2020年11月30日

卒業8165 風中夢殿の歌 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業8165京都船旅7065
古譜6065大原練習5965天の下6365  俺165 風中夢殿の歌 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    20110417曲
    20110418詞
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
はるそうよう、みつこさん、そうよう夢殿野
さちこさん、広帝、孔子廟、夏繁き
あきこさん、白鯨、潮上げ、たよね海
枯れ一葉、小枝舞う、めのやみ、冬が来る
転生の孔子廟、一年、目のや、水戸

20201129
【解説】
広帝:広庭のこと
やみ:蔵のこと
みつこさん:孔子のこと
さちこさん:孔子のこと
あきこさん:孔子のこと
 日本女名、常の名である。『そこのみつこさん』と
 いう歌わなの言いである、古いをいう、歌れ、という、
 歌わな、ともいう、のち、歌の名である題である。
 目の屋沖という、そこの水戸である。水辺(みなべ)の
戸野という場所である、穂浦連騰の岬野である。
【孔子廟】
20201129.
 孔子廟の歌。
 みつこさん、光子さん、
 さちこさん、幸子さん、
 あきこさん、明子さん、全部、こうしと読む。
明子の『明』を『こう』と読む、こうこうの孔明という、
孝明のたかゆき、という。たかみさの歌という。
【白鯨】
 潮上げた白鯨の意という。孔子を白磁という、くじら
しゃくこう、しゃくこうの光徳という。これを、こうみく、
という、孔子廟の中の白鯨殿という、これを夢殿という。
孔子の転生という、一年の巡りという。この巡りを、
めのよという、めのやみという。後、目の病に効く孔子
廟参りという、詣づる日の目開き(めあき)行きという。
目が開く白冬の至りという。ひととせの、めのふき、と
いう。草の生い立つ春の到来である。芽がふく春という。
 これを、目が張るという、芽とも。芽の春という、
張芽張春の賀正という、賀秋のかいあき、という。
廻る島巡る鯨を、くじらみ、という。カタツモリを、
みとせくじ、という。三年してまた来るカタツムリの
来訪のことともいう。これを、めのみゆ、という。
これが、孔子廟堂の目の開けという、後、開眼の大仏と
いう。仏教の中の孔子という、この孔子を、借雪という。

 新井山のお言いという、新井岬という、あたらし宮の
御堂という。この堂を威風という、威のような堂という。
寺の門の威風堂々という。寺をいう、てらすみ、という。
【といかり】
 東本願寺の代表という。本願代表の、といかり、とい
う。船の錨を、といかり、という。舟辺(ふなべ)の言い
という。『錨を上げて、くじつ見ゆ』という、海王の
かたしみ、という鯨のことという。かたい身の真面目と
いう。鯨を祭る廟堂という、この日の孔子廟という、
さちこ廟堂という、幸子やみあけ、という。幸子の山と
いう、さちこさんという。こうしの波浜という、この波
が、黄泉の打ち波という、穂浦の我が家近辺の浦である、
黄泉の浦、黄泉の浜という、黄泉の原という、黄色い色
の泉がある、穂浦である。若い人家の我が家である。
 後、船泊の世という。世が場所である意とぞ。
【孝明天皇】
 孝明天という、功名の辻という、御所内にある辻で
ある。功名ヶ辻という、その上が孝明天である。孝明天
皇お書きという。鯨の子供を飼う人である。
 こうめいさんという、こうみょうさんの言いという。
諸葛孔明の中国という。こうこうという、たかいくろく
すめ、という。これが、孝明天皇の意味である。功名ヶ
辻の我が家である。
【白鯨殿】
 ここの鯨、白鯨である。白鯨殿という、元、穂浦の
孔子廟堂の白鯨間という、白鯨館という、白い飾りの
孔子廟堂である。この装いを急襲という、いそぎがさね
という。ひととせを、三ねんという。しゅんかしゅう
じゅうという、ひととせを始終という、刺繍飾りの
大織冠という、大紫冠の紫相という。この紫を真っ青と
いう。正尾の言いという。まさおねやり、という。

 クジラをまさおねという。ますゆすという。鯨の丈夫
(ますらお)、という。ますめのおいき、という。鯨の潮
のことである。この塩を白煙という白縁という。白蓮の
語源とぞず。白蓮みはり、という。針をする、みはりの
治療という、針治療の歌という。やまいしぐれという。
病を直す針という。孔子廟堂のめのはり、という。
芽を見張る白さである。白鯨の館という。ピュラフラと
いう。フラッテスのやかみか、という。やむてるやかみ、
という。
【兵庫丹波、郡上八幡】
 郡上の八幡という、白遣り言いという。郡上八幡宮
という、八上の城という。隣が日置城である、その前を、
飛行場という、日置飛行場の言いとぞう。フラッペとい
う、ボート競技に用いる言葉という。みそかわの言いで
ある。
【竹田城】
 飛行機のさんじょうという、天下の三つ城である。
これを三成という、竹野郡の言葉という。石田三成と
いう。山ゆらる竹野城という、竹田槍ふき、という。
つわぶきの言いという。竹田城を竹野滝という、竹田の
城という竹田城の雲波という、白雲城という、白雲の
大志という、郡埼山お書きという。竹田宮ともいう。
【京都、竹田部落】
 『守もいやがる、盆から先にゃ』という、竹田部落と
いう、功名ヶ辻の出である。盆唐埼という、お茶の盆を
出す行為の元である。部落郡という、遠郷(とおさと)の
おきゆりという。部落出身の若い人である。園部の部落
ともいう。京都府船井郡である。園部町の部落民である。

 明智という部落である。御所が作る部落である。竹田
宮部楼という。大きな範囲の竹田部落である。大亀谷へ
行く人である。大亀谷の部落民という、そこの竹藪、植
えた人という。明智光秀という、孝明という、『明』を
『しゅう』という読みの明智村である、古い園世原とい
う、今の園部の渓谷を平地にした人である。
【京城、室町】
 古く、足利という、足利大天皇の御行為である。これを、
踏襲いう、唐襲、からがさねという。明智の治国平天下
という。山崎大天王埼という、三日天下の三日の工事で
ある。足利闇幕という、後、幕府という、足利幕府と
いう室堂の室筋かわり、という。筋を条に書く、室条川
という、上を室堂という、ここの港の出とぞ。船出の
室町という、室町幕船という、源頼経という、京城(けい
じょう)の京都という。京都室町を京城という、室町港の
若い人である。『御父御上』という、足利の御お爺さんの
お教えという。足利尊氏御名である。

 『おお』と仰る、笹屋港の京都小唄という、『はる
そうよう、みつこさん』という、さちこさんのお歌であ
る。お菊さんのおいなる話という、高槻の幽霊城、お菊
さんの皿数えである。城から町を見る数えという。

