2020年11月17日

卒業8142 くまそたける2(壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業8142京都船旅7042
古譜6042大原練習5942天の下6342  俺142 くまそたける2(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/16
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/16
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/16
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 
熊が舞う場 鼓を打つ手の場 能の場
打てばあいを入れる人の声が聞こえ
袴をはく熊 勇者のきざれ 熊が語る
世のあわれ 人の世に生きる熊
笑顔面見せて 只管に演じいる

 狐の天気予報。〇r1999/08/11
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康安全。
そうきょうよい時です。
【歌詞】
20201116
きざれ:私の意、ざましの世の言い。熊の『き』の
    言葉の延伸、熊語。
小林玉雄大御爺さんお育てのお熊、足利世の
    大熊も一緒に住んでいる。
20201115
【岡崎小道】
 『やすととし、みもうで』
 岡崎林道御兄のいかれた、秋残り市美術館南の
疎水沿いの所、美術館の所である、そこを、秋残
駅という。
 蹴上の東、坂の頂に、道が二つ別れている所、
日蓮さんの大きな石像がある。そこが、蹴上の
駅である、陸路と船路という、船は疎水を行く
所で、山の下である。トンネルである。この駅から、
疎水へ行く船という、それがあったことという。
 京都向かい、西に向かう、そのトンネルを出て
きて、秋残駅へ着く、船路で、上へ登る装置という、
この上の駅という、そこのこみという。『三条山
ふみる』という、山を見ることの言いという。
【四曲襖絵】
 この頃の、秋残り市である。
 四曲の襖絵という、屏風絵という。それが置か
れている時のことという。もみ山の筆という、
コンピューターの筆である。
 このコンピューター、今の、64ビットである。
古い頃に書かれた絵という、秋残りの筆という、
駄作者の真似する所である。古い穂浦の絵という。
私も暮らしていた穂浦の懐かしい海と空の後継です。
 駄作者なる人の筆であるという、後の世の話と
いう。私のいった頃は、岡崎という時の頃で、
『また、いつか見ん』という歌を歌っていた私
です。穂浦海軍の卒業式という、その頃であり
ます。御兄とともに通った、学校で、道脇に、
『ひめゆりの塔』がかあった頃です。この東に
原爆製造所があった時のことです。

 卒のよよなれという、世がなる世々のことです。
sotu4470. 右蘭に提示されているという、ブログ
のことです。駄作者の作という、よいはいですね、
という墓町の頃の京都が残っていたときです。
これが、秋を残すという、駄作者の話です。
ときを、秋という、年がら年中、駄作群である
という、駄作者の弁です。

 世々慣れのよい牌の文です。牌という蹴上の駅の
石像です。そこの讃という、秋残り讃という、私の
後の世に出て来る人です。岡崎小道という、今の
岡崎の小さな道で、畔の道であった頃です。

 こを、世々見(よよみ)といいます。世々見ヶ堰
浮き、といいます。堰のあった所です。勁草という
浜の草が生えていた所です。山の世という、昔の
世々山と言います。世々山っ子がわたしです。
『きざし、もけゆら』という言いになります。
もけの山、ふなよもの言いとぞそ。

 やすととし、という言いの、宇治の浜の言いです。
宇治の宮の言いと言います。大津皇子という型が、
お越えになった、けよ山の所です、丘崎小道の場所
です。京都の歴史の作りにかかる頃です。
明日から、それを始めます。
岡崎小道記します。

 ここは、ノベンバーの日です。古い岡崎の言い
です。といつとかずの言いと言います。今述べる
山のこと、向かいの、秋残山と言います、岡崎の
秋残る場の言い呼びです。秋残るや、と御兄の
お言いです。またよのお書き、これなります。
岡崎小道再記します。名を岡崎小道と言います。
御兄は駄作者を信じているのでしょう。
 海がある京都という、取りつかれております。
幽霊の好きな御兄と言います。私の友達でありす。
幽霊三と言います。昔の私です。

 平家の怨霊と世の中ではいわれています。落ち
武者と言います。『はなせ山女三吟』のことです。
幽霊の書と言います。岡崎小道、そんな場所で
あった頃です。

 岡崎の出幽という、幽霊山のお書きという。
幽霊出没の地、岡を割く幽霊です。岡割(おかさき)
という地名です。幽霊が割いたという、勁草の崎の
変わり闇のでてる所です、幽霊と言います。

 色のついた闇、黄色い晩のお書きです。闇が来る
という、らいやら、と言います。幽霊の出です。

 幽霊を闇という、秋残りの言葉です。駄作者と
いう人に捧げる文です。幽霊の文です。平家の落ち
武者という岡崎がそうです。岡を割いた岡崎文です。
岡割り上句。ヒンデランド・ゆっきく、と言います。
おかわりのジョークです。七条の宮の言いともいい
ます。そこが私の生まれです。『きざし、ゆゆまく』
足と言います。気体のことを、まく、と言います。
ゆゆまくれ、腕巻く書きと申上げます。

 駄作者の腕まくり、鉢巻きのお書き、小道の、
いきふき、ござにあれり、すみすそすゆ、割かれた
山、蹴上と言います。毛が坂だつ里のお書きです。
蹴上の里です。その山にいた私です。山里へ詣でる
時です。秋残り山と言います。今は、割かれ跡、
幽霊の里、あきときの里みす、祈らずとても、神や
守る里と言います。幽霊の言いです。
 
 雲山が降りる岡崎子と言います。雲を、いめら
き、と言います。幽霊の言いです。高槻越えた
日のお書き、また来ます、とそ。
高槻山という、現、蹴上の幽霊山です。高さ、にご、
とそぞ、ありるる。ふふゆきの雲、ありすありる。
雲浜越えとそ。梅田雲と言います。岡崎雲とも。
岡崎小道記。かけ番記者きざし。sotu8142
はいしに8142、これから行きます、かけ番。
始めのことを『しに』と言います。
『さあ、しのか』のかけ番、初番のことです。
幽霊の詩、かけかけの夜、とそ、落ち武者の
その後、おかわり秋残り話とです。
武者くらい、人けあげ、わみそみの地名です。
幽霊のたかる山、ここなるを。
『賢い』ことを『たかる』という、岡崎蹴上の
言葉です。駄作者に捧げます。幽霊より。
廃止になりました山登りの船です。浮く浮く
浮く、ウクウクウクと船のことです。
幽霊船のお書き、山登りの船を幽霊船と言います。
ゆうれいの飾り、京都円山船ゆられ、こうやみの
飾りとぞ。

 岡崎から円山へ行く、分かれ道、秋残駅です、
船路の駅です。

 岡崎の発破がけ、山が一つなくなった話という。
高槻山である、それまでの街道、とみゆ浜回りと
いう。土は茨木へいった話という。茨木のさんこと
いう場所である。茨木の宮の近くである。
 とみゆ浜を映山という、映山の麓から、越えて
、かしず、へ行く、今の、坂本という、ここを、
とみえ、という。とみゆ浜街道という。そこを、
きえたか山という、めゆるやおのふ、とぞそ。
この書きである。幽霊の書きという。船辺(ふな
べ)の征矢という。船を『矢』という場所である。
大津市の坂本である。大津世の言いという。

 船置きを『やふめ』という、これが『やぶ』と
いう、大津の、やもよも、という言いである。
『やふめ』を『やぶ』という、船のある所である。
卑弥呼を『ひみゆ』という、そこの言いである。
『ひみゆ、れてゆた』の冠話である。

