 岡崎の出幽という、幽霊山のお書きという。
幽霊出没の地、岡を割く幽霊です。岡割(おかさき)
という地名です。幽霊が割いたという、勁草の崎の
変わり闇のでてる所です、幽霊と言います。

 色のついた闇、黄色い晩のお書きです。闇が来る
という、らいやら、と言います。幽霊の出です。

 幽霊を闇という、秋残りの言葉です。駄作者と
いう人に捧げる文です。幽霊の文です。平家の落ち
武者という岡崎がそうです。岡を割いた岡崎文です。
岡割り上句。ヒンデランド・ゆっきく、と言います。
おかわりのジョークです。七条の宮の言いともいい
ます。そこが私の生まれです。『きざし、ゆゆまく』
足と言います。気体のことを、まく、と言います。
ゆゆまくれ、腕巻く書きと申上げます。

 駄作者の腕まくり、鉢巻きのお書き、小道の、
いきふき、ござにあれり、すみすそすゆ、割かれた
山、蹴上と言います。毛が坂だつ里のお書きです。
蹴上の里です。その山にいた私です。山里へ詣でる
時です。秋残り山と言います。今は、割かれ跡、
幽霊の里、あきときの里みす、祈らずとても、神や
守る里と言います。幽霊の言いです。
 
 雲山が降りる岡崎子と言います。雲を、いめら
き、と言います。幽霊の言いです。高槻越えた
日のお書き、また来ます、とそ。
高槻山という、現、蹴上の幽霊山です。高さ、にご、
とそぞ、ありるる。ふふゆきの雲、ありすありる。
雲浜越えとそ。梅田雲と言います。岡崎雲とも。
岡崎小道記。かけ番記者きざし。sotu8142
はいしに8142、これから行きます、かけ番。
始めのことを『しに』と言います。
『さあ、しのか』のかけ番、初番のことです。
幽霊の詩、かけかけの夜、とそ、落ち武者の
その後、おかわり秋残り話とです。
武者くらい、人けあげ、わみそみの地名です。
幽霊のたかる山、ここなるを。
『賢い』ことを『たかる』という、岡崎蹴上の
言葉です。駄作者に捧げます。幽霊より。
廃止になりました山登りの船です。浮く浮く
浮く、ウクウクウクと船のことです。
幽霊船のお書き、山登りの船を幽霊船と言います。
ゆうれいの飾り、京都円山船ゆられ、こうやみの
飾りとぞ。

 岡崎から円山へ行く、分かれ道、秋残駅です、
船路の駅です。

 岡崎の発破がけ、山が一つなくなった話という。
高槻山である、それまでの街道、とみゆ浜回りと
いう。土は茨木へいった話という。茨木のさんこと
いう場所である。茨木の宮の近くである。
 とみゆ浜を映山という、映山の麓から、越えて
、かしず、へ行く、今の、坂本という、ここを、
とみえ、という。とみゆ浜街道という。そこを、
きえたか山という、めゆるやおのふ、とぞそ。
この書きである。幽霊の書きという。船辺(ふな
べ)の征矢という。船を『矢』という場所である。
大津市の坂本である。大津世の言いという。

 船置きを『やふめ』という、これが『やぶ』と
いう、大津の、やもよも、という言いである。
『やふめ』を『やぶ』という、船のある所である。
卑弥呼を『ひみゆ』という、そこの言いである。
『ひみゆ、れてゆた』の冠話である。

 幽霊の書という、幽霊がかかる、タバコのけゆ、
という、タバコのことである。『ひみゆさっぱの、
けもそめ』という。タバコの煙のことである。

 卑弥呼の頃からの話である。タバコの造りと
いう。一つは、山への礼儀である伊という。
これを、いんどき、という。インドのことという、
シャカのてもやり、という。インドのタバコと
いう。タージーマハルの歌である。たみそきと
いう、冠語の言葉の意味とぞ。タバコの意が
ある話という。
【カムイ髷】
 専売公社きえた話という。東インド会社という
、ゆむの言いである。めよむという、めよむの
いう、この言いが、のとみと、という言いである。
めよむのいうという、『と』を『の』という、
花やきの言葉という。はなせの宮の言葉という。
御所の中はなせの宮である。山の煙をたとえる
宮である。今の京都御所である。はなめ闇という。
はなせ宮の別名である。迎賓館奥という、そこの
ことという。昔あった迎賓館である。昔の迎賓
館という。ゆぜ宮ともいう。そこの、けかみ、で
ある。毛を『かむ』という、毛神(けがみ)という。
『カムイ』の語源である、毛を髪という、その
言いの花髪という、これの変わり言いという、
毛神という、髪を祭ることという。花髪まむ、と
いう。『まむ』が祭りである、これを、カムイマム
という。カムイが髪であることという。神とも。
おかみという、おかみ天球という、丸い髷という、
山るり髷という、これが、花のおき髷である。
沖縄の髷という、その結い元である。

 沖縄のカムイ髷という、これが、沖縄の、ユイ
ユイという、この解釈の、沖縄きもふき、という。
古い穂浦という、穂浦のおき髷である。西闇山と
いう、そこの風習ともいう。穂浦だんべる、とい
う。べなそめの山という。今の西山丘陵の辺で
ある。子供ぼんたり、という。この『たり』が
髷である、後、足のことという。
【鎌足】
 かまたりという、かま足という、その名の人の
ことという。後、玉取りという、玉取姫という、
藤原のことの話という。藤原やっぱのゆみ浜と
いう、そこの話である、玉取姫の話である。
それが、怨霊の話である。藤原きんもき、という。
それの山の、たかみつ、という。高くみつぐ、
やもの堰という、岡崎の、やもの堰である。

 それが堰の造りであることの話である。高槻の
山のことである、大阪の高槻のことともいう。
茨木宮のことの、はみふみ、という、ことの興り
である。茨木宮のいばる話という。山崎天王の
、はよふり、という。これの話である。
略。 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N16. 
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『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
腹を横に書く。
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***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