 遠く郡上八幡の高山合掌造りという、そこの数えとい
う、ひとさら、ふたさらと数える、合唱の家の数えで
ある。ひとさら合掌という、一皿のいちゆ、という。
皿のことを『ゆ』という、
【和歌山勝浦近く大地】
 一枚返して二枚よりという。三枚島津のとよぜり、
という。魚屋の数えという。いつぜ、むつゆり、なのゆ、
はっとせ、ここゆっき、とい、という数えである。この
魚、クジラのことである。和歌山勝浦先の大地の数え
とぞそ。古く友ヶ島の鯨の数えでもある。
『ひととせ、ふたみ、みよす、よるれ、いっこ、むっく、
ひっそ(しっそ、とも)、はちすか(はちす、はっか、とも)
きゅうす、とゆ』という、一年二見という、双身(ふた
み)けっせけ、という数えという。砲台のある以前の友ヶ
島である、そこの数えである。とゆばっくという数えの
ことという。
【和歌山友ヶ島】
 高槻の幽霊がいるという、友ヶ島の小校である。友ヶ
島、噴火していた頃である。火山の鬼押し出しという、
そんな頃の友ヶ島である。アンナーブル・ロンドンとい
う、あんなそって、という。大阪曽根崎港の、みらう
らる、という。未来という言葉の出の島である。エイと
いう島である、『はい』を『ええ』という。英告という
返事である。受けに『ろん』という、これを英論という、
英論島という友ヶ島の前の名前である。小校という若い
人家である。校屋敷という、荒野生の野蛮人である。
名を『郡目行登志(ぐんめいきとし)』という。

 郡上八幡へ行く人である。ここの友ヶ目という、友亀
という、孔子廟堂を友亀社という、友亀講の興しをする
人である。友亀山のお書きという。後、飛騨の郷へ行く
高山郷の町目という、小京都という、大御爺さんおら
れる高山城という、飛騨亀ゆらりの守という、幕府
以前の若い人の職責である。
【八上日置城】
 古い丹波古篠山という、そこの八上日置城という、
そこの出身である。部落城という、全国三千部落を作る
人である。この人を部落楽人(ぶらくがくうど)という、
うどの商人である。これを、しゅうじょうの人という、
秋上の日々お書きという。日置空港からジェット機へ
乗って行った人である。古い友ヶ島である、アンナー
ブル・ロンドン・パックという。水筒の記という。
お茶筒のようなジェット機である。篠山空軍という、
日置連隊の所属である。今の園生の大砲を積む機である。
【明智大工事、三日天下】
 後、山に十字砲火をする人である。『うちの四番手』
と仰った大御爺さんとぞず。打った人である。高い山で
ある。明智勢の若い人である。後は、川切りの大工事で
ある。浦を切る話という。篠から園部まで、切りに切る
人である、明智の浦見という、浦霧である。ここを、亀
の背という、明智ヶ原という。霧の出る場所である。
近代兵器を駆使した明智の浦切りである。亀岡篠から
園部の、三日天下の三日の大工事である。京都愛宕へ
行った明智光秀という、浦見をすることである。浦を
見たことという。川切り、浦切り、霧の明智という。
全国津々浦々にある明智名という、明智村という。
【南米の明智】
遠い、おうという地名の明智という、キリトックという
ペソベソの町という。遙かなるパッソーという、ラテン・
アメリカの話である、明智村が所々にある。明智の戦乱
という、古い、平頭のお書きという。平藤ともいう、
明智藤陸という、ラッタス・テーレーのいいという。
古いアメリカのや、という。やみそばの明智藤陸で
ある。明智小五郎という若い人のおいるさきるり、
という。若い人のうちという。たいまつでぶっ放した
ペーレル・ボワックの町である。ペレ勢世たり。
【マチュ】
 打ちに打つ山を、なし崩しという。平地のペレ
という。ペッセレーのペル様という。今のペルである。
アルゼワッカスのお行きという。南米の豊葦である。
植えた人である。ミーブルバンゼーという、後、
トランプの読みという、ミゼラブルと家なき子と
いう。これが、南米の明智の名の地の話である。
ミョウラン・かっくせっく、という。みょうたる言い
という。南米の現地語である。明智冠語が一部ある
ことという。日本様建物もある。ボリルゥレッパスと
いう、明智花の物語である。花が藤である。
藤を明智菊という、古い日本という、御所の明智語
という、明智冠花のことという。この冠が、こうゆれ、
という冠である、愛宕の浦見の時の冠である。
明智関白(かっぱく)という、明智の山の家という、
高い山である。メキシカン・ハットの山という、
マチュという、マチュピチュのや、という。
つばを広げた山という。山の頂上につばを付け、
飛行機の発着とぞそ。下からも上る道があるマチュで
ある。マチュが、古い言いのペルーである。
マチュ国という、この日のお生きととぞず。
マチュというごうわなの言いである。
【桔梗】
 明智紋という桔梗の置きという。若い人の
まとゆと、という。ボーリーブ・ラングという。
桔梗の花のことをマチュという。これが、
マチュの町の名である、そのなの言われとぞそ。
明智花という、古い日の藤ともいう。明智花、
桔梗という。乱差しのひと切り活け、という華道
の言いという。一輪差しである、マチュの町の
門に飾る、花一輪である。明智飾りという、
これを、ボリソンという、ボリーブ・ランクスと
いう、この言いが、トランプである。マチュを
トランプという、ボリーブのグリーンランドである。
ボケビアをいう、ぼりるりの国とぞ。桔梗の花の国
という。円筒のお行きという。筒型の乗り物である。
世界を興す話という。明智の御代のお書きという。
足利焼きという焼き物がある、ボリビアの町である。
穂浦青磁という、岸崎青吾の名前という、若い人の
名である。桔梗の咲く丘という、アルゼンチンの真
青岩という、まおばれという、まさゆその明智という。
明智名の磯という、その岸の名である。ゼンという、
アルゼンのちんたお、という。青島という書きの
青い国というアルゼンチンである、この国名の
言われという、アールテッタスのスパニ冠語という。
【南米のトランプ】
アルゼンチンにブエという、ブエなすあいれく、
という。青い茄子の作りという。日本の作りのなす
という。日本の茄子という。ここに日本風建物が
ある。グリーンの葉のなす、という。茄子のお置き
とぞす。ボリビア・アルゼンの両国を、あおりらく、
という。日本の落という、青い里の落行きという。
アルゼンチンなすの歌という、羅君の晴れという。
のそ下の若い人である。羅訓の読みという。
モトメルという、トランプをいう。トランプのことを
モトメルという。モトメル・レッツという。円筒機
の名である。グリーンランドともいう、ボリビア・
アルゼンである。桔梗の花の里という。桔梗を『べ』
という、青辺花という。アエード・ノルトという。
ブエナス・アイレスの一角である。アルゼンチンを、
そうきょう物国という、アール・アイレンの言いと
いう。元、グリ語てある。また行くアアルゼンチ
ンである。羅君こうるれ、という。キッスの国という、
唇の青い色という、明智の青という、青唇の由来とぞ。
足利ゆっかく(遊郭)の話という。古い丹波日置の紋で
ある、明地門という、桔梗の紋とぞす。
【園部】
 国鉄山陰線という、後に作る話である。今の園部駅、
そのちょっと隣が山であった話という。園生権現という
山のことである。大きな高い山である。ここを園部広範
という、後、園部城築城である。山の上にも小さな城が
話である。