 幽霊の書という、幽霊がかかる、タバコのけゆ、
という、タバコのことである。『ひみゆさっぱの、
けもそめ』という。タバコの煙のことである。

 卑弥呼の頃からの話である。タバコの造りと
いう。一つは、山への礼儀である伊という。
これを、いんどき、という。インドのことという、
シャカのてもやり、という。インドのタバコと
いう。タージーマハルの歌である。たみそきと
いう、冠語の言葉の意味とぞ。タバコの意が
ある話という。
【カムイ髷】
 専売公社きえた話という。東インド会社という
、ゆむの言いである。めよむという、めよむの
いう、この言いが、のとみと、という言いである。
めよむのいうという、『と』を『の』という、
花やきの言葉という。はなせの宮の言葉という。
御所の中はなせの宮である。山の煙をたとえる
宮である。今の京都御所である。はなめ闇という。
はなせ宮の別名である。迎賓館奥という、そこの
ことという。昔あった迎賓館である。昔の迎賓
館という。ゆぜ宮ともいう。そこの、けかみ、で
ある。毛を『かむ』という、毛神(けがみ)という。
『カムイ』の語源である、毛を髪という、その
言いの花髪という、これの変わり言いという、
毛神という、髪を祭ることという。花髪まむ、と
いう。『まむ』が祭りである、これを、カムイマム
という。カムイが髪であることという。神とも。
おかみという、おかみ天球という、丸い髷という、
山るり髷という、これが、花のおき髷である。
沖縄の髷という、その結い元である。

 沖縄のカムイ髷という、これが、沖縄の、ユイ
ユイという、この解釈の、沖縄きもふき、という。
古い穂浦という、穂浦のおき髷である。西闇山と
いう、そこの風習ともいう。穂浦だんべる、とい
う。べなそめの山という。今の西山丘陵の辺で
ある。子供ぼんたり、という。この『たり』が
髷である、後、足のことという。
【鎌足】
 かまたりという、かま足という、その名の人の
ことという。後、玉取りという、玉取姫という、
藤原のことの話という。藤原やっぱのゆみ浜と
いう、そこの話である、玉取姫の話である。
それが、怨霊の話である。藤原きんもき、という。
それの山の、たかみつ、という。高くみつぐ、
やもの堰という、岡崎の、やもの堰である。

 それが堰の造りであることの話である。高槻の
山のことである、大阪の高槻のことともいう。
茨木宮のことの、はみふみ、という、ことの興り
である。茨木宮のいばる話という。山崎天王の
、はよふり、という。これの話である。
略。 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N16. 
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
腹を横に書く。
**************
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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2020年11月16日

卒業8139 くまそたける (壮強太陽):イカスミ

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音楽
【曲名】 卒業8139京都船旅7039
古譜6039大原練習5939天の下6339  俺139 くまそたける(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/15
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/15
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/15
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
熊のお茶 いただいて 口うまし 口の中
潤いに 後、鳥の訪ね来る 鳥も飲む
ここ府庁 猫がタイプ打つ所で 熊も打つ
犬と住む きざし住まえばよき
日受け園の一日に山の煙添う

 狐の天気予報。〇r1999/08/10
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【デジタル】
20201113
【田島晴】
 これが日本にあった田島晴である。インドの
タージーマハルと同じ建物である。五つあった頃で
ある。

 『おせんなかすな、馬肥やせ』という、京めの、
という。馬を、『よる』という言い言葉という。
めめすめのお言いとぞ。ゆいよってのるり春という。

 季節のとを、『るもせ』という。このるろせの
言いの、ぺば、という。ぺばの馬という。ぺば馬
という、馬のことである。この馬が、後とぞそ、
『馬おらる』という呼びをする、この呼びが、
『おす』という呼びの馬の呼びという。おす馬と
いう、ぺば馬のことである。

 ぺばをおすという。この書きの意とぞそ。
 
 馬おしという、馬追いという、馬を連れて歩くこ
との言いである。馬と一緒に歩く若い人という。

『ぺば馬よってさ、あるけてゆっきす』という、
古い東の野の原の言いとぞそ。今の京都の東大路で
ある場の言い、という。この冠話を、こごせまの言
いという。『せま』という、言葉の意味である、
言葉のことである。

 こごの言葉という意味である。こごせまのお
言いという。
【東大路通、京都】
 『いたるり槍』という東の山のおいそ、とぞそ。
ここが、今の京都の東山の西の東大路通りである。
この東大路通りの造りという。川を切る造りという。
東大路通りを、川ゆり、という、大きな川の流れ、
という。流れ闇のおいそ、という。おいそ浜のこと
という。いそゆりの川のお書きという。大槍という
、今の東山の大きな頃とぞそ。、高さが、見分け、
ヨンという。四千メーターの高さという、その頃の
京の町という、この頃を、京槍という、今の言葉の
京都大峰という。京都大峰が四千五百である高さと
いう。

 富士という言いをするこの頃の京都という。京
都大峰を富士という、その京都のことを、れぶて、
という、後、れぶての京という。

 この『れぶて』の頃の東宮浜という、東山山麓の
西側という。西の、さんてく、という。浜を、てく、
という、浜てくという。

 この『てく』の言葉の岩磯という。磯波凄まじい
東山の山麓の川波という。上がる波のことという。
この川が東大路を北から南へ流れていた、てくるき
の流れ、という。これを『おせんたく』という、
流れのことを『せん』という。これが、東の山越え
た場のことのいいとぞそ。東山を越えた所の場の言
いである。おせんたくという、川流れのことをいう。
東山を、半分、川という、これが、『河』の意味の
頃である。山麓を全部、隠して流れていく、おせん
たくのことという。半分くらいがみずであった東山
という。この山を、東じょっくく、という。東じょ
う、という。この状を、ひんとみ、という。これを、
見分けという、川屋の言いという。見分け、ヨン、
という。四千メートルの高さという、見分け、ヨン
の言いである意とぞそ。

 『おせんなかす』という、この『おせん』のこと
という。弓浜真野言いの、うそゆり、という。
うそ川の言いという。うその川の名という。上述の
川をいう、うそ川という、後、桃谷という、桃川の
ことという、うそ川のことである。これが、ひあが
る川である。水がなくなり、後、野原になる、この
ことの言いを、『るりくらす』という。
【桃谷川、京都市】
『くらして、野による』という、日光の下に、野之
桃原野にいたという、桃谷川という、桃谷の、まよ
ふき、という。今の、西河山の、東の東の谷のこと
という。桃谷原川野という、地勢学上の、U字谷で
ある、桃谷原川野という。
【京都墓町】
 この川を切り拓く、切拓の譜という。しろろ切り、
という。この頃の京都という、京れるかっぱく、と
いう、言いをする、京の田島晴の言いである。
この田島晴が、五条通東大路の西北角である。
大きさが、『ゆうにごもれく』という、今の御所
の四つ広さである。ここがその田島晴という、
後、さんそめ、という、京の墓の町という。
墓町の京都のことという、この期の京都という。
墓ずれかっさく、という。かすゆすの言いのけっ
てく、という、てくせの言いという。『おせん城』
という、京都の墓町の言いとぞふ。
【足利幕府】
 ここの住まいという、きしろるおすゆす、とぞそ。
これを、京都まみ、という。後、京都城という。
この京都城という時期が、あしかがみ、という、
京の室堂(むろどう)という、足利の室町という時期
のことである。後、足利幕朝という、後の言いと
いう。後、足利幕府という。あしかがみ浜るき、
という、めねよねのお言いという、幕府という
言葉が、めねよねの言葉である。
めねよねれてふき、という幕府のことである。
冠語である。

 足利幕府という通常の言葉である、めねよね、
という。この言いが、田島を『といはり』という、
『といはりのよむふり』という、田島晴のことで
ある。足利幕府が、田島を『とい』という、『と
いす』という、『といしま』という、『といはぬ』
という、『とい』という、たいせるの言葉という。
御所の足利という。足利尊氏言いという。
【卑弥呼城】
 この日の御所、西の卑弥呼の城を、『といしま
やり』という、足利尊氏という言いの、足利語と
いう、足世羅山の言いという、あしっくす、と
いう。御所が、あしかがる、という場である。
あしかがると、御所をいう。足利のみ、という、
御所のことである。場所が卑弥呼城の場所で
ある。今の、京都五条御前である、卑弥呼城と
いう。