 そこの洋城という、西洋風の城であ。今の園部から真
北辺りである。小さな城から見た洋城である。
ここへ行くプロレラルという、丸い球体に
上に羽がついている機である。飛行機を駆使する丹波郷
である。丹波の国という日本のことである。和国園の
お書きという。
【園世原遊郭】
 園世原という、そこの歌である、『はるそうよう、
みつこさん』という本歌である。園世原の遊郭の歌である。
合いに蛇皮弓という、蛇皮線の大きなものという、これと、
さんせまという楽の笙という、後、篳篥を入れる、後の
区分けに洋相という、洋楽様の歌という、園世原のそうよう
という。穂浦の園の歌でもある。園世原(そのよはら)の
春そうようという。春嵐急ぐ襲という。いそぎがさ、
という。日置八上城の城のことである。日置空軍宅と
いう、ジェット機のお行きという。ジェット機が飛び交う
城である。おおいすというジェット機である、
【吉野、五稜郭】
 東大から仙台廻り急降下南朝の吉野という吉野桜の
そめという。白い桜である。吉野におわす御叔父御上
という、南朝の五大閣という、後、五稜郭という、今の
函館の五稜郭である。この五稜郭の小樽の五稜郭という。
榎本武利という、たけあげの名という。ここの小樽戦落
である。イヨロットの南露空軍という。お茶筒立てた
機という、この機のことという。羽もないジェット機で
ある。足利空軍という。古い小樽の五稜郭である。
星型である。そこの造りである。榎本武利という、
フリンタックという、五稜郭のことである。アンナー
レル論閣ともいう。山があった所である。大山羊連れ
てのお行きである。若い人の空軍閣下である。山羊か
指令である。山羊のそう自由という、山羊の脳の操縦法
という、山羊の脳である。ふるすという山羊の声である。
この声で、急直下回転曲げという操縦である。山羊の
角のような回転という、レロンタスという、方向転換
である。五稜郭操法という、今のじせやり、という。
操法のことという。園世原の歌を歌う発進である。
『あけ春来(はるき)、そうようの世原みむやり』
という、歌の発進という。シンセサイザーで合いを
とる、真発歌唱という。歌唱発進という、京都和辻の
操法である。アンナーブル発進という。発進して直後、
ヨンのスピードである。

 歌唱の合いに、和楽器を使うこととも。
 もっと古い楽器を用いる若い人である、シンセサイ
ザーという、古い楽器である。
空軍の発進である、本歌である。
みつこさん、さちこさん、あきこさん、落下傘の造り
でもある。山羊と一緒に、『天から降りて来たんや』
という人である、若い人である。この項、後続。

【空間の見分け】
 山羊を孔子獣という、角の知恵という。見分けのこと
である。山羊の見分け、空間を見る脳である。山羊の
文、これなるを。やぎ座が天にある由縁である。

そうきょうよい時です。N29. 
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N18 
 ***
『天照大神、そうきょう、よいよい』
腹を横に書く。
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
posted by 秋残り at 07:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2020年11月29日

卒業9200-2-2 俺200 福島 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽


【曲名】 卒業9200京都船旅8100
古譜7100大原練習7000天の下7400  俺200 福島 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 
    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/28
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/28
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/28
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 


【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。

20201128
【すおん】
 てっくすらあくうの夢という、さおれるすおん、とぞず。
この『すおん』が、和国の時の『イオン』である。英様
冠話ですおんという。すっぱらの言い井という、
田中の里の巣原の言いとぞず。

 長い使いである。このサーベルの鞘という、鞘
の使いという、さてより、という。ペンラックという、
サーベルのつり、という。レオンテスのサーベル
である。
【田中里の幌】
 田中里の幌、帆船に使う帆とも。帆帆船(ほはんせん)
の帆である、古い日だ高山の桃の旗という、城の門の
旗である。飛騨の五足という、五拍子の歌とぞそ。
【アフリカ喜望峰】
 古い喜望峰の黄色い旗という、小さな家に旗を立て
た黄色い日の丸という。喜望峰の岬である。和国の
後という。後の、イオントーブの頃とぞず。古い御代の
お絵という、ここの御代のゆりという、大きなゆりの花
いう、これが手を振る花という。後、地が揺れるゆりで
ある。地が波打った揺れという、大きな波である。
キーボードの模様である。世界、波の世という頃
である。

 世界波というキーボード発信である。ワールド・
ウェーブ・ソックスという、後、電波という、ワールド
・ウェーブという、美紋という、波の広がりとぞそ。
電波のことという。電波を美紋という、ピーレル・
ロンワーというアフリカの古い言葉である。
喜望峰の冠話である。このままの残しという、
黄色い旗の家という、家の中の旗という、家中
に旗を飾る、美紋飾りという、古くの、アフリカの
家の風習である。コンゴ・ブラザビルとも。
キリマンジャロのこととも、アフリカ各地の飾り
という、アフリカの古い風習である。モロッコの
カサという町もそうである、家中の旗という。

 キーボードの墓、我が家にある日という、
キーボードのような墓石の上である。波指
板墓という、機械の墓ともいう。後、供養と
いう、筆供養の中の入れという。筆塚ともいう。
塚墓のお書きという。我が家の家の一角で
ある。波舞いのお墓という、筆というキーボ
ートという、また見る墓である、サンノゼにも
ある、キーボード・ツームという、若い人の
住まう頃の墓である。

 『サンノゼよい町』という、ラオンコンテスの
コンテキストという、コングラックのお書きという。
ハーシェルパックという、兵園のや、という。
ソルジャー・ブックという、家をブックという、
古いサンノゼの言葉とぞそ。希望の本という、
この本を、元という、オリジナルという、希望の
元の町という、サンノゼのことという。オリジナル
・ホープという通常の言葉である言いとぞ。
ハッソンという、ハーソンというサンノゼ冠話である。
はっしょいの掛け声という、サンノゼの初めの
合図である。発のお書きという。
【サンノゼの数学】
 サンノゼが希望をいう、マイクロ・ウェーブという、
マイクロの微という。微分の数学の町でもある。
フォーミュワ・ビューティーという。サンノゼの数学を
いう、技術の掛かりの山徳という。山の微分という。
山の線を微分で説くサンの山という、三つ山囲われ
の地という。サントクという。山を三という、日のサンが
四である。太陽の住まいという、サン・スメルの町という、
ドゥウェルともいう、英語である。ドゥウェリング・
サントックという、サントクの町とぞそ、サンノセという、
三の背という。スリーサックの町という、サンノゼである。
スリー・サック・タウンという、サンノゼの古い呼びである。
ニューヨークをいう、サンノゼがいう、フューチュア・
フォーという、フォー・シティーという。サンノゼのニュ
ーヨークを呼ぶ言葉である。
【回波地帯】
 後、ゲチスバーグ行である。モルトックという自動車
である。サンノゼから空由、ビッツバーグ、ソロン、テス、
ダラレル、アカル、ミヨラク、レモス、レンダル、ケネ
ディーという、ケネディーより北上する、モイタワという、
アカネラック、スコラク、スイス、ツモッスモー、アフリ
ス・ミッカム、ここから、ダブリン、クリーブロット、
パリ・シャイヨー、グリーン・ピックスほくたつ(後の、
アイスロック闇)から、ロイドル、ミヨホック、喜望峰
周り南ア、ブラッシミより、リオ、メノト、ルックル、
レオントック、今の、とうけい航路という、西経の航路で
ある、これを、みのやりふりゆり、という。この地帯とぞず、
ロール波という、波が回るという、回波地帯という。山並み
の地揺れがあった話という、後、原子爆弾を落とす話と
いう、雲落としという、アフリカ喜望峰から、北上して
落としていく、げんたく、という。玄沢落としという。
茶話の波ゆるはお、という、回波地帯の爆撃とぞず。
中庸のお書きという。
【武官城曳き】
 この玄沢が、玄宗皇帝である。玄の元のすめら地という、
行程お書きという、中国武漢の皇帝という、これの古い言
いという行程である。武漢の復活という、今の言葉の行程
という。中庸の説きである。後、漢の頃の復活という、行程
のことという。武漢の城曳きとぞそ。黄色いパンダがいた、
パンダが手を合わせて城を拝んでいたことという。
【パンダ】
 このパンダを、黄獣という、後、西戎という、パンダ
の意とも。東夷西戎北狄という、東西北が囲われたサン
ノゼという、そこの中庸という、サンノゼの中乱という、
中乱の園という、サンノゼである。ぐめそむのウォック
スという、パンダのいる所という、そのパンダ、白縞の
黒尾という。今のパンダである。サンノゼ獣ともいう。
アメリカのパックス楼という、ワンダサンという、パン
ダのことである。ワンデル・ベーレーという、サンのお
書きという。回波地帯にパンダがいることとも。イラン
回のお書きという。回革という、イランの回革獣である。
【パンダの脳】
 笹好みの食べという、鮭をいう、鮭を好む波巻き顔という。
パンダの今のパンダの顔とぞ。古い世のウェーブ論という。
地波を見るパンダである。地震をいう脳である。パンダの
脳という、この脳の働きという、地震を、ゆふ、という。
【九州由布院】
 九州の由布院の由布の意味である。地震の意味という。
由布という、由の床という、由床院という、湯布院のことで
ある。笹見槍という、九州の阿蘇山のことという。由布山
(ゆぶやま)お書きという、ゆうぶういんという延ばしを入れる
言葉の使いという、古い笹見の言葉という、『商売繁盛で
笹もって』という、もってさつ、という。パンダの模様の札と
いう、九州のお金である、湯布院発行という和国世の
ユーブーマネーである。五千円札の和国札である。

 湯布院という夕風の札である。せきふうという。この頃の
湯布院の住まいである、若い人がいう、ゆうふうである。
裕風という風という、これの型を意味するお金である。
和国通貨である。

 後、沖祖由良という、お金を由良という、和国語とぞず。
山をそっくという、川を三代(みよ)という、家をすりという、
日をとうという。月をろめという、地球をそりという、橇と
書く。煙草(えんそう)の国という。山を尊ぶタバコという。
葉巻はえそく、という、タバコの和国語である。
葉巻ゆりという草が生えている由布院という、ゆうぶう論
という。

 ここの議会という、由布院国閣という、和国世の国みく、
という、みくあげという、意味ともぞ。のち 、みくみく
という八坂語の今脇という、わきせらのお言いという。

 北海道という、由布院からの海路である。福井小浜経由
、富山港、大町ふなれき、という、降る暦の使いという、
由布院暦である。今日の日という、これわ、ゆふめき、と
いう。今日を、ゆふ、という、和国語である。由布院と
いう和名である。名をむれふくという、むれの言いとい
う。和国の北海道という、瀬戸内海をうろうみという、
うつるよという、うつみつの言いとぞそ。古い京の寺の
言いともいう。この『京』をなかそ、という。なかそ宮
という、京都の古い言いである。なかそね語の言いである。

 音山お書きという、五千円の意味という、これという。
昔の古い卑弥呼の頃の由布院という、なかその雅という、
パンダ京(パンダみやこ)という、パンダ札という、お金
の流通という。善人の持ち物という、お金のことである。

 二千円札という、パンダ札の頃に見た人という。アメ
リカダラスという、ここのマッハである、マネーという。
古いダラスの通貨である。子供のおもちゃにある話という。

 古い喜望峰の通貨ともいう。゛ダラレル数用という、
マクシマスという、マクシマの言いとぞず。薩摩桜島の
通貨でもある。ダラス通貨が通用する桜貝という。桜貝
の模様という。
【木の通貨】
 木の通貨という、桜の模様の木であるお金とぞそ、穂
浦のお金という。西居槍製である。さいこうの通貨という、
木槍という。木槍通貨という。後、壬生皿槍通具という、
後、通行手形という、これを、鬼の通貨という。鬼の世
という、しゃこの歌という、しゃらせるお書きとぞそ。
しゃこのエビという。たくさんいることという。内陸の
住まう生き物である。しゃこを象った木の通貨という、
きはかみゆり、という。和国世の言いである。
【ウオックス】
 ウオックスの持ち物である、パンダの持ち物である。
しゃこの金属製のお金もある。流通の脳という、パンダ
の脳の働きという、流通をバンゼラという、和国経済用
語である。バンゼラという銀行である。後、和国銀行と
いう、後、ユットという、バンセムムレックのお言いと
いう。
【高槻幽霊城】
 後、日本という、和国の後という、これから未来であ
る。いつの御代のことか、歌山のお書きという。和国の
世という、幽霊の城という、高槻山のおとよそよ、と
いう。おとよそよ、黒岩山おたき、という。秋篠の宮
という、そこの描きという。日本の幽霊という、国見の
語源である。和国の話である。

 どっぱり山という、日本の古い名という、和国のこと
かという、うらめしやの国、日本のことである。おも
ては、こくな話という。幽霊の復活という。大阪高槻と
いう、和国良という、和国を国良という、幽霊の城と
いう、ドラキュラという、ドラロの物語である。ワル
キューレーという。ドラキュラは洋霊という。
ワルキューレーという。かべせるやのお書きという。
【福島市】
 幽霊の鐘の鳴る岡という、ここを、たんそめ、とぞずり。
この『とぞずり』が幽霊城の言葉である。古く秋篠語と
いう、古い日本の言葉を秋篠という、言葉のことである。
福島県の古い言葉でもある、秋篠という言葉である、お
金を意味ことともいう。福島札という、札間(さつま)の
国という、福島のごとゆとという。福島の市内である。
ここの言いという。秋篠という、お金のことという。
粟を栗という、福島の粟の国という。国を栗という、
栗宮のお言葉という。古く栗篠という、栗の成る木国と
いう。栗のお書きという。栗村の宮という、福島の宮で
ある。私の好きな栗村の国、福島という。
そこのみやである。底のみや、という。

 古く穂浦のハワイという。ハワイの太郎芋という、
福島芋という。ハワイの郷土料理である。また行く福島、
玄度の旅という、げんだみという、栗膝という。
パンダのうんこの栗という、パンダの黒パンダである。
栗パンという、栗の皮の細工という、ゆうぐりという
繰り方である。
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N28.
腹を横に書く。
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