 この卑弥呼城、川が下に流れている場所の造り
である、前卑弥呼城という。五条条川があった頃
の呼びである。この条川の、かきたき、という、
滝落ちの場の造りという。しろっせら、という造り
である。
【京都大峰】
 五条条川が流れ、東に桃谷川がある日という。
この碑の、京都おおぶ、という、京都大峰の
一部である。今の京都より高い所の場所である。
これを、見分けの、はなる言いの、話である。
見分けという高さ、一千五百である京都大峰の
高さである。この時に、同じ高さに見えた、東の
田島世のおたてゆり、という、田島晴れである。
見分け、一千五百のたじまはという。

 後の、一千五百であるひぃに、一千五百から
見た、田島ゆまれく、という、卑弥呼という人
の言いである。卑弥呼城の言いである。五条
御前から見えた、東の田島晴とぞ。
【回崎島】
 これが椅子という、すっつという、すっとんと
いう、卑弥呼の頃の椅子のことである、後、スツ
ールという今の英語という。卑弥呼の頃のスット
ンである。卑弥呼城が、島掛かりの城である。
この日の卑弥呼子城、田島晴という、中に川が
流れているという表現という。かかっている島が
穂浦連島である、前卑弥呼城という。後、卑弥呼
城がなくなった穂浦という。穂浦と回崎島の掛か
りである。

 回埼川はまき、という。回埼川が今の御前通
である。細く険しい崖の下の流れである。回
先島の東端になる。ここを、めんそく、という。
卑弥呼城の田島晴である。この田島晴が、絵に
描かれたタージーマハルという。尖塔があった
穂浦の島の東端である。絵の手前の塔である。
【島原遊郭、京都】
 これが、このままの見の京都である。そのまま
沈んだという言いの、京都落閣という、これを、
京都落ちかど(角)という。京都の町全体が今より
くあったことという、見分けの言いという。
この頃の地の動きである。田島という島ができた
ことという。この島が今の五条千本東南である。
今も、島原という、小さな島山であった島が
浮き上がった地とぞそ。田島くっさぎ、という、
これより古い、今城という言いの前卑弥呼城の
言いとぞ。今城がそのまま上がったのである。
田島遊楽という言いがある、今の島原である。
この辺一帯を、島豊れく、という、島津原とも
ぞる。しまつわっぱ、という島原の古い言いで
ある。田島ゆんらく、ともいう、今城の言いで
ある。
【五条ヶ丘、京都】
 島全体が京をいう、京島という、今の島原で
ある。にししんやしま(西新屋島)という。
これが、京都の、祐乗という、田島祐乗という、
田島晴である。島津やんぴく、という。しろすり
のかゆっくす、という。これが『かゆ』の語源で
ある。花遊と表す。のち 、五条ヶ丘になる、
しまっせるかっくす、という、島原花遊落(しま
ばらかゆらく)という。これを、祐乗録という、
録が建物であることという。島原祐乗という、
後の、ごもるりの祐乗という、たたたたた田島
晴区の言いである。島原祐乗が、遊情になり、
後、はなけ、という、島原の言いという。
島原語の、じょっかく、という。この『じょっ
かく』が、『じょっす』『じょっと』という、
すっぺじょっかく、という島原の言葉とぞ。

 この『じょっかく』の頃を太夫(たいふ、
たゆ、たゆう)という。島原のいと、という。
いつともいう。伊都と表す、後である。
【伊都】
 この伊都が、糸にかかる、織物のことという、
島原織という、古く、田島島則という。島則織
という。染めもする、しまん染めという、島津
山の織りという、染めを含んだ言いである。
しまん染めという、染められる山のお書きとい
う。島原世の話である。田島を古く島原という。
五条が丘という頃の、たしょ島という、古い島原
である。
【七條大門のことば、じょっくん】
 この島原を、たんとく、という。たんとくの
しっぱく、という、後、島原の城という、今の
城の造りである。島原城という。しませさんくれ、
という、島原冠語の言いである。島津世語という。
後、五条ヶ丘の言いとぞ。島原織のある日という。
島原染めともいう。『じょっくん』という、
じょくせらの言葉という、織物をじょという、
島津原宮の言いという。これが、七条大門の言い
でもある。七条の、かっくれく、という、
すっぺの言いともいう。
スペシャルという七条大門の言葉という。今の
英語という、七条大門の言いである。

 『スペシャル、じょっくせ』という、『わ
われ』の言葉という。これの冠語が、そみそら、
という、そっての言いとぞそ。『空がそった』と
いう、七条の大門ゆり、という。八条にかかる
、るとん、の言いという。『るとんかっくせ』と
いう。ウィリアム・カックスという、カクストンの
言いという。カクストンの『ストン』が、スットン
である。この期、布団の意味である。スットンと
いう布団を表す七条大門町である。
【七条の織り染め、京都市】
 卑弥呼の頃の七条という。条川があった頃と
もいう。七条城楽という、七条の、しつはる、
という。浸み染め(しみそめ)という、後、しすはる
、という、七条の織り染めである。染めのことを、
しす、という、七条の言葉という、後、京都蒸気区
という、蒸気の染めとぞそ。

 七条八条という、若い人の故郷である。『田舎へ
行く』という若い人である。今の大門町辺りである。
染めがある町という、ここで住んでいた若い人の言
葉という。『じょくせらって、いくす』という、
『田舎へ行く』という意味である、じょくせという、
じょっすくの言葉である。『じょっすくれて』と
いう、『私は行きます、います、します』という
意である。七条櫛という、八条よんりぎ、という、
大門冠話という、スペシャル・ベットラという。

 あと、じゅせま、という、じゅの言葉という。
『じゅれ、ぱっせ』という、『私はいます』という
『いました』ともいう意である、この『じゅ』が、
フランス語のジュである。大門冠話がフランス語で
ある、ここの民を、だいとめ、だいそん、だいくれ、
という。だいのお民という。だいかく山お書きと
いう。御所のふっかすの言葉である。だいとめ語と
いう。
【大東語、府関語】
 大東語という後のことである。フランス語の
ことである。『じゅべ、いっぺ』という、御所の
蔵のそしそる、という、そしめのおことの延伸で
ある、猫がタイプを打った頃の御所猫という、
若い人の家族という、フランス語で打った猫と
いう。後、この猫、今の府庁へ一緒に行く、住んだ
ことという、御所住まいの、にしきやき、という。
錦という、西の木の、さいるき、という。これが、
府庁の言葉である、庁関語という。
『私』を、『きざし』という府庁のうちの言葉で
ある。府庁で住んでいた若い人である。

 『きざし、ゆまれ』という府庁生まれですと
いう意である。『ゆまれ』が、『ゆまのふき』と
いう、これが府庁の意味である。庁関語である。
御所の、さい山という世の場のことという。
府庁の場をさい山という、御所の言いである。
【猫】
 この府庁にいて執務をしていた猫である。
一等書記官とである。名前を『ミーシャ』という、
ロシア一風の名前である、猫室がある府庁という。
足利猫ともいう。足利世の猫である。現代フラ
ンス語の書きである、ミーシャ猫のタイプ打った
所である。

『Je vais』という書き出しである。猫うちの書
である。ノーベル猫ともいう。猫情の機敏が書か
れているという、猫文化の創始者である。

 大きな猫もいた府庁の郷である、私の生まれ
という。古く、卑弥呼朝府という、その頃の少し
後である。秋残り市役所部という部署がある頃とそ。
ミーシャのお書きという。猫の手の駄作者という。
猫文化を大切にする人である。ワープロ作家である。
【熊】
ワード・プロスという、フロッセスの言いという。
プロすれのお書きとぞそ。キャット・キーという
タイプライターのきーである、コンピューターの
キーボードでもある。あと、犬手と熊手がある。
どちらもたいぷを打つ人類である。これを、仁
(ひと)という。
熊を『ゆき』という、犬を『そよ』という、こ
れを、仁と表す。名前に仁がつくことという。
 やまゆきという、山仁(やまひと)という、熊で
ある。この熊、能を舞う熊である。シテという、
シテゆう、という能舞いの熊である。鼓も打つ
熊である。

 仕事が、お茶を作ることである、熊が作った
茶畑がある。足利熊茶園という、府庁の中である。
この熊が犬と一緒にいた、府庁仁類である。
後、府庁二類という、熊の府という、熊府の
おつて、という。おつゆつのおわせむ、という。
せむらす御熊という、足利みよという名である。
みよ府のお書きという、言葉がセム語で書かれて
いる、熊うちの書である。アフリカーンスの達仁
である。見仁という、御所内の名という。
『熊の鼓』という文書である。
アフリカ語を熊語という人である若い人である。
ロボットの若い人という、人そっくりのロボッ
トである。これを、足利の世という、ためせ(
為世)のお書きという。

 『為世山おり』という、動物のことが
書かれている、ロボット兄の書記である。プロ
グラムのコボル言語を駆使される兄である。
この兄のことを書く動物という、犬のロボットで
ある。言語が『よ』という言葉である。よいよと
いう蝉のいた頃である、府庁蝉ともいう、足利世
の蝉で、大きな蝉という、長生き蝉である。
羽を振るわせて言葉に出す蝉である。御所の紫宸
殿にいた蝉である、名を、足利太郎者という、
たろみ、という名である。よく兄にとまってい
た蝉である。

 虫の動きをするロボット機械虫もいた府庁の
ひろれくという場所とぞ。我が世の春という、
織田様世という。織田信ゆれ、という、蝉の羽を
振るわす音である、人の言葉という、仁の言葉と
いう、この仁を、中仁という。ううてすという、
うすだす、という。虫の羽音のめでの言葉とぞ。
【蝉】
 石の臼のこととも。蝉臼屋という、今の府庁の
ことである。蝉の健康という、兄の健康和いう、
ロボットの異常を調べる蝉である。蝉の羽の音で
判断をする兄という、兄を見る医者である。蝉の
脳の働きである。この蝉、名を『みと』という。
みとの診断という、機械の技師という、長生き
蝉の『みと』という、6年7年生きる蝉である。

 今もいる蝉という、この種の蝉、機械を見る蝉
である。道元という、機械の動きの元を調べる
言葉である。導引の語源という。人に知らせる
機械の異常である。後、鳴き方である、羽音鳴き
という、羽の音の出しという。府庁の頃の蝉で
ある。

 白雪姫の話という、府庁の庁関語である話と
いう。『ゆいよってそ』というのが、それである。
蝉そわれの言葉という。この『そわ』、フランス
語の『そわ』である。『ジュ、ソワ』という、樹
という、これを、ルージュという、人の言葉の羽の
音の意の入れという、フランス語の受けという。
フランス語に、この話がある、ペテルブーゼルと
いう話である。

 ペテルブルグの屋にいるという、蝉の長生きの
多いロシア蝉、ヨーロッパの蝉という、長生き
する蝉である。皆、跳ね音で意思をいう蝉の言葉と
いう。蝉語のお書きという。くわしくは、ロボット
兄の著書である。くわしく書かれている、ゴボル
の言葉とぞ。機械言語というのが、蝉の羽音であ
る。『アイ、ゴー』という、これを、『ストップ・
ロック』という、これが、コボルの蝉語である。
ピリオド・スタットの機械言語という。
【プログラムの脳】
 プログラムが、脳の前頭葉でできたこと
という。プログラムを組む脳である。足利の脳
ゆり、という。大山のおきゆき、という。前頭
葉の考えが具現したものという、プログラムで
ある。場所は前頭葉である。プログラムの出で
ある。ピリヨという脳の部分という、前頭葉の
ことである、ごいしくおづぬ、という。役小角
の言葉である。プログラムで具現している現、
コンピューターである。

 『ピリヨ』の『ピリ』が、あとを意味する。
『あの人、びりよ』という運動会の言葉という、
この『ピリ』である。びりの山のお書きという。
『びり』を『ぴり』という、後脳の働きである。

『パピプペポ』を、『バビブベボ』という、
双唇音の出しという、蝉の羽根の振るわし、
という。これを『蝉しぐれ』という、脳学の
言葉である。脳の前頭葉の中心右である部分
とぞそ。ここの働きである、双唇音の出しと
いう。蝉しぐれという部分である。
どちらも双唇音である、パイを、バイという
言いという。バイバイを、パイパイという、
これを、双唇音句という、一緒のことにする
おれまがりの脳という。おれまがりの働きで
ある。またがる脳という、足利の世の脳の学
びという。ロボット医者の言葉でもある。

 今の医学にロボットによる所がたくさん
ある、足利世の発である、この島の回崎島
がそうである。この所には、医院がたく
さんある、今の世とぞそ。古くの回崎の島楽
という。後、医者という、医務方という、
医務島という、医者のおらる島是という、
島山の言いである。

 『イーシーデー、イーシー』という歯
医者の言葉という、島の頃からの言葉である。
この『イーシー』が、いそずり、という島の
風の音をいう、風の音という意味のこととも
いう、蝉の羽音のことという。虫を尊ぶ島の
医者という、『イーシーデー』という、後、
英語に入れる、『医師の日』という、
いしび山という所のロボット看護士という。
この看護が、冠語の看護語である。

 午後から開ける日のことを、いびしず、という。
日の明け方を、ごか、という回崎島の言葉である。
午後の言葉の造りとぞ、午後山という。石河埼の
の東端という、そこの言葉である。穂浦全島の
言葉である。御前通側の崖っぷちである、そこの
言葉である。崖ぶち、という。ぷちをふちという。
そこひじの言いという、ひじかけ山お書きという。
脳学の回崎という文である。御前のごぜんという
読みの言葉とも。ごぜんの医者という、蝉の明け
という、摂政の語源である。朝の発のことという。
この麻が夜明けである、夜明けを八時という、八
時を出の刻という、物事の初めのことという。
八時で始めることをいう。時計の時間の九時頃
である、今のことという。
【はちいつ、八いつ(人偏に、八月と書く】
 八時に大砲を打つ、時計の八時である時という、
八時のサイレンという、穂浦の海軍工廠のことで
ある。日の始まりをいう。始まりを、はちいつ
という、はちじという。論語の『はちいつ偏』の
『はちいつ』である。はちいつのおいさり、と
いう。これが、はちの言いの蜂の虫である。虫の
羽音である、八氏にとんでくる蜂である。時を
知るとりという、虫のことである。はちいつが、
蜂のことである。八をはちいつという、回崎島の
言いとぞう。
 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N13. 
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
腹を横に書く。
Mr. Atom Lucky Ager, "KYOTO report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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2020年11月14日

卒業8138 田島ゆっきく(壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8138京都船旅7038
古譜6038大原練習5938天の下6338  俺140 田島ゆっきく(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/13
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/13
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/13
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 
海こいしく 田島槍花槍
波が荒く クジラ立ち 沖山波
足利の御代の穂浦ゆかりのたじみ
はなきゆき おせらんとうに
立てる日 おごそか 尖塔の
並び立ち 大磯ヶ原見

 狐の天気予報。〇r1999/08/08
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【デジタル】
秋残り市美術館蔵、四曲屏風絵解説
【回埼島】
 絵に描かれた南の島、そこを、かいさき島(回
崎島、廻咲島)という、この日の大阪茨木海という、
今の大阪駅前辺りまであり、大阪駅の南西に、曽
根崎の西に、イオン島という、島がある。ここを、
イオントーブという。これが、ここが、大阪の和の
都である。
【水都】
 この日に、大阪を水都(すいと)という。京都を、
水勢(すいせい)という。水勢の世という。
かいさき島を、まわぜま世、という。

 絵に描かれた島々を、穂浦連島という、かいさき
群島という。その、かいさき群島の埼の、長崎と
いう場という。これを、のいはり、という、冠語
の言いである。この冠語の意味が、後の、烏是(か
らすぜ)の御所の看護という冠語の一種である言葉
を使う、長崎の埼の場という。『なんば、しちょ
ると』というと場のことである。
【おだいば槍】
 かいさき島という、穂浦連島の言いの、ほうさき、
という、今の方言である。おだいば槍という、おだい
の槍山という、大きな山状の島という。京都水勢時
代の頃である。
【水星】
 この京都水勢という言いという、水勢の京都と
いう、もひとつ古い京都の言いという。京都が、
古くからある言いという。同じく大阪も、なにわ
以前にある、大阪という言いである。今の世の中
という、この類言いを使う、世である。もひつ古い
頃の地名である。大阪を含めたこの地を、水星と
いう、京の言いという。なにわせんばく、という、
言いの名前である、水星というのがこれである。
水星(みずぼし)渡りの言いという。水星のなん
かく、という。日本水浸かりの頃である。
 じんとみの日本という。この日の東京という、
水の中の台地である。今の江戸城、水の中である。
【名古屋】
 名古屋という、今の名古屋を、なごれく、とい
う、名護槍という、なんせむのお槍という。
みみすの都という。これが、名護の言いである。
旧の名古屋という、名護屋のいいとぞそ。
『ほんだもんで』という、この『ほ』を少しのばす
旧の名古屋便という、めんとみの言葉という。
東京山のお書きという、本文である。
【卑弥呼城】
 かいさき島の住人の言いとぞそ。名護の域と
いう、後、壱岐御代(いきみよ)という。後、
この島の、長崎東に、卑弥呼が出ることとぞそ。
これが卑弥呼の住んだ、卑弥呼城という、今の、
京都の五条御前通りである。この域である。
地域城という、卑弥呼城のことという。
これが本に書かれた話である、この本を、日本紀
という、後、日本書紀とぞそ。卑弥呼山お書きと
いう。れうての弓、という。『弓』が、本を表す
言葉とぞ。御所の古い、ごれ、という。そこの著し
である。日本書記のことである。その編纂係りの
若い人である。

 この日の日本書紀、総数、三千冊である。三千
巻の書きである。これが和国世という日の御所繰
(ごしょくり)という。若い人の手による書きであ
る。みよすてのすっそく、という。御所の書きで
ある。御所の住まいの人々の手による書きである。

 この日の京都、日本を、たんとく、という、
たんそう、ともいう、後、丹波という。この『丹波
』、も一つ古い頃の丹波の言いである。京都の
しまずれの地を、丹波という、その頃の丹波の言葉
である、今使っている『丹波』の言葉である。丹波
の国という、日本のことである。

 この『丹波』を使う、さいたみ、という今の埼玉
である。さいそみ、ともいう、御所の冠語である。
口語で、冠話という、冠語のことである。御所山の
おいという、おいせのお言いという。まませる、と
もいう。めゆめゆ、ともいう。『め』という言葉で
ある意という。『め』の山のお書きという。
【大阪】
 これを、ウォット、という、ロコの言葉という。
ロボットのことである、ロコである。ロコめら、と
いう。この日のロコという。かいさき島の言葉であ
る。大阪イオントーブの言葉である。これを、浪華
いほきく、という、イオンの言葉とぞそ。
ウォットという、言葉の意である。後、水の意に
なる、水をウォーという、二条城和論せる、という
言葉である、ロックスともいう、ろくろく、とも
いう。なによ浜の言いという。曽根崎側のイオン島
の埼の言いである、京都の、ごみすみ、という、
御所けらの言いという。『なにしてやん』という、
大阪イオンの言葉である。『なんばしちょるか』と
いうかいさきの島そめ、という。この『かいさき』
を曽根槍という、曽根島闇という、島そまの磯部の
言いとぞそ。

 ここが、京のかいさきの西の埼である。かい
さき島の西の埼である。どちらも、かいさきと
いう。
【京都大雪埼、千葉柏、柏連宅】
 京都の大雪埼という、回埼島の大井島という、
大雪埼が南の埼である、かいさき島のことという。
浪華のふりすみ、という、ここも浪華という、
京都のかいさき島のことである。まわぜまるく、
という。りゅうく・いっすく、という。後、
関東のお台場の言いとぞそ。この『お台場』、静
岡のお台場である。後、千葉世のこととぞそ。
千葉県の柏辺りである。千葉そみという言葉を
使う、千葉のさきみ島という、さきとき、という。
千葉県の柏である。後、柏連宅という、連の宅の
柏楼(かしわろ)という。かしわろうと読む字を、
かしわろという、切りをする柏の連宅という、連宅
言葉という。今の関東の言葉の元である、この『
関東』を、環頭という、後の世のととぞそ。今、
関東という、古いかんとうである。環頭よりも
古い言いの関東である。この頃、大阪地方を、
かんされ、という、かんさき、という、かんみく、
という、かんざみ、という、かんらく、という。
この書きを、めっける書きという。かんせいの
かんさい、という。この『かんせい』が、かんせ
いの読みである、関西という字の読み方という。
【関西学院大学】
 関西学院、かんせいがくいんという大学の読み
に置かれた言葉とぞそ。管制をいう、後の、くだら
みっく、という。百済を、はくさい、という、
はくせい、という、読みのことという。関西を、
かんせいという時の、はくさいである。
はくせいさん、という、くだらさいたま、という。
百済(くだら)のはくさい、という地名のことという。

 大阪を、はくせいという、はくさいという。この
書きが、めんそべの書きである。めっかくの書きと
いう。皇后の書きという、御所まれのお書きとぞそ。
皇后を、かたよき、という、肩先のことである。
広く、手までのことという、皇后という。
これが、大宸殿という、大阪の中にある、御所の
イオントーブという、イオン御所という。これを、
和国という。和国のイオントーブという。
わっけくらん、という、わみせまの言いをとる
和国という。和の国である。日本を輪国(りんごく)
という、全国(ぜんごく)の言いとぞそ。濁る和国と
いう、にご言いのねにごり言いという。括弧内の
ことという。連続壇という、大阪のだんじつ言葉と
いう、関東のさいじま、という、さいじまのさい
かく、という、そこの言いでもある、にごり言いと
いう。

 洗濯を、せんだくという、関東のさいじまという
場の言いとそ。大阪のイオントーブの辺りである、
京都のいせしく、という場とも、名古屋ふんまる
という、九州ろっくす、という、四国連鶴(しこく
れんづる)である。せんだくという洗濯のこととい
う。新潟の言いともいう。新潟三条、長岡の辺り
ともいう。他にもある言いである。
【壬生の江、波浮の港】
 せんばなんそめ、という、京の壬生の江という、
そこのせんだく、という。絵に描かれた、補いの
絵である。壬生の江の言いである。この壬生の江
の、波浮(はぶ)の港、せんだく港という。平安京
の興しの場である。古い御代の平安京である。
今の、千本通りという、京都にある千本の道の言い
という、せんだくという言葉である。
せんだく興しという平安京である。この平安京が
香蘆館をいう、ろうろうほう、という。これを、
ろろ、というろろ山という、壬生の都の言いとい
う。みぶすめの言いという。後、はなゆす、はな
ゆす語という、ろろろ、という言葉のことである。
言葉を『ろ』という、平安京の言葉である。茨木の
宮の言葉である。この言葉を、いそみく、という。
いそみくのおつゆつ、とぞそ。
【茨木宮】
 茨木をいう、いばそゆのお宮、という。茨木宮の
インディーラ・ほっくく、という。シンハリ語を
喋る茨木の言葉という、茨木を、しんそら、という、
しんとみ、という、しんせら、とぞも。茨木の宮の
ことである。また山のお書きという。
【東大青門、名古屋の写真】
 これらのことが書かれている日本書紀後編である。
このお書きを、後々編という、大事なお書きである。
若い人の手によるお書きとぞそ。古い言葉も開設
する人である。東大教授という話である。とう山の
人である。この日の東大、青門の場のことという、
青門の東大という、後、赤門の東大という。青門側
が川であったことという、頃である。日本人学と
いう、かいせらのおことの講義という、若い人が
教鞭をとる東大である、この日、京大分校とも
いう、名古屋の市大という、名古屋大学のもんとき、
という。名古屋工業の言いの名古屋興しという、
空中の撮影という、後、空中の写真である。
空中に写る写真である。
バイ・ザ・ピープルという英語の初期の言い
とぞそ。名古屋の英語という。ザ・ピーフルの
お書きという。

『of the people, by the people, for the people,
』という、写真家の言葉という、名古屋論である。
ゲチスバーグの言葉である。
古い壱岐の国の言葉という、長崎のことという、
かいさき島の言葉という、ここの英語の口語である。

 ゲチスバーグへ行った若い人という、かいさき
島からゲチスバーグへ行く日である。名を、富岡
という名乗りである、ビンスバーという乗り物と
ぞそ。ロケットのような乗り物である。時速三千
キロという、空里の千である。一千空里、一キロ
という、陸路のほぼ四分の三である。古い御代の
ことという。のち 、平安京興しである。これより
古い平安京を古平安という、これより古い、平安
京もあることという。水浸かりの頃がたくさん
ある、水星の京都という、水勢ともいう。この頃、
アメリカもそうである、ウォッターという、ウォ
ットの言いの頃のアメリカという。
【水行国】
 この日のアメリカ、リバランルクという、
リバー勢の、げりふり、という。後、ワシントン・
ポストという、後、ウオッツという、後、ウォー
ター・ラックという。この『ラック』、『落』で
ある。水行きという、水行の都という、後、水行
国という。ウォットン・ラックスのお書きという。
バイ・ザ・ピープルともいう、写真家の行きと
いう。若い人の行落である。
【大野島、新潟の角栄(すみえ、かくえい)】
 大野山お絵という、大野の名の島の言葉とぞそ。
ほりるりの言葉という、ラックス・レイレイとい
う。ラックス・レーレのあゆすり、という、言葉
である。ふんむくのまりおり、ともいう。ひぼ山
の絵ともいう、言葉を『絵』という掘米(ほりごめ)
槍という、掘小鑓(ほりごやり)の言葉という。
かいさき島の南西の岬のことという、そこの言い
である。ほりこやりを、ほいごやりという、
濁りの連濁という、かいさき島を、れんとく、
という、堀米の言葉という、ほりこめ、ともいう。
濁らないほうを、みんそ、という、民訴と書く
この日の書きである。民訴清(みんそせい)という、
これが、小西みそ、という長崎の崎の言葉という。
この長崎、九州の長崎である。民訴を広げて、
長崎の言葉を民訴清という、民訴の言葉の清さと
いう。長崎の『なんば、しちょる』である、古く
の九州名護屋ともいう。後、秀吉九州征伐という。
言葉の広まりのことを、制覇という、征伐という、
秀吉が広めたという、これを、すみやっこ(角奴)
という、新潟の角栄(すみえ、かくえい)という、
墨絵の書き方という。角栄という墨絵である。
水墨画のことである。

 タージマハルの絵が墨絵である。角栄の墨絵と
いう。墨絵の一種を角栄という、古くの絵である。
若い人か書いたという駄作者である。書角栄の話
という、この物語である。日本列島水漬き論であ
る。国を興す水という。穂浦海のことでもある。
【京都東山安井】
 山荘角栄の山という。新潟山のことである。
京都の中の新潟でもある、今の東世のやすおき、
という。山の沖の麓という、安井原というそこの
ことという。三艘の墨絵のことという。安井絵と
いう。山荘という。山荘を三艘という、安井の
言葉である。京都東山安井である。三成(みつなり)
の言葉という、石田三成の、さんせいという、
これを、さんそう、という石田三成の名の意で
ある。石田闇の人である。かいさき島の人である。
【戦者】
 石田の戦国という、戦争の人という。石田
山の人の絵という。墨絵描きを、戦者という。
戦者の石だという、日本画の部類の墨絵の描き物
の手という、戦手という石田さんという絵描きさん
をいう言いという。絵描きさんの代表を石田さん
という、芸者の芸名のような部類である。

 絵描きさんをみて『いしださん』という、この
『さん』が、山という、三という、これを。ほめ
る『讃』にする、さんさんの安井言いという。
京都ほゆくらの、あやすみ世の言いという。

 この日の安井嶽という、東山連山の次峰である。
高さ、さんさんメートルという、今のメートルで
ある。石田山という名の安井嶽ののことという。
煙を上げていた東山連山で、安井嶽である。
まっつぁら連づる、ともいう、言葉である。
『そわしてるてそ』、この意味である。
るて書きという本書のことという。
石田三成である言葉という、石田三成という言葉の
ことという。京都便を石田便という、石田の言葉
という。『そうやあなあ』と『や』を延ばす言い
という。京都の安井の言葉である、東山安井で
ある。うやうやしい言いという。
【野田川】
 京都の北の野田川弓という、そこの言葉である
こととも。丹波野田れま、という、御所ゆっとく、
という。ごめそめ、という、るいしょのおゆれる
おこと、とぞふ。『とぞふ』が、『で、ありま
っしょ』の意とぞそ。

 野田川で、冠語と口語を一致さす言葉の作り
という、野田川れってまの場である、あや繰り
という。綾部山お書きという。
【石田よんと】
『あやふやる・かみそめ』という、石田を神と
いう、園原の千葉闇という。石田よんとの山と
いう。『そうですな』というあいのうち、という、
今の関西の常用語である。
 『そうですね』という、石田よんとの言葉である。
 以下略。
 
 世界地名、世界風土記の描きである、その一部の
描きである。JAPAN reportという、ラッキー・エー
ジャ氏の書の一部である。駄作家発である。
【よみくみ山】
 大阪駅、北東辺りが海であった頃という、若い人
が船で行った和歌山友ヶ島という、ここが、大砲島
という砲台島の以前であった日のことという。砲台が
なかった頃という、この辺一帯を、若の世という、
若の江という。その頃である。京都水浸かり、大阪
水都という、わかねき川という、若の世の川の辺り
という。砲台島へ行く日の、赤闇記という、この記
のことを、しださみ、という。後、しだれる、とい
う。しだれ山行きという、この、しだれ山が、後の
砲台島である。和歌山の砲台島である。若い人の
住まう家という、インドまっ閣の作りという、
自然の岩の造りである。これを、じ、という。
じの造りという。じみつみ、という。ことという。
友ヶ島の和歌山を、よみくみ山という。
後程。
 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N13. 
 ***
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。

Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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2020年11月13日

卒業8137 たよみ浦 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 卒業8137京都船旅7037
古譜6037大原練習5937天の下6337  俺137 たよみ浦 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/12
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/12
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/12
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
よい世やあの帆 渡りゆく海
たよねの聞こえ わたみ浦 こいしき
船呼べば うちの山 花槍海 
茜さす かわき夢 おろこ山

 狐の天気予報。〇r1999/08/07
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【デジタル】
20201112
【歌解説】
あかねさすは、赤い根さす意。草の根のこと。
たよね、音に掛けた言葉。たよねの海のこと、名前。
山の浦の、浦蝉の歌。長生き蝉のお歌とそ。
『よい世やな』という、『よい世』という
長生き蝉のこと。一夏越すという、ながゆわ、
という蝉のこと。なんせみ、ともいう。
なにゆのおせるせら、とも。せら蝉ともいう。
 大きな蝉で、ブーンという音を立てる跳び
という。とみ様のお音とそ。蝉山のお鳴き
という、鳴き山のという、蝉のことである。
冬にも鳴く。せみせみの歌という、
 よい世である、かわき夢のや、という。
館の歌という、蝉こえ屋、とそ。穂浦壇の山
の歌という、穂浦の海のある頃のこととそ。
20センチ大。
かわき夢、川が来る夢 。
 そうきょうのよい歌である。
 『はなきゆき、はませる、やもそ』という、
この歌のことである、冠語とぞ。 

【田島晴】
 タージーマハールという、インドの有名な墓で
ある。この墓と似たものが京都にあるという。
『よい玉宮』『竜玉宮』という。これを、田島晴
という。田島の晴れ宮という。

 さて、世は情けという、世の山の末をいう。
末の都という。あそやすこいひび、という。この
言いの、ゆいおり、という。むむてるよん、とい
う。これを、田島山という。田島宮のお末という。
たんぽの山のお書きという。
【ローム】
 これが、よらり山にある日という。この日を、
れもん、という。後、れいもん、という。れもん・
れいもんの日という。日を世という。世々の山の
お末山という。れんてるるいはる、という。これ
が、むよとの山である。柳闇岡宮という。柳闇と
いう、柳世の、まつけやき、という。これを、
ロム、という。ロムの山のお書きという。後、
ロームという、松雄の名のゆい浜という、ゆい浜
山のおそゆそ、という。松雄せん閣という。
めるれすやる、という。
【タージーマハール】
 インドのタージーマハールという、同じ大きさ
である。田島山晴という、たよすてむそみ、とい
いう。中に五条川が流れていたという。これが、
田島山晴である。後、小さい田島晴を出す作りと
いう。

 大御爺さんおられる田島山という。これを、
やすと、という。名を、やすみふみ、という。
これが、たよせまのや、である、田島晴山と
いう。小林松雄翁という、後、松吉翁という。
ここを、ちよめき、という。ちよちよのおい浜と
いう。名を千久という。せんきゅうという、せん
ぐという。我が世のはりすら、という。

 天村の時のやである。穂浦天村である、後、
磯筋の御爺さんという。この御爺さんのお傍に
いたという。のち、京都大学の時計台の住まい
という。京都大学の教授である。御名をいう、
磯山沢浜という、そのお住まいという。

 インド、タジマハールのもう一つの家という。
磯浜宮という。インドのタージマハルである。
この二つがあったという、京都に二つがあった
のである。

 インド、タジンタミという、たみせるおゆこし、
という。たきふらるやせくり、という。まいまいの
プーさく、という。ぷさく山のお書きという。
これを、マイマイ・プーヨーという。売買不用と
書く。中国の武漢の言葉とぞそ。

 グリー語という、めゆんてすのお言葉とぞそ。
 
 このひぃに、東という、ひがおみ、という、後、
ひよみ、という、後、ひがす、という、東のこと
である。これが、今のインドの、ヒンズー語と
いう。ヒンズー語の元である。東ヒンズーのお書
きという。ひがおり山の絵という。絵の建物という。
むゆむゆのお書きという。
【ドームの田島晴山】
 ひがしさんこの家という。この家の周りを、建屋
という、建屋のどうむ、という。ドウムに囲まれた
田島晴山 という。ドーム中の家とぞそ。大きな
ドームである。このドームを、むりふり、という。
むり山という、マイマイプーヨーという。
石川島はりせ、という後、はりま、という。はり
ま山という、はりせの山そも、とぞそ。

 播磨山という、はりせのおり山という、これを、
とりるり、という。ドームのあるながふみやり、と
いう。ながせのやりふり、という。なや山のお書き
という、この書きである。インド山ともいう。
【小林語】
 ヒンズー語を、小林語という、昔の、いんすみ、
という名のインドという、ここを、ゴアマクと
いう。ゴアという。インドの古名という。ゴアを
郷(ごう)という。
【西脇市の郷瀬】
 郷瀬(ごうのせ)のいやふり、という。これを、
にしくし、という。にしやかのくしふり、という。
世界のきょうたみ、という、京民という。京都の
民のことという。全部で五か所あった、田島山
張り、である。田島山晴が五つである。ごいさき、
という。これを、おきさき、という。さきいその
戸井春という。この言いの、ひんどく、という。
ヒンズー語の元という。古く、グリセルという。
ぐりの言いとぞそ。やます山の言いである。

 ヒデラン・くっしく、という、くしき言葉と
いう、ヒンズー語である。天村の言葉ともいう。
戸井せせる磯神(いそかみ)という。この磯神の
言葉という、ひんでるのおこと、という。
ひんでるの言葉である。
【インド・アーリア】
 『イッヒ・モーブ』という、この言葉の延伸
とぞいう。ドイツ語の掛かりの言葉はとぞそ。
インド・アーリアという、ありゃまらのお言い
という。これを、ひんずーという。ヒンズーの
神言葉という。ヒンズーのことの言いという。

 ひんでらふっしいの山という。『ふっしい』
が、牛のことである。牛の脳をたとえる言葉と
いう。後、牛頭(ごず)という。牛頭天王という、
牛のことである。
【牛をためという】
 牛を、ためほく、という。ためのお獣という。
お獣山のおすれす、という。れすよすの言いと
いう。ヒンズーラ・ランドクという、らんぶせ
のお言いという。これを、インド・ランディー
という。インドのことの言いとぞそ。
ランデイー・マハールという。田島山の言いと
いう。
【名古屋のはよ】
 この田島山の在り処という、たよの海のはい
さき、という。はよの返事の言葉という。『は
い』を『はよ』という。名古屋もうみま、とい
う。この言いの、『はよ』という。はよはなる
(hayohanaru)
山という、その山の麓という。四枚絵の左手の
山である。この山が、その上の雲のや、とぞそ。

 雲が降りてきた我が世の雲という。雲山の言
いの『おぐせ』という、おぐせの雲という。
空から舞い降りる雲とぞそ。浮いてふわふわし
ている時もある。雲の江という、田島の山の
江という。向かいに見える山島である。

 この絵を、しまいふり浜という。絵の名とぞ
そ。この山の、うかこみ、という。ドームのこ
とである。これを、ねほきま、という。ねやみ、
という。ねまのみ、という。寝間の身の言いと
ぞそ。後、紫宸という、紫寝の、ししんまつ、
という。

 後のこととぞそ。後、紫宸殿という。らっ
きくの島暦という。菊の模様の暦のことという。
古い穂浦の暦である。今の暦の元の暦である。

 島山のおこよ、という、暦である。ゆりねの
暦という。ふむふむのいえゆら、という。この
日、げんとみの弓浜という、れうせるそみ山と
いう。これを、さぞめる、という。さみそゆの
言葉という。べるべる山という、後、べらすり
、という。今のインドの言葉である。ダリ・ひ
んかん、、ともいう言葉とぞ。
【ヒンズー語、シンハリ語】
 タージーマハールの夢という、これを、わら
ぶめ、という。わらゆらのゆい春のことという。
ゆい山のお言いとぞそ。ヒンズー語のことであ
る。むいむいのおこと、という、めよめよ、と
もいう。わらわ・しんばらの夢という、言葉で
ある。シンハリ語という、インドの一語である。
しんばす山のお言いという。
【宸翰語】
 後、宸翰語という、冠語の一種である。掛け
が、『む』である。日本語の『む』という、
ム語という、宸翰語という。このシンハリ語を
、シンハラ語という。宸翰の言葉の言いという。
古い日の、じんとく、という、今の神社の古い
形である。これが神官になる、神社のこととい
う。初めの頃の神社の言葉である。宸翰使い、
神官使いという、これが、しんはりのことの掛
かりという。この言葉の延伸である。ヒンズー
語である。シンハラ語ともいう。古い御代の
神官の言葉という。

 『ゆのも』という『私』の意味の戸はという、
ヒンズーの元の言いの『私』である。ゆのもと
いう。『私は行く』という『ゆのも、れっせ』
という。これが、シンハリの古い言いである。
今のヒンズー語のことという。インドにある、
『ゆのも』という言葉という。
【牛】
 これで牛がいたをいう、牛がいた頃のこと
という。牛を大切にした若い人である。これが
シンハリ語である。神官の言いの言葉という。
これを踏襲する天神の宮とぞそ。天神に牛が
祭られることという。インドの牛頭天王という。
八坂の御代の牛頭山という、今の八坂神社である。
牛頭という祭られる牛のことという。古く、仏髪
という、これが、牛頭で掛かる、神社と寺という。
寺の祭りという、牛を祭りの主にする祭りと
いう。この祭りの寺、今もあることという。
ヒンズーがかった寺である。
【英領インド】
 この寺のいよのまつれる、という。『いよ』が
牛である。これが天神を祭る寺という、たくさん
ある話である。天神の祠がある寺である。
天村の頃の寺でもある。この寺を、まむれざ、と
いう、インド田島晴である。田島屋ともいう。
田島晴の言葉という。牛頭っぱれ、という。後、
パレス屋という。これを、パレスで掛かるという。
英語の入れという。『パレス』で、英語を入れる
インドの国である。これを英領インドという。
後、パックス・ロームとい、これが、ゴアの英語
である、インドのことをいう。後、パックス・
ローマで、イタリアに掛かる、この日を、インド・
アーリアという、インドの初期とぞそ。後、言語の
家族という、ワード・ファミリーのインド・アー
リア語族である。現代言語学である。
【ニューローム】
 インドに英語が入ったという、英語が通じるイ
ンドの地域である。ワシントンのアメリカという、
ワシントン・パックスという、ニューロームと
いう。
【ワシントンのピラミッド】
 新ローマの我宸(わしん)という、アメリカを、
いみつみ、という、この日のアメリカ、先住し
ていたうちである。うちつよの日々という。場
がワシントンである。ワシントン・パックスと
いう場所である。目印が、ピラミッドである。
ワシントンのピラミッドという。パーレル・
れんづる、という。この『づる』が鶴である。
ワシントンの都のマークである。後、ぐみせむ、
という。ぱゆっす、という。ぱみぱみのおいす
み、という。
【オリトミコス】
 のち、ペンぜま、という、後、ワシントン・
ロックスという。今の、わゆっくす、という、
ギリシャ語の入れ言いという。オリトミコスとい
う、ワシントンの宮の古い言いである。ワシン
トンを、オリトミコスという、ギリシャ語の言
葉である。

 この日の、ギリシャ、ユアロールという、
ユアロープの掛けという、言葉の意味という。
私のロープという、私の役という、英語が一部、
ギリシャ語にあることという。ギリシャ山のお
書きという。

 これらが穂浦の言葉という、初めの穂浦という。
穂浦の言葉の広がりである。ワーレル・サン・ファ
ックスという、言葉の元の話である。いよむ花山
お書きという。いちょうがえしのお書きともいう。
ギンダンダスという話でもある。ギンダンという
銀杏のことである、古いヒンズー語である。
【ズックスクール】
 これで、インドにギリシャ語が一部出ることと
いう。英領インドの初期である。言葉の広がりを
いう、これを、両告という。山本スックスという、
後、ズックという、後、ズックスクールという。
『言葉を履く』という、『言葉を使う』ことを
いう。ズックスクールの書きという。

 この『ズック』が、履く靴でもある。ズック山
という言いである。靴語の言いともいう冠語の
靴語であることとも。かたみ山お書き、これなるを。
私の書きである。天王語という、ぎりれるおこと、
という。ズックスクールというのが、それである。

 世界五十ヶ国語で書かれた、この文書である。
冠語と通常語で書かれていることという。田島晴
の祝いである。言語学の元である。京大教授とい
う。若い人の教授である。インターネット講義で
もある。若い人が教鞭をとる、京大時計台下で
ある。すりばち状の講義室という、ここの住まい
とぞそ。この東に若い人の家がある日とぞそ。
【若見山】
 京大の門を入って右へいった所である、若い人
が住んでいた所である。この日の京大、若見山と
いう。若見闇御学問所という、場所を大原という、
大原記念という、京大辺り一辺を、大原という、
大原記念という。ここから、同志社へ通う日もある
若い人とぞそ。
【大津市、大津皇子】
 山世、せよふる古記という、古事記編纂の頃
である。御所夜学の頃である。大津宮御簾とい
う大津の市の場のお書きという。大津市の場の
書きであるとも。後、大津市を興すことという。
大津皇子であることという。ワシントン・れい
ぜる、という、その場の行きの時の名である。
大津という言葉がワシントンにあることという。
ペールレ・ペッソンという、ワイワイのお宮と
いう、ワシントン・パックスの宮である。


 よいの『良』の字を使う宮である、田島晴と
ぞそ。良玉宮という。

 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N12. 
 ***
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■

『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。
**************
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write English.
English ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "JAPAN report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
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2020年11月12日

卒業8136 戸井岬2 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece
音楽
【曲名】 卒業8136京都船旅7036
古譜6036大原練習5936天の下6336  俺136 戸井岬2(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/11
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/11
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/11
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
海から波寄せ 下覗けば崖っぷち
双頬に風受け 我が世の春歌えば
花草の添いくる 戸井岬 大楡
栄えに栄え 戻り道 草はふくき
(深い)上下 歩めば土の屋根
桃色の雪の跡

 狐の天気予報。〇r1999/08/06
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【デジタル】
【京都市探訪】
 ここは、京都市である。記者が訪ねた所で、
昔、秋残り市といわれた所である。いまは、古都
京都と言われている。世界の観光都市である。
 
 記者は、『どの辺が海だったのですか』と、尋
ねて歩いてみたが、知る人とてなく、『ここには、
長いこと、住んでますけどなぁ、聞いたことも
ないなあ』と。
 『昔、秋残り市といっていたと、ネットで調べ
たら、そう書いてありましたが・・・・』
 『*****』と、そんな答
えである。民家が立ち並ぶ所を、あちこち、歩い
てみたが、海らしき跡もなく、川らしき跡もなく、
、ロボットがたくさん暮らしていた、そんな気配
もない。
 
 『京に田舎あり』と、江戸時代には、そういわ
れていた町である、江戸時代には、海があったと
いうのか、それも全く聞いたことがない。なかっ
たというのが、町の人である。
 『五条川?、昔からありまっかいな、鴨川なら、
この東のほうにありまっけどな』 
こんな具合である。

 また、尋ねてみた。『五条条川という海のよう
な、大きな川が流れていたと、ネットに書いてあ
りますが、どの辺りでしょうか。』
 『そんなもん、なにがありまっかいな、どこに
ありまんねや、五条通りなら、ここですけどな』と、
まったく話にならないのである。

 向うから老人がやってくる、記者は勇気を出して
尋ねてみたが、同じような返事である。

 京都に原子爆弾が落ちたというと、そんなこと
言えば、頭を疑われるような町である、何も京都
に限ったことではない。

 すると、あの記事は駄作家という人の捏造か、秋
残り市という大きな都市も、根も葉もない、全くの
嘘かもしれない、作り話であるかもしれない。

 深く考えずに、記者は歩いてみた。秋残り市の面
影、どこにあるんだと、町の人にきいても知らない、
誰一人とて知らないという。

 ひょっとしたら、『よそ者にはいうな』という、
戦時中のようなスパイに対する、暗黙の申し合わせ
か、それも考えられない。『鴨川がなかった頃』
という、それも捏造だろうか、誰に聞いても、知ら
ないという、わからない、京都の町の今日である。

 『鴨川がなかった頃』、そんなこと言えば、笑わ
れるのである。すると、インターネットの記事は、
駄作家と称する者の書いたことか、嘘か、本当か、
色んな疑問がわいてくる。絵に書いてある穂浦は
どこだ?と、絵には簡単な説明がついている、
ネットより取り寄せた手元のコピーである。
考えながら美術館へ足を向けた。

 まぎれもなく、玄関に、秋残り市美術館と書い
てある。中へ入れば、あの四曲屏風である、陳列
されていて、でんと座っている。ネットで読者もよ
く知っておられるであろう、なんだか狐に包まれた
ような感じがした。

 今日は京都探訪という、不思議な町であると感じ
たのも、記者が、ネットの記事をうのみにしていた
のかもしれない。秋残り美術館と書いてあったのが、
せめてもの救いである。
岡崎林道記す。 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)O21. 

秋残り市立美術館秋期展示
『古譜6036大原練習5936天の下6336  俺136 戸井岬2(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou78868
     画商『常端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@497上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine


//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
  
正(やなぎ)・判子
正(やなぎ)・印鑑
正(やなぎ)・署名押印
正義の判子
行政改革・正(やなぎ)
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
冴日正(さえみやなぎ)。冴柳記。
冴日道共正(さえみみちこやなぎ)。冴柳記(さえやなぎ、き)。
正(やなぎ)。 
腹を横に書く。
**************
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write English.
English ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, JAPAN report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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