卒業9200-1-2 俺200 福島 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽


【曲名】 卒業9200京都船旅8100
古譜7100大原練習7000天の下7400  俺200 福島 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 
    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/28
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/28
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/28
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  ハーモニー・アシスタント Myriad社
【歌詞】創郷 


【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【ワニ料理】
17:19 2020/11/28
 『みせらていく、押さされていく、はんこの涙』
、みたいきるりという、遠くブラジルという国の
ワニ料理である。
【ワニ冠】
 はるなばる、ゆきなきがり、という。一水の
衣冠の水筒という。異国の山という。ここの
ゆきやりという、なきふりという、これの言い
の、みたやりやりという、みたやりのお料と
いう。大山山の、山け槍という。山すよの
けっぱく、という。ブラジルのゆい針という。
ワニを、はりやら、という。日本のワニの
衣冠という、ワニ冠のときゆき、という。後、
わがせる、という。わがほのかんたき、と
いう。かんめせの衣冠という。この冠を
水冠という、すいほう、ずいかわの言いと
いう。これを、よっそめ、という、言いとぞ。
【北条】
 北条を、たけより、という、たけひがし、と
いう。たけ山のお花きという。北条政子とい
うひの、日野山という、日野こうめく、という、
言いという。これが、後、日野という地の名の
うかれ、という、生まれという、地名の誕生で
ある。ゆきながり山のお書きという。

 これが後を、北条煮という、北条煮竹東という。
栢山(かややま)煮という。長いうどんのこととで
ある。くにおとぎ、という、うどんのことである。
【国土のことを国皿という】
 これが、『国を研ぐ』という国研ぎという、国皿
の言いという、国のことを、こわれる、という。
古い、ごくいそ、という、そこの言葉であり、
とんばの言葉という。国を、ごわせる、という、
とんばせえる、という。とっくの山のお書きという。
とくせらるう、という、てみそわ、という、てそ、
という。てみそわのおいらく、という。おいせる山の
お書きという。
【国見】
 『はるばなる、ゆきながり』という、ここを、丹六
という。後、丹東という、後、国岬という。全国の
津々浦々の崎を、国見という、後、固有名詞という、
国見峠という。全国の国見の遠山という。遠山金時
という、われせるの言葉のことという。人名のような
言葉の種類という。わっための言葉という、遠山金
時である意とぞ。
【連濁】
 人名が、言葉の種類をとる時の言葉である。
これを、とみ弓という。とみせらの言いという。
とっくすれえれえ、という。ときせらの言いである。
いい富山お書きという。キーボーという、希望の
言いとぞそ。キーボーという『キホ』を伸ばした
言いという。キーボー峰のお書きという、この峰が
崎である、岬ともいう。アフリカの喜望峰であるこ
とという。後、きれすり、という、喜望峰のことである。
今山のおい書きという。追われる、きそゆそ、という。
木曽の言いの、かゆせる、という。かゆての言いと
いう。この書きのことの縁という、ふちやち、という。
縁通り、えんどおり、という。連すりのにご山という、
後、連濁という。古い、ごっぺこっぺの言いである。

 連濁音の説きという、上の文とぞそ。この、ごっぺ
こっぺの説きを時という。これが、時節、ときよままよ
、という。ときままのことという。ご飯を食べる時の
お教えという。ご飯を食べる時のやき、という。
やき時という、ご飯を食べる時を、ごぶさらよき、
という。後、ご飯を食べることを、ごぶさく、という。
ごべ、という。ごっぺの言いの説きという。ごせくせ、
という。ごぶだき遣の言葉という。ごぶだきの山と
いう。ててせるいわお、という。巌山のすめすよ、
という。これを、あきれく、という。天村のお書きと
いう。

 古い穂浦の山の世、これなるとるせき、とりしかの
いおる、という。穂浦織りの言葉の織りである。織り
よる山という。ごぶという言葉の意味という。夜と
いう意味がある、ごぶの言いという。ごぶだという、
ごぶったの言いという。これを、ぶっだ、という。
古い仏教に連濁がある、ぜんごく(全国)のことと
いう。きみゆりゆき、という、ゆった言いとぞそ。
としくしのお言いという。ぜんごく山のお書きという。
【音楽五拍子】
 『そうだ、ずうだ』という、ずべの語源という。
『そうだ、ずった』話という。はなはないの、はな遣と
いう。はなせることゆと、という、これが、御所の言い
という。ごっぱくの言いとぞそ。音楽による、五拍と
いう、五拍のいそるき、という、五拍を説く話という。
ごっぱくるっき、という。御所ゆそのるりすり、という。
るり山の言いという。るりせる山のお書きという。
るりるりのや、という。この『や』を、『うお』という。
言葉を添えて、うお屋敷という、うおや式という。
五拍の音楽の指揮という。イチ、ニイ、ニイ、サン、
シという。これで、ニで切る五拍という。

 この『ニイニイ』を伸ばす音にする、論足という、
論だつ言いという。音楽による、るきふり、という。
『イチ、ニイ、ニイ、サン、シイ、ろく浜』という。これ
が、六浜をいう。『ロク、ナナ』という七拍子という。
【マイクロソフト、コンピューター・キーホード】
 浜和ナナにとる、音楽の古い率という、るきせる
お律という。音楽鎖っ国、という、音楽鎖国の繋がり
という。よう使うたキーボードという、マイクロソフトの
波形キーボートという、フルに使ったキーボードである。
何万字打ったことやら、キーボードの墓、ゆなくに、
という。キーボードのお書き。この墓のある、我が家
という、若い人の住む家という、

 穂浦の家には皆、ある、キーボードという、日本語の
冠語で、英浜の言葉である、キーボードという言葉とぞ。
日本冠語で、きこやま、という、波をきこという、きこ山はこく
、という。はこくの山という、アフリカの喜望峰のキーボー
峰という、希望のキーという、マイクロソフトがいう、キー
である。喜びという、キーボードの『喜』の字である。
喜押という、キーのことである。マイクロソフトという
会社のいこれみ、という、マイクロソフトの日本冠語で
ある。古いキーボードという、いこれみという会社である。
【京都田中の里】
 田山槍の言いである。古い、京の田中里という今の
京都の東大路田中である。そこの言いである。古い
穂浦のほろ地という、幌を作る田中の里という、そこの
里のキーボードである。田中ゆりうち、という、三本の
指の打ちである。

 設計図の作りという、百せることめ、という。ことめの
設計という、田中世の歌という。マイクロソフトという、
れっけすのお言いという。アメリカの本社のマイトクと
いう、日本冠語のういはか、という。マイクロソフトの
めでという。ようろうのお書きという。ウィンドウズ7
からの使いである。我が世のマイという、私のマイ
という、キーボードの舞手である。三本指でいっぺんに
押す、おしやり打ちという、昔の私のうちである。

 昔、これと同じ形のキーボードがあった、穂浦の
我が家という、穂浦崎という、穂浦峰の崎という、岬の歌
という。五拍子の歌をキーボーという、これが、ゆまぞ
の言いである。ドンキーボークという。

 ぼうさんという、棒のような打ちという。三キーという。
三ついっぺんに打つ打ちという。モトローラという名前の
ワープロという、アメリカの機械という。
【ワニ皮のキーボード】
 ワニ皮で造られたキーボードという、ワニの皮の目と
いう。皮の細工という、田中の里のことという。この里を
わにやり、という。倭国のすこく、という、倭国雛鳳という。
ワニを雛という、田中里の言いという。ひな祭りのワニ
の皮、祭る里の祭りという、田中ゆんはる、という。
今の大原のそるり、という。大原添いの大原記念の場
という、京大のある大原という、大原記念の地という。
大原記念の古い世の祭りである。この地を大原という時の
祭りという。ワニがいる鴨背波川という、並河とも書く、
場所の祭りである。頭にワニの作物をつける、ワニよらく、
という。五拍子の曲の律を奏でる祭りの音頭という。
【アメリカ・サンノゼ】
 古いアメリカのサンノゼの律という、日暮しひぐる山
のかこわれの所という、四つ角になっている所がある、
そこに住んだ人というサンノゼの囲われの地という、
綺麗な町である。飛行機様の車である。時速四千キロ
である。名をレッテムという自動車とぞす。

 また行くアメリカ、歌の五拍子の町、サンノゼの
律という。キリックという律とぞそ。御叔母おいらる
遠いニューヨーク、ここへ住んだ人でもある。五番
町夕浜町という、どちらも五でかかるサンノゼの五
という、サザンパックという、古い英語のサザンと
いう、巣なの葵砂の落ちという、青い浜の砂と
いう、五が青を意味する、サザンという、ブルー・
サンド・ハールクという、はっしょいというサンノゼの
古い剣道という、日本式の構えのサーベルという、
サンノゼ・サーベル術である。長方形のサーベル
ともいう、先と上下が歯である。レオンテスという、
古い軍宅の使いという、サンノゼのレックスという、
レックス・サーベルという、日本のさおれる、という
冠語の、さお、という。一茶の行きという。やおてす
のお行きという。サーレル・ベンズラーという日本の
英様冠話である。サーラーという、サーベルをいう、
サンノゼの冠話である。

 そうきょうよい時です。正(やなぎ)N28.
腹を横に書く。
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2020年11月28日

卒業8170 大山 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】卒業8170京都船旅7070古譜6070大原練習5970天の下6370  大山(壮強太陽)鳴恭川世讃歌):イカスミ柳 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/10/28
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/10/28
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/10/28
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
私が住み 過ごした日 たたらの山麓
隼の行き来する濃い緑の谷間 川に
タニシがいる あおかいの山
御御地がいます 御御場います
大仙の鳥取宮 緑影のあきこぜる
すこにさわと

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【歌解説】
【デジタル】
 デジタルの山の家という。みっせなの弓春と
いう。若い人のお行きという。家という、忍得と
いう、しのび保つ人である。京の忍得屋の言いと
いう。でじそみ、という、デジタルの古い言葉と
いう。
【さわと】
 さわとというカニがいる、その山のことともぞ。
沢蟹の山という、だいせんみっくり、という。
『くり』のことを、蟹という、みくり蟹という。
死して皮を残すという、隼の鳥という、これを、
残名池という。大きな池のある畔という。
【『そうしときんか』】
 『そうしときんか』という、私の好きな鳥取の
言葉という。歌山のおいそい、という。私のおんば
はっくせ、という。うたうたのやそゆそ、という。
私のやすとという名前の意味とぞそ。

 この池を、いかこみ、という。中に島がある。
小島という、小嶋とも書く、この名の、やすと、
という、若い人の若い時の名という。やすとの
お行きという。

 大仙越えて行くという。若い時の行きという。
タニシを手に握る越えという。タニシを持つ旅
という、タオの風習という。古い鳥取の風習で
ある。タオという、たゆ山のたたら山という。
たっするれ、という。『そうしときんか』の
お言いという。『いくと』というゆいである。

 御所の『ものせら』という、『もっせ』の屋の
言いとぞそ。『そうしときんか』という、御所の
中の鳥取という場所の言いである。

 『せみっとす』という言いとも。『わたしゆま』
という言い方をする、『わたしゆま、せみっとす』
という、これを、官職という、官所の言いという。
官職官の言いである。古い日のこという。そこの
おちよち、という、おいせらのおいそい、という。
そこの言いである。

 冠語は、御所が出し、御所が説明する。この
ブログがそうである。御所の人の使いである。
やわてのおいそのみよる、みよすて、とぞそ。
言葉を貴ぶ御所という。きっすゆっすという。
めんつれのゆいそ、という。これが、御所の
言葉である。

 大御爺さん御家さるらる、せよるる、おりそり、
めてんくっさく、それす_れ。めれるやれ、
そみそりの山という。大仙のことである。
御所内の大仙とも。
【潜水艦GTO】
 若い血潮のよかせく、という。予科練の古い
言いという。海軍兵学校のよかせく、である。
若い人が乗る、潜水艦という、ジーシーオー
という、ベル・ジティオーという。潜水艦の
GTO である。後、自動車のよものことばである。

『ベル』が『よい』の意である。これが、英語の
ベルである、後、フランスのことばという。
この頃の、コックスという、英語コックスの使い
とぞそ。

 『アイ・ゲッタ・ハー』という、はっぷせの
御所のコクセルという。こもっくす、という。
これが、英語のコックスである、初期のコックス
である。後、アメリカのリンカーンの第二言語に
なる、リンカーンにコックスがあることという。
リンカーン全部にコックスがある。『アイ・
ゲラ』という、少し南部訛りのコックスである。
【げたよんの町】
 ゲチスバーグという、げたよんのことという。
日本語で、『げたよん』という町である。この日の
日本、今の日本のまとという、まとの日本という。
日本を、あきしまの国という言いの頃のことという。
この日本を、だいこく、という、だいこくさんの
島という。『さん』が『司』である。台国司と
いう、日本の古い名前のようなものである。台
国ともいう。台国司という、御所のもよはる、と
いう、御所の言いである。

 『げちすげた』という、下知の場の具である。
げちよっち、という、げちすのや、という。
ゲチスバーグの家という、若い人のいる家である。
名を、りもそめ、という。独立記念の祭りに参加
する人というを若い人である。

 この『げちす』が、やなぎおり、という。
ゲチス・ウィローという、アメリカのリンカーンの
やのお家という。ウィロー・ハッツ、という、
ウィロー・ハットンという。これが、アメリカの
記念日の若い人の家である。ウィロー・ロットン
という、全部、柳がつけてある、若い人のお粋と
いう。島原の遊郭の太夫の太鼓という、太鼓持ちの
若い人という。
【島原遊郭】
 太鼓を、ぼみ山という頃の、島豊(しまとよ)の
や、という。そこの言いである、げちす楼という。
この『げちす』である。島原の島豊という遊郭の
住まいの言葉の延伸という、今のゲチスバークの
言葉である。リンカーンがそうである。林間と
いうことという。まんせる山のおえ、という。
べっつくという、べろんせの山のおいせ、という。
おいせ山の言いという。 

 これが大仙の大遊楼という、もとゆとのしまん、
という。ここを、島富(しまとみ)という。この、
しまとみのといかのゆいふれ、という。これが、
げちすの太夫の言いである。『しまんとかんれ』
という、しまんの言葉という。これが、コックス
のことばの元のことばである。英語のコックスで
ある。

 これが、ホワットルローという、ローらるの
言葉という、コックスのことである。
『メイ・ワットン・セッカ』という、そんすれの
ことの言いという。せべん、という太夫の言葉
という。ここから大名に渡す言葉とぞそ。
コックスがけの言葉である。
【鳥取島津】
 『ヤッホー、ルッホー』の鳥取始末の歌である。
この『始末』が、山の埼である、鳥取冠花という
言葉である、鳥取の冠語である。始末を島津という、
島であり津である、これを埼という。後、島津埼
という、今の島津である。九州の埼花という、
せんらくの山という。ゆいゆいのおいそい、と
いう。
 
 そうきょうよい時です。正(やなぎ)O21. 
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■ 
腹を横に書く。
**************
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2020年11月27日

卒業8160 宇治大山、だんみく (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click music piece.
音楽
【曲名】 卒業8160京都船旅7060
古譜6060大原練習5960天の下6360  宇治大山、だんみく(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺 2020/11/26
    造詞、勇野 晴丈・正     俺 2020/11/26
    監修、雪柳里花雄・正     俺 2020/11/26
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】5/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
私が住み過ごした日 大山ただす麓
隼のこい花に 雅の春 おそに
ほんの 円書き庭 古宇治津宮
ままよはなあって いけすの墓
大宮の音揺川 わたせまなの
ふのふるす さわにかわと

【常、日頃】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記 京都府宇治市の項
【宇治川の祭り、だんみく】
 担ぎ山という、縄のような山という。宇治川の
ような表しという。宇治の浜の祭りである。宇治
川の橋の、たもれむ、という。たもとの祭りの
言いという。山名の世の祭りという。
まよまよのお書きという。江の絵という、後、
大山という、まつくの絵という、この絵のような
よい春という。山々の世の絵という、人のような
、だんみく、という。岸のだんじりという。山の
ことである。宇治の言いという。宇治の言いの、
だんみく、という。宇治川のマツリデ使うことより
、という。祭る山のお書きという。
【衝堀木(ついほりき)】
 衝堀木(ついほりき)という、。左の四角いもの、
 この堀の言いの、まつよ、という祭りの夜の、
 まつよ、という。これが、だんそめ、という。
祭りの、だんとめ、という。
【春の紅葉】
きじ造りという、きじみす、という、これが、きじの
山の絵という。鬼山のおまつ、という。鬼山の祭りと
いう。山々の丘という、山背(やませ)の祭りという。
私の家という、祭り鉾の家という、これに住んでいた
私のことという。うれしい日の話という。花山の
宇治百合という、うじみつのおまつ、という。
岸みすの山という、祭りの巫女のことでもある。
この巫女を、こうようみ、という。紅葉の頃の
祭りという、春の紅葉である。
【合わせ、とっせ】 
 10月27日という、言いをする紅葉の月とぞう。
衝山(ついやま)の言いという。これを、紅葉の
屋という。あとで、またじがわという、言いをする、
また山の、またじ山という。またよとの言いそれ、
という、これを、そらよいあしび、という。
空の山のお連れ、という。そらそらの言いのごめ
とめ、という。祭りの言いの紅葉の祭りの言いと
いう。これが、かわぜのゆいかわ、という。
かわぜがわの合わせという、食べ物の合わせと
いう。この合わせの言いを、とっせ、という。

 とっせの屋の言いという。宇治宮の言いの
かよふれ、という。かよかよのお書きという。

 うちが、『花見の糸』をいう。これを、みのそ
み、という。祭りの始まりをいう。祭りの始まり
をみの、という。これがいわれる、宇治の出と
いう。『みの』の出が宇治である。
【大津遣り】
 これを、『きず』という。『きず』を、『やな
みこ』という、これを、『やなぎの子』という。
『やなみこ』の宇治とし、という。この『とし』が、
大津遣り、という、大津みつ(大津光)のこうきき、
という。こう山のお書きという。

 この山のひよ山という、ものを信じるを、ぎゃる
という、ぎゃるみこ、という。後、巫女のことに
使う、ぎゃるそん、という。これが、フランス語の
作りにあるをいう。山空の作りのフランス語という。

 これが、ポンポンという、祭りのぽんという。
これを、げきゃはが、という。はがねのゆまはり、
という。鋼の山のお据えという。うちが、天塔を
いう。まみの山のおとよとよ、という。この言い
の、こわんぜ、という。
【大津宮】
 大津山槍という、みめよととのあんてす、と
いう。めとよと、ともいう。れよすのいっぱす、
という、大津宮の言いのこよかよ、という。

 これが、大津皇子の話の歴史という。大津山の
お住いの丘の糸よと、という。糸しみの山裾と
いう。
【登志山】
 やすとしの名前という、うちの安年という、
稔登志という、これが、大津山の名前とぞそ。
登志山という、京都山科の大津という。そこの
山の名前の言われという、これを、およおよ、
という。山名の使いという。登志たる言いと
いう。母山のおかきという。

 これで、『とし』を言葉に入れる使いという。
これが、正木(しょうぼく)の使いという。これを、
としの入れという。

 『私としは、行きます』という。としみすの
入れ吊り、という。言葉に自分の名を入れる、
『あきしむ』の入れという。『あきしむ』と
いう、これを、『あきしむのま』という。
『あきしま』という、
【あきしの】
 日本を、あきのよ、という。大津宮の言いと
いう。これが後、『あきしの』と名乗る、若い
人の名乗りとぞそ。『あきしのさみよ』という
名前である。つれが、『あきさみ』の言いであ
る。秋冷の山という、大津宮の秋ひく、という。
ゆんそよの山という。山々のお書きという。
【大津皇子】
 大津宮の皇子である、大津皇子という。古くの
万葉集に出てくる皇子である、若い人のことである
という、若い人の御叔父の御名であるという。
おじ山のお書きという。この『おじ』が、皇子で
ある。万葉集編纂の一人である、大津皇子という。

 これが、やなぎの言いである、元の書き物と
いう。『やなぎの、よろずぎ』という。やなぎ
まんよう、という、万葉集の原本である。
この原本が日本にある、やなぎまんようの話と
いう。万用という、やなぎを万用する集めと
いう。万葉の語源である。
【やなぎ葉集】
 『やなぎ葉集』という、万葉集の原本ともいう
。やなやな、やまやな、やなやまのお言いという。
これが、冠語の『やなす』の言いである。冠語の
やなぎという言葉のことという。やませんらっく
、という。もよもよのお言いという。大津宮の
お書きという。御所内の大津宮ともいう。
京都山科の大津である。万葉集にでてくる、
大津皇子のことである。

【伊東さん、八坂さん】 
 東大教授の話という、よもよものお言いという。
山々のお書きという、うたよとのお言いとぞそ。
大津という名の人のことを、うとめ、という、
うとよみ、ともしいう。大津せんらっく、という。
伊東山お書きという、伊東さんのお教えという。
伊山浜のおんとみ、という、伊東やっく、という。
伊東夜久野(いとうやくの)のお教えという。この
『さん』が、『し』である。伊東司という、伊東
さんという。伊東司の山の言いである。伊東さんと
いう、人のように呼ぶ宇治大宮のだんみくのことで
ある。京都の八坂さんというのと、同じである。
まさだわというだんみくの名という、これを、伊東
さんという。

 のち、大海皇子という、おおあまのみこのこと
という。これが、れきそき、という、歴史のこと
という。歴史通りである、この道がある。

 歴史山お書きという。
【大津宮、はっさい】 
 『はっさい』という掛け声をする宮である。
大津宮のことという。あだり山の人のお書き
であるという、あだしのという化野の屋の
お書きという、お化けの宮である。
【化野念仏寺】
 『一つ積んでは、父の為、二つ積んでは、
母の為』という、化野念仏寺の話という。
大津山の名である、念仏寺である。大津皇子が
おとなう、という、まよすてのうつゆつ、という。
古く御所みる、という場所という。御所みっくく
の山という、後ろの山である。化野念仏寺の
ことという。つねさらゆき、という。山の名の
ことという。つねさらゆき山という、化野の山
という、これを、つねるる、という、つねしょの
山という。

 古く、穂浦のゆおれ、という、いわれのこと
である。これを、やすれる、という。やすみすの
山という。これを、そうれく、という。そうすの
山という、わたやたの歌という。ゆゆゆの山という。
おりおんてすの歌という、うたやたの山という、
これを、れよる、という。檸檬所のお書きという。

 この檸檬所の判が、れもんの判である。れっぱん
めっそく、という。めるれるのおよんは、という。

 天皇列則の山という、山の見の天皇という、この
天皇を天王という、天皇ともいう。これが、たん
せまの歌という、やすとの山のお書きという。

 天皇を、たんはた、という、大津宮の言いという。
大津山の言いである。後、藤原をいう、ふじつわら
ばらの、長岡京という、たまそよのおきゆり、
という。やまづ言いという。やまいのかわみ、と
いう。これを、大津見当という、見当の山のお書き
という。
【日本書紀】
 かみれいしょの山という。これが、日本書紀の
編纂を受ける、受け持ちの若い人のことという、
名を、小林という、小林壱裕という、若い人の
書紀の名である。名札のことという。名札を
書紀という、書記ということである。

 日本書紀という、日本のことが書かれている書物の
ことという。万用の書記の人である。若い人の判のこと
という。大津宮の書記の人で、初期の人である。

 大津宮のみこであるという、万葉集の編纂という。
人知らずという、人の歌という。若い人である。

 『ぎこやっこん、きこきこ』という、櫻木の判の
押しという、きこ山のお書きという。若い人の
きこの名のことという。
【柳きいこ】
 『うちは、きこや』という若い人の言いである。
これを、柳の木という、きこという、樵のことで
あるという、柳きいこ、という、木を切る話でも
ある。きいこきいこと、木を切引く(きひく)、
きいこの山のこという、柳の名前の山である、
きいこには、皆、柳がついている、きいこせん
べっく、という。山々のお書きという。

 きいこ柳という、小柳みるこ、という、山っ杣の
名という。これを、杣名(そまな)という。山の名の
杣の名という、これが、御所の名前である。
何々御所という、その名前を、杣名という、東京
皇居の御所のことを、そっしょら、という、これが、
古い歌謡御所である、賀陽御所のことである。

(そっしょらという皇居のことをいう。
そっきょらの御所という、そっしょらのことである。)
この書き方が、そっきょの書き方である、()内。
御所の古い書き方である。ふっそるけめそめ、と
いう。

 同じ言葉を何度も使う書き方とぞそ。御所の伝祖の
言いである。後、陸軍伝令用語という、後、しょう
ほむ、という、きいこの言いという、そっきょうの
言いである。音楽の即興曲の言いともいう。
【耶蘇教の天皇】
 音楽の天皇という、合唱団のしきをいう、指揮者を
天皇という、キリスト教の主なるものの人のこと
という、キリストでもある。これを、耶蘇という。
耶蘇の天主という、耶蘇教の天主を天皇という。
キリスト教がいう天皇である、耶蘇教天皇という。
耶蘇のとみの言いである。

 うじつしょっくす、という、てめそめのいとそよ、
という。
【柳星】
 柳星の宮という、三日月の中の柳の星とぞそ。
これが、外へ出る流星という、遊星ともいう。
流々の御名とぞそ。柳の名という、柳一夕という、
柳星の御名を頂戴する若い人という、柳星家で
ある。柳星遊(やなぎぼしあそぶ)という名前の
ことという、柳一夕という名前である。
川由良の玉名である、星のことである。

 柳ひこきき、きいこひき、きこゆきの名という。
紀雄(のりお、きお、きおう)という、きゆうと
いう、名前の人である。きゆう焼きという、
焼き物の名前ともいう、御所の中の焼き物である。
【神事品門】
 神事品門(しんじひんもん)のお書きという。
柳を飾る門である。御所の一門である。ぼういつの
門ともいう。雅楽の笙の唱和の文句の冒頭である、
『ぼういつ』と歌いだすところである。それを、
神事品(しんじひん)という、御所一門という。後、
この門を、問という。御所のことは、俺がいう門
という。これを、たてみかど、という、門をかど
という、みかどという。おれが、いうもんである、
者とも。
【松花堂】
 ばっちあかすという、だんみくの言葉である。
だんせられんれという、だんみくの冠語である。
わためたの意味である。わたやたのういみそ、と
いう。古い松花堂という、ここの言葉である。
壬生の松花堂ともいう。宇治のおゆはり、という。
みっとゆっとの山という。これが、宇治のせいほい
、という、しょっくという言葉の意味という。

 ゆめゆめのお書きという。勝司(かつし)という、
今の、勝市という、地名の一区画を司という。
後、たいかく山という。これを、みぞべと、と
いう。みぞやらの言いの地名という。
【京都を勝司という】
 京都を勝司という、かってろんぜい、という。
れもってすの言いとぞそ。これを、天皇の言い
という。天皇の言葉である。これが、天皇冠語
である。
【勝海舟】
 これを駆使する、勝の天皇という、勝海舟と
いう名の人の活躍という、勝役の若い人という。
れもってすぼん、という。だんみくのぼんの言い
とぞそ。盆でもある。盆に入れて、食べるその
盆を、れもれ、という。れもれ盆という。
【あお】
 これを、あお、という、食べ物のことという。
あお盆という。これが、松花堂の言いである。
『あお、やため』という、『お食べなさい』と
いう意味とぞそ。べっそめ、という言いである。
ばっちあかすという、よいをやまる、れとの明け
を見る言葉という。
 京都の、いっちょら、という言葉の語源である、
『あお』という言葉である。ちょっすい、という
言葉である。 
  そうきょうよい時です。正(やなぎ)O28. 
***
『天照大神、そうきょう、よいよい』
そうきょうは、よい時です。正(やなぎ)。
腹を横に書く。
Mr. Atom Lucky Ager, "JAPAN report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